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10-10


 ケラウスに連れられ、ユートは運河に沿った道を南へと歩く。いつしか大通りの喧騒は遠くなり、等間隔に整備されたマナタイトの光の下をくぐる度、人の数は減っていく。

 やがて、市場の声も聞こえなくなったころ、街並みの空気が変わった。

 両脇に飲食店が広がっていた繁華街ではなく、静かな佇まい。高い壁のしっかりとした造りの家の合間を縫うように整備された道が続く。


「どの家も、結構な造りだ」


 市場や門の周辺から見た背の低い建物とは違う、ある程度裕福な層が住む街並みへと変わっていた。


「そりゃそうだ、エドンの南は権力者や富裕層の住む地帯だからな」

「どうりで」


 ユートは後ろを振り返る。通り過ぎた門が小さくなっているが、壁は途切れていない。


「もうちょい歩くぞ、がんばれよ」


 そう言うケラウスは、若干息切れしていた。


「ケラウスさんも病み上がりなんだから、あんま無理しないでよ」

「はいはい、若いのが生意気言わないの」


 それから数十分後――

 ひときわ豪奢な門の前で、二人は立ち止った。

 まだ香りの残る木で出来た大門。整然と整えられた瓦が並び、訪問者を堂々と迎えている。


「ふう……着いたぞ」


 途中、一度休憩を挟みつつも、目的の場所に辿り着いた。

 ケラウスは覆面を取ると、額の汗を拭う。


「ユート、お前もマントは外しておけ」

「了解、見苦しくない格好にってことだね」

「おう、わかってるな」


 ユートはマントを脱ぐと綺麗に畳んで脇にもつ。服を払って埃を落とし、上下を着崩していないか確認する。

 ケラウスもローブの装いをただすと、門の前に立った。


「完全にしまってるけど大丈夫?」

「まあ見てなって」


 そう言うと、ケラウスは門の取っ手をもつ。同時に、マナの粒子がケラウスの足元から湧き上がってくる。

 暫くして、取っ手が光り出すと同時に、門が静かに開いた。


「……お待ちしておりました」


 門の隙間から顔を出した男性の老人。小さな声と一緒に手招きをしている。


「おう、夜遅くに悪かったな」

「いえいえ、ケラウス様が伝心の魔法で合図をしたのなら、すぐに戸を開けろとはウエ様から仰せつかっておりますから」


 二人は気安い様子で語りあっていた。聞いていたユートは、二人が知己であることをうっすらと感じ取る。


「時に、後ろにいらっしゃるのは」

「ああ、俺の新しい弟子――と言うことにしている」


 老人はユートをしげしげと見つめる。


「なるほど。ライカ様の手紙にあった少年ですか」

「ああ、話が早くて助かる」


 老人は門から身を出すと、ユートの前に立つ。


「はじめまして。私はこの館でウエ様のお世話をしております、ロウ・ジューと申します」


 丁寧に名乗ると、深くお辞儀をする。


「その、ユートです。突然の訪問、失礼します」


 つられてユートもお辞儀をする。ケラウスはうっすらと笑っていた。


◆◆◆


 ロウ・ジューに案内されて屋敷の中に入る。

 門をくぐってまず見えたのは、広く整理された門前の庭。背の低い植木は余分な枝が飛び出ておらず、芝も手入れが行き届いている。


「……昼間だったら壮観だったな」

「ホホホ、ありがとうございます。遠方からのお客様を迎える景色ですからな、丹精込めて整えた甲斐がありますな」


 屋敷の戸を開く。外灯とは異なり、暖色の光が夜の闇を照らした。


「ユート、靴は脱いで上がれよ」

「わかった」


 玄関で靴を脱ぐと、板張りの廊下を進む。


(脇にあるのは、襖ってやつかな)


 扉ではなく、スライドして開く引き戸。コロニーでは見ない作りだった。


「おいおい、あんまりキョロキョロ見るなよ」

「え、そうなってた」

「ああ、思いっきり見てたぞ」


 どうやら、知らず知らずの内に周囲の物を観察していたようだ。さすがに失礼であると気が付き、ユートは苦笑いをする。


「なあに、少年の好奇心は押さえつけることはないでしょう」

「とは言っても、これからこわーい権力者に挨拶をするんだぞ、礼儀はしっかりしとかないとな」


 おどけたようにケラウスは言うが、ユートとしては冗談として受け取っていいか迷う言葉だった。


◆◆◆



「ここが、謁見の間でございます」


 廊下の先、複数の襖で区切られた部屋の前までやってきた。


「では、ウエ様を呼んでまいりますので」


 そう言ってロウ・ジューは席を外し、ケラウスと二人で立って待つ。


(いよいよか……)


 ただそれだけだと言うのに、ユートは緊張していた。ソワソワと視線を泳がせて、細かく身だしなみを確認する。


「えっと、謁見する時の礼儀とかは何かあるかな」

「そうだな……」


 その時、ケラウスがいたずら小僧のような悪い顔をしていたことに、ユートは気が付かなかった。


「部屋に入ったら俺の真似をして座り、頭を下げておけ。人が入って来ても合図があるまで顔を上げるなよ」

「わかった」


 やがて、ロウ・ジューが戻ってくると、静かに襖を開ける。

 板張りの広間の先に、一段高くなっている箇所がある。

 まず、ケラウスが進む。ユートは慎重にその一歩後ろを歩く。


「よし、ここで待って居ろ」


 そう言って、ケラウスは正座をして頭を垂れる。ユートも真似をしたが、慣れない正座は足が痛かった。

 そのまま、待つ。

 ただ、待ち続ける。


(どれくらい待てばいいんだろう)


 そうして、足がしびれ始めた頃――

 足音が聞こえた。頭の上で、誰かがやってくるのは感じ取るが、まだ顔は上げない。

 やがて、足音は止まると、誰かが座るような音が聞こえた。


 そして、一際大きなため息。


「まったく……誰がここまで空気を重くしろと伝えたか」


 堂々とした声が、呆れたように愚痴を言っていた。


「面を上げい、客人に気負わせるとは、我が落ち度だ」


 促されて、ユートはようやく顔を上げる。

 そこにあったのは、偉丈夫の姿。線は太いが整った顔立ち。美少年とは違う、逞しい男の姿があった。


(あれ……)


 その顔を見た時、ユートは妙な引っ掛かりを覚えた。


(なんだろう……どこかで見たことがあるような)


 だが、疑問は確信には至らない。


「この堅苦しい場はケラウスの指図か、それともロウ・ジューのものか?」

「そういう太守様もお変わりなく」


 ケラウスは微笑む。男の顔も、また緩んでいる。


「なにをわざとらしい、『先程』あったばかりであろう」

「――先程?」

「なんだ、気が付かぬか少年よ」


 男は手を叩く。すると、部屋の横の襖が開いた。

 そこに居たのは――


「……むぐ、むががあが、むぐ」


 手足を縛られ、猿轡をかまされた少女――


「クラマ!?」


 先ほど市場で戦った少女の姿があった。


「ちょっとまって、確か乱入してきた男の人に連れてってもらった筈――」

『ユート、そこまで気が付いているなら答は分かっているでしょう』


 耐えかねたのか、シーナからのツッコミが入る。


「あっ……ってことは」


 ハハハハハ、と男は鷹揚に笑う。


「然り。先程は名も告げずにお互いに礼をかいたな」


 そうして、堂々と名乗りを上げる。


「改めて名乗ろう。我が名は『ウエ・マツディラ』このエドンの地を治める太守である」


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