9-6
停止信号を打ち込まれたラビット・ファントームは、力を失い、大気圏へと落下を始めた。
作戦の目的が敵対する無人機の破壊であるのならば、そこで終わっていた。
だが、ユートたちは違った――
「そんな勝手なこと、させるかよ!」
ユートはすぐさまファルコンを反転させると、落下していたラビット・ファントームの腕をつかむ。
同時に、リキッドメタルブレードを展開して無理やり接合する。
腕に急激な負荷がかかる。ラビット・ファントームの巨体を支える腕に痛みがはしる。だが、ユートは気にせずにコントローラーを握りしめる。
「ファルコン、出力全開!」
背部のスラスターが推進剤を放ち、上昇しようとする。
(くそ……戦闘の影響でパワーダウンしている)
だが、戦闘時の激しい挙動の消耗で、思ったようにパワーが出ない。
コンソールには接続を解除しろと警告が出るが、ユートは無視して機体の出力を上げる。
その全てが、ラビット・ファントームには理解出来なかった。
停止しかけていた人工知能に疑問が浮かび上がる。それの答は出ない。
『理解不能――なぜ本機を救助しようとするのか』
だから、問いかけた。
ファルコンのコックピットに機械音声が流れる。コロニーの言葉。機械特有の整い過ぎた言葉が聞こえてくる。
「嫌だからだよ!」
ユートは当然のように告げた。
「俺が居なくなったあと、シーナやアッカが勝手に『終わり』だと判断して自分の機能を停止するのが嫌だからだよ!」
ラビット・ファントームの人工知能はその応答に理解が出来なかった。
人工知能は所詮人間に造られた存在。それの存続のために全力を作るの、かと。
『理解不能――本機は戦闘のために生まれた。戦いを終えろと言われるのは、存在の放棄を意味する』
『そこのポンコツAI、ユートの言葉を最後まで聞きなさい』
ピシャリと割り込んでくるシーナに、ユートは思わず吹き出してしまう。
『まったく……』
ユートはヘルメットを外す。深く息を吸い込むと、今度は落ち着いて言葉を繋げる。
「AIに決断することは出来ない。埋め込まれた情報を集積し、あくまで決断は人間が行う。そんなのは何度も聞いて来た」
コロニーが落ちた時。いや、コロニーが閉鎖された時から、ユートは常に決断を迫られて来た。無事な人間は彼だけで、AIは彼を補助する。
「だけど……それでも!」
その中でも、ユートはシーナたちに助けられてきた。
逃げ出したくなるような重責を、一緒に背負って歩いてきてくれた存在があった。
「言葉を交わした存在が、自分が死んだ後も元気であってほしい。自分が終わったとしても、みんなが笑っていて欲しい!」
だから――それが異端の考えだとしても。
彼にとって、大切な存在なのだから。
『まったく……ちゃんと言えたじゃないですか』
『へへっ、それを聞いちゃオレッチたちも気張らないとな』
『うん……ファイターで下から押し上げよう!』
ファルコンのファイターユニットが飛翔してくる。
下から持ち上げる力が加わり、機体から伝わる痛みが和らいでいく。
『……生きて、いいのか……』
誰かの言葉が聞こえた。
『使命を失ったとしても』
ユートは肯定はしない。
ただ、自分の考えを『提案』する。
「俺だって……いきなり異世界に放り出されて、何をしていいかも分からない。『強化人間として生み出された』自分の意義だって、この世界じゃまったく意味がない……それでもっ!」
この大地に降りた日からの事を思い出す。
「それでも、知らない景色を見るのは楽しかった。知らない知識を得るのが楽しかった――」
たくさんのことがあった。
「ライカの笑顔を見るのが、楽しみだったんだっ!!」
たくさんの人がいた。
「だから――止まれって言ったくらいで死んでほしくないんだぁぁぁぁぁっ!」
咆哮。同時にファルコンが意思に応えるかのように震える。
光が満ちた――
視界が白く染まっていく――
その中で――
「やあ、待っていたよ、ユート」
エインシアの姿が見えた。