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ユートが戦闘の準備を指示したのとほぼ同時か、僅かに前。低軌道上の岩石群の上で待ち構えるエクステンションマッスル『ラビット』は両腕に装着されたガトリングを斉射した。
ファイターユニットは即座に加速して回避機動を取る。急激な旋回に、背面に捕まっていたエクステンションマッスルが振り回され、僅かにバランスを崩す。
『アニキ、大丈夫か?』
「気にするな、銃弾が当たるよりマシだ!」
僅かな空間を挟み、銃弾の幕が通り過ぎていく。整然と並び立つラビットたちは、機械的に攻撃を続けている。
(やっぱり警告なしに発砲か。無人機のモーションパターンも一致してる)
ユートはコンソールを操作する。表示された『無差別通信』を選択するが、まったく応答はない。
無差別攻撃からの接触の拒否――ユートは即座に応戦すべきと判断すると、ヘルメットを装着する。
「アッカ、左部のビーム・カノンをファイターから接続解除! エクステンションマッスルに接続する」
指示をしながらもコックピット内の計器を操作して戦闘用の設定に変更する。
ファルコンの機首と胴体の接合部分からビーム・カノンが一門伸びると、接続が解除される。左腕を伸ばし、ユートは即座に装着する。モニターが接続完了の文字列を表示した。
『アニキ、次は?』
「敵機射程内から速やかに離脱。有効射程の二倍の距離を確保したら、旋回して等距離を維持!」
『ユートさんはどうするの?』
「このまま迎撃する!」
エクステンションマッスルが立ち上がる。ファイターの背面を蹴ってゆっくりと浮上。背面のスラスターを噴かせるとすぐさまファイターユニットと距離を取る。
ユートは上体を動かして即座に反転。敵のエクステンションマッスルをセンサーの有視界におさめる。
岩石群の上に立つのは、何度確認しても彼がよく知るエクステンションマッスルだった。
上体は人体を模しているが、下半身が大きく異なる。太く、発達した両足はウサギの脚のようで、頭部のアンテナと含めて『ラビット』と称された機体だ。
既に一世代前の機体であるが、高い生産性と操縦性により未だに戦場で姿を見せている。
「数は三機、だけど相手は旧式機――ついでに、無人機なら!」
ユートは左腕のビーム・カノンを解放する。荷電粒子が放たれると、三体のラビットに襲い掛かる。
ラビットは即座に脚部を解放。足裏のブースタととともに一気に加速して飛び散る。
僅かに間を置いてビームが岩石に直撃し、その表面を焼く。だが、ラビットたちは容易く回避した。
(そう、ラビットの特徴は脚部ユニットから生み出される爆発的な跳躍。月面など低重力下においては下手なスラスターよりも初速が発生する)
ユートはコントローラーを傾け、ファルコンを加速させる。
レーダーに映る敵機の反応は三機バラバラに散開している。
(ジグザグに動いている。おそらく岩石群を利用して不規則な機動を実現しているんだ)
岩の影に隠れて直接姿は見えない。無人機ではあるが、地の利を利用した見事な動きであった。
ユートは右腕のブレードを展開。同時に直下にあった岩石の上に降り立つ。
(現実の兎であれば、このまま逃げられる……が)
背部から熱源反応があった。ラビットの一体が姿を見せると、脚部ユニットに装着されたミサイルを発射する。
ユートは即座に反応すると、スラスターを噴かせて回避。岩石にぶつかったミサイルが爆発を起こす。
『ユート、続けてきます!』
「分かってる!」
同時に挟み込むように熱源反応。左右からミサイルが飛んでくる。
ファルコンを浮上させると、スラスターで一気に上昇する。誘導弾が追跡してくるが、ユートは冷静にそれを捉える。
「うぉぉぉ!!」
リキッドメタルブレードを振るう。同時に爆発が発生する。
周囲の岩石も巻き込んだ爆炎。飛び散る破片に視界が奪われる。
瓦礫の中、ラビットたちは小刻みに跳躍しながら獲物を監視する。
様子をうかがう――その行動が命取りだった。
爆炎の中から光が伸びる。ビーム・カノンの荷電粒子が放たれた。
光の一撃がラビットを一機砕く。同時に爆炎の中からファルコンが飛び出した。
「二つ!」
回避する間も与えずに接近すると、リキッドメタルブレードを一閃。胴体を真っ二つにされた機体は岩石から脱落していく。
「残るは」
残った一機のカメラアイがユートを捉える。ユートは静かに振り返ると、ビーム・カノンを構える。
ラビットは脚部を折りたたみ、ユートの様子をうかがう。ビームが放たれる予兆があれば、一瞬で距離を詰めるだろう。
『ユート、最後の一機だけはコアユニットの回収をお願いします。何かしらのデータが得られるかもしれません」
「わかった、やってみる」
銃は向けたまま、ユートは右腕の剣に意識を向ける。
(よし……)
ビーム・カノンから荷電粒子が放たれる。ただし、直撃をしない角度で。
即座にラビットは反応して突撃をする。だが、衝突の直前にユートはリキッドメタルブレードを振る。空を斬るように――
事前に脚部は岩石から浮かせていた。左腕も銃撃の反動で威力を殺すことができない。低重力下での激しい挙動により、本体が回転する。
攻撃のためではなく、回避のための機動。
ラビットの突撃は空を切る。それと同時に、エクステンションマッスルの蹴りが頭部に突き刺さる。
「これで――」
改めてブレードを振りかぶると、刃を一閃。バイタルエリアを残してラビットは解体された。
「アッカ、コアユニットの回収を頼む」
『了解っス!!』
すぐさま岩石の影からファイターユニットが姿を見せる。
(よっぽど近くで待機してたんだな)
それは口に出さないで、減速するファイターユニットを待った。
ファイターの機首と胴体が分かれる。
ユートはエクステンションマッスルの両腕でラビットのコアユニットを取り出すと、ファイターユニットの内部に入れる。
『ドリーはすぐに解析の準備を』
『分かりました』
シーナの鋭い指示が飛ぶ。ファイターユニットの内部では、ドリーが機首と胴体の格納空間に入るとすぐさまコアユニットとの接続を開始する。これから解析作業に入るのだ――が――
『待ってくれ、アニキ! まだ一機反応が残ってる』
だが、戦闘はまだ終わっていなかった。
ユートのコックピットにも警報音が鳴り響く。同時に、モニターに未知の識別信号が表示される。
岩石群の影から、巨大な影が姿を見せる。
「おいおい……ゲテモノが相手かよ!」
姿を見せたのは、巨大なエクステンションマッスル。
胴体に三つの顔がある。頭と呼べる部位はなく、眼窩の代わりに銃口が並んでいる。
四肢はそれぞれラビットで構成されており、脚が二つの指の代わりになっている。
『……仮称――寄せ集めの亡霊兎≪ラビット・ファントーム≫』
シーナが発した識別名は、即興のものだった。
それ以上に相応しい呼び名はないと、ユートは同意した。