9-3
――宇宙、静止軌道上――
鉄の巨人を前にして、龍は鷹揚に笑う。
ユート以外の人間にとっては、咆哮にしか聞こえない筈。だが、アッカもドリーも警戒感をもたなかった。
『なんつーか、アニキが安心して喋ってるしな』
『だね、ユートさんが警戒してないなら、大丈夫だよ』
ファイターのコックピット、二体のコマンドは信頼する主の言葉から、警戒を解いていた。
「いやあ、ワシらの賭けではあの星の人間が星の海に飛び出すのは、あと3000年は必要かと思ったのに、驚いたものだ」
「あの星の人間、と言う意味では正しくないかな」
ロゼルロンの小さく口を開く。次に、何故かと問う。
「俺たちは数週間前に、この星に落ちて来たんだ」
「落ちて来た?」
「……数千メートルの建造物が落ちて来たのに気づかなかったの?」
コロニーの落下作戦。宇宙からであるのなら、静止軌道上でも観測を出来た筈である。
「すまん、寝てた」
思わずユートは顔を崩す。
「いやあ、一度寝ると一週間は寝るからのう。長命種には時間の感覚が長い長い」
カッカと笑われると、ユートも余計なツッコミを入れ辛かった。
そう、雑談していると、通信が入った。
『ユート、どうなっているのです? ロゼ・マナタイトの採掘は?』
「あ、ごめん。今聞く」
しびれをきらしたシーナの言葉に、ユートは雑談を止める。
「ロゼルロンさん、頼みがあるんだ」
「そうそう、ここまで来た理由があるんだろう」
龍の瞳は優しく少年を見守っている。
「俺たちの仲間が、呪いによって眠っている。助けるにはロゼ・マナタイトが必要なんだ」
「ふむふむなるほど、だから星の海まで来たのだな」
「うん。だから、アンタが巻き付いてる星の一部を分けて欲しい」
ロゼルロンは聞き届けると、静かに首を縦に振った。
「許可を取る必要はないのう。どうせ勝手に居ついてるだけだしのう。土地や財産の所有なんてつまらんものを主張するのは悪竜くらいのものじゃ、気にするな」
「そっか。ロゼルロンは善き龍なんだね」
左様、と自慢げに龍は応える。
「だがまあ、タダで受け取るのが心苦しいなら、爺龍の我儘の一つも聞かせてくれ」
「うん、俺たちに出来ることなら」
迷う事の無い返事に、ロゼルロンは目を細めた。
「お主たちがどこから来たのか。そして、何をしてきたのか教えて欲しいのだ。なあに、作業の合間で十分じゃよ」
◆◆◆
ファイターユニットを赤い塊に接地させると、ユートは回収したリキッドメタルブレードを使って採掘を行う。
「リキッドメタルブレード、ショベルモード!」
液体金属をショベル状に固定化すると、人間と遜色のない動きで惑星を削る。
訓練を積んだユートには慣れた作業であるし、一部の動作は普段の神経接続による精密操作ではなく、自動化された処理で行う。
その片手間に、ユートは自分たちのことを伝える。
遠い世界からやってきたこと。
コロニーの接岸作戦の事を伝えたら、自分も見たかったと悔しがっていた。
その後の地上での出会いや興奮。龍は何度も頷いて楽しそうに聞いていた。
「なるほど……エインシアかのう」
だが、その龍も『エインシア』の名前を聞いた時、表情を変えた。
「ロゼルロンも知っているの?」
「ああ、ああ。お主の前に話をした人間が、アヤツだったからな」
「えっ……宇宙まで来てたの」
驚くユートを気にせず、ロゼルロンは何かを確認するように頷いている。
「そうかそうか、奴と相打ちになって消えたと思ったのに」
どこか嬉しそうだと、ユートは思った。
「でも、本物かも分からない」
「そうじゃのう。ワシもその姿を見るまでは信じ切るのはやめておこう」
だけど、ユートはロゼルロンが『エインシア』の存在が本物であると確信していると感じた。
嬉しそうに語るロゼルロンの目は、旧友の帰還を喜んでいたからだ。
「さて、少年、その鎧から顔を出してくれんか?」
ユートはその意図に迷い、どう返事をするか迷った。
だが、それも一瞬。すぐに胸部のハッチを開くと、顔を見せる。
「これ以上脱いだら俺が死ぬから、ここまでだけど」
「十分じゃ」
すると、ロゼルロンは自らの手をユートの上に運ぶ。
巨大な影に一瞬身構えたが、まったく殺意が無いことを感じ取ると、ユートは黙って待った。
龍の爪が握り込まれる。開いた時、爪の先に僅かに深紅の体液がついていた。
そっとユートの真上に爪を運ぶと、雫が落ちてくる。それは、光の粒子となってユートに降り注いだ。
「この光は?」
「なあに、ちょっとしたおまじないじゃよ」
言葉に、眼差しに、善意が込められている。
悪いものでも不気味な存在でもない、ユートは深く頷き、感謝を示した。
その後も、作業の合間の雑談は続いた。
作業自体は問題なく完了し、話し終えるころにはファイターへの積み込みも終わっていた。
「それじゃあ、俺は地上に戻るけど――」
「ワシはこのまま、ここで大地を見守っているよ」
龍はそう告げると、平面の大地を見やる。
「それ、楽しい?」
「ああ、楽しい。ここからは大地の営みを見守れる。人が生まれ、育ち、死に、文明を生み出して壊す。その様を見届けることが出来る」
「……そっか」
それを聞くと、ユートはファルコンをファイターユニットの上部に移動させる。
接続用グリップを握ると、ファルコンが動き出す。
「少年――ユートよ。エインシアの加護があるように」
「ありがとう。また、いつか会えたらいいね!」
「うむ!」
ファイターのブースターが起動して、赤い星から飛び立つ。
エクスションマッスルは手を振って、龍と別れを告げた。
◆◆◆
ファルコンは地上へ向かって徐々に加速していく、
遮るものもない星の海、コックポットの中から大地を見下ろしながらユートはスーツのヘルメットを外す。
「……杖の大地か」
杖を中心に広がる大地。地球とは違う未知の惑星。
コロニーが降りた東の果ての先には、広大な森林と大陸を分かつ内海が見える。
そこに何があるのだろう。何が待っているのだろう。
(出来るなら……ロゼルロンやライカのように、笑いあえる人が居て欲しい)
ファルコンは高度を下げる。
そして、低軌道に差し掛かった頃――
『ユート、気を付けてください』
シーナの警告とともに、コックピットに警報が響き渡る。
同時に、ドリーから通信が入った。
『まって、これって』
「どうしたドリー!」
『ユートさん、識別信号を転送するよ』
すぐさまモニターを確認する。
そこに映された映像――そして、文字を見て驚愕する。
「EM-L25001――ラビット?」
モニター映るのは機械の巨人。ファルコンより一回り太い胴体と、人体には不釣り合いなほどに大きい太腿から下の脚部をもった機体。
――EM-L25001――
ファルコンより一世代前のエクステンションマッスルが、低軌道に広がる岩石群の上に立っていた。
「どうしてエクステンションマッスルがここに!?」
ユートの疑問に、機械の兎たちの瞳が光る。
それは友好の印ではなく。
「アッカ、ドリー! 戦闘準備だ!」
明らかな敵意が込められたいた。




