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8-4


 朝――コロニーの入港口。

 パイロットスーツに袖を通したユートは、徐々に暗くなっていく空を眺めている。


(今までずっとコロニーで……宇宙で生きてきたはずなのに、いざ戻るとなると命懸けになるなんて……)


 空の果ての境界線が、徐々に夜の色に染まっていく。視界の下から徐々に夜が浸食していく光景を見送ると、ユートは踵を返した。


◆◆◆


 入港口の奥にある電磁カタパルトには、既にファルコンがファイターユニットと緊急展開用ブースターを装備して待機していた。

 ファルコンのファイターユニットは機首と胴体が分離し、その間にエクステンションマッスルを挟み込むようにして機体内に格納することが出来る。ファルコンの全長は10メートル程で、それを丸々格納するため、その全長は平時でも20メートルは超える。さらに、今回は大型のブースターも取り付けられているので、普段の倍以上の大きさになっていた。


「結局、コロニーが宇宙に浮かぶようになっても、人が宇宙に飛び出すのにはこれだけ大掛かりな機械が必要になる……か」


 巨大な機械の鳥を前に立つ少年は、あまりにも小さかった。

 そんな小さな影に、少しだけ大きな影が近づいて来る。

 

「よ、準備は出来てるか」


 近づいて来た少し大きな影――ケラウスはユートの隣に立つ。ユートは小さく頷いた。


「そっちこそ、ケラウスさんの魔法が作戦の要なんだから」


 ケラウスは口角を僅かに上げると、ユートの背中を叩いた。


「ああ、もちろんだ」


 今回の作戦では、ケラウスの魔法『逆さ天雷路』による加速が要となる。

 光の道を展開後、電磁カタパルトで射出。言ってみるならば、即席のマスドライバーとするのだ。


「そういや、水晶の部屋の話だけど」


 ケラウスは朝一番で通って水晶の部屋について口にした。

 今回の作戦では、魔法の展開のためにコロニーの側に来てもらう必要があった。当然、移動に使用する水晶の部屋をケラウスも利用している。

 ケラウスは部屋の中をしきりに観察し、扉を出た先でもしげしげと周辺を観察していた。


「何か分かるんですか?」

「ん、うーん……」


 何かを言いたそうであったが、ケラウスは考え込む。


「いや……いや、今は止めとくか。デッカイ作戦の前には細かいことは気にしないこった」

「それは、逆に気になるよ」


 肩透かしの答えに、思わずユートは口を尖らせた。


「そうだな。帰ってきたら、いい事してやるさ」


 ユートはわざとらしく不満げな顔をする。ケラウスはカカカ、と、笑うとユートの背中を軽く小突いた。


「帰ってきたら、な」

「分かった。帰ってきたらの楽しみにしとくよ」


 ユートはケラウスの腹を小突き返した。


◆◆◆


 そして、時間が来た。


『ユート、作戦の時刻が迫っています。ただちにエクステンションマッスルに搭乗してください』

「わかった!」


 シーナのアナウンスに返事をすると、ユートはケラウスに手を振って走り出す。

 ファイターユニット搭乗すると、コックピットには赤いボディ緑のボディのオートマタ―コマンドが待機していた。

 二機はユートが搭乗したことを確認すると、マニピュレーターを上げて挨拶をする。


「アッカ、ドリー、今日はよろしく!」

「もちろんだぜアニキ! ファイターユニットの操作はオレっちたちに任せてくれよ」

「本来はそうならないのが一番なんだけどね」


 アッカとドリーはユートがエクスションマッスルで単独行動する際にファイターユニットの操縦を行うために同乗している。

 遠隔操作はシーナでも行えるが、距離による通信のラグや未達が起こる可能性は十分にあり、その警戒のためだ。


「ユートさんだけでどうしようも出来なくなった時、どうにかするのがボクたちの仕事だから」

「分かってる。二機ともちゃんと信頼してるよ」


 ユートは二機のマニピュレーターを手にとると、強く握る。ちょうど、円陣のような形になった。


『ユート、ルーブから通信が入ってますよ』

「了解、繋いで」


 コックピットのモニターが起動すると、地上拠点の映像が映し出された。

 ルーブが待機しているのはライカが眠っている部屋。後ろに見える姿は、とても小さく見えた。


『作戦前にすみません。一つだけ』


 ルーブは眠るライカの姿を一瞬だけ見る。


『ライカさんのお世話はワタシがやりきります。だから、アナタは作戦のことだけを考えてください』


 ユートは頷くと、静かに応える。


「ああ。それで懸念点が一つ減ったよ」

『ええ、幸運を祈ります』


 仲間たちの声援を背中に受け、ユートはエクステンションマッスルのコックピットに走る。機首と胴体との間にある格納空間には、鋼の巨人が仰向けに収まっている。

 胸の部分――コックピットが90度展開し、パイロットを迎え入れるように展開する。

 ユートはシートに座るとコンソールを操作する。展開していた前面装甲を閉じると、前面の大型モニターとなる。


(シートよし、神経接続よし……あとは)


 状態を確認するユートに通信が届く。

 今度は、ケラウスからだった。


『ユート、『逆さ天雷路』の由来を教えておくぞ』


 魔法使いは機械の床の上に立ち、杖を構える。


『こいつはな、大地から空に向かって逆に伸びる稲妻なんだ。どんなもんでも、空まで送り届ける魔法だ。だから――』

「――いや」


 ユートはあえて言葉を遮ると、彼にしては珍しく意地の悪い笑顔を浮かべる。


「それだけじゃ困るよ。俺たちが行くのは、雷雲のさらに上――宇宙なんだから」


 思わず、ケラウスは苦笑する。


『はは、それじゃあ戻って来たら改名も準備しないとな』

「そりゃそうだ」


 軽く憎まれ口を返すと、魔法使いはガハハと笑った。


◆◆◆


 ファイターユニットに火が入る。

 電磁カタパルトに固定された機体のエンジンはアイドリング状態で作戦の開始を待つ。


「さーてちょっとアレンジだ」


 ケラウスは杖を掲げる。マナの粒子は黄金に輝き、集まってくる。


「マナの光よ、稲妻の性質を宿し空へと還り――雲を突き破り、星の空へと至れ――」


 空の先、星の海へと届くように呪文を付け加えた。


「実行≪エグゼク≫!」


 マナが収束すると、光の道が姿を見せた。

 黄金の光がコロニーから一直線に空へと伸びている。

 平面の大地から、東へ、大地の終わりを超えて、星の海へと向かって伸びていく。


 呪文の発動は確認した。

 そうなれば、残るは少年たちの仕事だ。


『カウントダウンを開始します』


 コックピットの中、ユートはAIの事務的なメッセージを聞いた。


(……よしっ!)


 小さく息を吐くと、コントローラーを強く握りしめる。


『4』


 地上拠点、ルーブはモニター越しにファルコンの姿を確認する。

 

『3』


 ファイターユニットのコックピット、アッカとドリーは静かに作戦の開始を待つ。


『2』


 コロニーの片隅、退避したケラウスは、光が爆発するのを見送る。


『1』


 そして、AIがカウントのゼロを告げる――


「ファルコン、これよりワンドガルド静止衛星軌道へ向けて発進する!」


 電磁カタパルトが起動する。爆発音と電気が弾ける音がすると、機械の翼は一瞬で加速する。

 機械の導きは一瞬で終わり、魔法の光がファルコンを包み込む。


『ファイターユニット、魔力による加速レールに登場確認――速度は――』


 ユートは黙ってコンソールを確認する。その瞬間、思わず呻き声が出そうになった。


(なんだ、この無茶苦茶な速度は!)


 ゆうに第一宇宙速度を超えて、想定を超える数値が記録される――そして、更新し続けている。

 同時に、強烈な加速Gがユートの肉体を襲う。


(余計なことを考えている余裕はない)


 今すぐに手放しそうになる意識を繋ぎ止めるとコンソールを手早く操作し、ロケットエンジンの推力を上げる。

 一瞬、目の前が光で埋まった。白でも赤でもない、光そのものの色。

 ユートは歯を食いしばりながら受け止める。


 ――ああ、思ったよりも早かったね――


 誰かの声が聞こえた。


 ――大丈夫、すぐにわかるよ――


 聞き覚えのある声だった。

 けれど、顔が浮かばない。


 問いかけようとしても、言葉も出なかった。

 その瞬間は、ほんの一瞬。刹那の間。


 ユートは問い返すことも出来ず、ただ通り過ぎていく――


 ――そして、ユートの視界が元に戻ってくる。


『こちらシーナ、ユート、ファルコンは無事ですか?』


 通信機から聞こえてくるのはシーナの声。

 身体を揺らすのは、機械の振動。


「ああ、問題ないよ」


 そして、モニターに映るのは、平面の大地――


「星の海から、平面の大地が見えてるよ」


 少年は、再び星の海へと昇った。


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