7-8
ファルコンを入港口まで移動させると、ユートは即座にコックピットを降りた。
「シーナ、格納庫への移動と点検は任せてもいい?」
『もちろんです。ユートはすぐに地上へ向かってください』
返事も早々にユートは走り出す。
普段であれば最終的な点検にはユートも立ち会うのだが、今日は事情が別である。
水晶の部屋を通ってすぐに地上へ。扉を開けると夜空が広がっていた。
空には月と星。それを、不安げに見上げる一人の女性――ライカ。
ふわふわの髪が夜風に揺れる。何かを祈るように、じっと空を見つめていた。
「ライカ、お待たせ!」
ユートが駆け寄ると、安心したように息を吐く。パッと咲いた笑顔が、少年を出迎えた。
「ユートちゃん、大丈夫だった?」
「そりゃあ当然。これくらいは朝飯前だからね」
事実、ユートは危なげなく目的の鉱石を入手出来た。
「さ、受け取ってくれ!」
ユートはジャケットのポケットから赤い宝石を取り出す。
月明かりを吸い込むと、赤い光が二人の顔を照らす。
「わあ……」
ライカは目を大きく見開くと、感嘆の声を漏らした。
両手でゆっくりと受け取ると、大事そうに胸に抱いた。
「ありがとう……ありがとう、ユートちゃん!」
瞳に涙をうかべて、何度もお礼の言葉を述べるライカ。ユートは気恥ずかしくなり、思わず顔を逸らしてしまう。
「よしてよ、こんなの、ライカに世話になったことに比べたら大したことじゃないんだから」
ユートにしては、当然の恩返しだった。そうでなくても、ライカの状況を知っていたのなら手を貸していただろう。
「ううん。理由とか義理とか関係ないの。
君が私にしてくれたこと。君が私にくれた言葉。その気持ちが全て、嬉しいんだよ」
ユートは視線を戻す。ライカの顔をまっすぐに見る。
真っすぐに感謝を告げられるのは嬉しいけれど、やっぱり恥ずかしい。
思わず冗談で逃げてしまいそうになる衝動を抑えて、ユートは言った。
「……どういたしまして」
うんっ! とライカは元気に応えた。
「ユートちゃん、明日、朝一で私の家に来て! お師匠様を起こすとき、一緒に居て欲しいんだ」
「そう言うのは、身内だけの方がいいんじゃないの?」
「ううん。紹介したいんだ、素敵な人と出会えたってっ!」
そう言い切られてしまうと、ユートとしては断る理由はない。
「わかった、それじゃあよろしく」
月と星の下。約束をしてその日は終わった。
◆◆◆
翌朝、朝陽が昇ると同時に目覚めたユートは、朝の支度を早々に終わらせる。
『張り切ってますね、ユート』
「たぶん、俺よりもライカの方が張り切ってるよ」
『それはそうでしょう』
軽口を叩きながら朝日の下を歩く。足取りは軽く、風も背中を押してくれる。
木の扉を開き、水晶の部屋を通ってライカの家へ――扉の先では、既にライカは待機していた。
「待ってたよ、早く行こう!」
ユートは強引に腕を掴まれると、そのまま奥の部屋まで引っ張られてしまう。通信機越しに、誰かの笑い声が聞こえていた。
廊下を歩き、ケラウスの眠る部屋へ。
扉の先の空気は相変わらず重たいけれど、窓から差し込む光は軽やかだった。
「それじゃあ、始めるね」
ユートが頷くと、ライカは微笑んで応える。
赤い宝石――ロゼ・マナタイトを取り出すと、祈るように両手で包んだ。
「接続≪アクセス≫、増幅≪ブースト≫、抗魔力≪レジスト≫」
ライカの手のひらから赤い光が漏れ出てくる。同時に、マナの黄金の粒子がライカの足元から噴き出してくる。
黄金の粒子は舞い上がると、宝石の赤い光に包まれた。
(……太陽の光みたいだ)
暖かな光が部屋の中を包んだ。
陽光の粒子は眠るケラウスを包み込み、その身体の中に沈んでいく。
僅かな沈黙。
「ラ……イカ……」
それを破ったのは、男性の声。
僅かにしわがれているが、確かな意思を感じさせる太い声がした。
声の主は目を覚ます。瞳を開けると、ベッドから半身を起こした。
「よかった、お師匠様――」
ライカが言葉を発した時だった。
ユートは直感的に、『何か』の気配を感じ取った。
先程までの陽光の粒子とは真逆の、黒雲のような冷たい気配。
とっさに、ユートはライカに体を向ける。
「ライカ! 何故、俺を目覚めさせた!」
ケラウスの怒声。それが合図だった。
ライカの瞳が色を失うと、糸が切れたかのうように身体から力が抜ける。
「危ないっ!」
ユートが走り寄ると、崩れ落ちる体を受け止める。
床に、何かが当たる音がした。
ライカの顔からズレ落ちたメガネが木の床を叩いたのだ。
「くそっ! 呪いがうつると言っただろ!」
ケラウスがベッドに拳を叩きつけた。
ユートの腕の中のライカは何も言わない。意識を失い、だらりと腕を下げ、ユートが支えなければ今すぐ床に倒れていただろう。
『ユート、状況は?』
「分からない。突然ライカが倒れた以外、何も分からない!」
心臓が早鐘を打っていた。冷静にならねばと自分に言い聞かせるが、焦りばかりが先に生まれてくる。
「……呪い返しだ」
ケラウスは重々しく呟いた。
「俺にかけられた呪いはな、解呪した奴に対して、降りかかるようになってるんだよ」
「……なんでそんなことを」
憤るユートを前に、ケラウスは力なく笑い、言葉を続けた。
「嫌がらせだよ。俺の恩人が目の前で眠りにつく。それで苦しむって分かってるんだ」
思わずユートは絶句する。
「そんなの……ただ苦しませるための方法だろ!」
憎い相手に攻撃をするだけではない。ただ危害を加えるのではなく、『苦しませる』ことを目的とした行動。
ユートには理解出来ないし、真似しようとも思えない。
ただただ、胸の内に黒い泥のような陰鬱な感情が積み重なっていくだけだ。
――ギャヒ、ギャヒ、ギャヒ――
誰かの声が聞こえた。
顔は見えないが、趣味の悪い醜悪な顔が透けて見えるようだった。
――いい顔だ。お前のような人間は、身内が傷つくことが一番堪える――
「ふざけるなっ!」
ユートは短銃をホルスターから抜くが、向ける相手がいない。
――おっと、そのガキは妙な魔力を持っていたな――
――何をしでかすか分からない。ここは退かせてもらおう――
黒い気配が消えていく。嘲笑うかのように、ゆっくりと薄れていく。
ユートは、何も出来なかった。
『ユート、落ち着いてください』
「くそっ!!」
引き金にかかる指の力を抜くと、乱暴にホルスターに銃をおさめる。けれど、苛立ちはどこにもぶつけようがない。
「すまねえ、少年」
そんな中、ケラウスは口を開く。
「状況が悪いのは分かってる……それでも、一つ頼みがある」
神妙な顔のケラウスを前に、ユートは黙って言葉を待った。
何を伝えるのだろう。ユートは静かに次の言葉を待つ。
ケラウスは顔を上げると、ユートに告げた――
「食事をさせてくれ」
ケラウスの腹が鳴った。




