22-23
和やかな食事の時間は終わり、ユートたちは宿へと戻る。
談笑をしながら北区から東区への橋を渡り、すっかり離れていた宿の扉を開ける。少しだけ、埃の匂いがした。
一同はそのまま適当に部屋へと入り、就寝。明日に備える――
◆◆◆
窓から吹き抜ける風が、ユートの髪を揺らす。
開け放たれた窓から見える月が、眠っていた少年の意識を揺すった。
半ば反射のように瞼をあげると、煌々と輝く満月が見えた。
「……まだ、夜か」
時刻を確認すると、寝床についてから数時間しか経っていない。しかし、月の光は眩しく、少年から眠気を奪っていた。
窓から顔を出して外を見る。街の光は既に収まり、人の声も聞こえない。
街は既に眠っているが、ユートはそのまま眠りなおす気にはなれなかった。
(少し、外に出るか)
皆を起こさないように静かに扉を開いて廊下を歩く。
外に出て、鍵をかけると当てもなく歩き始める。
(どこに行こうか)
ただ足を動かし、気まぐれに立ち止まって耳を澄ます。
風の音が聞こえた。
エドンを囲む城壁の上から、風が吹き込んでいた。
(……行ってみるか)
ふと、思い至って向きを変える。
行く先は、城壁の上。そこに続く階段であった。
◆◆◆
城壁を昇りきると、夜の風がユートを迎えた。
リュウセイの広野から吹き抜ける風は湿っていた。
城壁の縁に体を預けると、シーナから通信が入った。
『眠れませんか?』
「ああ。なんか変な感じだな、落ち着いたら逆に眠れないなんて」
あれだけ忙しい日々が一段落した。それなのに、体は何かをしようと、エネルギーがくすぶっている。
『案外、ユートは何もしない、が出来ない人間なのかもしれませんね』
「褒めてるんだか貶してるんだか」
『息抜きも生きる上で必要なことですから』
「それには何も言い返すことが出来ない」
悔しそうな言葉とは裏腹に、ユートの語り口は軽かった。悪友と語り合うように、冗談と本音を交えて応えた。
風に混じって、音が聞こえた。
城壁の扉が開き、足音――それと、杖が床を叩く音が聞こえる。
振り返ると、見慣れた栗色の髪の女性が立っていた。
「ライカ?」
「あ、やっぱりユートちゃんだ」
ライカの髪が夜風に揺れる。
月の光は煌々と輝き、夜の中でも二人の姿はクッキリと世界に浮かび上がっている。
『あなたも眠れないのですか?』
「うん。明日からのことを考えたら、落ち着かなくて」
嬉しさを抑えきれずに顔に出すと、笑いながら話始めた。
「まず、朝起きたらみんなと一緒にお風呂に行く。お家に帰ったらシルリアちゃんの部屋を用意して……やることが沢山あって……でもそれが、ぜーんぶ、無理だって考えてたことだから」
そして、空を見上げて、ふっと息を吐く。
「色々あったよね」
『ええ。ライカが姿を消してから、ユートは常に落ち着いてませんでしたからね』
「いや、それは」
否定しようとするユートに、シーナはピシャリと言う。
『こういう時にちゃんと言っておかないと、また勝手に居なくなりますよ』
ライカも頷くと、顔を引き締める。
「ううん、もうしないよ。それは本当」
「……わかった、信じる」
ライカは申し訳なさと嬉しさが混ざった顔で頷いた。
「どうしても、助けないといけないと思ったから飛び出してけど……結局、殆どユートちゃんに助けてもらったから」
そして、改めて口にする。
「あの日、追いかけてくれてありがとう」
深い感謝の言葉を受けて、ユートは照れくさくなる。
ついつい、話を変えてしまう。
「そう言えば、銃はどうしたの?」
「うん。ブランシュについた時に、みんなを裏切った証だって渡したよ。
ユートちゃんが言ってたように、それで信用してもらえた」
結局、ユートが追いかけたことで全てが上手くいった。
結果的にシルリアも救い出すことができ、ライカも無事に帰って来た。
けれど――
「なあ、ライカ」
「なに?」
「もし、あの時俺が追いかけてなかったら、どうしてたの?」
もし、違っていたら、どうなっていたか。
「分からないかなあ……シルリアちゃんを連れてどこかに逃げて……少なくとも、エドンには戻らなかったと思う」
ユートはその言葉を聞いて、心の底から「よかった」と安心した。
――あの日、感じた予感。追いかけなければ、ライカとは二度と会えないとユートは考えた。
そうなった時、ユートは笑えていただろうか。アキヤマの隠宅で食事を振る舞ってもらった時のように、皆と談笑出来ただろうか。
出来たとしても、その時に消えたライカのことを考えなかっただろうか。
その全てを、ユートは既に理解している。
だけど、もう無意味なこと。
行動した結果、確かに今、望むものを手に入れたのだから。
「……」
だから、自然と言葉が出ていた。
「ライカ」
この地に降りてからずっと一緒にいた、大切な人の名前を口にして。
「おかえり」
ずっと言えていなかった言葉を口にした。
「……うんっ! ただいまっ!!」
月明かりの下、ライカは笑う。
瞳からは涙があふれているけれど、決して冷たい涙ではない。
降り注ぐ月の光は、少年たちを優しく包んでいた。
これにて、第二部の完結となります。
少年が生き方を選ぶまで、のお話になります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。もう少し旅は続きますので、お付き合いいただければ幸いです。
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第三部については、8月以降に更新開始になります。




