23.全ては繋がっている
「何のこと? 僕ってそんなにミステリアスに見える?」
パコは肩をすくめて、キャベツとレモンを小鉢によそう。
「張り紙のこと、アップルに聞きました」
「『この町にはまだ狼がいる』ってやつ? 何も隠していたわけじゃないさ。あの張り紙はいたずらだと思ってたから、君に話すまでもないと思ったんだ」
何でもないことのようにパコが言う。ニーナは改まってフォークを置いた。
「張り紙が出されたのは、私がこの町にくる前だと聞きました。だったら、私のことではないのだろうと思う」
「僕も同じ考えだよ。いたずらでなかったとしても……」
「だから、私はそれが爺のことなのではないのかと思った。あなたもそう思ったからこそ、私に尋ね人の広告を出すように勧めたのではないのですか」
「君の、爺やさん……? まさか、そんなこと考えも及ばなかったよ。それに、それならそうと君に話すさ。尋ね人の件は単なる思いつきだよ」
パコは涼しい顔でパスタを口に運んでいく。パコの食べ方はとてもきれいだ。滅多にこぼしたりしないし、口の周りにソースをつけたままにもしない。それは彼が、周囲からどのように見られるかをよく計算しているからであるように思われた。
「私にも考えついたことを、あなたが考えなかったとは思えない」
「買い被りだよ。僕はしがない料理人だもの。頭を使うのは門外漢なんだ」
「愚かなふりをしても駄目」
跳ねた毛先を弄りながら、パコがふいと視線を逸らした。ニーナはパコの真意を見極めんとして紫の瞳を追いかける。
「わかったよ。仮に君の言う通りだったとして、僕にはどんな意図があったっていうんだい? 爺やさんがこの町にいるかもしれないって思いつきを、君に隠す理由がある?」
「それは……」
わからないと答えようとしたところで、脳裏にバターカップの言葉が過ぎる。
あたしはあなたを謀るために嘘をつくかもしれないわよ? 嘘じゃなくたって、間違いを教えるかもしれない。少しも自分の頭で考えることをしないで、誰彼構わず軽はずみにおんぶに抱っこをせがむのはおやめなさい。
「……たとえば。もしこの町にいる人狼というのが爺のことだとすると、張り紙を出した誰かは、爺の正体を知っている、ということになる。尋ね人の広告によって爺の行方がわかったら、もしかしたら爺はその誰かによって吊し上げられるかもしれない。だってこの町では、人狼は忌み嫌われているから」
口もとに手をやって考え込んでいるニーナは、パコの表情がしだいに険しくなっていくことに気がつかない。
「あなたはそれをわかっていて、爺を炙り出すためにわざとそうした。なぜなら、あなたは本当は人狼を憎んでいるから。だって人狼は十六夜を傷つけたのだから……とか」
「違う」
パコの声は掠れていた。しかしすぐに取り繕うような笑みを浮かべる。
「考えすぎだよ。僕がそんな……君を騙すような真似すると思う? だいいち僕は君が人狼だって知ったときから、ずっと君の味方だったじゃないか」
パコの言うことはもっともだ。無差別に人狼を嫌っているのなら、ニーナの正体を知った時点で町を追い出すなり告発するなり、何かしらの行動を起こしていただろう。しかしパコは出会った頃から一貫して、ニーナの理解者であろうとしてくれていた。それは紛れもない事実である。
「それは、そうだけれど」
しかしそれをもってしてなお、払拭しきれぬ違和感があった。朗らかなパコがごく稀に見せる苛烈さの向こうに、何かが息を殺して潜んでいる。そんな気がしてならなかった。
「さあさあ、食事がまずくなるような話はここまで。早く食べないとパスタが伸びちゃうよ」
どこか有無を言わせない口調で急かされて、ニーナは黙々と食事を平らげた。パコの料理はいつも美味しい。優しい味がする。それだけは確かなことだった。
調理場を出ようとしたニーナの手を、パコが引き留めた。
「ニーナちゃん、待って!」
どことなく切羽詰まった声色に振り返る。紫色の瞳には、どこか祈るような色が宿っていた。
「僕はニーナちゃんのことが大好きだよ。君っていつも大真面目で、それがときどきちょっと可笑しくて、いとおしいと思う。それに、十六夜も知らないような君の秘密を僕は知ってるんだ……君のためにならないことなんかしたくないに決まってる。嘘じゃない。どうか信じておくれ。お願いだよ」
パコに気のある女性ならば舞い上がってしまいそうな台詞であるが、生憎ニーナはそんな心の機微を持ち合わせていなかった。ニーナはパコの目を注視する。嘘をついているようには思えなかった。しかし括り付けたように眼を逸らさぬさまが、決して獲物を逃さない優れた射手のようにも見えるのだった。
「……知っています」
「そっ、か。そうだよね」
パコはほっとしたように、どこか寂しげに微笑んだ。
***
ニーナが食堂に出ると、咄嗟に身を隠そうとしたらしいアップルの尻が机からはみ出していた。
「アップル」
「は、はいっ」
アップルはあちこち体をぶつけながら、ぎくしゃくと立ち上がる。
「聞いていたのですか」
「な、なんにも聞いてないわ、パコさんもニーナさんのことが好きで、坊ちゃんと三角関係だなんて、ちっとも聞いてませんとも!」
「聞いていないのですね、わかりました」
「違うの! 本当に聞いてないの……って、あれ?」
背後でアップルが戸惑っている気配を感じながら、ニーナは足早に廊下を抜けた。
この町で何かが起こっている。
白狼である自分には何ら関係のないことだと思っていたが、間違いだったのかもしれない。
ひょっとすると全ては繋がっているのかもしれない。




