18
月明かりもない暗闇。星の光だけが頼りの不思議なほど静かな夜。小さな吐息と、傍らに大きな人影。その人影が傍らの塊に手をかざした瞬間、周りを赤い光が照らした。
「プッポーーンッッ」
「…ちっ!!!」
辺りにはまぬけな音が響き渡り、大きな風が渦を巻く。それと同時に、何かの唸り声と何かを耐えるような声がした。
「本当に、君だったんだね。シン君」
部屋の明かりがともされ、暗闇が暴かれた。大きな風がやむとそこには黒いローブを羽織り、短剣を手にした緑眼緑髪の少年がいた。その少年、シンの表情はいつものそれとは違い、不敵に笑っている。その左足のふくらはぎには白銀色の狼が噛みついており、辺りには鉄の匂いが漂っていた。
「これはこれは…ヒカリ様ではありませんか」
ぐちゅりとした肉片のえぐれる音がする。シンは笑っていた…ウォルフの牙が足に食い込み、着用しているズボンに大量の血がしみだしているにもかかわらず。不気味なほどシンは表情を変えず、ヒカリたちに声をかけた。その声はいつもの彼の声よりもかすれており、彼の容貌とは似つかわしくない声だった。
「それに、ソル王子に、メフシィ様、ムーフォウ様、ああ、アカルディ様まで…ふふふ。そうか…やっぱりばれていたんだね」
そう言うと、シンは無表情となり、右足でウォルフを蹴った。
「いい加減に離れろよ、この駄犬が。昔から人間に媚びることしか知らない臆病者め」
「ウォルフ!」
ウォルフは紙一重でその蹴りをかわし、アマンダたちの近くへと移動する。
「あーあ。計画が台無しだよ…これだから生かしてはおけないんだ…」
シンは髪をかき揚げ、ぶつぶつと何かを呟いている。そのかきあげた髪の隙間では、赤いピアスが鈍く輝いていた。
「シン・アンダーウッドという人物を皆様はご存知でしょうか」
ウォルフは1人の人物の話を持ち出した。それはアマンダのお店にもよく通ってくれていた、緑眼緑髪の好青年の名前であった。
「シン君でしょ。この間アマンダさんのお店に行ったときは驚いたけれど、普段はあんな風じゃなくてとてもおっとりしている子だよ」
ヒカリは彼とはクラスメイトであった。彼はソル以外で、学園で初めて話をした人物で、入学してきたヒカリの隣の席に座っており、初めてのクラスで緊張していたヒカリに声をかけてくれたのだ。アマンダの魔法屋での姿には驚いたが、それ以外はいたって普通の生徒だったはずだ。今日の様子も特段変わったところはなく、ヒカリの挨拶にも律儀に返してくれていた。
「そうですか…」
「おっとり~?」
そこで疑問を持ったのはレーブだった。
「彼はおっとりとはまた違う気がするよ~」
レーブが言うに、彼はオーラが普通とは違うのだという。レーブは人にはあまり興味を示すことはないが、魔法に対しては異常なほどの関心を見せる。それによると彼は魔法を使う際、普通の魔法使いとは違いオーラに歪みが生じているのだという。
「彼本人に聞こうと思ってみたこともあるんだけどね~。彼はなんだか僕とは話したくないみたいで…まあ、僕ってこんなんだから仕方ないよね~」
レーブは自分が人とは少々感性が違うことには気づいている。ただし、それを彼は別に悪いこととは思っていない。彼は一時期そのことについて深く悩んだこともあったが、ヒカリの言葉によりそれを考えすぎることをやめた。自分には自分のよいところがある。人に合わせることも大切だが、自分らしさを失くしすぎないようにすること。そういった考え方も時には必要だと彼は感じていた。
「そういえば、確かに彼は私のことも避けているように感じましたね。…そう思えば、彼は少々、他人をねめつけるような癖がありました。確かにおっとりとは少し違う気がします」
サジェスは学年での成績が廊下に張り出された時のことを思い出した。自分は張り紙を少し前の方で見ていたのだがその時、後ろからの視線を感じ、振り向くと彼がじっと自分のことを見ていたのだ。あの時の彼はいつもの彼とは違い、少し異質に感じた。
「…あいつって昔はあんな風に笑う奴じゃなかったんだよ」
カウザは以前、シンとともに暮らしたことがあったという。彼はなんでもアンダーウッド家の私生児で、生まれてすぐは孤児院で育っていたらしい。アンダーウッドの当主と妻の間には子が生まれず、それなのに当主も若くして亡くなってしまった。そして彼が黄の魔術師だと知ったアンダーウッド家は、その血筋を残すために、彼を後継人として引き取った。カウザの父親は孤児院で育っていたシンの才能を見て、一時期彼を預かっていたらしい。
「その時のあいつは誰も信用できないって顔で見ていた。俺のこともよく睨みつけていた。だけど、アンダーウッド家に引き取られてから会うこともなくなって。次に再開したときにはあんな風になってた。」
「なるほど、ヒカリから見る彼と私たちから見る彼ではだいぶ差があるようだね」
ソルは彼と話したことが1度だけあり印象に残っているのを覚えていた。ソルは王子であるため、周りの人間はソルに対し、表面上社交的な笑みを見せる。彼もその笑みを見せていたわけだが、ソルに見えないところで強い視線をソルへと向けていた。彼のように分かりやすい人間も珍しくソルは覚えていたのだ。
「やはり、彼には何かある…と考えた方がよろしいようですね」
それぞれの話を聞き、ウォルフの憶測はだんだんと確信めいたものに変わっていた。それはあまり良い予感とは言えなかった。




