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3-03 閑話・ある主従の観察日記

【エミリ視点】


…………お忍びから帰ってきて以来、二人の様子がおかしい。

リーヴェはやけにツンツンしているし、ギルは何となく主に対してよそよそしい。

腫れ物にさわるような感じだ。


主と同僚をラブラブデートに送り出し、より親密になって帰ってくるかと思いきや、エミリの予想は完全に外れた。


ふてくされて窓の外を眺める聖女と、表向き平然としている護衛を、ちらりと見比べる。

二人とも何も言わないが、きっと喧嘩でもしたのだろう。それも、犬も食わないやつを。




────リーヴェとギルは、聖女と護衛。つまり主従という関係である。

でも、近くで見ているエミリに言わせれば、それ以上の微妙な距離感だ。

互いに意識してるのに、本人同士はまったく、さっぱり、全然、気づかない。リーヴェもギルも、恋愛に疎くて不器用だからだろう。本当にもどかしい。


リーヴェは過酷な子ども時代を送ったせいか、愛だの恋だのというフワフワした感覚がピンとこないらしい。

ギルの方は、以前つきあった娘にさくっと振られ、以来恋愛から遠ざかっているという。

でも、そんなもん相性の問題だ、とエミリは思う。

どっちも自分の感情を認めて、楽になっちゃえばいいのに。


とはいえ、ギルはまだ22歳。リーヴェなんて18歳。二人とも若い。人生経験が足りないお年頃だ。

二十代半ばを過ぎた先輩としては、つい世話を焼きたくなる。


……が、ここは我慢。

下手に首を突っこむと、リーヴェの"兄貴分"────王国最強の騎士と魔術師に目をつけられる。


この間、ギルは酒瓶を片手に夜中に訪ねてきたリーヴェを追い返すのに失敗して、寮の部屋に入れてしまったらしい。翌日、彼はバハートにバチボコにやられていた。


エミリの直感は正しかった。それを改めて確認する出来事だった。


なので、エミリはひたすら観察者に徹している。

リーヴェとギルは、はたで見てる分にはとても面白い。もどかしくて悶えることも多いけれど、毎日が楽しい。

さっさとくっつけばいいのに……と思う瞬間も多々あるが、二人揃って異様に不器用であるため、想いが通じあうのは、まだまだ先になりそうだった。




ちなみに…………見た目的にも、二人は非常にお似合いだ。((あるじ)が大人しい時限定で)


聖女リーヴェは、花のように可憐で、生命力に溢れた乙女だ。さすが神に選ばれし娘……とうっとり見惚れるほど美しい。

ギルの方は、"朱炎の聖騎士"らしく均整の取れた長身で、立ち姿はすらりとしている。生真面目な性格のせいか印象が地味で、若いのにそこはかとなく枯れた雰囲気があるけれど、顔面はかなり整っている。


二人が並ぶと、名匠の手による絵画のように美しい。眼福だし、目の保養だし、得した気分になる。


そんな絵になる主従だが……そういえば、もう一つ問題があった。

あの生真面目な聖騎士は、なぜか「リーヴェはクラウス王子に思いを寄せている」と勘違いしているのだ。

最近、クラウス王子がある令嬢を見初めた、という噂を耳にして、


「リーヴェ様はショックを受けておられないだろうか……」


と本気で心配していた。

なにその勘違い。主が誰を思ってるかなんて、誰が見たって一目瞭然なのに。


けれど、彼の勘違いを訂正するチャンスは、なかなか訪れない。これがまたもどかしい。リーヴェの寝室の枕元を見たら、どんな鈍感野郎だって一発で理解するだろうに。


しかし男性の護衛は、聖女の寝室に立ち入ることが許されないので、ギルがアレを目にする機会は一向にやってこない。

どうしたものか。




+++++




────今でこそ主と同僚の関係を肴に、のほほんと生きているエミリだが、彼女はそこそこ苦労人だ。リーヴェに理解があるのも、自身の生い立ちによるところが大きい。


エミリは、上位貴族の父親が、平民の侍女に手をつけて生ませた娘だった。物心つく前、父の正妻に家を追い出され、幼い頃は母と極貧生活を送っていた。

その後、恐妻の目を盗んだ父の支援を受けて、大神殿の神官見習いとして働く機会を得たが、そのことに感謝することはあっても、「父はろくでなしだ」という評価に変わりはない。


男で苦労した母を見て育ったエミリは、わりと重度の男性不信になった。

他人の色恋沙汰を、横で見ている分には楽しい。でも、自分が男と付きあうなんて考えたこともない。結婚なんて論外だ。

男に頼らないと決めてから、自分の立場をより確かなものにするために、彼女は一心不乱に修行に打ち込んだ。階級を上げ、足元を固め、上級神官に登りつめた。


ようやく安泰だと思った矢先、リーヴェの世話役を任された。

最初は、シャーシャー威嚇する野良猫のようであったリーヴェも、根気よく優しく接しているうちに、少しずつ打ち解けた。

危険な悪鬼討伐に送り出した時は、「自分が代わってあげたい……」と泣くほど心配した。無事に彼女が帰って来た時は、嬉しくてまた泣いた。

そうしてリーヴェは、エミリにとって妹のような存在になっていた。




+++++




……休憩に入ったエミリは、主がお忍びで買ってきてくれた菓子を口に放りこむ。「エミリにも土産を買う」と約束したのを、彼女は覚えていたようだ。

リーヴェは意外に義理がたい。それに弱いものにも優しい。


喧嘩中の主と護衛のことも、エミリは特に心配していなかった。そのうち仲直りするに決まっている。

……ていうかこのクッキー美味しい。今度自分でも買いにいこう。




…………そんな風に、エミリは自分の立ち位置を、あくまで傍観者だと考えていた。

そんな自分が、事件に巻き込まれて殺されかけるなんて、爪の先ほども想像してはいなかった。

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