三章 15.泥との再会
仲間達が闘技場で激戦を繰り広げている最中、アカリも一人戦い続けていた。
そう、羞恥心という名の心の宿敵と。
「……ふぁいとー」
「頼むからそっとしといてくれ!」
「……大丈夫、このことは誰にも言わないから」
「むしろバラしたら一生恨むつもりだよ!」
荷車を引きながら走るという羞恥の状況を前に、リリフィナはマジカロイドに乗りながら高みの見物をしていた。
本当にムカつく奴だ。この件が片付いたら何かしらの形で絶対仕返ししてやるからな。
「アカリ君、確かに荷車を引くというのは恥ずかしいことかもしれない。だが、君の勇気ある行動が私の娘を救うことに繋がる。もっと胸を張り誇っていいんだ!」
「ど、どうも、フォローありがとうございます。何かシュナーベル区長って結構熱い人ですね……」
リリフィナの小馬鹿にした様な煽りに文句を言っていると、何故か区長から暑い応援の言葉を頂いた。いや確かに怒ってはいたけど、正直そこまでガチの言葉を貰うと逆に責任が増してしんどくなるんだが。
てかあんたのせいで俺はこんな目にあってるんだから、もう少し申し訳なさを出してほしい。
「はは、よく昔から空気の読めない暑苦しい奴と言われていたよ……」
「なるほど、まぁでもそういう人がいた方が場は盛り上がるし、いいと思いますよ」
「それもよく言われた。そしてそういう時、皆決まって今のアカリ君みたいな顔をするんだ……」
前言撤回。暑い人かと思ったが、どうやら恐ろしく卑屈な人だった。卑屈故に自分をよく見てもらおうと、相手に気に入られようとして、この男は俺を慰めてきたということか。
恐らくその気の回しが下手くそだから、結果として暑苦しいキャラが出来上がってしまったのだろう。
「区長って大変そうですね。俺には絶対無理そうだ」
「……リーシャンには似合わない」
「はははっ、そうだよなぁ、俺もそう思うよ」
「……?何笑ってるの」
リリフィナの言う通り、正直俺は自分が人の上に立てる人間だとは思っていない。ただ、たまたま偶然が重なっただけで魔王にまで祭り上げられてしまっただけの、なんの力も持たない一般人なのだから。本物の実力でそういう立場に立っている人間は尊敬出来る。
真似事でも祭り上げられたことに変わりはないのだから、今度参考がてら区長の生活に付き添わせてもらおうかな。
「それでアカリ君、娘の居場所はそろそろ分かったかな?」
「ああ、だんだん匂いが強くなってきてます。追いついてる証拠ですよ」
「……匂い、やっぱり変態っぽい」
「これしか手段が無いんだからそろそろ流してくれ!」
クウと融合状態にある俺は嗅覚の恩恵も受けている為、匂いを辿ることも多少は出来る。ただクウ程正確に位置を把握出来る訳では無く、方角をある程度絞れるくらいのものであるが。
区長に指摘されて匂いに意識を集中すると、感じ取られていた匂いがだんだんと濃くなっていることに気づいた。恐らく娘さん達に追いつくのも、時間の問題だろう。
「ちぃ、ちょこまかと逃げ回りやがって……いい加減諦めろ!」
「あなたの命令には従わない」
「そうよ!私の下僕があんたなんかに負ける訳ないでしょ!」
「うるさいから黙ってて」
「うるさいって何よ!?下僕の分際で生意気ね!」
娘さんとの距離が近づくにつれ、何やら言い争いのようなものが聞こえてきた。内容から察するに、どうやら現在は敵の追っ手と護衛の人が戦っている最中らしい。
しかし何故だろう、どうにも俺にはその護衛の人の声に聞き覚えがある。脳内で嫌な予感がこうるさく警鐘を鳴らしていた。
「これ、もしかして行かない方がいいかな」
『クウ!(あっ、何か懐かしい匂いがする!)』
「懐かしい匂い……いや、まさかな」
脳内の警鐘に合わせるようにクウの発言が頭の中で反芻して響き渡る。
懐かしさを感じるということは、十中八九奴のことだろう。あ、なんか本気で行きたくなくなってきた。
「今の声は私の娘だ!よかった、どうやらまだ無事の様だな。アカリ君、このまま現場まで急行してくれ!」
「うっ、り、了解です……」
帰ってしまおうかとも考えていたが、残念ながら区長は帰還をお望みではない。むしろ娘をさんの無事が分かって気持ちはさっきまで以上に上がっている様子だ。
仕方ない、こうなったら腹括って俺も覚悟を決めて飛び込むか。
「しゃーねぇな、このまま戦場へ突っ込む!振り落とされないで下さいよ!」
「かまわん、このままの勢いで走り抜けてくれ!」
「……分かった」
区長の許可も得られたところで、俺は全速力で荷車を引きながら戦場へと突撃する。
願わくば護衛の人物は俺の予想している者と別人であることを願うばかりだ。まぁ最早その期待は非常に薄くなっているが。
「いつまでも、しつこい奴」
「それはこちらのセリフだ。いい加減諦め――」
「どぉらあぁぁぁ!」
護衛と誘拐犯が戦っている間を割って入るように、俺は荷車を引きながら乱入した。後ろを着いてきていたリリフィナは、後から悠然と登場してくる。
「な、何だお前は……!?」
「ふぅ、待たせたな。真打の登場だ」
こうして、なんとも奇っ怪な格好で俺は戦いの場に身を投じた。
すぐに俺は周りを見渡し状況を把握する。前方には敵が一人、後方には恐らく区長の娘と思しき人物が一名と、そして予想通りの奴が一人いた。
「ご主人様?何で、ここに居るの?」
「よぉ、久しぶりだなドロシー。俺のことは忘れてないみたいだな」
区長とその娘を護衛している人物は、やはりドロシーだった。泥の魔人ドロシー、ガンマからはどこかのお偉いさんの用心棒を務めているとか聞いていたが、まさかそれが区長だったとはな。
ガンマも区長顔くらい覚えておけよ。
「ご主人様?何言ってるのよ!あなたは私の下僕でしょ!」
「違う、私はあなたの下についたつもりは無い。ただいつもご飯をくれるから戦ってあげてるだけ」
「それを下僕って言うのよ!」
「はぁ、ほんとにうるさい……」
おぉ、あのドロシーが人間関係に疲れきった様な顔をしてやがる。なんて珍しい光景だろうか。
あの娘っ子、人間にはとことん無関心で自分が奴隷にされても対して恨みを抱かないドロシーを相手に、あんな感情を抱かせるとはなかなかやるようだ。
「邪魔者が増えたか、鬱陶しいな。まぁ一人ずつ潰せば結果は同じなんだ、大した手間ではない」
「っ!危ないリリフィナ!」
「きゃっ!」
ドロシーとの再会に驚き、思わず敵の存在を忘れてしまっていた。その結果、奴の不意打ちを許すこととなり、回避が遅れる。
「うぐっ、ゆ、油断した……」
「……リーシャン!肩が!」
「平気だよこれくらい、ただのかすり傷だ……」
敵から放たれた攻撃はまっすぐリリフィナを狙っていた。咄嗟に彼女を押し退けることで庇うことは出来たが、反応が遅れたせいもあってその攻撃は俺の肩に深々と突き刺さっている。
かすり傷と強がっているが、激痛は頭の芯まで響き渡り、今にも叫びたくなる気持ちを抑え込むので精一杯だ。額からは大粒の脂汗が滲み、傷口が熱を持って気分が悪い。
「ちっ、狙いがそれた。だがいい具合に深手も与えられた様だし、及第点としておくか」
「へっ、随分と余裕そうだな」
「当たり前だ、今引下がるならこの場で命まで奪いはしないと約束してやる。だからとっとと失せるんだな」
「冗談じゃない、誰が逃げるかよ。お前程度相手なら、この傷なんざいいハンデだ」
俺は敵の忠告など完全無視して、肩に深々と突き刺さっている得物を引き抜いた。傷口からどっと血が吹き出し痛みが増す中、引き抜いたその得物を目にして俺は一つの得心が行く。
俺の肩口に刺さっていた得物は、紅く透き通る魔石で形成された短槍だったのだ。この禍々しくも神々しく輝く魔石の光は、紛うことなき闘技場で見たシカと同質のものである。
「ようやく見つけた。お前が今回の事件の主犯だな」
闘技場に乱入してきたシカと同質の魔石を操る者、すなわち奴こそが今回の事件の主犯ということだ。
ようやく見つけた本命の敵を前に、逃げるなんて選択肢ある筈が無い。ここでこいつを倒して、俺がこの争いの幕を引く。




