三章 14.灯無き戦場
アカリが闘技場を離れ区長救出に向かっている頃、闘技場でのシカ二匹との戦闘は激しさを増していた。
一匹でも厄介だったシカを相手に、現状は戦力を現役勇者とその他勇者一族大勢、それとマルク、マリナに加えガゼル、ネネティアらアカリの部隊員に二分することでどうにか持ち堪えている。
「「クフオォオォォオ!」」
「乱れ角来るぞ!」
「回避回避!」
長時間に渡る戦闘のおかげかシカの戦い方にも慣れてきた一同は、シカ二匹の動く予備動作を見ただけで次の行動を予測するまでには、動きを把握してきている。
「奴が角を地に刺した瞬間が好機だ。外すなよ!」
「えぇ、分かってますよ!」
「俺が外から援護する。吠えろ……紅業火!」
シカが広範囲攻撃を繰り出そうとする僅かな隙を狙い、マルク達のチームが動く。
ガゼルが赤い魔弾を放つことでシカの動きを抑止し、その間に距離を詰めた本家兄妹が、地面近くまで降りてきた首を鮮やかな剣技で斬り落とす。
「クフォォォ……」
そうして、敵の必殺の一撃が放たれるギリギリのところで、シカを討伐することに成功したのだった。
「はぁ、はぁ、どうにか間に合いましたね……」
「いい援護だ、助かったぞエインシェイト家の後輩」
「いえ、俺にやれるのはこれくらいなんで」
倒れるシカを横目にマルクは援護をくれたガゼルに礼を言う。アカリ達と共に開発した専用魔道兵器は、勇者一族本家の人間にも遅れを取らない程の高威力を誇っている。
だが、それでも援護止まりであり、自身で勝負を決められる程の威力が無いことをガゼルは悔やんでいた。
「紅業火、やはりまだまだ改良の余地はあるな……」
今回の騒動で新たな課題を見つけたガゼルは、そう決意を新たにしていた。
「クフォ……オオォォオォォオオ!」
そんな風に会話をすること数分、先程倒したはずのシカが再び雄叫びを上げて立ち上がり始めていた。
落としたはずの首は既に胴体と結合を完了させており、何事も無かったのようにシカは雄叫びを上げてマルク達を睨みつける。
「もう甦ったか」
「のんびり休んでる暇も無いわね」
「後輩達、次に備えるぞ!距離を取れ!」
「「「はい!」」」
これでシカが再生するのは合計三回目。
またも甦ったシカに対し、マルク達は最早驚く素振りなど一度も見せることなく、すぐさま臨戦態勢に入る。
こなれた作業の様に再び戦闘を開始するが、いつまで続くか分からない悪魔の様な戦いの連鎖に、全員の心は少しずつ摩耗していくのだった。
「いつまでこいつと戦い続ければいいのよ……!」
「兄貴が必ず打開策を見つけてくれるはずです!だからそれまで僕らで街へこいつらを出さないように食い止めないと!」
永遠にも思えるシカとの戦闘に愚痴を零すマリナに対し、セロルはそう強く宣言した。
セロルの目に諦めは存在せず、ただひたすらにアカリを信じ抜く強い意志が垣間見える。
「随分と信頼しているんだな。おい、そんなお前にあの生意気な後輩から贈り物がある。受け取れ」
「え?わあぁっ!」
セロルの言葉に薄い笑みを浮かべたマルクは、彼女に向かってあるものを放る。それは、アカリが残した宣言であり覚悟の証、約束の魔剣であった。
「これって魔剣……ど、どういうことですか……!?」
「なに、ただあの後輩と一つ賭けをしただけだ。俺に勝てたらお前を勇者一族本家の養子に迎え入れるとな」
「養子って、な、何で兄貴がそんなことを……」
「鈍いわねセロル、アカリはあなたには勇者でいて欲しかったから、お兄さんから本家の地位を勝ち取ったのよ」
突然魔剣を与えられ困惑を隠せないでいるセロルに対し、マルクとマリナは淡々とことの経緯を説明する。提案したのはマリナだが、それを実現させるアカリの無茶苦茶な実力と行動力を思い、苦笑いを浮かべながら。
「兄貴……兄貴はずるいよ、影でいつも僕達の為に頑張ってくれて。今だってきっと僕達の為に一人で体張って頑張ってるんだ……」
「だろうな、あの馬鹿は何でも自分でやらなきゃ気が済まない程のお節介野郎だ」
「全くです、私の復讐まで背中を押すくらい馬鹿なんですから」
セロルの言葉にガゼルやネネティアも共感して微笑む。
アカリは常に仲間の為を思い仲間の為に行動が出来る、本物のお人好しであった。
だが、そんな彼は現在区長の娘を救う為に、荷車を引きながら走っている訳だが。残念ながら、ガゼル達がそのことを知るのはもう少し先のことである。
「うん、そうだね。兄貴は僕達の為ならどんな馬鹿なことでもやってのける本当に優しい隊長なんだ。だからこそ、兄貴の期待を裏切らない為にも、こんなシカ程度に負ける訳にはいかない!」
「ああ、その通りだ。むしろアカリが何がする前に俺達がこのシカを倒して、無駄足だったなと笑ってやる……!」
「それは面白そうですね。私もアカリ君の悔しがる顔が見てみたいですし、本気でやってやりますよ!」
ここ数ヶ月、アカリと訓練の日々を重ね続けてきたガゼル達は、信頼する隊長に成長した姿を見せつける為、闘志を燃やしシカに向かっていく。
彼らの中には最早、復活するシカに対する恐れは一切無かった。
「本当に、今年はいい後輩が入ってきたものだ。本気で学園を去るのが名残惜しく感じてきた……」
「お兄さんもそんな冗談を言うんですね」
「冗談では無いさ、あの三人やそれを支えるアカリ、彼らがこれからどう成長していくのか楽しみで仕方ない。もちろんお前の成長もだぞ、マリナ」
「本当に今日のお兄さんは少しおかしいですね。でも、ありがとうございます……」
普段無表情で、己の内心など一切表に出さない兄から告げられた本音にマリナは少し困惑しつつも、嬉しさから笑みが零れていた。
「牽制する……吠えろ紅業火!」
「私も援護します!」
「クフオォォォ……!」
蘇ったシカ目掛け、ガゼルとネネティアの魔弾が襲い掛かる。高威力の魔弾を前にしてはシカも自由に動くことが出来ず、身を固めて守りに徹することしか出来ないでいた。
「ここだ……!」
そして身動きが取れなくなったところをセロルが急接近し素早く斬りつけた。相変わらず繊細な魔力操作によって、魔剣の輝きを一切放たない無光の剣戟がシカの首を的確に捉える。
セロルは再び、勇者一族に返り咲いた。
「クフオォッ!」
「うわっと、やっぱ一撃じゃ落とせないよね」
だが、セロルの高速の剣技をもってしても巨大なシカの首を斬り落とすことは叶わず、薄く裂けた首は徐々に再生していく。
シカは死ぬ度にその再生速度を加速させており、四回目の戦闘となっている現在は少しのダメージなら何事も無かったかのように傷を癒し、反撃の猛攻を繰り出してきていた。
「クフオォオォォオ!」
「や、やばい……」
「セロル!」
攻めに集中していたセロルは、シカの反撃までは予測していなかった。結果体勢を立て直そうとして無防備を晒しているセロル目掛け、シカの踏みつけが迫り来る。
ガゼルは名を叫び助けに入ろうとするが間に合わない。
「攻めることばかり考え過ぎだ。やはりまだ若いな」
「前に出過ぎよセロル!」
だが、シカの足はセロルに振り降ろされる直前で本家兄妹の魔剣によって受け止められた。
後輩の不手際は先輩がカバーする。年長者の経験によってセロルは九死に一生を得た。
「さて、いつまでも後輩にばかり遅れをとる訳にはいかない。先輩の威厳を見せてやろう」
「えぇ、行きますよお兄さん!」
いつまでも後輩にばかり任せる訳にはいかないと言わんばかりに、本家の兄妹は揃ってシカに向かって駆け出していく。
こうして、不死身のシカとの戦闘はより激しさを増していくのだった。




