三章 8.崩壊の始まり
剣舞会決勝本戦が始まった。試合は進み、現在はマリナが戦っている最中である。
対戦相手はマリナを相手に手も足も出ない様で、終始彼女が圧倒していた。やはりマリナには魔力解放がある分、大抵の勇者一族では相手にすらならない様だ。
「やっぱりマリナ先輩の圧勝ですね」
「まぁ、当然だろうな」
マリナもマルク先輩も今のところ苦戦する様子も無く淡々と勝ち進んでいる為、見てる側としては少し退屈だ。
あんな強者とセロルが戦う姿が見れないのは悔しい。やはり無理やりにでもセロルを出場させるべきだったか。
「ん?おい、あれ何だ?」、「闘技場から魔石?が生えてきてるのか……?」、「おい邪魔で試合が見えねーぞ!早く退けろ!」
スローペースな展開に退屈さを感じていると、急に会場の観客がガヤガヤと騒ぎ出した。
つられて闘技場から方に目をやると、彼らの言う通りいつの間にか地面から魔石が突き出していたのだ。
そしてその魔石は、どんどんと地面から突き出て今も大きくなっている。
「何であんな所に魔石が生えてんだ?てか魔石って生えるものなのか?」
「さぁな、俺もこれは初めて見る。剣舞会の演出か何かじゃないのか?」
「いや、演出にしてはタイミングが不自然過ぎる……」
俺も一瞬だけ剣舞会運営の仕業かと思ったが、それにしては試合中にあんなものを出すなんておかしい。出場者に当たって怪我でもしたら、クレームも殺到するだろうし。
だとしたらあそこに魔石が生えたのは、自然現象ということだろうか。
「あ、あの、魔石の正体……私、知ってます……」
「何だネネティア、心当たりがあるのか?」
謎の魔石に頭を悩ませていると、横で同じように観戦していたネネティアがそう小さく呟いた。心無しか、声が少し震えている気がする。
「はい。あんな風に魔石が生えて来たあの日、私の家族はあの魔物に殺されたんです……」
「殺されたって、じゃあまさか目の前のあれは――」
ガイイィィィィィィイイン!
ネネティアの発言に嫌な予感を覚え、会場の魔石を破壊しようと拳を握るが一歩遅かった。
地面から突き出していた魔石は突如突き出す速度を上げ、闘技場から溢れんばかりの巨大な柱へと変貌したのだ。柱となった魔石はビキビキとヒビが走り始め、最後には破片を勢いよく弾け飛ばしながら砕け散る。
「クフォォォォォォォオ!」
そして弾けた柱の中から、一匹の巨大な魔物が姿を現した。その魔物は頭に巨大な角を二本生やした、四本足で地面を力強く踏み締めるシカの姿をしている。
しかし何よりも特徴的なのはその形状ではなく、奴を形成している体の物質だ。魔物は本来なら一般の動物と同じ様に肉や皮を見に纏い、核となる魔石は体内深くに眠っている。
だが、奴の場合は全身が赤く輝く魔石で覆われているのだ。その神々しい外見はまるで宝石で出来た彫刻の様でもある。
「この魔物、明らかに通常の奴らとは格が違うぞ……」
全長十メートルはある巨大な体躯に、煌びやかに輝く赤い外見。そして奴から放たれる圧倒されそうな程の威圧感。この魔物は、どう考えてもこれまで戦ってきた魔物よりも数段強い。
「ネネティア、あれがお前の家族の仇なのか……?」
「いえ、違います……見た目は似てますけど、私の家族を殺したのは鳥型の魔物でした」
「違うのか。でもまぁ無関係とも言いきれないだろうな。登場の仕方は同じらしいし、あんな変な魔物そう多くはいないだろ」
ガゼルの問に、ネネティアは明らかな憎悪をもって魔物を睨みつけながら答えた。どうやら仇の魔物とは違うらしいが、それでも似ている奴を前に怒りを抑えられないという感じだ。
「おいおい何だこいつは?試合の邪魔だぞ!」
「こんなものさっさと蹴散らして、すぐに剣舞会を再開してやる!」
俺達が目の前の魔物について思案を巡らせていると、一番近くに居た勇者一族の二人が先んじて戦闘を初めてしまった。
「待て!下手に動くと――」
「クフオォォォオ!」
無策で突っ込もうとする二人を俺は止めようと声を上げるが、残念ながら魔物の方が動くのが速かった。奴は斬り込もうと駆け寄る勇者一族二人を軽く前足で踏み潰す。
結果残ったのは、陥没した地面で無惨にも倒れ伏す二人の末路だけである。
「うそ、だろ……?」、「勇者一族が一撃でやられたぞ……」、「ねぇ、これまずいんじゃないの!?」、「に、逃げろぉー!」
敗北した勇者一族を目撃した観衆達からは、先程までの剣舞会をただ楽しんでいた余裕が一切消え去り、ほんの数秒でパニックに陥る。
そして、そんな状況を嘲笑うかの様に更なる危機が俺達に襲いかかってきた。
「うわぁ、こっちからも生えてきたぞ!」、「こっちもよ!」、「数が多過ぎる!警備は何をやってんだ!?」、「どうにかしろよ運営!」
なんと、観客席にまであの件の魔石が地面から突き出してきたのだ。
まるで俺達を誰一人ここから逃がさないと言わんばかりに、無数の魔石の柱が観客席の足元からも次々と生えてくる。大きさは闘技場にいるシカ程では無いが、一メートルもある魔石が無数に生えてくる様は見ているだけで恐怖を感じる光景だった。
「「「キキュウゥウゥウゥウゥウゥ!」」」
そして、その魔石の柱も中央にいるシカと同じ様に弾け飛び、中から中型犬サイズのネズミが姿を現した。
このネズミ共も胴体が全て魔石で形成しているが、色はシカとは違い半透明のガラス細工の様な見た目をしている。見ている分には綺麗なんだが、相手が魔物である以上油断は出来ない。
あまりにもおぞましい数の魔物の出現に、観客席は一瞬で大混乱となる。このままでは手が付けられない自体となり、最悪恐ろしい数の死傷者が出るだろう。そうなる前に手を打たねば。
「ネネティアとセロルは観客の避難を誘導しろ!俺とガゼルで退路を作るぞ!」
「わ、分かった……!」
「はい……!」
「了解だよ兄貴!」
手早く飛ばす俺の指示に三人は迷うことなく従い、すぐさま各々行動を開始した。
魔物の数が多過ぎる為、まず殲滅力に長けた俺とガゼルが先陣を切る。
ネネティアは複数の敵を相手にする近距離戦はまだ慣れておらず、セロルは今は魔剣が無い為本調子が出ない。だから二人には避難誘導を任せた。
『観客の皆様!どうか慌てずに行動して下さい!魔物は必ず警備の者が対応しますので!どうか慌てずに――』
「ふざけんな!こんな状態で落ち着いていられるか!」、「そうだそうだ!」、「俺は死にたくねぇから逃げるぞ!」
実況が必死に避難誘導の声を張り上げるが、それらは観客の耳には届かない。いくら落ち着かせようと呼び掛けても、命が掛かっている観客が止まるはずなどないのだ。
だからこそ、戦える俺達が退路を作る必要がある。
「やるぞガゼル、人には当てるなよ!」
「ふん、当たり前だ。何のためのこれまでの特訓だったと思っている……!」
俺とガゼルはそれぞれ自前の魔道兵器を構え、銃口をネズミ共に向ける。突然の実戦だと言うのに落ち着いた雰囲気を放つガゼルが実に頼もしく見えた。この数ヶ月で本当によく成長したものだ。
「くらえネズミ共!」
「吠えろ、紅業火……!」
「「「キュイイィィ……!」」」
魔道兵器から放たれる無数の魔弾がネズミ共の胴体を砕き、魔石の破片が地面に散らばりキラキラと反射して字面を彩る。
ネズミ共もシカと同じく全身が魔石で形成されている為、魔弾が命中した瞬間ガラスの様に細々と砕け散っていった。
「こいつら数は多いが強さは大したことないな……」
「いや、それは違うんじゃないか?ほら、あっちの警備兵達は苦戦してるみたいだ!」
簡単に砕けていくネズミ共を前にガゼルは拍子抜けした様な発言をする。だが周りをよく見てみると、警備兵の魔道兵器では簡単には倒せないらしく、数の暴力に苦渋を強いられているようだ。
俺も出来る範囲で援護は行っているのだが、何分範囲が広過ぎる為全てをカバーしきれない。
「クフォォォォォォォオ!」
ネズミ共の数の多さに手を焼いていると、闘技場の中央に現れたシカもとうとう動き始めた。ただでさえ対処に手を焼いているというのに、あいつにまで暴れられると本当に手がつけられなくなる。
だが、それは俺が一人でどうにかしようとする場合の話だ。恐らくあちらは俺達が何かしなくても問題は無いだろう。
「アカリ、あのシカも動きが出したぞ!向こうも援護に回った方がいいんじゃ……」
「いや、あっちは大丈夫だろ。俺達は目の前の敵に集中だ」
「い、いいのか……?」
「問題無い。なんたってあっちには……勇者一族が居るんだからな。あれくらいどうにかしてくれるだろ」
そう、現在シカの居る闘技場中央には、この世界で最強と称される一族の精鋭達が勢揃いしているのだ。彼らがいる限り何も心配などいらないだろう。今は観客を避難させるために全力を注げばそれでいい。




