三章 6.取っておきの切り札
マルク先輩は本当に強い。魔力を過剰に使った俺の最高速度にもついてくる驚異的な反射速度を持っている。
そしてその反射をアシストする彼の未来予知も厄介だ。この二つがある限り、俺がマルク先輩に勝つことはないだろう。
だから俺は、最後の切り札を使う決断を下す。俺の、俺達の全力をもってこの男を本気でねじ伏せる。
「後輩、確かに貴様は速い。速さで俺を超える人間に会ったのは初めてだ。だが、それでも俺には勝てない!」
「いいや、勝たせてもらいますよこの勝負。セロルに勇者の道を続けさせる為に、負ける訳にはいかないですから!」
速度、力、技、全てを出し切りそれでも倒せないマルク先輩を相手に、俺は全ての力を振り絞った渾身の蹴りで迎え撃つ。
「舐めるな、その程度の蹴りで俺は倒せん!」
しかし残念ながら、俺の全力の蹴りはマルク先輩に容易く回避され、そのままカウンターの一刀が放たれる。
マルク先輩の魔剣が俺の顔に触れる刹那、俺は薄く笑みを浮かべた。
「ここだクウ!決めろ!」
『クウー!(吹っ飛べー!)』
俺がそう叫んだ瞬間、マルク先輩は不意に横から受けた攻撃によって大きく吹き飛ぶ。
彼をやったのは俺の蹴りだ。避けられたはずの俺の蹴りは、切り札としてずっと隠してきていたクウのワープによって、マルク先輩の死角から再び放たれた。
有り得ない場所からの蹴りを受けたマルク先輩は、避けることも防ぐこともままならず、直撃を受けて地面に倒れ伏す。
「うっ、ぐっ……な、何だ今の、攻撃は……?」
「俺達の切り札ですよ。さて、まだ続けますか先輩?」
地面に倒れ痛みにもがくマルク先輩に近寄った俺は、挑発じみた笑みを向ける。
この勝負は、マルク先輩が負けを認めない限り終わらない。だからまだ続ける気があるのなら、徹底的に痛めつけるまでだ。でも正直そんなことはしたくないから、ここらで諦めてくれると有難いんだが。
「生意気な後輩だ……参った、負けを認めよう」
「よっし!これでセロルは勇者を続けられるぞー!」
『クアッ!(やったねアカリ!)』
俺の願いが通じたのか、それとも単純に勝てないと思ったのか、どちらにせよマルク先輩は負けを認めてくれた。
どうにかこれで、首の皮一枚繋がったな。
「ね、ねぇマリナ、最後の攻撃、アカリくん有り得ない所から蹴りが出てなかった……?」
「さ、さぁ、見間違えよ多分。速すぎて残像が見えたんじゃない?」
「残像?それにしてはくっきり見えた気がしたんだけど……」
クウの能力を知っているのはこの場ではマリナだけ。正直あまり人に知られていいものでは無いので、マリナも上手く隠そうとしてくれているな。
ただ、直撃を受けたマルク先輩はカラクリに気づいてしまう可能性はある。どうにかバレないことを祈るしかないか。
「残像か……まあいい、今はそういうことにしておいてやろう」
ダメだった、これは絶対にバレてるやつだ。ただ今のところは追求してくる気は無さそうだし、このまま話題をそらす方向で話を進めていこう。
「それでお兄さん、セロルのことなんですけど……」
「分かっている、勝負は勝負だからな。父上には俺の方から進言しておく」
「ありがとうございます」
「だが、すぐに許可を貰える訳では無いからな。数日程時間は掛かると思っておけ」
セロルを勇者勇者として残留させるのは上手くいった。しかしそれでも、今すぐ魔剣を貰うというのは学園トップでも難しいらしい。
まぁそれでも保険としては十分な結果は残せただろうし、やれる手は全てやり尽くした。
後は剣舞会運営に掛け合いに行ったセロル達の方が気になる。あっちも上手くいってるといいんだが。
「じゃあ悪いですけど、後のことは任せますよマルク先輩。俺はセロルの方が心配なんで先に戻ってます!」
「ああ、こっちは任せておけ」
ともかく俺のやれることはやったので、後のことは先輩に全て任せることにする。
こうして俺は、セロルを勇者一族本家の養子に出来るかもしれないという小さな希望を獲得し、三人と合流する為この場を離れるのだった。
――
〜〜マリナ視点〜〜
アカリが去ってすぐ、お兄さんは私のそばに近寄って来た。
「マリナ、あの後輩の名は何だ?」
「アカリですよ。アカリ・リーシャン」
「アカリか……覚えておこう。剣舞会では味わえない、最高の戦いをさせてもらった。この礼はいつか必ず返す」
普段のお兄さんは感情表現が苦手だけど、今日は心無しか嬉しそうに見える。やっぱりアカリの強さに心惹かれているのかもしれないわね。お兄さんは昔から戦いが大好きだから。
「でも、いきなりアカリに戦いを挑んだりして、お兄さんはアカリのこと知ってたんですか?」
「いや、今日初めて会った。だが強い人間はその佇まいを見れば大体分かるだろう?そしてあの男から放たれる強者の風格は一段と凄まじかった。だから挑んだんだ」
「へ、へぇー、さすがお兄さんですね……」
見ただけで強いか弱いかが分かるのなんて、お兄さんくらいのものよ。だって私が初めてアカリを見た時は、とても弱そうに見えたんだもの。
というより、今でもあの風貌の男を強そうとは思えないわね。もしかして私って、人を見る目無いのかな。
「マリナもここ最近、見違えるように強い気を放つようになったな。それもあの男の影響か?」
「剣舞会前の一週間だけですけど特訓には付き合ってもらってましたね。でもそこまで変わるものですか?」
「自分では気付けていないのか。技術や身体能力とは違う、精神面での成長がよく伺えるぞ。そうだな……あのセロルという後輩によく似ている」
お兄さんから珍しく褒めて貰えた。そのこと自体は嬉しいのだけれど、恐らく鍛えられたのは全てアカリのお陰だろう。
セロルと似ているということは、きっと同じ鍛え方をされたから成長も似ているんだ。アカリのことは何となくライバル視してる自分がいるから少し悔しい。
「学園などただの通過点程度にしか思っていなかったが、まさかこんなにも面白い後輩が入ってくるとはな。初めて今年学園を卒業するのを名残惜しいと思えた」
「でもアカリと一緒に居ると苦労ばかりですよ……」
「それも含めてあの男の魅力だろう。」
「過大評価をし過ぎですよ」
お兄さんは随分とアカリのことを気に入ってしまったみたいね。正直私は何でそこまで好感を持てるのかは分からないけれど、それでもあの男の放つ不思議に雰囲気に惹かれるというのは少し分かる気がする。
封印を解いたという責任があるから気に掛けてるのもあるけれど、アカリと一緒に居ると人生退屈はしなさそうよね。その分苦労も増えるけど。
「マルク先輩知ってます?アカリくん入学して早々に自分専用の魔道兵器を造ったんですよ」
「ほぅ、色々と手が早いな。どんな魔道兵器なんだ?」
「通常の魔石を魔弾にするのでは無く、自分の魔力を弾に変えるんです。面白かったですよ〜」
「自分の魔力を魔弾にか……確かに奴の魔力量ならそんな芸当も可能だろうな。面白いことを考えつく男だ」
魔力を魔弾に変えるというトリッキーな戦い方に、お兄さんはまたも興味を持ってしまった。きっとこのまま彼もアカリという名の沼にハマっていくのね。
かく言う私も最早抜け出せないレベで足を突っ込んでる気がするから、人のことは言えないけど。
「さて、ではそろそろ俺もあの男との約束を果たさねばならない。父上に会ってくるとする」
「その件は本当にお願いします」
「分かっている。俺もアインディア家のやり方は気に入らんからな。出来るだけ協力してやろう」
雑談はここまでだとばかりに、お兄さんは颯爽と父上の元へ向かって行った。次期勇者最有力候補のお兄さんが頼むのだから、父上も無下には出来ないでしょう。
まったく、お兄さんまでも味方につけるなんて、本当にアカリと居ると気を休める暇も無いわね。




