八章 40.幸運を呼ぶ少女
超獣変化したバレリアの一撃によって粉砕された氷の魔人は分身体であった。そして魔人は更に無数の分身体を出現させることで、どれが本体か分からなくなる様にしてきたのだ。
大量に展開する氷の魔人を前にして、ドロシー達は再び劣勢に追い込まれる。
「せっかく囲んだことですし、このままなぶり殺しにしましょうか」
「二人とも危ない!」
分身した氷の魔人は、その全てが杖をドロシー達に向けると、先端から氷柱針を大量に放ってくる。
四方八方から襲いかかる脅威を前にして、ドロシーは咄嗟に己の巨体を活かしてリリフィナとバレリアを庇うのであった。
「ぐっ、い、痛い……!」
「ドロシー様!?私達のことは構わないで結構ですから、無理なさらないで下さい!」
「だめ、二人がこの攻撃を浴びたら死んじゃう。だから私が守るの」
「ドロシー様……」
無数の氷柱針から二人を庇ったドロシーは、一身にその攻撃を受けることとなり苦悶の表情を浮かべる。
バレリアは自分達を庇う必要などないと訴えるが、それでもドロシーはやめようとしない。その姿を前にしては、これ以上止めることなど出来ないとただただ言葉を飲むのみである。
「……バレリア、ドロシー様の為にも二人で本体を見つけよう」
「そうですね。何としてもあの胸糞悪い魔人を見つけ出し、叩き潰してやります!」
ドロシーを助ける為には、自分達が氷の魔人本体をいち早く見つける必要があると二人は息巻く。
「しかし、どうやって見つけ出すべきか。何かいい方法はありますか?」
「……全部砕いて見つける。って言いたいけど、この攻撃の中じゃそれも無理」
「ですね。しかし全く手掛かりがない訳でもありません。この攻撃こそが最大の手掛かりです。きっと本体は安全を狙って最も攻撃に参加していない個体になるはず」
「……となると、一番後ろでのんびりしてるあいつか」
ドロシーに匿われる中本体を予測するバレリアとリリフィナは、一つの結論を導き出した。後方の一番安全な場所で構えている存在こそが氷の魔人の本体であると。
そして周囲を見渡した二人は、最後尾で一番攻撃に参加していない氷の魔人個体を発見する。そいつが本体であると当たりをつけたのだ。
「……でもどうやってあそこまで行く?」
「私があなたを空へ投げとばしますから、上から撃ち抜いて下さい」
「……分かった」
「氷柱は私が泥で止めるから気にしないで」
「ありがとうございますドロシー様」
本体を突き止めるとすぐに攻撃に移る算段を立て、三人は行動を開始した。
投げ飛ばし担当のバレリアは、リリフィナの腰を両手で掴むと勢いよく上空へと放り上げる。超獣変化した彼女の腕力なら一人の人間を投げ飛ばすことなど容易く、リリフィナは容易に上空へと舞い上がった。
「狙い通りにはさせませんよ!」
「それはこっちの台詞!」
天へと舞うリリフィナを狙って氷の魔人の氷柱針が集中した。先程までドロシーのみを狙っていた攻撃が全てリリフィナへと移り、そのあからさまな動きがより一層身を守ろうと動く怪しさを際立たせる。
ドロシーは無数の氷柱針からリリフィナを守る為、無数の泥弾を空へと放ち次々と撃ち落としていくのだった。
そうして無傷のまま上空へとやって来たリリフィナは、一番後方に隠れようとする氷の魔人へトイブラスターの照準を向ける。
「……逃がさない。これで終わり!」
「しまっ――ぐあぁっ!」
リリフィナの放った魔弾は寸分違わず氷の魔人へと吸い込まれていき、見事にその身を粉砕する。狙い通り本体と予想した、最後尾の魔人を撃ち抜いたのだ。
「……これで終わり、えっ?」
「魔人が消えない……!?」
「どういうこと?」
しかし残念ながら、それで戦いが終わることは無かった。最後尾の魔人が砕かれようとも氷の魔人の分身体が消えることは一切無く、全員が薄ら笑いを浮かべているのである。
「馬鹿ですね。本体が後方に居るだろうことなど誰しもが予想するのですから、そんな危険な場所に隠れる筈がないでしょう?」
「……釣りだったのか」
「そうです。そして一発逆転の賭けに負けた貴女方にもう勝利は無い。このまま全てを凍らせて終わりにしてあげましょう」
ドロシー達が後方を狙ってくると予測していた氷の魔人は、敢えてわざとらしい動きを見せることで彼女達の注意を引き付けたということである。
魔人の罠にまんまとハマった彼女らにはもうここから更なる打開策は無く、そこへ絶望の吹雪が送り込まれるのであった。
「うおおおぉぉー!やらせるかー!」
と、そんな絶望の中へけたたましい程の気迫を振り撒きながら突入してくる人物がいた。バレリアの妹トリーリアである。
超獣変化した彼女は、力技で氷の魔人の分身体を次々と薙ぎ倒し、三人の元へ無理やり乗り込んで来たのだ。
「トリーリア!?あなたがなぜここへ……、魔物はどうしたのですか?」
「大丈夫だよお姉ちゃん、それはもう全部倒してきちゃったから!」
「えぇっ!?あの数を一体どうやって……」
「その説明は後!今はこの状況を打開するのが先決でしょ!」
四足歩行で舞い降りた妹にバレリアは困惑してしまっていたが、今はのんびりと詳しい説明をしている暇は無いと告げられる。
「でも、こんな状況でもうやれることなんて……」
「大丈夫です。私が氷の魔人の本体を見つけますから、そうしたら全員で包囲して、最後にドロシーさんがトドメを決めて下さい!」
「ネ、ネネティアさんがですか?まさかあなたは、何か索敵能力を持っていたのですか?」
「いえ、私は索敵能力なんて持ってないです。でももっと凄い力があるので、ここは任せて下さい!すぐに本体を見つるので、追撃はお願いしますよ!」
妹のトリーリアが参戦したところでこの状況を大きく打開する手立ては無い。そう思い未だ絶望の色を浮かべるバレリアに対し、今度はネネティアの声が響いてきた。
彼女はトリーリアの背に乗っており、この場に一緒に駆けつけてきてくれたのだ。
索敵能力は持っていなくとも、本体を見つけることは可能とそう言い切るネネティアの顔は、かつてないほどの自信に満ち溢れていた。
「さぁトリーリアさん、お願いしますね!」
「うん!適当に飛ぶからやっちゃってネネティアちゃん!」
困惑するバレリアを他所に、二人は時間が無いとばかりに再び氷の魔人の分身体へと向かって駆けていく。
実際魔人の放った吹雪ももう目の前まで迫っていた為、戦い続けられる時間はもうほとんどなかった。
「今だよネネティアちゃん!」
「はい!氷の魔人本体は……、あれです!」
トリーリアは自慢の跳躍力をもって空中へと身を投げ出した。遮蔽物の無い空では格好の的となってしまうのだが、それよりも早くネネティアが本体を撃ち抜くからその心配は必要ないとばかりの度胸である。
そうして跳び上がった空中から、ネネティアは一人の氷の魔人に照準を定め魔道兵器の引き金を引き絞るのであった。
「は?えっ?み、見抜かれた……!?」
「よしっ!本体に命中です!」
「分身体も消えていく、今だよ皆!」
ネネティアの放った魔弾は的確に氷の魔人本体を捉え、ダメージを受けた影響により分身体の維持が困難となり、瞬く間にその能力が解除されていく。
絶望的だった包囲網は一瞬にして消滅し、残るは痛手を負った氷の魔人のみとなる。
「何故、こんなにも無数にいる分身体の中で、本体を見破られたというのですか……!?」
「勘、です!」
「か、勘!?そんなもので、私の最強の布陣が破られたというのですか。有り得ない……!」
ネネティアが本体を見つけられたのは、たんなる勘であった。適当に一体に狙いを定め、ただ撃ち抜いただけ。
たったそれだけのことで、彼女は氷の魔人の策を全て崩壊させたのだ。
「くっ、そんな意味の分からない運だけで負けるなど有り得るはずがありません!すぐに体勢を立て直し再び追い詰めて――」
「……そんなことは、させない!」
「何が何だかよく分からないですけど、今が好機だということだけは理解出来ました。これ以上好きにはさせるか魔人!」
狙い撃たれ動揺した氷の魔人は、再度分身体を展開し体勢を立て直そうとする。しかしそんな隙が与えられる程状況は甘くは無かった。
生じた隙を逃すこと無くリリフィナが間髪入れず追撃を加え、そこにバレリアが強靭な近接攻撃により下半身を粉砕させることで、氷の魔人は完全に身動きを封じられたのである。
「もうダメかと思ったけど、やっぱり勝つのは協力し合える仲間がいる私達だったみたい。ごめんだけど、ここで死んでもらうね」
そして遂に、怒涛の連撃により動けなくなった氷の魔人の前に魔人化したドロシーが現れる。
彼女は何だか申し訳なさそうな言葉を呟きつつも特大の豪腕を振り上げ、トドメの一撃を放とうと構えるのであった。
「こ、こんなことで負けらるなんて、絶対に私は、認めませんよ……」
「あなたが認めなくても負けは負けだから、甘んじて受け入れて」
「我が主に仕える私が、こんな下等な連中に負けるなんて、あっていいはずが無いので――ごっ、は……」
突如として窮地に追い込まれた氷の魔人は、訳の分からないこの状況にこの上ない苛立ちを募らせる。しかしどれだけ喚こうとももうこの状況を打破する手立ては無い。
そして最後の言葉を言い切る前に、ドロシーの強烈な一撃によって氷の大地に沈むのであった。
こうして、氷河地帯での決戦は怒涛の逆転劇で幕を閉じる。




