八章 39.獣人族の奥義
人型状態では十分なダメージを出すことが難しいことを悟った氷の魔人は、とうとう魔人化し全力でドロシー達を倒しにかかる。
魔女を象った氷の彫刻の様なその姿は、動かなければ世界でも屈指の芸術作品として名を馳せたであろう。しかし残念ながら中身は危険な魔人のままである為、そんなことは到底有り得ることではないが。
「さて、それでは全力で貴女方を冷却し眠らせるとしましょう」
本領発揮した氷の魔人は、冷淡な声音でそう告げると右手に持つ眺めの杖を天に掲げる。するとそこから、先程とは比べ物にならない程に極寒の吹雪が吹き荒れ、ドロシー達目掛け迫っていくのであった。
「……あれは私の炎じゃ止めれそうにない」
「一時的に体温が回復した今が、私達の勝てる唯一の活路なんですけどね」
迫る吹雪を前にして、もう自分の炎では止めることは不可能だとたリリフィナは悟る。
泥のかまくらとリリフィナ炎によって現在三人はある程度体温を回復していたが、それが切れるのもそう先のことでは無い。魔人化し本気を出してきたここが、勝負の決め手であるとバレリアは宣言する。
「分かった。じゃあ私も魔人化して注意を引き付けるから、その隙に二人で攻撃して」
「い、いいのですか?それはドロシー様が的になるということなのですが……」
「大丈夫、私は魔人化すると足が遅くなるけど、その分耐久と力が上がるしどうにかなると思う」
二人の会話を聞いていたドロシーは、真っ先に自分が囮になると提案し、すぐさま魔人化を実行した。
彼女の魔人化は大きな泥団子が積まれた様な見た目で、機敏さなど一切皆無だ。ただただ腕力と体力に能力値を全振りした仕様である。その為的としての機能はすこぶる高かった。
「ぐっ、さ、寒い……。でも、頑張って耐える……!」
話している暇など無いとばかりに、ドロシーは真っ先に吹雪の中へ突っ込むとその極寒に身を震わせながら堪え始めた。
ドロシーが行動を開始してしまった以上、もうバレリアとリリフィナもその作戦に乗っかる他選択肢は存在しない。
「やるしかないみたいですね。ドロシー様が耐えている今のうちに私達で氷の魔人を攻め崩しましょう!」
「はい!私は右から行きます!」
ドロシーの覚悟を受けてバレリアとリリフィナも即座に攻めに転じるのであった。
先制で仕掛けたのは、遠距離攻撃の手段を持っているリリフィナである。彼女はアカリから授かったトイブラスターを手に取ると、照準を合わせ最大限の魔力を込めた魔弾を放つ。
通常の魔道兵器よりも遥かに高威力な魔弾を放つことが出来るトイブラスターであれば、氷の魔人へも十分にダメージを与えることは可能であった。
「いい攻撃です。しかし何重にも氷の壁を並べれば、止めることなど容易ですがね」
「……ちっ、ここからじゃ魔弾が届かない!」
しかし、どれだけ高威力な魔弾を放とうとも、氷の魔人は周囲の氷塊を自在に操り即席の防壁を生み出す為、その攻撃が本体まで届くことは無かった。
氷の魔人へ攻撃を当てる為には、接近し近距離から魔弾を撃つ必要がある。
「接近しての攻撃なら私達獣人族の十八番だ。愚かな魔人に、我ら獣人族が長い年月をかけて編み出した一族の誇りを、得とその身に味あわせてやる!」
魔弾を容易く防ぐ氷の魔人目掛け、今度は左方面から攻め込んでいたバレリアがそう叫ぶ。
四百年前、獣人族は魔法も苦手な上に強力な魔道具を編み出す頭脳も無かった為、世界では劣等種と扱われ迫害を受けていた。
そんな歴史の中から救い出してくれたのがアカリである。彼は獣人族を別世界に隔離するという無茶苦茶な荒技を使うことで、人間から獣人族を守ったのだ。
そんな一族の救世主である魔王アカリに恩を返す為に、彼らは強くなることを望んだ。アカリが窮地に立たされた際、今度は自分達が彼を助けるのだと、全ての獣人族がそう願っていた。
「私達の願いを聞き入れ力を貸して下さった魔人様方と協力し、長い時間を掛けて獣人族は遂に至高の強さを手に入れたのだ。その力の名は『超獣変化』この力で私達は魔王様の一助となる!」
バレリアは高らかな咆哮と共に全身から魔力をとめどなく溢れさせた。そして体内から眩い閃光を放ちだし、やがて光が治まるとそこには姿の変わったバレリアが現れる。
獣人族は基本人間の肌に動物の耳や尻尾が生えている種族だが、今の彼女の姿は獣そのものであった。全身からは純白の体毛を生やしており、人間大のウサギといった表現が相応しい。
獣人族だった時が人間に獣の特徴が現れた姿なら、超獣変化は人の形をした獣である。
「姿が変わったところで、獣風情では魔人には敵いませんよ!」
「無駄だ。そんなもの全て、叩き割る……!」
変化したバレリアを前にしても氷の魔人は一切動揺することなく、彼女の進行も阻む為に何重にも氷壁を出現させる。
だが、そんな壁を前にしてもバレリアは一切臆すことは無かった。ウサギの跳躍力を活かし超高速で前方へ飛ぶと、そのまま強力な蹴りを叩き込み次々と氷壁を粉々に砕いていく。
変化した彼女の前では、分厚い氷壁も飴細工の様な脆い壁と同じであった。
「先程までよりも、力が何倍にも増しているのですか……」
「魔王様の創り出す新たな世界に貴様らは不要だ。この世界の塵となれ!」
「ぐっ……!」
氷壁を全て粉砕し瞬く間に氷の魔人の元へと間合いを詰めたバレリアは、そこから上空へ飛ぶと回転し勢いを高めた渾身のかかと落としをお見舞する。
速さには弱い氷の魔人はそれを避けきることも出来ず、呆気なく彫刻の体を粉々に砕かれるのであった。
「おぉー、凄い力だね。私といい勝負かも」
「これで魔人退治も終わりですか?」
超獣変化したバレリアによる超速攻の一撃によって、氷の魔人は砕け散った。その力の強さにドロシーは魔人化した姿で豪快な拍手を送り、リリフィナはこれで戦いは終わったのかと尋ねてくる。
「だといいですが、少々呆気ないとも思います。まだ油断はしない方がいいでしょう」
「でもこんなに粉々じゃもう起きないんじゃない?」
「なら気は引締めつつここから脱出するということでいいんじゃないですか?いつまでもこの場にいるのは無意味ですし」
「そうですね。それがいいです」
「うん、分かった」
これで本当に魔人は倒せたのかとバレリアはまだ不安に思っていたが、しかしずっとこの場に残ってそれを調べられる程彼女達に余裕は無い。
だから油断せず脱出しようというリリフィナの提案に、他の二人も乗っかるのであった。
「おやおや、どこへ行こうというのですか?まだ戦いは終わっていませんよ」
「っ!魔人の声!」
「どこにいるの?」
しかし、そんな三人の結論を打ち崩すかのように、どこからか氷の魔人の声が響いてきた。
バレリアの不安通り、魔人はまだ健在であったのだ。
「あっ、あそこに居ます!」
「ふふふっ、念の為分身体を用意しておいて良かったです。お陰であの速攻も知れましたのでね」
発見したのはりリリフィナで、彼女達から少し離れた場所に出現した氷の魔人は、優雅な笑みを浮かべていた。
魔人はまだ生きている。バレリアが破壊したのは、本体ではなく彼女の作り出した氷の分身であったのだ。
「こ、こっちからも……!」
「数が増えてる?」
「種が割れてしまいましたからね。ここからは出し惜しみ無しの全力でやらせてもらいます。」
分身を囮にしたことは先程の攻防で判明してしまった。ならばもう手の内を隠し続ける意味は無いとばかりに、氷の魔人はいくつもの自分の分身体を出現させる。
そしてあっという間に、何十体もの氷の魔人がドロシー達を囲んでいった。
「これは、面倒な手を使ってきましたね……」
「大丈夫、全部叩き割ればいつか勝てる」
「分かりました!全部撃ち砕いてこの戦いに勝ちましょう!」
不安げな声を上げるバレリアにドロシーは脳筋な考えを提示し、リリフィナが何も考えずそれに乗っかる。
ともあれこうして、氷の魔人との決戦は少しずつ終着へ向けて動き出すのであった。




