八章 23.俺も覚悟を
シンリーが開き直って己の想いを全て解き放ってきた。その言葉に圧倒された俺は何も答えることが出来ず、その結果飲み会のこの場は、謎の沈黙に支配されている。
「ふふふふふっ、どうダーリン?私がいつも何を思ってるか理解した?どうせ気持ち悪いだとか重いだとか、そんなふうに感じたんでしょ。ふん、もう別にどうでもいいわよ。どうにでもなれだわ……」
「そんなこと思う訳ないだろ」
誰も何も言わないからか、沈黙を打ち砕く様にシンリーが不気味な笑い声と共にやさぐれ始めた。
確かにシンリーの言葉に動揺してしまったのは事実だが、しかしそれで俺がシンリーをそんな風に嫌ったりすることは無い。それだけは絶対に違うと、断固として反論する。
「ふん、そんな気休めの言葉はいらないわ。はっきりと本当のことを言ったらどうなの?」
「本当のこと、か……。分かった、ここまでシンリーが本心を語ってくれたのなら、俺もちゃんと答えるよ」
俺の言葉を信じられないシンリーは、再び怒りの篭った言葉をそうぶつけてくる。
彼女がここまで自分をさらけ出してくれたのだから、俺もいい加減覚悟を決めるべきだ。
「俺の気持ちは前から変わらない。前に約束しただろ?ずっと一緒に居るって。だから戦いが終わった後も、一緒に暮らそうシンリー」
「……え、ダーリン、それって」
「だから、結婚しようってことだ……」
口に出すと死ぬ程恥ずかしい。他の魔人は見ているし、こんなムードもへったくれも無い酒場で話すことでもない。だがそれでも今言わなければ一生後悔することだけは間違いないので、俺は言った。これから先、シンリーと共に生きていきたいと。
「これ、本当に現実なの?私の夢じゃない……?」
俺の答えを聞いたシンリーは、思いもよらぬ返事に驚き先程までの怒りなどどこかへ飛んでいってしまっていた。
夢か現実かの区別もついていない様子だったが、それでも目から静かに涙を流し喜びを噛み締めている。
「これは、予想外の展開ですわ……」
「ああ、予想外過ぎて逆に驚きが薄いぜ。まさか大将がシンリーととはな」
「はっはっは!あいやしかし、実にめでたいことぜよ!」
「びっくりした……」
俺とシンリーのやり取りを間近で見ていた魔人達はそれぞれ思い思いの感想を述べていく。好き勝手言ってる連中には見せ物じゃないと文句を言いたいところであるが、今はシンリーの相手をするので手一杯なので、余計な気は回せない。
まぁそもそも最初に盗み聞きをしていたのは俺の方なので、文句を言う権利もないだろうが。
「ダーリン、私本当にダーリンと一緒に居ていいの?今更だけど、こんな私でいいの……?」
「はは、本当に今更だな。お前のことは誰よりも理解しているつもりだし、それを全部引っ括めてシンリーのことが好きなんだよ」
「う、うぅ……、うわああぁぁぁん!私もダーリンのこと大好きだよー!この世界の何よりも愛しているわ〜!」
「おいおい、仕方ない奴だなまったく。そんなに泣くなよ……」
「そんなの無理よ〜!嬉し過ぎて涙がどばらない〜!」
不安げに尋ねてくるシンリーに、改めて俺はそう答える。すると彼女は今まで見たことがない程に大号泣して抱きついてきた。
こんなにも涙を流して弱りきっている彼女は初めてだ。だから俺も優しく彼女の頭を撫でて、落ち着かせる為に尽力する。
――
「ふぅ……。ありがとうダーリン、もう大丈夫よ」
「そうか、それは良かった」
その後たっぷり小一時間程泣き続けたシンリーは、ようやく落ち着きを取り戻した。
いつまでも店で泣いていると迷惑になりそうだったので、現在は街外れの人気の少ない高台に二人きりでいる。他の魔人達は気を使ったのか、それともこれ幸いにと逃げたのか、店を出た時に誰も着いては来なかった。おそらくは後者が正解だろう。
「じゃあ改めて聞くけど、本当にいいの?私と結婚しても……」
「ああ、いい加減逃げ続けるのもかっこ悪いし、ケジメをつけるには良い機会だと思ってな。まぁただ勢いで言っちゃったから、何にも用意はしてないんだ。それは本当にごめん……」
「い、いいのよ気にしなくて!私はダーリンのその気持ちが聞けただけで嬉しいんだから!」
結婚を決意したのはいいが、婚約指輪やら結婚式やらそういった用意は一切出来ていない。完全に勢いに任せての行動だった為、あまりにも締まらない男である。
シンリーは特に気にしていないという様子で元気付けでくれたが、しかしやはり結婚するのならそういう面はきちんとしておきたい。
虚無の魔人との戦いが終わったら、改めて色々と用意して驚かせよう。
「ふふふ〜ん!」
「何だよ?」
「ううん、ただ嬉しくてにやにやが止まらないだけ。だってずっと夢だったことがこんな風に叶っちゃったんだもん」
「そうか、シンリーが幸せそうなら俺もそれで満足だよ」
先程からずっと笑いながらシンリーは俺の腕にくっついてきている。普通の女子と違うのは、そこに更にツルや根が絡みついていて身動きが取れなくなっているところだろう。
飲みの席ではあんなに怒りを振り撒いていたというのに、それは一体どこへ行ったのだか。
「でも今更だけど、こんな俺なんかでいいのか?俺はクウ達が力を貸してくれなかったら、一般人以下の存在だぜ?」
俺は自分がそんなに魅力的な人間だとは思っていない。俺には動物に好かれるという体質があるから、そのお陰でここまで生き抜いてこれたのだ。
今はテンスと判明したその力が無ければ、俺には一切の取り柄も無くなってしまう。だからそんな空っぽの自分にはあまり自信が無い。
「馬鹿ね、ダーリンの魅力は私が一番理解してるんだから、そんな心配しなくていいのよ」
「へぇ、俺にそんな魅力があったとは知らなかった。例えばどんなのだ?」
「そうねぇ、まずダーリンはとっても優しいわ。常に自分よりも仲間のことを考えて行動していてとても立派よ。あとはちょっと黒い性格も魅力的ね。敵対した相手には、一切の温情もかけず徹底的に叩き潰そうとするところなんかは、いつも見ていて震えちゃうわ!」
「えーと、一つ目はいいとして、二つ目は欠点なんじゃないか……?」
シンリーは不安げにしている俺の為に、その魅力を語ってくれた。しかしその内容を聞いた結果、彼女の中で俺がどんな人物像になっているのか気になるだけの、ただ不安が増すばかりとなってしまったが。
まぁシンリー自身がそれを魅力だと感じているのなら、今はそれで良しとしよう。
「それよりダーリンの方こそ大丈夫なの?ほら、私ってこんな性格だから、ダーリンには凄く苦労かけると思うの……」
「まぁ苦労はするだろうな。だがそんなことは今更だ。むしろそれ以上に頼りにすることの方が多いんだから、何も心配することは無いよ。俺はシンリーの怒りっぽい所も、すぐ手が出る所も含めて全部好きなんだ」
「うぅ……、ありがとうダーリーン!もう私悔いは無いわ!このまま死んでもいい!」
「いや、これから一緒に生きて行くって時に、真っ先に死のうとしないでくれ……」
今度はシンリーが自分のことを不安に思い始めたので、何も心配はいらないことを告げる。彼女がどんな性格をしているかはもう既に十分理解しているし、それも魅力の一つであると。
ただそのそう伝えると、再びシンリーは喜びのあまり嬉し泣きして抱きついてきたのだが。多分この反応はしばらく続くのだろうと思う。
「まぁ改めてだけど、これからもよろしくなシンリー」
「うん、幸せに暮らそうねダーリン」
俺とシンリーは再びそう言葉を交わし、その後もこの日の夜は二人でずっと語り合ったのだった。最初は魔人達のことを知る為に飲みの席へ招待したはずなのに、それは思わぬ所へ落着したのである。
今はこれが死亡フラグにならないことだけを、ただただ祈ろう。




