一章 26.二度目の居残り掃除
放課後、生徒達が下校し静まり返った教室に、現在四人の生徒が残っていた。
一人目は俺、理由は言わずもがな居残り掃除だ。
二人目はガゼル、こいつは俺が無理矢理残らせた。
三人目はネネティア、彼女には部隊編成のことで話があると言って留まらせている。
そして四人目、最後の一人はセロルだ。彼には昼休みの終わり間際に、放課後教室に残っておいて欲しいと事前に頼んでおいた。
「よし、全員揃ってるな。皆今日は俺の居残り掃除に付き合ってくれてありがとう」
「ふざけるな。なんで俺がお前の不始末の尻拭いをしなきゃいけないんだ」
「まぁまぁそう固いこと言わずに、取り敢えずこれでも持ってみろよ」
「さり気なく箒を持たせようとするな!」
取り敢えず掃除の方をさっさと済ませようと思い、ガゼルを付き合わせようとしたが失敗した。
まったく、気の利かない友人だ。
「あの、僕手伝うよ。アカリくんがこうなったのは僕のせいでもあるし」
「おーセロル!手伝ってくれるか、助かるよ!」
気の利かないガゼルとは違って、セロルは率先して掃除を手伝ってくれた。
「お二人は知り合いだったのですか?」
「あー、それはまぁ……今朝たまたま知り合っただけだよ」
ネネティアは俺とセロルの関係を尋ねてきたが、いじめられていたことを言いふらす訳にはいかないので、適当に流す。
「アカリくんは僕のことを助けてくれたんだけど、そのせいで遅刻しちゃったんだ。だからこれは僕のせいなんだ……」
セロルがそう言った後、少しの間静寂が流れた。
てか全部自分で話しちゃうのな。別に本人が良いならいいけど。
「……ん?おいおいどうしたガゼル、なんで箒持ってんだよ?」
しばらくすると、俺はいつの間にかガゼルが箒を手にしていることに気づいた。
さっきはやらないと言っていたのに、どういう心境の変化だろうか。
「ふん、アカリがいつまでも掃除をしていたらこの後の話が出来ないから手伝っているだけだ」
「私も手伝いますよ。皆でやればそれだけ早く終わりますからね」
「ははっ、ツンデレか。助かるよ二人とも」
ガゼルのツンデレっぷりに、自然と笑みが零れてしまった。
そういう性格も、本当に先祖そっくりだな。
「クウー!(クウもやるー!)」
「おっ、クウも手伝ってくれるのか?ありがとうな!」
皆で掃除をしていると、昼寝をしていたクウも目を覚まして手伝い始めてくれた。
尻尾を箒代わりにして床の汚れを落としてくれるのは有難いが、それじゃクウの美しい毛並みが汚れてしまうだろうに。
帰ったら念入りに洗って毛繕いしないとな。
「そんじゃ皆で教室をピカピカにするぞ!」
「クウー!」
「はいはい」
「了解です!」
「うん!」
その後俺達は協力して教室の掃除に取り掛かる。
今回は以前ガゼルと掃除した時よりも、遥かに早く完了した。
――
協力して掃除を終えた俺達は、各々席に着いて一休みしていた。
ここからが俺達にとっての本題だ。このセロルを俺達のチームに勧誘するという。
「そういやセロル、お前勇者一族の末裔なんだってな」
「え?あ、うん、一応……」
「勇者一族ということは、セロルも魔剣を使うのだろ?ふん、このクラスも中々優秀な奴が揃ってるな」
「……」
まずは世間話程度にと入っていったのだが、俺とガゼルの言葉を聞く度にセロルは覇気を無くしていってしまった。
まさかいきなり地雷を踏んでしまったのか。
「あの、えっと……」
ネネティアは何か言いかけるもどう言っていいのか分からないという様子で言葉が萎んでいく。
「い、いやー、にしても今日の授業しんどかったよな〜」
「あ、ああ、確かに今日は一段と厳しかったな!」
「そ、そうですね……」
さすがにこの空気はまずいと思い、どうにか話を変えようと試みるもぎこちない違和感だらけの会話になってしまった。
あからさま過ぎて目も当てられない。
「あ、あの皆、少しいい……?」
「……ああ」
ガゼル達とどうにか話題を逸らそうと慌てていたら、セロルが小さな声でそう言ってきた。
俺達は騒ぐのを止めて、そんな彼の言葉に耳を傾ける――
〜セロル視点〜
勇者一族の末裔。家柄だけ見れば僕はエリート一家の一員なんだろう。
でも、残念ながら僕の中の才能はこの家には見合っていなかった。
人一倍魔力の低い。たったそれだけのことなのに、この家ではそれが全てであり、絶対だった。
「セロル!もうへばったのか!?そんなことじゃ魔物一匹にすら勝てないぞ!」
「うぅ、は、はい……」
「立て!その曲がった性根、叩き治してやる!」
父は厳しい人だった。勇者の血を引く家系は等しく幼い頃から訓練を積むらしいけど、それは僕の様なひ弱な人間には耐えられるものではなく、いつも倒れる度に叱られ、無理矢理立たされる。
この頃からだろうか。僕の実力が他の兄弟や従兄弟達よりも遥かに劣っていることに気付き、いじめを受けるようになったのは。
「おら立てよ弱虫」、「誰が寝ていいっつった?」、「一番弱いお前は俺達の奴隷なんだからしっかり働けよな〜?」、「これくらいしか役に立たないんだからしっかりやれよ」
身内から浴びせられる日々の暴力に、僕はただ耐えることしか出来なかった。
耐えて、我慢して、彼らが飽きていなくなるのをただひたすらに待つ。それだけが僕の取れる唯一許された抵抗だ。
「セロルをガーデニア学園へ送る」
「いいんですか?あの子に耐えられるとは思えませんけど」
ある日の夜、居間の前を通り過ぎようとしたら父と母の話し声が聞こえてきた。
盗み聞きは良くないことだが、話題が僕のことだったので、気になって聞き耳を立ててしまう。
「だからこそだ。学園を卒業出来なければ、あいつをこの家から追い出す。いつまでも無能を養える程、うちに余裕は無いからな」
「そうですか、あなたが決めたことなら仕方ないですね」
「ああ、あいつにもそう伝えておけ」
「分かりました」
驚きのあまり僕は言葉が出なかった。
家族に厄介者扱いされているのは知っていたが、まさかそこまで思われているとは想像していなかったからだ。
母も字面では残念そうなことを言っていたが、そこには一切の感情が込められておらず、僕のことなどどうでもいいということが伺えた。
こんなにも悲しいことは無い。
どれだけ嫌われようとも、それでも僕は彼らのことを家族だと思っていたのに、向こうはそうは思っていなかったのだから。
「ふん、合格したはいいものの最底辺の五組か……。まぁせいぜい落第しないよう頑張ることだな」
「……はい」
それからガーデニア学園へギリギリ入学の決まった僕は、不機嫌そうな父に送り出されて入学した。
だが、そこで待っていたのは華やかな新生活等ではなく、新たな地獄の始まりだった。
「なぁ、お前も勇者一族の末裔なんだろ?実力見せてくれよ」
「え?えっと……」
入学初日、廊下を歩いていると僕は知らない生徒に話し掛けられた。
いきなりそんなことを言われても困るので断ろうとしたのだが、向こうはそんな僕の意見など聞いてはくれない。
「はぁ……はぁ……」
「あれー?んだよこんなもんか。お前弱いな〜」
単純な近接戦ですら一般の生徒にも負け、僕は地べたに転がされた。
「やっぱ話通り、勇者一族の落ちこぼれってのは本当らしいな!まぁいいや、お前今日から俺の命令は絶対だから。もし俺の命令に逆らったらどうなるか、分かるよな?」
「は、はい……」
「はははっ!まじで大したことないなこいつ!そんじゃこれからよろしくな〜」
これが僕の入学初日だ。結局家にいた時とここにいる時とで、生活は何も変わってなどない。
相変わらず僕は人の下に敷かれるだけの存在だった。
そう、あの日が来るまでは――
「おらおら!こんなもんかよ!」、「ったく、勇者一族って聞いてたからどんなやつかと思ったら、全然大したことねーじゃん!」、「確かに!これなら俺が勇者になった方がまだマシだぜ」
「ぐふっ……」
相も変わらずいじめられる日常の中を、彼は突然破って来た。
「まとめて相手してやるからかかって来い」
「んだてめぇ!調子に乗りやが――ぐへぇっ!」
「こ、このやろ――がふっ!」
「な、なんだこいつ――ぶほっ!」
颯爽と現れて瞬く間にいじめっ子達を倒していく彼の名はアカリ・リーシャン。
僕と同じ五組のクラスメイトだ。
「おいクズ共、二度と俺の前でくだらない真似するんじゃねぇぞ」
「「「ひ、ひいいぃぃい!」」」
「くそっ、覚えてろよてめぇ……!」
あんなに僕をいじめていた奴らも、アカリくんの前では全く抵抗も出来ずあっという間に逃げていく。
その圧倒的な実力差に、僕は思わず言葉を失ってしまっていた。
「ほら、大丈夫か?」
「あ、うん、ありがとう……」
アカリくんに手を差し伸べられ、僕が立ち上がるのを手伝ってもらえた。
倒れている時に助けて貰えたなど、初めてのことだったので少し戸惑ってしまう。
「助けたのはただの自己満だから、あんま気にすんなよ。ああもちろん、首を突っ込んだからには最後まで付き合うつもりだけどな」
「はは、アカリくんは変わってるね……」
アカリくんはいきなり言い訳を始めたが、きっとそれは僕に気を使ってくれてのことなんだろう。
不器用だけど優しい人だ。
「別に変わってなんか――ん?なんでお前俺の名前知ってるんだ?」
「い、一応僕も五組だから、この前の模擬戦での活躍を見たら誰でも覚えると思うよ」
「えっ、同じクラスだったのか?ごめん、俺まだ覚えれてなくて……」
「ぜ、全然気にしなくていいよ!それが普通だと思うから」
うっかりアカリくんの名前を口に出してしまった。今日初めて話したというのに、少し馴れ馴れし過ぎただろうか。
これまでまともに友達とか出来たことないから、どうすればいいのかよく分からない。
「ごめん思い出せなくて。改めて俺はアカリ・リーシャンだ、よろしくな」
「僕はセロル・アインディアだよ。こちらこそさっきは助けてくれてありがとう」
僕みたいな地味な人間のことを覚えておく方が難しいだろうし、アカリくんが気づかなかったのも無理はない。
でもそんな見ず知らずの僕ですら助けてくれたんだから、本当にアカリくんは優しい人だ。
「クウ?」
「はっ!やばい、完全に忘れてた……」
「え?急にどうしたの?」
僕がアカリくんの優しさに感動していると、彼の頭の上に乗っている可愛らしいマジカロイドが鳴いた瞬間、アカリくんは何かを思い出したように顔を青く染めあげ始めた。
急にどうしたのだろうか。
「じゃーなセロル!俺は急いで教室に向かうから、お前は保健室に寄ってから来いよ!」
「あ、うん、ありがとう……」
結局龍は分からないまま、アカリくんは僕を助けた後何の見返りも求めずに颯爽と消えて行ってしまった。
僕はそんなアカリくんが去っていった方向を見つめながら、ある決心をし拳を固く握る。




