41:何事も経験ですか?
「そういえば、ローレンの街で私、見かけたんですよ」
「誰を?」
「私と全く同じ姿の女の子を」
夜もだいぶ更けてきた頃。
エルドアの飲んでいるワインを一杯だけもらったリアンは、それを舐めるように味わううちにいつしか酔いを深めていた。そのためか、いつもなら言わない元いた世界のことなどを、思い出してはエルドアに語って聞かせた。
エルドアも最初はそれを興味深げに聞いていたものの、リアンが出会った自分にそっくりな少女の話になると、その顔からすっと笑みを消した。
「リアンちゃんとそっくりな子?」
ワイングラスを持つエルドアの手が止まる。
声音はそのままにその赤い瞳を僅かに顰めるが、リアンはそれに気づかずに「そうなんですよー」と間延びした声で答えた。
「…それは、すごい偶然ね」
「偶然なんかじゃないですよあれは。私と完全に一致っていうか…、違うところが全然なかったっていうか。なんか不思議な感じがしました」
「ふぅん。…どんな様子だったの? その子」
「それがちょっとおかしかったんですよねぇ。私のことわかってるみたいだったのに、すぐ逃げちゃって…」
「じゃあ、ちょっと見ただけなのね? …やっぱり見間違いじゃないの?」
「んん~」
リアンはほろ酔いにふわふわと漂う意識で、その時のことを思い出そうとしているようだ。
そしてこてんと首を傾げると、
「双子みたいに似てるなって思ったんですけどね。そもそも銀髪は少ないっていうし」
「…そう、ね…」
「でもそうすると、アッチの子も狙われてるんじゃないかって、ちょっと心配で…。逃げたのもそれが理由なのかなぁって」
アルコールのせいで表情をとろんと緩めるリアンとは対照的に、エルドアの瞳の険は増していく。
彼女はリアンにまつわる一部始終全てをラス達から聞いているわけではない。だが、彼女がこちらの世界に転送された際にかけられた呪詛。そしてガウェインから聞いた今の世界の情勢を鑑みて、おおよそ彼女が呼び出された経緯については察しがついていた。
だが、
(他人の空似、…よね。…王女本人の身体には今、リアンちゃんの魂が入ってるワケだし…)
リアンにまつわる今回の首謀者が人の国の王だということはわかっている。
だがわからないのはその目的と、そのためにどこまで仕掛けてくるつもりかということだ。
人は本当に脆く弱い。身も、…そして心もだ。時に、その先に例え滅びしかなくとも歩みを止めない人の愚かさを、エルドアは歴史から学んでいた。
「私まだ狙われるんでしょうかぁ~…、捕まったら魔王の生贄にされちゃうんでしょうかぁ」
「大丈夫よ。いずれリアンちゃんもあの魔王を倒せるくらい強くなるから」
「ええ~マジですかぁ~」
「そこは保証するわ」
冗談とも本気ともつかぬ言葉を返す裏で、エルドアは深く思案する。
(急ぐ必要はないだろうけれど、これは一度ラスに連絡を取っておいた方がいいかもしれないわね…)
酔いが回りぐずぐずと崩れるリアンをベッドへ運ぶと、エルドアは再びソファに座りワインを飲み始めた。…まさかリアンがここまで酒に弱いとは思わなかったと、若干の後悔をしながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
風が轟と音を立てて唸っている。
その空気に交じるのは、肌を割かんばかりの氷の礫と全身の毛が逆立つような電気の粒子。
『リアン、一匹そっちに落とすヨ!』
(わかった!)
翼をはためかせ天高く飛び去ろうとしたロイヤルグリフィンの一頭に向けて、フェンの声と共に雷が落ちる。
「ギャアアアァァア―――ッ!!」
耳をつんざくような悲鳴と共に、地面めがけて落下してくる影を迎え撃つのはリアンだ。
魔物を周囲の空間ごと遮断魔法で覆うと、極めて薄く生成した板状の結界でその四肢を切り刻んだ。
「はぁ…は…」
『リアン、また一匹追い込むヨー』
「う、うん…」
…これで何匹目だろうか。
魔力を失う眩暈にも似た感覚に、足元がふらつく。既に考えることも止めてしまったリアンは、自身の魔力を回復するため、鞄からオーバーポーションを取り出すとこくりと飲み干した。
今リアンは単独でロイヤルグリフィンの群れを相手にしていた。
事の発端は、相変わらずエルドアの一言だ。
「ロイヤルグリフィンくらいなら、リアンちゃんの空間遮断殺法でもいけるんじゃない?」
――空間遮断殺法。
リアンが遮断魔法を使って魔物を閉じ込めたり切断したりする技を、エルドアはそう命名したらしい。
確かにロイヤルグリフィンの身体は空を飛ぶため軽く、ライオンのような肉食獣の姿を模しているため他の災害級に比べて物理ダメージも通りやすい。リアンの遮断魔法でも、強化すればその身体を貫くことも出来る。
(でも、まさか群れでいるなんて聞いてない!!)
かなり倒したというのに、空を飛びまわっているロイヤルグリフィンの数は減っているように見えない。
宙から放たれる鋭い氷交じりの突風攻撃はエルドアは全て防いでくれているものの、次から次へと巨大な遮断魔法を生成するリアンの魔力は、魔素循環を以てしても追いつかなくなっていた。
「あと半分くらいよぉ、頑張って!」
「はいぃっ!」
だが嘆いていても仕方ない。
ロイヤルグリフィン達は今、リアンを敵と認識し一斉に襲ってきている。
リアンは3頭のウルフェン達が魔法で動きを止めたロイヤルグリフィンを、次から次へと遮断魔法で分断していった。
(やっぱり魔力不足がネックかなぁ…)
リアンは自分の魔力量をちらと目で見ると、心の中で舌打ちをした。やはり巨大な魔物の身体を覆い隠すような結界は、燃費が悪すぎる。
(もう少し、結界の発動速度を上げて、…座標位置の精度を上げれないと…)
自信の未熟さを痛感したリアンは、慣れた分だけ徐々に結界のサイズを縮めていく。
魔力量を出来るだけ消費しないよう。…敵への威力はそのままに。
(マス目状に雑に分断するより、翼と首に的を絞ればそれだけ魔力も節約できるハズ)
戦いの中、リアンの魔法は少しずつだが確実に上達していた。
それに、敵と対峙した時の位置取りや動き方。魔物を観察するコツや弱点の探り方など、たった数日のことだがエルドアとの冒険はリアンに様々なことを教えていた。岩陰の間を縫って走りながら、徐々に精度の高い魔法を撃つようになってきたリアンを見て、サポートに回っていたエルドアは満足そうな笑みを浮かべる。
リアンは人間にしては素地は悪くないが、圧倒的に足りないのは戦闘の経験と自信だろうと赤き竜は思っていた。
それさえ詰んでいけば、いずれS級冒険者の中でも彼女は見劣りしない実力を身に着けるだろう。
「残り少なくなってきたわ。もうひと踏ん張りよぉ」
「はぁい…!」
遠くの岩陰に隠れたリアンが声を張り上げる。
気づけば空を埋め尽くすほど飛びまわっていたロイヤルグリフィン達も、残り数匹となっている。エルドアは、グリフィンの居なくなった縄張りを狙うため近くで狙っていたリザード種の魔物をいくつか蒸発させると、軽い足取りでリアンと合流した。
「終わった?」
「はい、…な、なんとか…」
「お疲れ様だったわね」
「いえ。エルドアさんこそ。…周りにいたグリフィン以外の敵、倒してくれてましたよね」
「あら、気付いてたのね」
「えへへ…」
リアンはウルフェン達を呼び寄せると、ラタトスクと共に素材の回収をするよう伝える。
そうして全てが終わると、ようやくその場に崩れるように座り込んだ。はぁと大きく息をつき、額の汗をぬぐう。
「つ、疲れたぁ~~…っ」
「ふふっ。災害級単独撃破、おめでと」
「ありがとうございますぅ…」
ラタトスクが戻ってくるのを待って魔物の素材を確認すると、あれだけ倒しただけあって結果はかなり良いものだった。
「あら、星入りが3個もあるわ。サイズも大きいし、これならリアンちゃんのアクセサリー素材として申し分ないわね」
星入りというのは、結晶化した魔物素材の中でも特に上質なものの呼称だ。
なんでも魔素が強く凝縮された時に、ごく稀に内部にキラキラと煌めく星の光のような物が発生するらしい。これがあると高い魔素量を含む証となり、通常のものより更に価値が上がるようだ。
空の王ロイヤルグリフィンから獲れる『スターリライト』は全部で30個程。
星入りのものが3個もあるなら、他は全て売ってしまっても問題ないと、エルドアはリアンに言った。
なんにせよ、これで最初の素材は手に入ったわけだ。
「やっと、ひとつめ…」
「さぁリアンちゃん。次行くわよ、次!」
「えぇぇ~っ! エルドアさん、私ちょっとだけ休みが欲しいです!」
喜ぶ暇もなく歩きだそうとするエルドアにリアンは悲鳴交じりの抗議をしたが、「ポーション飲めば体力回復なんてすぐでしょ」という言葉にきゅむっと口をつぐむ。
「それはそうですけど…」
そこまで言いかけて、リアンはとがらせた唇を緩め表情を消した。
魔素が何かに引き寄せられるように、対流を始めたのを感じたからだ。
魔素はみるみるうちに密度を増し、リアン達の目の前でゆっくりと姿を形成し始める。
その様子に、リアンは思わず「嘘…」と呟いた。
「あら、まさかこのタイミングで魔物が生まれるなんて…」
エルドアの言葉が終わると同時に、どくんと空間が胎動する。
2人の目の前で、今新たな魔物が生み出されようとしていた。
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