39:冒険者としての初仕事です!?
この世界には、人が統治する人間族の国と、魔族が統治する非人間族中心の国が多数存在する。
種族の異なる国が乱立しているのだからともすれば戦争が起きそうなものだが、意外にも人は人と争うだけで異種族国同士の戦争は稀だ。その理由のひとつが、国同士を分断するかのように大陸の中心に広がる樹海の存在である。
―――『エメラルディア大樹海』
地上の迷宮。生きた森とも称されるその場所は、高レベル冒険者になるための登竜門としても知られている。
巨大災害級モンスターが跳梁跋扈していることがその大きな理由だが、それだけではない。エメラルディア大樹海にも迷宮同様、主と呼ばれる森の精霊ドライアドやトレントがいて、その存在が冒険者達を惑わせるのだという。事実、過去人間の軍勢が何度かこの樹海を通ったことがあったが、一人として戻ってくることはなかった。並みの実力では、束になっても通り抜けることすら無理ということなのだろう。
その樹海の入口に、リアンとエルドアはいた。
時刻は早朝。巨大な大木がそびえたつ森の入り口は朝の柔らかい光と夜露のせいか、わずかに白く煙っていて神々しい。だがその見た目とは逆に、ここは魔界の如く危険な場所だ。リアンはそのことに既に気づいていた。
「エルドアさん、…ここヤバいんですけど。本当に私達でなんとかなるんでしょうか」
「当たり前でしょ? まだ戦ってもいないのにそんなんでどうするのぉ」
「ええ…だって」
「リアンちゃんだって、ちゃんとした装備欲しいんでしょ? いつまでもそんなお飾りのアクセサリーでいいって思ってるワケじゃないでしょ?」
「それはまぁ、そうなんですけど…」
事の発端は、夜宿屋に戻ってからのエルドアの一言だ。
「そうねぇ。いろんな場所を回るのは面倒だから、この際まとめて済ませちゃいましょっ」
どうやらリアン達が目的としていたモンスターはそれぞれ生息地が異なるらしい。だが世界中でただ一か所だけ、それらのモンスターが全て現れる場所がある。それがここ、エメラルディア樹海だったというわけだ。
そこでフェンリル達に乗って半日。ようやくここまでたどり着いたのだが。
(…卒倒しそうなほどの魔素量…これはホントにヤバそう…)
樹海の、天を覆い尽くすような緑が迫ってくるにつれ、リアンは辺りに立ち込める魔素の濃密さに目を眇めた。
エルドアの迷宮でも、最下層の方でなければこれほどではなかったはずだ。どうりで災害級と呼ばれるモンスターがぽこぽこ生まれるわけだ。ここまで来ると魔素というより最早瘴気。濃い魔素に慣れていない人間であれば、すぐにあてられて体調を崩してしまうだろう。
「リアンちゃんは、索敵はどの程度出来る?」
「え、と…」
リアンは探知魔法を展開すると、樹海の奥の方を指して、
「私が探知出来る範囲は、たぶんあの先にいる二足歩行の魔物が限界だと思います」
「3キロってところかしら。その魔物の力量はどの程度かわかる?」
「魔素量がスゴいので、たぶん災害級?…だと思います。上半身に魔素が集中してるので、たぶん口から何か吐いたりするんですかね」
「合格ね」
エルドアはにっこり笑うと、自分は前衛に立つのでリアンには後衛を任せると言った。
やることはラスと迷宮に潜った時同様だが、今回は前に進んだから背後が安全とは限らない。なんせ樹海というだけあって魔物以外にも敵はいるのだ。
遮断結界めがけてべしゃりと張り付いてきた巨大な蜘蛛を見だ時、リアンは思わず「ひぃ!」と叫んで震えあがった。こんな巨大な虫に刺されでもしたら、あっという間に死んでしまう。
それに樹海には特有のルールがあるらしい。エルドア曰く、『ここでは絶対に火を使ってはいけない』のだそうだ。どうやらこの樹海の主は酷く火を嫌っている。そしてその機嫌を損ねることは、例え竜であるエルドアにとっても避けたいことのようだ。
リアンはフェンリル達にも火を使わないよう、そして木々を傷つけないよう言い含めると、エルドアの後をついていよいよ樹海の中へと足を踏み入れていった。
「どの辺にいるんでしょうかね…目的の魔物達」
「そうねぇ…たぶん飛行系は、中心より北近くの岩場にいるんじゃないかしら」
「あ、あの先ほどからちらちら見える高い山みたいところですか?」
「そそ」
今回の目的である素材は4つ。
『スターリライト』を落とす翼の王ロイヤルグリフィン。『イグニートディリル』を落とす巨人の魔術使い。風の属性石『フォレストグリーンサファイア』。そして『ランブルハート』を落とすのが、夜の王と呼ばれる吸血鬼の古代種ランブル。
ランブルだけは夜にしか現れないとのことなので、ひとまずリアンとエルドアはロイヤルグリフィンと巨人に的を絞ることにした。
『リアン、ソノ辺ノ魔物、適当ニ狩って来てモいい?』
(うん、いいよ。でもくれぐれも無茶だけはしないでね)
『ワカッタ』
リアンが許可すると、フェンとマルガ、そしてハティの3頭はそれぞれラタトスクを乗せてそれぞれ距離を取った。ラタトスクが同行するのは、魔物が落とす素材を回収するためだろう。本当に彼等は気が利く。
「エルドアさん、山が目的地ならフェン達に乗って移動します?」
「ん~」
エルドアもリアンも、樹海に入ってからは徒歩だ。
ひとかかえ程もある巨大な木の根をよじ登るのも新鮮な体験だが、遠くに見える山まで行くには少々時間がかかりすぎる気がする。
だがリアンの提案に、エルドアはしばし考えた後いたずらっぽく笑って言った。
「いえ。やっぱりせっかくだし、歩いて行きましょ」
「あそこまで結構遠いと思いますよ?」
「そうね。確かにあそこまでは丸一日くらいは歩かなきゃ着かないと思うけど。…でも、せっかく冒険者になったんだから、冒険者らしいことするのもいいんじゃない?」
「…冒険者らしい。そっか、…冒険…冒険、かぁ」
「そ、冒険! 疲れたら乗せていってもらえばいいんだし、ね?」
リアンはこんな場所で随分呑気な発言だと思いつつも、エルドアの言葉に真理も感じていた。
迷宮に初めて入った時もそうだったが、この世界は危険な場所ほど美しく、驚きに満ち溢れている。それが異世界から来たからだと当初は思っていたが、どうやらそうではないらしい。
リアンは自分の腰ほどもある大きな木の根の上に結界で足場を作ると、そこを登って改めて天にそびえたつ大木の数々を見上げた。そしてほうと息をついた。秘境と呼ばれるこの場所の、その神々しいまでに美しい光景に。こんな光景を楽しめるのはきっと、S級冒険者だけの特権に違いない。
「確かに、ここは本当に綺麗な場所ですね。…魔素の流れもゆるやかで、キラキラしてて…」
「でしょ? 昔からこの場所は結構気に入ってるの。特に朝は綺麗よ、散歩するにはもってこい」
エルドアはリアンが張った階段状の結界をトントンと踏み、重力を感じさせない軽やかな足取りで進んでいく。
「そりゃエルドアさんは、竜だし強いからいいですけど。流石に散歩なんて、私には到底無理そうです」
「あら、リアンちゃんだってすぐにそうなるわよ」
「えぇ~、信じられません!」
「ふふっ」
『リアン、気付いてル?』
(うん、大丈夫)
離れた場所から告げられるウルフェン達の忠告に、リアンは自然背筋を伸ばす。
「エルドアさん、そろそろ第一村人と遭遇しますよ~」
「はぁい」
のどかな会話とは裏腹に、どろりと流れてくる魔素の対流。
災害級と呼ばれる魔物との初めての戦いが、柔らかな朝日の中始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――大地が揺れる。
リアンが飛び退いたすぐ脇を、地中から延びた巨大な槍が貫いていく。
結論から言うと、やはり災害級モンスターはリアン一人の力では苦戦を強いられることとなった。
というより、ここまで強くなると例え魔物でも固有の特性やスキルを兼ね備えているため、戦い方がわからず知識不足が仇になっている状態だ。
「リアンちゃん、その魔物を結界で覆ってくれる?」
「はいっ」
今リアン達が相手をしているのは、岩の塊にも見える巨大な亀の姿をした魔物『ガイアネビス』。
建物5棟分ほどもある身体が保有する魔素は、災害級の中でも特大量。中でもスイカのような波状模様の甲羅は、物理・魔法どちらに対しても耐性があるのか、フェン達の攻撃を受けてもびくともしなかった。動きは遅いが、地面から石で出来た鋭い槍『アースジャベリン』を自在に打ち出してくるため、自然とリアンは防戦一方になる。
その最中のエルドアの言葉だ。
言われた通り、リアンは巨大な大木の影に隠れると急いで特大の遮断魔法でガイアネビスの身体を覆い尽くした。
「オッケーです!」
「それじゃ、いくわよぉっ…!」
エルドアの言葉が終らないうちに、カッと真っ白な閃光が辺りを満たす。
魔力の爆発に、空気が轟と音を立てて震える。続いてしみるように肌に伝わる冷気。眩しさに一瞬目を細めたリアンは、やがて自分の結界の中で真っ白な氷漬けになっているガイアネビスの姿を見て、ほうと息をついた。
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