三話 幼女を拾った俺は不幸に違いない
一ヶ月の修行を経た俺はようやく帰宅した。
そして、二日ほど休暇を取ってから出社すると社長に呼び出しを受ける。
「本格的な現地調査の準備が整ったそうじゃないか」
「ええまぁ。めちゃくちゃしごかれましたけどね」
「君に調べてもらいたいリストを作成している。すぐに確認したまえ」
この、クソ社長。少しは俺の話を聞けよ。
いつか絶対その顔面に一発ぶち込んでやるからな。覚えてろ。
デスクにある書類を受け取って確認する。
具体的に俺が現地人と接触して調べるのは三つだ。
・できるだけ詳細な異世界の地図の入手。
・情勢の調査と我が社に有益な人物の発見。
・我が社の利益となる素材や道具。もしくは技術の入手。
ようするにどこに何があって誰が有していているのかを調査しろってことか。
で、最終的にそれをどうすれば手に入れられるのか調べて、安定した供給ラインを確保しろって話なのだろうな。
これさ、めちゃくちゃ難易度高くね?
行くのは地球の異国じゃなくて異世界だぞ。
どうすれば交渉が成功するのかも分かんねぇし、何が我が社の利益になるのかもさっぱりだ。
絶対この仕事、一年や二年で終わらないぞ。
「私はこのプロジェクトを『MT』と名付けた。君にはその現場責任者になってもらうつもりだ」
「MTって何の意味すか?」
「マネーツリーだ」
金のなる木かよ! 馬鹿にしてんのか!
よーし、今すぐぶん殴って退職してやんよ!
「苦しい業務となることは確かだが、君にもそれなりに利点はあるのだよ」
「利点? そんなものあるんですか??」
「まず第一に、これから手に入れる成果は大変大きな物となるだろう。よって君は我が社に貢献したことにより幹部へと出世するだろう。第二に、君が異世界でどのようなことをしようが、我が社は必要以上に干渉しない。つまり賃金をもらいながら自由だ」
「…………」
くそっ、俺の思考をよく分かってやがる。
向こうなら仕事中でも、寝てようが遊んでいようが会社は一切気にしないってことなんだろ。しかもそれで高給だ。
ああ、無理。拳を振り上げようにも飼い犬根性が染みついてて逆らえない。
むしろ尻尾を振ってお手をしたい気分になってきたじゃないか。
まだしばらくサラリーマンは辞められないなぁ……。
◇
異世界側の基地に到着。
俺はさっそく課長に挨拶する為にテントに顔を出す。
「――ほら、この辺りの魔力数値が異常値を示しているんです」
「そのようだな。だとすると危険な生物がうろついている可能性が高い。よし、すぐに特殊警備課に警戒の通達を出そう」
「お願いします」
広瀬さんが体格の良い男性との会話を終えて振り返る。
そこでようやく俺がいることに気が付いた。
「あら、来てたのね」
「そちらの方は?」
「近藤部長よ。会うのは初めてかしら」
近藤部長は黒いプロテクターに身を包んだ筋肉質な男性だ。
俺は並々ならない雰囲気に圧倒されつつ挨拶をする。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。先日営業部から配属しました佐藤則孝です」
「自分は特別調査開発部部長の近藤勝利だ。君のことは社長や彼女から聞いている。危険の多い部署だが是非とも頑張って欲しい」
近藤部長と握手を交わす。大きなゴツゴツした手に少し驚いた。
おまけに柔道の経験者だろうか耳が潰れている。こんな人に投げ飛ばされたら俺なんかひとたまりもないだろうな。
「早速だが君にはここから最も近い町に行ってもらいたい。名前は確か……ドヴォルザークだったか」
「新世界にようこそって言われているみたいですね」
「ははっ、確かにそうだな。偶然だとは思うが悪い気はしない」
俺はさりげなく先ほど二人が話していたことを聞いてみる。
ヤバいことなら俺も知っておかないといけないだろうし。
「そう言えば、さっき魔力数値がどうのこうのとか言ってましたけど……」
「町に行くなら君も知っておいた方がいいな。魔物の話はすでに耳にしているだろう?」
「魔法を使う動物でしたよね」
「そう、だからここにある機械には周囲の魔力を数値化して、危険な魔物を早期に発見できるシステムが構築されている」
そんなものまであんのかよ。
つーか、その機械を売るだけでボロ儲けだろ。
ウチの社長の独占欲は半端ないな。
ちなみに魔物は放出する魔力が高ければ高いほど強力なのだそうだ。
水分と一緒で溜まりすぎると逆に身体に悪いらしい。
「先ほど計器に強い魔力反応が見られたのだ。近くにかなりの力を持つ存在がいることは確実。君も十分に気をつけて町へ行ってくれたまえ」
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
ちょんちょんと広瀬さんが肩をつつく。
振り返ると彼女は右手にヨモギ色のリュックを持っていた。
「はいこれ、数日分の食料と水とこちらのお金が入っているわ。それと最新の軍用トランシーバーも入ってるから時々報告してちょうだい」
「ありがたいです。それで金額はいくらほど?」
「十万円分くらいかな。どうしても必要であれば支給するけど、毎月はさすがに厳しいからどうにか自分で稼いでね」
あくまでも経費ってことか。
どうやって会計処理するのかは知らないが、遊ぶ金はないってことだけは理解できる。
最悪、結果が出せないままが続くと給料から天引きされそうな気がする。
俺は部長と課長に挨拶をしてから基地を出発した。
◇
我が社の基地がある場所は深い森の中だ。
広さで言えば富士の樹海くらいと言えば分かりやすいか。
しかも町からかなり遠いらしい。
なのでヘリが飛んでいてもほとんどの人間は気が付かないそうだ。
加えて森の中には外と繋がる道が作られている。
これは特殊警備課と呼ばれる武装部隊が作ったものだそうだ。
彼らは麻酔銃やゴム弾を使うばかりか、実弾も使用する事ができ、さらに強力な兵器も所有している……らしい。
なので森の中で迷うことはほぼない。
俺は重いリュックを背負いながら、杖を突いてひたすらに道を進んだ。
そろそろ身体向上の魔法でもかけようか、そうすればもっと楽に移動できるだろう。
そんなことを思いついた辺りで、道のど真ん中に人が倒れているのが見えた。
「……子供?」
仰向けで倒れていたのは、銀色のロングヘアーの幼女だった。
顔立ちは非常に可愛らしくTV局の前でも歩けば、一発でスカウトされそうな並外れた容姿をしている。
微かに胸が上下しているので、まだ生きているらしい。
俺は面倒ごとの予感がしたのでスルーすることにした。
がしっ。
突然、幼女に足を掴まれる。
「どこいくんじゃ。助けてくれんのか」
「……放してくれ」
「こんな可愛い幼女が生き倒れになっとるのに、あんたは見捨てて行くって言うんか。人でなし。クズ。悪魔。外道。クズ。不細工。童貞、クズ」
「三回も言うことはないだろ!? 分かったよ、助ければ良いんだろ!!」
道の端に腰を下ろしてリュックを開く。
さっきから腹の音が聞こえるので、どうせ空腹で動けないんだろう。
えーと、あったあった。
携帯食と言えばカロリー〇イトだよな。
先に水を飲ませてから食べ物を与えた。
「……これ、たべられるんか?」
「いらないなら別にいいぞ」
包装紙からとリ出した物体をまじまじと見つめる。
しばらくして、もそもそと咀嚼を始めた。
「思ったよりも美味しいな。もう一本ええか」
「箱ごとやるよ」
「あんた、ええ奴やな」
「散々ねだっておいてよく言えたな」
幼女が全部を食べたのを確認してから俺は立ち上がる。
さて、町に行くか。
無駄な時間を過ごしてしまったな。
「――なんでズボンを掴んでるんだ?」
「恩返ししてやる」
「はぁ?」
「あんた、ええ奴やから恩返しする」
なぜ二度言う。
つーか、付いてくる気かよ。
「いいって。じゃあ元気でな」
歩き始めると、とことこと後ろからあの幼女が付いてきていた。
勘弁してくれよ。こっちはこれから町で仕事なんだぞ。
俺はレベル三の身体向上で一気に走り出した。
悪いけど、子守なら他を当たってくれ。
じゃあなガキンチョ。
「はぁはぁ……ここまでくれば……」
「ヒューマンにしては意外にやるな。気に入ったで」
振り返ると、息も切らした様子のない幼女がそこにいた。