二十六話 一年後
――あの戦いから一年が経過した。
ずるるるるっ、俺は一気に麺をすする。
ふんだんに盛られた野菜をむしゃむしゃ頬張り、ピリッとした味噌スープを飲み干す。
空になった器をカウンターへ置くと、俺と同様にルルフェも空の器を置いた。
「たまらんで。サッ〇ロ一番」
「だよなぁ。王様も粋なことを考えてくれるぜ」
店内を見渡すとラーメンを啜る王国民で溢れていた。
ここは王都で唯一のインスタントラーメン店。ぶっちゃけどうやってサ〇ヨー食品から許可を取ったのかは知らないが、俺や王国民はその味に毎日舌鼓を打っている。
最近ではその味を研究して派生店まで出ているくらいだ。
つってもインスタント界の最強クラスに及ぶ日はまだまだ遠い。
「部長! またこんなところで油売って!」
「あ、やっべ」
部下の渡辺栞が俺を見つけて睨み付ける。
俺は慌ててカウンターに金を置いて外へと出た。
「はぁ、どうしていつも俺のいる場所がバレるんだ」
「親切な人が部長をどこで見たとか教えてくれるんです」
「その親切な奴らを一人残らず教えろ」
どうせ見知った奴らだろ。
誰が粉骨砕身でこの国を救ったと思ってやがるんだ。次のブラックジャックではケツの毛までむしり取ってやるからな。覚えていろ。
「どうでもいいですけど書類溜まってますよ」
「あー、そろそろやんないと駄目だよなぁ」
「はい、駄目です」
スーツ姿の渡辺が腕を組んで睨む。
半年前にこちらに移動してきてずっとこの調子だ。
上司としての信用がないのは自分の性格を考えるとしょうがないことだが、だからといって四六時中ストーカーのように追いかけ回すのは勘弁してもらいたい。
優秀なのは分かるが、息を抜く暇もない毎日だ。
「息を抜きまくりだと思いますが?」
「俺の思考を読むんじゃない! エスパーか!」
「いえ、部長は単純なので読みやすいんです」
「それはそれでこえぇよ!」
店の表で寝そべっていたもっちゃんが立ち上がる。
ルルフェはもっちゃんの上に乗ると、ふわふわの毛に身を埋めていびきをかき始めた。
その様子に栞がごくりと喉を鳴らす。
「モフモフ……私も……」
「渡辺君?」
「はっ、ちが、違いますから! モフモフしたいとか思ってませんからっ!」
取り乱す部下。そんなにモフモフしたいのならすればいいのに。
彼女が動物好きなのは王都支部の人間なら誰でも知っていることだ。
俺達はぶらぶらしながら支社へと戻る。
「なんでこんな人が支社長と付き合ってるんだろ……」
「なんか言ったか?」
「いえっ! なんでもないです!」
渡辺はぷいっと顔を背けてしまう。
なんなんだ一体。相変わらずよく分からない奴。
「よ、サラリーマン賢者! 元気にしてっか!」
「おうっ、そっちも上々のようだな」
「サラリーマン賢者様! この前はありがとうございました!」
「たいしたことはしてないって。娘さん元気になってよかったな」
道行く人々が俺を見るなり声をかけて行く。
王都に支社を構えて一年、それなりに顔も知れて今ではサラリーマン賢者なんて呼ばれていたりする。
広瀬さんは王都支社の支社長に昇進して、本部だった場所にはでっかいビルが建ち、桂木マテリアル異世界本社として部長だった近藤さんは社長に就任した。
つっても表向きには桂木マテリアルは国家として扱われている。
なので支部は大使館扱いだ。
元を辿れば俺の嘘が原因なわけだが、これはこれで都合が良いとワンマン社長がOKを出したのである。懐が広いというか利益に目がくらんだからと言うべきか、あのおっさんの欲望はとどまることを知らない。
この前なんて地球の本社に行くと「名誉国王になってもいいぞ」と嬉しそうにのたまっていた。ややこしくなるから来ないでくれとやんわりと断ったが。
で、俺はと言うと約束通り昇進した。
王都支部の部長である。
これで楽できると思いきや、派遣された社員が少ないせいで未だに忙しい日々を送っている。一応現地民も雇い入れはしたのだが、基礎学力がそもそも違い過ぎて大して役に立たないことが判明したのだ。
俺は国王に掛け合って学校を設立、現在は生徒が高校生レベルにまで育つのをじっと待っている状態だ。つらい。
「ノリタカー!」
「げ」
遠くで手を振る鎧姿の女。
今では長く伸びた髪を三つ編みにして女性らしくなっている。
すぐに逃げようとするが、もっちゃんが外套のフードに噛みついて逃してくれない。
「よくやったもっちゃん! ほら、お礼のお肉だ!」
「がうっ!」
「くそっ、主人である俺を売るなんて!」
「がうう?」
もっちゃんは首をかしげて『あれ?ご主人様でしたか?』みたいな顔をする。
コイツ、誰がお前の食費を出していると思ってんだよ。
タダ飯食らいのルルフェにばかり懐きやがって。ちくしょう。
「婚約者の顔を見て逃げ出すなんてひどいよね」
「部長不潔です」
「それ、俺が決めたことじゃないから!」
あの国王、俺がエグジオスを倒したと知った途端、候補から婚約者に格上げしやがった。
それどころか結婚はいつにすると具体的に聞いてくる始末。
だから先手を打って広瀬さんに告白して付き合いだしたのに、あのクソオヤジ「国王に妾は必要だからな」なんて言いやがった。つーか俺って婿養子になる予定なのか。
広瀬さんも広瀬さんで「妾って面倒なことしなくて楽よねぇ」なんて言い出すんだから手に負えない。あんた、いくらなんでも現実的過ぎるよ。でもそんなところも好きだ。
「部長ってほんと頼りないんですよねぇ。エグジオスって言うのも本当は部長のホラ話じゃないんですか? 実際は大したことなかったりして」
「馬鹿野郎! アレだけはマジでやばかったからな!? あーくそ、お前にあれのデカさを教えてやれたら! 資料が極秘じゃなければ見せてやるのに!」
「ますます嘘っぽいですね。怪しい」
渡辺は俺の話をまったく信じてくれない。
ジト目であら探しをしているくらいだ。
「それはそうと、今日はどうされたのですか?」
「ん? ノリタカに会いに来ただけだよ?」
「そ、そうですか……」
けろっと返事をするルルーナに渡辺はがくっと肩を落とした。
仕事を持ってきたならともかく、ただ会いに来た時は渡辺が彼女の相手をさせられる。
この前なんか数時間もトランプやオセロに付き合わされて発狂しかかっていた。
しかもルルーナはこう見えてゲームは強い。チェスだろうが将棋だろうが、一度覚えるとめざましい急成長を見せるのである。割と将棋に自信があった俺ですら二日目には完敗した。
ふと、身なりの良い老人が俺を見て足を止めた。
「もしやそのお姿、サラリーマンと呼ばれている賢者様では?」
「いえ、違います」
面倒ごとの臭いがしたので即座に否定する。
こういう時はだいたいがヤバい案件だ。
この前もオーガの群れを倒して欲しいなんて言われてひどい目に遭った。
そもそもウチは何でも屋じゃないんだ。モンスター討伐はギルドに行け。
老人は俺の格好を確認する。
「その服はスーツというものでは?」
「これはスーツじゃない」
顔を逸らすと老人は回り込んで俺の顔を確認する。
「ここにある顔と同じだが?」
「名刺!? ちくしょうっ!」
老人が俺に見せた名刺にはしっかりと顔が印刷されている。
誰だよこんな名刺配ったの。俺か。
「それでですが――サラリーマン賢者様には、我が国を脅かしている水魔竜アグペリオスの討伐を是非依頼したのですが。もちろん報酬はたんまりご用意しております」
いやぁぁぁぁぁあああああああっ!
聞きたくない! ききたくないぃいいいい!!
「外国か! ええな、行くで!」
「がうっ!」
「ノリタカなら一発だ! ボクの婚約者だからな!」
「嘘だったってバラすのなら今ですよ、部長」
がしっとルルーナと渡辺に掴まれて俺はズルズルと引きずられる。
「俺はただのサラリーマンなんだよぉおおおお!!」
王都に叫び声が響いた。
【完】
本作はひとまずこれにて終了です。
もしかしたら続くかも知れませんが、その時は則孝やルルフェを生暖かく迎えていただければと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




