十六話 急転直下
負傷した姫を俺達はプレハブにあるベッドに寝かせた。
力を見せたことで彼女はすっかり大人しくなり、なぜか俺をキラキラした目で見てくる。
「父上にも殴られたことがないのに……あんなに激しく……ふふふ」
「気持ち悪い」
思わず本音が出てしまう。
だってこいつ殴られて嬉しそうなんだよ。
絶対頭がおかしい。
「あの、お怪我の方は大丈夫でしょうか?」
「問題ない。ボクはこういう時の為にしっかり鍛えているんだ。ただ、彼の一発はかなり効いたよ。未だに目の前が回ってる」
「そうですか。では私は彼とお話をしてきますのでゆっくり休んでいてください」
「そうさせてもらう」
俺と広瀬さんは小屋の外に出た。
そして、肺に溜めていた空気を一気に吐き出した。
「よかったぁ、危うく王国と戦争になるところだったわ」
「すいません。うっかり手を出してしまいました」
「確かにあの場合は別の手段をとるべきだったわね。でも君が怒ってくれたのは嬉しかったのよ? 上司としてはあまり良くない発言かもしれないけど」
微笑んだ広瀬さんにキュンとする。
やった、俺の株が少しだけ上がったかも。
心の中でガッツポーズする。
「あいつノリタカが大好きとか言うとったで」
「うわぁ!? いたのかよ!」
足下でいきなり声がするので飛び退いた。
一緒にプレハブを出てきていたとは知らなかった。
まぁでも、たしかにそれは気になるよな。
「……あまり気が進まないけど、ここは君に彼女を拐かしてもらうしかないわね。理屈は分からないけど、今の彼女は貴方に強い興味を抱いてる。このまま上手く丸め込んで本部から引き離して頂戴」
「その後は?」
「できれば国王との直接交渉につなげてもらいたいわ。この国でこそこそと商売をしなくてもいいように交渉をするの。その為の踏み台にするのよ」
「えげつない命令ですね」
姫に気に入られれば国王との直接交渉も可能になる……のか?
とにかく今、俺のやるべきことは本部からあいつを引き離して、ATGの存在を知られないことだ。
この作戦が上手くいくかどうかで、異世界における進退が決まる。
「分かりました。やってみます」
「それと……いくら誘惑するっていっても変なことはしちゃダメだから」
広瀬さんは顔を赤く染めて俺のネクタイを締め直してくれた。
またもやキュンとする。
「俺、もうこのネクタイ一生外しません!」
「やめてよ、ちゃんと毎日外してお風呂に入りなさいね。それじゃあ頼んだわよ」
ぽんぽんと肩を叩いて彼女は倉庫の方へと去って行った。
望みはないとか思い込んでたけど、意外に希望はあるのか?
そう考えると異世界に来たのは正解だったかもしれない。
「ノリタカはおばさんが趣味なんか」
「ぶっとばすぞ!!」
この幼女の発言には驚かされるわ。
どういう立ち位置でものを言っているのか。
おっと、あまり姫を放置してはいけないな。
しかし拐かすってどうすればいいのやら……。
プレハブに戻ると姫は見るからに、ぱぁぁと明るい表情になった。
「お前サトゥ、ノォリィテケェだったよなっ!?」
「の・り・た・か!」
「ごめん。言いにくいんだ」
「謝らなくていいよ」
ベッド横の椅子に座る。
この様子だと少しは元気になったみたいだな。
「アタシはアイビッシュ国の第三王女ルルーナ・アバレンテ。ノリタカにはルルーナって呼んでもらいたい」
「じゃあ遠慮なく。ルルーナはどうして一人でこんなところにいるんだ。普通王女って従者を付けているものだろ」
「武者修行の為にあえて付けていないんだ。お父様はあまり納得していないみたいだけどさ」
王女が武者修行……やっぱこいつバカなのか。
いくらなんでもおてんばが過ぎるだろ。
急に広瀬さんが提案した作戦に不安を感じてきた。
「あのさ、ノリタカは結婚とか……してる?」
「いや。独身だ」
「!!?」
再びルルーナの顔が明るくなる。
「もしノリタカがよければ、アタシと一緒に王都に来てくれないか」
「なんで」
「あのその、お婿さん候補になってほしいなって……」
「はぁ?」
ルルーナは赤くなった顔を布団で半分ほど隠し、うるうるした目で見ている。
分からん。殴った男にお婿さん候補になってもらいたいなんて。
強く殴りすぎてよけいに頭がおかしくなったか。
けどここであっさり断ると機嫌を損ねるだろうし、広瀬さんの期待にも応えられなくなる。あまり気は進まないがこの絶好のチャンスを使わせてもらおう。
それにあくまでもお婿さん候補だ。問題ないだろう。
「二つ条件がある」
「条件? それを聞けばノリタカは候補としてきてくれるのか?」
「ああ、ちゃんと守ってくれたらな」
近くで話を聞いていたルルフェがあくびをする。
どうやら眠くなったらしく、王女のベッドにもそもそと勝手にはい上がって、王女の足下の辺りで猫のように丸くなった。
俺と王女はしばらく動きを止めてその様子を見ていたが、あえてなにごともなかったかのように会話を再開する。
「一つは我が国の主権をアイビッシュが公に認めること。もう一つは我が国がそちらで自由に商売をすることを認めること」
「そ、それは……」
「お前の一存で決められないか? だったら俺を国王と直接面会させろ。それでもし話が綺麗にまとまれば晴れて俺はお前のお婿さん候補だ。どうだ悪くないだろ」
王女は眉間に皺を寄せて悩む。
その顔は卑怯だとでも言いたそうだ。
悪いが俺はサラリーマンなんでな。
社の利益の為ならそれなりの修羅場はくぐる覚悟は持っている。
営業なめんなよ。
「でもそちらの国王は許してくれるのか? ノリタカはこの国の大臣なのだろう? アタシがお婿さん候補として勝手に選ぶのはいささか無礼な気もする」
「この国は少し特殊なのさ。別の国に嫁ごうが、どんな相手と恋愛をしようが自由なんだ。つまりこの話は俺の裁量で決まる。納得できたか」
「自由な恋愛と結婚ができる国……素晴らしいっ! 桂木マテリアル国は良い国なのだな! 間違いない!」
ふぅ、なんとか丸め込んだ。
バカで助かったぜ。
「分かった。ノリタカを父上に会わせるとしよう。確実にできるとは約束できないが、貴殿の為に精一杯協力するつもりだ」
「あ、ありがとう」
にぱっと笑うルルーナは可愛かった。
頭はアレだが、見てくれは良いんだよなコイツ。
つってもストライクど真ん中の広瀬さんには負けるけど。
「それともう一つ。あの倉庫の中は絶対に見るな。あそこには我が国の重要機密が保管されている。もし見たら……」
「もし見たら……?」
「我が国はここから跡形もなく消え去るだろう」
「それはダメだ! アタシはもうあそこには近づかないからな! ノリタカと出会えたのに消えてはダメだ!!」
布団をかぶってブルブルと震えていた。
ぶふっ、怯えてやんの。
でもまぁ、マジのマジで事実だからな。
ATGの存在はそれほどまでに重要、もしあの装置をこちら側で認知されて押さえられるようなことにでもなれば、我が社は一夜にして撤収するはずだ。
「とりあえず明日には王都に出発するから、今日はここでゆっくり休め」
「ノリタカは?」
「俺も適当な場所で寝るよ。なにかあればすぐに呼んでくれ」
立ち上がると俺はプレハブを出て広瀬さんの元へと向かう。
テントの中に入ると、彼女はコーヒーを持ったままディスプレイとにらめっこしていた。
「どうしたんです?」
「あ、則孝君。ちょっと見て」
促されて画面を見る。
そこにはレーダーのようなものが映っていた。
「君に言ってなかったけど、実は時々魔力感知用の無人偵察機を実験的に遠くにまで飛ばしているの。でね、この辺りは王都と呼ばれる場所なんだけど、ほらここに巨大な魔力が確認できるでしょ」
「かなりデカいですね。しかも動いてる」
「そうなのよ。君はどう思うかしら」
レーダーには無数の魔力の集まりが見える。恐らく王都だろう。
で、離れた位置には巨大な魔力の塊があった。
それはどんどん王都に近づいており、しばらくして王都の一部と重なる。
ぱっ、と王都にあった沢山の魔力が消えて行く。
「あのこれ、直接の映像に切り替えられませんかね」
「まだ試作機だから無理なのよ。直接行って確かめるか、もう一台偵察機を飛ばすしかないわ」
「……予定を変更してもいいですか?」
「すぐにでるのね」
「はい。もし王都がなにかに襲われているのなら、これは我が社の最大のチャンスのはず。力と潤沢な物資を提供すれば、アイビッシュ国との交渉を有利に進められる。この機会を逃す手はありません」
「ふふっ、君って意外にやり手なのね」
「早く成果を上げて楽したいだけですから」
俺と広瀬さんは特殊警備課の課長を呼び出し、作戦について話し合いを行った。




