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週刊どらゴン通信!  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
第二章 「疾風乱舞は愛の疾走」
22/23

2-10 第三作戦

 うららかな天気のなか、緑色の長い髪を風に揺らせた女性が、落ち着きのない雰囲気で桜の木の下で誰かを待っていた。これだけ見たら、あなたは何か勘違いをするはず。だって、今のシェリイの表情と態度は、まるでデートの待ち合わせをする女性みたいなんだから。


 けれど、名目上はそうではない。今日ここで『庭園大蛇』ギルドのメンバーでお花見をする予定なのだけれど、「当然」、ここにシェリイとイオン以外のメンバーは来なかった。


 なぜなら、レダさんがイオンさんのいない間を見計らって、今回の計画をギルドメンバー全員に知らせて、そして協力させたからだ。意外にもレダさんの提案にメンバーの人達はとても乗り気だった。というかかなり仲が良い。それもそのはず、『庭園大蛇』のメンバーは皆大学生で、なかなかの頻度でオフ会をやっていたらしい。


「初めてオフ会をやった時には、そりゃもう驚いたわよ。だって、イオンもシェリイも、瞳の色とか髪の色以外はほとんどアルカディアでの姿と変わらなかったのよ。シェリイはイオンにべた惚れしているし、イオンがその気になったら美男美女の一大カップルだと思ったわ」


 これはあたしがレダさんから聞いた話。ちなみに、あたしも少なからずゲームの世界とは姿を変えている。というかむしろそれが普通だから、もしイオンとシェリイの外見がリアルとゲームとで差があったらどうしょうかと思っていたのだけれど、その心配は杞憂だったようだ。


「みなさん、首尾はどうですか?」


 あたしが解放しているボイスチャットを介して話すと、十数人から思い思いの返事が返ってきた。みんな『庭園大蛇』のメンバーで、レダが呼びかけた結果、自分たちで作戦をやりたいと言ってついてきたのだ。


 あたしにとって、これ以上ない援軍だった。知人ならば、こういった作戦をやられてもある程度は許せるし、それにこんな大人数ならばそれだけでその場の雰囲気を作ることができる。最後に種明かしをして目的をばらすのも自由自在だ。実際、今回の作戦で庭園大蛇のメンバーが姿を表すのは最後だけ。


 そう、いまあたしたちは、完全に近い布陣を整えていた。シェリイもその他の仕掛け人も準備完了! あとはイオンが来るのを待つのみ。


 ……やばい、あたしが興奮してきちゃったよ。


「レイ、毎度のことだけど、頼んだわよ!」


『御意。必ずやお嬢様のご希望にそえるよう、己の全力をつぎ込もう』


 と、待ち合わせの時間まであと三分を切ったところで、イオンがレイのカメラの前に姿を現す。


「……あれ? みんな来ていないんだ?」


「はい……どうしたんでしょう?」


 イオンは想定された質問を言って、シェリイもできるだけ知らない風を装って答える。ちなみに、さっきから数人ずつ今回のお花見にリアルの予定が入って行けなくなった、という旨のメッセージをギルドメンバーの人達が送っており、着々とシュチュエーションを整えている。


 シェリイとイオンは仕方なくその場で待つ。当然ながら来るべき人たちは来ないけれど、いくつか会話をしていて、そこまで気まずい雰囲気にはなっていない。まあ、同じギルドに所属していて、オフ会も結構やっているなら当然か。


 しばらくして、イオンがウィンドウを開き、メッセージを確認する。


「うーん、みんな予定が入っちゃったのか……どうしたものかな」


 シェリイ以外のメンバーがここに来ないことを知ったイオンは、困ったように頬を指で軽くかく。


「シェリイ、みんな来られないみたいなんだけど、どうする?」


 さあ、シェリイさん、出番ですよ!


「そうですか……でも、せっかくなので見ていきませんか? こんな機会ほとんどないですし……」


 シェリイが控えめに言うと、イオンは少し意外そうな顔をして、そして頷いた。


「そうか、それじゃあ、ちょっと見ていこうか」


 ……なんか、普通にいい人だね、イオンさんって。

そうして、イオンとシェリイは二人で桜村のマップ内を歩き始める。既にシェリイは緊張した面持ちになっており、完全に意識しているのが分かる。なんだか、言葉も少なくなっているし、少し気まずい雰囲気だ。


 さーて、第一の作戦を開始しましょうか。まずはその緊張を別の刺激でほぐしておいて、この後の準備を……。


「あ、なにか屋台をやっていますね、よっていきませんか?」


「うん、ユーザーがでやっているみたいだね。何を売っているのかな」


 そうして二人はその屋台に立ち寄る。そしてそのメニューは……ロシアンたこ焼きだ。五個の内一つが激辛のはずれ(ある意味アタリ)のパーティーならば常連の一品だ。


「値段は一般硬貨200か。面白そうだけど、買ってみる?」


「そうですね、ええと、お金は……」


「俺が払うよ。リアルマネーじゃないし」


 そうしてイオンはそのたこ焼きを買う。


「ありがとうございましたー!」


 屋台を開いていたユーザーの威勢のいい声を背にして、二人は近くにあったベンチに座って、たこ焼きの入っている容器を開ける。


「それじゃあ、俺が先に食べるよ?」


 シェリイが頷き、イオンは右端の一つを食べる。シェリイは心配そうにイオンの顔を見るが、普通においしそうだ。セーフ。


「それじゃあ、次は私が……」


 そう言ってシェリイは左端のたこ焼きを口に運ぶ。イオンは微笑を浮かべながらシェリイの表情を伺い……。


「……っ!」


 シェリイは一瞬のうちに顔を歪ませる。はずれだ。ちなみにこのたこ焼きのはずれはとてつもなく辛い。身体や脳に影響のない程度に最高の辛さ――つまりアルカディアでは最高の辛さにしてあるはずだから、それはもう大変なものだ。


「大丈夫か」


 苦しそうにうめき声をあげるシェリイに、イオンは思わずその背中をさすってやる。しかしバーチャル空間ではその行為に意味はない。


 それに気づいてか、イオンはその場で思い至って回復アイテムを手のひらサイズの瓶にして取り出す。普通は握りつぶすだけで体力を回復してくれるのだけれど、開発者のこだわりなのか、飲んでも使用できる。味はすっきり爽快な清涼飲料水のそれだ。


 シェリイは回復アイテムの飲料を少し飲んで、深く息をつく。


「ありがとうございます。思った以上に辛かったです……」


「こういうのには気をつけないといけないな……」


 シェリイの言葉に、イオンは苦笑しながら答える。その雰囲気に、さっきのような気まずさはもうない。


 もちろん、これは最初から仕組んであった作戦だ。シェリイにはこの店に寄って、たこ焼きを買って食べるだけでいいと伝えてあった。そして驚くなかれ、このたこ焼きは、ただのロシアンたこ焼きではない。『庭園大蛇』のメンバー特性の、ディバイダーにだけとてつもなく辛く感じるたこ焼きなのだ。流石にシェリイだけが辛く感じるものというのは作れなかったらしいのだけれど、選択的に味を変えることができるというのには驚いた。これをプログラミングした人に乾杯だ!


 それから少し息をついて、二人は散歩を続行する。


「そういえば、イオンさんはリアルでも花見をやったことはありますか?」


「あー、一度だけあったな。大学の友達と一緒に、ノンアルコールビールを飲みながら喋ってたよ。川辺だからたまに酔って落っこちちゃう人がいるんだよね。だから完全にお酒は禁止。監視が厳しくてまいっちゃうよ。シェリイは?」


「私は、何回かやりましたよ。お酒込みで。というかお酒が入っちゃうと花見どころじゃないですよね、花より団子って……言い得て妙です」


「確かに、でも最近は規制が厳しくなったよね。この前テレビで国会議員が言ってたよ。『酔って恥ずかしい姿を外でみせんな』ってさ。最近はSCSの機能の一つにお酒の疑似体験が入ったし、それもあるのかも……って噂をすれば」


 シェリイとイオンが見る先には、アルカディアのアイテムの一種であるお酒の飲み交わしつつ、騒いでいる一団がいた。あたしがニュースで見る限りは、脳の一部の機能を抑制する事によってお酒と同じ体験をできるようにしているらしい。アルコールを飲み過ぎると呼吸中枢まで麻痺が達し、最悪死に至るケースもあるけれど、電子的に制御されたものなら、そんなこともない。アルコール依存症のような症状も懸念されたが、要は個人の心がけ次第だ。実際、お酒とそれに類するアイテムは、クリスタル硬貨、もとい、現実のお金を使わなければならない。無論、未成年は使用禁止だ。


「びっくりですよね、こんな技術が開発されちゃうなんて。最初にSCSの技術が発表されたときは、衝撃でしたよ」


「あの時、俺はまだ中学生だったな。初期の頃はゲーセンでちょこっとやったぐらいだったかな」


「へえ! そうだったんですか。あれって高いですし、女の子にはちょっと敷居が高い感じだったんですよね。それで、どうだったんです?」


「あ、女子にはそんな認識があったんだ。どうだったって……今より全然質感が悪かったなあ。自分の肌を触ってみても、なんだか水袋を触っている感じでさ、なんだか気持ち悪かった。でも自分で戦えるのはやっぱり楽しくてさ、質感とかはどうでもよくなったよ」


 ……なにこのナチュラルな会話。普通に仲いいじゃない。大学生ってみんなこうなの? でも、このままじゃあ友達以上恋人未満って感じね、作戦続行っと。


「あ、あれ何でしょう……」


 シェリイが言うと、イオンがシェリイの視線をたどり、その光景に行き着く。


「なんだろ、なんか映画の撮影みたいだね」


 イオンとシェリイの視線の先にあったのは、即席とは思えないほどちゃんとした造りの舞台だった。その中や周りで台本のようにメニューウィンドウを読みつつ、たくさんの人たちが話し合っていた。


 二人がそれを見つつ通り過ぎようとしたとき、その集団の中の男一人がこちらに走ってやってきた。


「あの、お二人さん。失礼ですが、今日は何か予定があってここに来たのですか?」


 いきなりな質問にイオンは怪訝な表情をしたけれど、宣伝か何かかな、と思ったのかすぐに表情を戻して答える。


「ギルド仲間で花見でもしようと来たんですけどね、みんな予定が合わなくて、二人だけになってしまったんですよ」


「そうですか……。実は、私たちはここでこれから劇を行うんです。まあ、ギルドの資金集めなんですけどね。それで、もしよろしければお二人さんも出演しませんか?」


「え、どうしてですか?」


 当然、男の突然な申し出にイオンは面食らう。


「いやあ、変な話ですが、お二人さんが一緒に歩いている姿が余りにも似合っているものですから。今回は『白雪姫』の話を少しアレンジしてやるんですけど、お二人がやったらきっと様になるって直感したんです」


「でも、今日やるんですよね。練習もほとんどできませんし、大丈夫なんですか?」


「実は、こういったことは初めてじゃないんです。流石に現実リアルではそういうことはできませんが、ここはバーチャル空間ですから。動作とか言葉をそのまま再現できるアイテムもあるんですよ」


 どうやら劇に出でも迷惑はなさそうで、相手はそれを望んでいる。それがわかったからか、イオンは腕を組んで迷ったようなそぶりを見せた。さあ、シェリイ。ここで一気にあなたが畳みかけなさい!


 と、あたしが指示した後にシェリイを見ると、そこには本当に中身まで茹であがっているのではないかと思うほど赤くなったシェリイの顔があった。どうやら二人で歩いているのが似合っている、と言われたことが原因だろう。


 ちゃんと意識しているのね。とは思ったけれど、これではイオンにこれを説得させることなんてできない。ちょっとやばいかな、と思っていると、イオンが口を開いた。


「ちょっとおもしろそうだね。シェリイ、ちょっとやっていかない?」


「え? は、はい」


 突然の承諾に、シェリイは驚いたような表情を見せる。


「俺さ、高校生の時に演劇部やってたんだよね。ちょっとそのときのことを思い出してさ。それじゃあ、俺たちの出演させてください。俺はイオンっていいます。それで、彼女はシェリイ」


 イオンが振り返って言うと、男は笑顔で一礼した。


「はい、ありがとうございます! 私のことはタクとお呼びください」


 もちろん。これも最初から仕組んでいたことだ。この劇団には『庭園大蛇』のメンバーの知り合いがいて、その伝で頼み込んだのだ。もちろん、お金は動いたけどね。


 そしてさっそく、シェリイとイオンは劇をするための準備にとりかかる。さっきタクという男が言ったとおり、アルカディアには自力モーションキャプチャー的なアイテムがあって、それを使えば自分の動きや話した内容を記憶し、そして再現することができるのだ。


 二、三時間ほどが経って、舞台の前には少しずつ人だかりができていた。劇団のほうも準備が整ったようで、司会が最初の挨拶をしている。それからしばらくして、舞台の幕があがる頃にはなかなかの人数が集まっていた。開演を盛り上げる拍手が、役者を鼓舞する。


――その国の王妃が持つ鏡には、人探しの力があった。王妃はその鏡に世界で一番美しい女は誰かと毎晩聞いていたが、これまで一度も鏡が彼女の名を言わないことはなかった。しかし、ある時、鏡は彼女ではない名を言った。王妃はその事実にひどく腹を立て、鏡が言った名の持ち主、「白雪姫」を全力で葬り去ることを誓ったのだった。


 なんだかちょっとだけ原作を誇張した今回の劇では、ネットゲームの中らしく戦いのある場面もあって、王妃の放った刺客と小人たちの戦闘はなかなかに見所があった。うーん、でもこれ、白雪姫じゃなくない?


 あ、そうそう。もちろん、白雪姫はシェリイが演じているよ。


――しかし小人たちの奮闘空しく、白雪姫は王妃の持ってきた毒リンゴを毒と知らずに食べてしまう。しかもそのリンゴには魔法までかけてあって、白雪姫は毒で口が聞けなくなった上、みすぼらしく醜い女へと姿を変えられてしまう。


 やっぱり設定混ぜ過ぎじゃないかなあと思ったけれど、姿が変わってしまうシーンではバーチャル空間でしかできないような演出がなされていて、なかなかすごかった。エフェクトは偉大だ。


――それから数日が経って、白雪姫は物乞いをして生きることを余儀なくされていた。なぜなら、誰も、彼女が白雪姫だとは気づけなかったからだ。しかし、偶然にも彼女はその国の王子が森に狩りに出かけるところに出くわす。王子には魔法の才があり、白雪姫に魔法がかけられていることをすぐに見抜いた。その姿を哀れに思った王子は魔法を解く魔法を唱え、白雪姫を元の姿に戻した。するとどうだろう、そこにいるのは王妃の鏡も太鼓判の、絶世の美女ではないか。


 そういえばイオンが誰の役をやっているかって? 決まってるじゃない、王子様よ、王子様。


――王子は白雪姫に一目惚れをした。しかし白雪姫は平民の女であり、口も利けない。決して結ばれることはできない二人は、それでも愛し合い、度々森の中で会っていた。そんな中で、小人たちの計らいでふたりと森の仲間たちだけで結婚式を行った。小人たちにはやし立てられながらの誓いのキスをしたり、ささやかながらも、よい式だった。するとどうだろう、白雪姫の利けなかった口はたちまち言葉を発することができるようになった。王子は自らの利権を使って白雪姫に王族としての籍を与え、晴れて結ばれることになった。そうして、二人は幸せに暮らし、王妃は白雪姫に嫉妬して鏡を割ってしまったそうな。


 ちょっと飛躍した感のある筋書きだったけれど、イオンやシェリイを始めとする劇団員の熱演により、公演はおおいに盛り上がった。


 ちなみに、公演が終わったすぐあとのシェリイの顔は、それはもうほっかほかに茹であがったように真っ赤だった。うんうん、初々しくていいねえ。


 さあ、そろそろ作戦はクライマックスよ!





吹 っ 切 れ た


たぶん次回で二章が完結します。シェリイの恋の行方はいかに!


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