329 弥生の登校初日
学院に編入した弥生が登校の日を迎えて……
昨夜は夕食の時間が大幅にズレたため、聡史兄妹と三人だけの食事となった弥生。日が変わって翌朝の朝食時に、初めてデビル&エンジェルの他の面々たちとの顔合わせとなる。
「ということで、今日から魔法学院に編入した俺たちの従姉の弥生だ。1年Eクラスに所属する」
「は、初めまして」
聡史に促されて挨拶をする弥生だが、その表情は依然として固いまま。いきなり見ず知らずの他人に愛想を振りまくほど彼女のコミュ力は高くないよう。
ところで弥生はアメリカのハイスクールですでに1年生の過程を終えている。だが日本では飛び級という制度を認めていないので、実年齢に合わせて1年生からスタートと相成っている。進級するまでの半年間はアメリカでは学ぶ機会がなかった国語や古典、日本史などに焦点を当てて集中的に取り組む予定らしい。確かに漢字も大概うろ覚えと当人が申告している通り日本語の読み書きなどには苦労しそうな予感を彼女自身感じている。もっとも2年Eクラスの脳筋生徒たちでもなんとか進級できているというれっきとした事実があるわけで、あまり心配はいらないのかもしれない。
「弥生さん、始めまして。西川美鈴です。小学生の頃聡史君たちから『歳下の従姉がいる』とは聞いていたけど、こうしてお目にかかるのは初めてね。どうぞよろしく」
「は、はい… よろしくお願いします」
「弥生さん、私は神崎カレンです。どうぞよろしく」
「フォエァ、デッヂュウ、カムフローム?」
弥生の口から無意識に英語のセンテンスが飛び出る。どうやらカレンの見事なブロンドの髪とアメリカンサイズのグラマラスボディーという風貌にハイスクールにいるような錯覚を覚えたよう。小学校の3年生の時に渡米してすでに10年。これだけアメリカでの生活が長いと弥生にとっては日本語よりも英語のほうが身近な言語といえる。現に母親と喋る際にも日本語と英語のミックスという状態。
「さすがは帰国子女ですわ。英語の発音がすっかりネイティブですのね~」
「カレン、驚かせてすまない。弥生はアメリカから帰国してまだ間がないから、ついつい英語が先に思い浮かぶそうだ」
「そうだったんですか。こんな外見で勘違いさせてしまいましたね。こう見えても日本生まれの日本育ちで、外国に行ったこともないんですよ」
落ち着いたセリフを口にしながらも、実はカレンはすでに母親から色々と聞いていたりする。もちろん「彼女の身の安全に配慮しろ」という指令が下されているのは言うまでもない。弥生についての事情を知っているカレンとしては「お姉さんに全て任せなさい」とでも言わんばかりの表情。
「す、すみませんでした。まだ日本語を思い出しながらしゃべっているので、油断すると英語が飛び出てしまうんです」
顔を赤くして弁解する弥生に場が和んでいる。ちなみにカレンは外国には足を踏み入れてはいないが、一足飛びに異世界にしょっちゅう出掛けている点はこの場ではナイショの話。
二人に続いて明日香ちゃんとクルトワが自己紹介すると、弥生の目は宮司と巫女装束に身を包んだ怪しげな2体の大妖怪に向けられる。
「弥生ちゃん、ここにいるポチとタマは私のペットですわ。両方ともキツネの妖怪ですの。今ではすっかり学院での生活に慣れていますから心配しないで大丈夫ですわ。ポチとタマ、弥生ちゃんは私の従姉ですから何か危険があればしっかりと守ってください」
「主殿のご血族とあらば我がしっかりとお守りいたしますぞ」
「ふむ、従姉殿。豆大福はお好きかえ? 近づきのしるしにひとつ進呈するのじゃ」
白衣の袂から豆大福を取り出す玉藻の前。対して桜から説明されてもまったく理解が追い付かない弥生はというと…
(ぜ、絶対に断れない)
多くの人間が「妖怪」と聞いて恐れを抱くように、弥生も玉藻の前から差し出された豆大福を恐々という態度で受け取っている。いくら桜から「大丈夫」と太鼓判を押されていても、初対面でいきなり妖怪の登場とあればビビらない方がおかしい。怯えながらも手を差し出したのは、どうやら危機回避の本能が働いたためだと思われる。たぶん…
ここで聡史が声を潜めて。
「弥生については詳しくは明かせない特殊な魔法スキルがある。だが現時点では一般人に等しい身体能力しか持ち合せてはいない。本人が自分の身を守れるようになるまでは、万一彼女に何かあった場合みんなでガードしてもらいたい」
「聡史君、それは学院長からの指示なの?」
「いや、ダンジョン対策室が絡んでいる。詳しい話は夕食後に俺の部屋で明かすから」
「わかったわ」
こんな感じで顔合わせが終わる。朝食を終えると各自が自分の部屋に戻って登校の用意。弥生は桜から予備の制服を借りて身支度を整えている。小柄な桜に比べて5センチ以上背が高い弥生にとって予備の制服はややつんつるてん。とはいえ昨日の今日ではすぐに制服の準備が間に合わないので、しばらくの間はこれで我慢するしかない。
「弥生ちゃんにはちょっと小さかったですわね~。でも雰囲気はいい感じですわ」
「制服なんて初めて着た」
海外でも制服に身を包む学校はあるにはあるが、それは圧倒的に少数の超名門校に限定されている。最近は日本の制服ファッションが海外にも紹介されており、結構な人気を博しているとも伝えられる。とはいえ弥生は初めて袖を通した制服姿を鏡に映して、自ずと改まった気分でスタートしたばかりの編入初日を迎えているよう。
「それじゃあ職員室に向かおうか。担任の先生が一緒に教室まで連れていってくれるから」
「はい」
新しいクラスに向かう緊張感から弥生の表情は硬いまま。職員室に顔を出すと聡史兄妹とは別れて担任に連れられて1年Eクラスへ。
「今日からこのクラスに編入となった楢崎弥生君だ」
担任の紹介で一気に教室内がどよめく。そこいら中でヒソヒソと遣り取りが始まる。
「楢崎… ってもしかして」
「聡史先輩たちの妹なの?」
「言われてみれば聡史先輩と顔が似ているかも」
外見上は母方の血を色濃く受け継いでいる桜に対して、聡史はどちらかというと父親似。当然弥生と似ている部分がなくはない。
「ああ、静かにするんだ。君たちもよく知っている2年生の楢崎兄妹とは従姉になるそうだ。それじゃあ、自己紹介をしてもらおうかな」
「は、初めまして、楢崎弥生です。アメリカのハイスクールから転校してきました。日本での生活は10年ぶりなので、色々と教えてもらえると嬉しいです」
昨夜から懸命に考えていた挨拶を終えると、弥生はペコリとお辞儀をする。彼女の紹介を耳にしたクラスメートたちはといえば…
「アメリカのハイスクール…」
「凄い… 私たちとは次元が違う」
「もしかして英語ペラペラ?」
「アメリカでの生活なんて、憧れちゃうな~」
「試験前に教えてもらおうよ」
例の楢崎兄妹の従姉にして、しかも帰国子女。ここまで濃いキャラ属性が重なると、自ずとクラスの注目を集めるのは必定。しばらくの間教室中が蜂の巣をつついたような様相を呈するのはやむを得ず。
「ほらほら、静かにするんだぞ。楢崎君はまだ学院生活に不慣れだから、周囲がしっかりとサポートしてあげてもらいたい。それから彼女の所属パーティーの件だが、当面は2年生のデビル&エンジェルに同行するそうだ。クラスの生徒とはダンジョンでの活動はしばらく予定してはいない」
担任から告げられた内容にあからさまに気落ちするEクラス一同。せっかく迎えた転入生なのに一緒にダンジョンに行けないのが、いかにも残念な表情に変わっている。実はこれ、学院長からの指示であった。いつ何時量子コンピューターオペレーションルームからの呼び出しがあっても対応できるように、事情が分かっている聡史たちと行動を共にするのは当然といえば当然の措置。
「それではあそこの空いている席に着いてくれ」
「はい」
やや冷や水を掛けられたものの、弥生の登場に興奮冷めやらぬ1年Eクラス。彼女が席に着くと同時に通常の朝のホームルームが始まるが、生徒たちの態度は心ここにあらずといった趣。なかにはあからさまに「早く終われ」と願っている者もチラホラ。どうやら弥生の登場が衝撃的過ぎて担任の話が全く耳に入らない様子。
そして担任が姿を消すと「待ってました!」といわんばかりの勢いで女子たちが10人以上弥生の周囲に押し寄せてくる。もちろん男子も彼女に興味津々ではあるものの、好奇心に瞳を輝かせる女子の勢いに完全に気圧されて近づくことさえままならない状況。
その弥生を取り囲む女子たちはといえば…
「楢崎さんって、デビル&エンジェルと行動するなんてすごいね~」
「この学院最強パーティーに同行できるなんて、楢崎さんは相当すごい力を持っているのね」
「もしかして特待生?」
「そういえば女子寮で姿を見ていないよね」
四方八方から声が飛び交い、弥生は対応もままならないよう。やっと声を上げたと思ったら…
「聡史お兄さんと桜お姉さんの部屋に一緒に住ませてもらっている」
「ええええ、やっぱりそうなんだ~」
「1年生では初の特待生なのね」
「凄~い、尊敬しちゃう」
女子たちの弥生を見る目が色めき立っている。突如教室にスーパーアイドルが登場した感があるくらいの興奮した空気。
「特待生というからには、楢崎さんにはすごいスキルがあるんだよね」
「ねえねえ、どんなスキルなの?」
「そ、それはちょっと…」
「あっ、そうだよね。他人のステータスを詮索するのはマナー違反だもんね」
クラスメートたちにとってスキルとはダンジョンで戦うための重要な手段で、なおかつ無くてはならないもの。対して弥生の魔法スキルはあまりにも特殊で、彼女たちの想像の埒外にある。双方の思うところが違うのはこの時点では致し方なし。
「今日は1日実技実習だから、更衣室に案内するわね」
「あ、ありがとう」
大勢の女子に取り囲まれながらも依然固い表情のままの弥生。そんな彼女を遠巻きに見る目が… それは悠久なる大魔導士こと美咲に他ならない。彼女は弥生を取り囲んだ集団が教室から姿を消すと、自分も着替えを手にして更衣室へと向かうのだった。
◇◇◇◇◇
基礎実技の時間は1年生全体がグランドに集合してトラックの20分間走から始まる。入学して約半年近い訓練の成果もあって1年生でも現在のレベルは30オーバー。その中でEクラスともなるともうちょっとで45を超える生徒もチラホラ。
そんな場所にいきなり連れてこられた弥生はどうかというと、確かに戦略級とも呼ぶべき魔法スキルを持ってはいるが、現在のレベルは1。しかもパソコンの前に座っている時間が長い典型的なインドア派とあって、体力の数値は初期の明日香ちゃんとドッコイの頼りない数字。
「それでは20分間走スタート」
教官のホイッスルが鳴ると、200人が一斉に走り出す。
(えっ、ええええええ)
スタートの合図とともに思いっ切り置いていかれる弥生。周囲がオリンピックレベルの速度でトラックを周回する中で、ヨタヨタ走り出す姿は完全に場違い。2周目を過ぎた辺りから息が切れ出して、3周目に差し掛かるともはや歩いているような速度にまで落ち込んでいる。
ひとりだけ図抜けて遅い弥生の姿に、Eクラスの生徒も逆にビックリ。聡史たちの従姉ということでさぞかし類稀な身体能力の持ち主に違いないと勝手に思い込んでいたのが、いざ蓋を開けてみればなんとも情けない姿。
「楢崎さんは全然スピードが上がっていないけど、どうしちゃったんだろう?」
「なんだかすごく辛そうに走っているけど、大丈夫かな~?」
なんだか思っていたのと違う… そんな感情がアリアリのEクラスの生徒たち。あれだけ濃厚なキャラ属性にも拘らず、弥生自身の現状の身体能力がまったく大したことない事態にかなりの戸惑いを覚えているよう。
ともかくフラフラになりながらも20分間走が終わると、弥生は芝生に両手両ひざをついたままゼイゼイい喘ぎっ放しで動こうとしない。
(と、とんでもない場所に足を踏み込んでしまった…)
そんな後悔の念が頭を過っている。だが基礎実技の時間はまだ始まったばかり。これから筋トレや50メートルダッシュ、インターバルトレーニング等々、弥生にとって地獄のメニューが目白押し。
弥生にとっては拷問に等しい2時間が経過すると、彼女は芝生に寝転がって荒い息を繰り返すだけとなり果てている。もう一歩も動けない… そんな極限状態まで追い込まれている弥生だが、現実はさらなる非情な事実を突き付けてくる。
「楢崎さん、次は実技実習だから」
「楢崎さんは魔法系よね。これから魔法の訓練だから一緒に行こう」
「は、はい」
駆け寄ってきた女子生徒に両脇を支えられて何とか立ち上がると、そのまま第ゼロ演習室に拉致同然で連れてこられる。死人のような真っ青な表情でベンチの腰掛けて待っていると、聡史、美鈴、カレンを筆頭に千里や2年Eクラスの魔法使い組がやってくる。
「「「「「先輩方、今日もよろしくお願いします」」」」」
サッと立ち上がって挨拶をする1年生。だが弥生はそんな気力もなくベンチに張り付いたまま。このままでは魔法の練習に差し支えるので、カレンが即座に回復させていく。
「あれ? 疲れがどこかに消えている…」
急に体力が戻ってくて戸惑った表情を浮かべる弥生。そこに聡史がやってきて…
「驚いたか? 今のは回復魔法だ。カレンの光を浴びればどんなに疲れていても一発で元気になる」
「回復魔法?」
「詳しい説明は俺にも不可能だ。カレンの固有スキルだと考えてくれ。弥生、それにしても初日からずいぶん痛めつけられたな」
「心が折れている。もう部屋に帰りたい」
「いいのか? 康子叔母さんを守りたいんだろう」
聡史も中々意地が悪い。2時間の体力トレーニングで精魂尽き果てて回復したばかりの弥生に対して「再び立ち上がれ」と命じているに等しいかもしれない。とはいえ聡史もそこまで鬼ではないよう。
「まあ疲れてのはしょうがないから大目に見よう。今日はこのままベンチに座っているだけでいいぞ」
「助かった」
「ただし昼までずっと魔力循環をやってもらうから、そのつもりでいるんだ」
「魔力循環?」
弥生の固有スキルを発現する場合、ほとんど無意識レベルで魔力の集中とネットワーク上での事象改変が可能。だが他に魔法スキルがないため様々な術式は現段階では使用不可能。彼女が他の魔法スキルを手に入れるには、1から基礎を固めなければならない。ということで聡史は、魔法使いにとっては基礎中の基礎である魔力循環を午前中の課題として課している。
「いいか、俺が背中に手を当てて魔力を流すから、弥生は体の内部に流れる魔力を感知してくれ」
「わかった」
こうなると弥生はもう言われるがまま。背中に当てられた聡史の手から流れ出る微量の魔力を感知して、それを足掛かりに体全体の魔力の流れを把握していく作業が続く。
やや離れた場所では…
「えっ、魔力循環?」
「なんでこんな基礎から始めるの?」
「特待生なのに魔力循環も出来ないなんて…」
さすがに1年女子たちからやや驚きと呆れが混ざった声が上がる。先程の基礎実技ではまったく体力がないことが判明した弥生に対して「なぜ特待生なんだろう?」という疑問が湧き上がるのは当然。するとここで美鈴から声が掛かる。
「みんな、時間は有限よ。突っ立っていないで訓練の準備に入りなさい」
「「「「はい」」」」
だがここでひとりの女子が恐る恐る美鈴に質問をぶつけてくる。
「西川先輩、転校してきた楢崎さんは現段階でまったく何も出来ないのに、なぜ特待生なんですか?」
これには美鈴もやや困り顔。彼女に関する詳しい話は今夜聞くことになっている。正確な状況を知るまでは迂闊な発言は出来ないと委細承知の立場。だがここでカレンの助け舟が…
「楢崎さんは現段階ではまだレベル1です。何も出来なくて当然でしょう。でもあと数年もしたら簡単に一国を滅ぼすほどの魔法使いになっているかもしれませんよ。きっとそんな将来性を加味した上で特待生として認められたのでしょう。そもそも皆さんに比べて半年遅れでの入学なんですから、色々な点で後れを取るのは当たり前です」
「ああ、そうだったんだ」
「ダンジョンに入った経験がないから、当然レベル1だよね~」
「自分たちと同じ土俵で比較してはいけなかったんだ」
素直に納得する女子たち。尊敬するカレン先輩から懇々と諭されては納得するしかない。というか女神様のお言葉には人間を簡単に納得させる不思議な力のようなものがある。
「さあ、納得したんだったら練習を開始するわよ。対抗戦も近いんだし、気合いを入れてちょうだいね」
「「「「「「はい」」」」」
こうしてフィールドに配置されたゴーレムを相手に魔法を撃ち始める。だがひとりだけ、指抜きグローブを嵌めた邪気眼持ちが聡史と弥生のやり取りを食い入るように見ているのであった。
◇◇◇◇◇
この日の夕食後、聡史たちの特待生寮に美鈴とカレンが顔を出す。明日香ちゃんだけは弥生に関する話だと聞いて食堂へUターン。おそらく今頃はパフェのお代わりを心行くまで堪能していると思われる。もっとも口の軽い明日香ちゃんがいないほうが本日の話の内容的には好都合。ということで桜は黙認している。
お茶を口にしながらいつもの様子の明日香ちゃんを除いたデビル&エンジェルのメンバーだが、その中で弥生だけはどうも居心地の悪そうな表情。朝に顔合わせをして実技実習と放課後に居残りの訓練を行ってはいたが、まだ気心を知る間柄には程遠い様子。
「さて、弥生の魔法スキルに関しての突っ込んだ話なんだが、この件に関しては日本政府とダンジョン対策室から厳重な緘口令が敷かれている点に留意してもらいたい」
真剣な表情の聡史に頷く美鈴たち。自分の魔法スキルに関する話と訊いて弥生は「喋ってしまって本当に大丈夫なのだろうか?」という疑問を浮かべた表情を聡史に向ける。
「弥生、この場にいる二人は自衛隊の予備役少尉だ。もちろん守秘義務に関して入隊時に宣誓を行っているから安心していい。そもそも俺たちのパーティーメンバーだしこれ以上ない程信頼がおける。さらに言えば、カレンの母親は当学院の学院長を務めている。俺や桜と同等か、それ以上に頼れる仲間だと思ってもらいたい」
「わかりました」
ここまで聡史に太鼓判を押されると、弥生としてはもう何も言う必要はない。実はこの段階で弥生はデビル&エンジェルの実情に関して何も聞かされてはいない。聡史兄妹の人並外れた高レベルやスキルの数々を言葉で説明したところで信じられないだろうし、ましてやルシファーさんが体内に潜んでいる美鈴の超絶能力や現役の女神様であるカレンの事情など、教えたところで信用されないのがオチという判断が働いている。
「それで具体的な弥生の魔法スキルなんだが、コンピューターネットワークのどこにでも自在に介入できるんだ。何ら痕跡を残さずにハッキングやデータの改竄などお手の物だと考えてもらいたい」
「それって具体的にどのくらいのセーフティーレベルまで介入できるのかしら?」
「たぶんどんなファイアーウオールや暗号ブロックでも弥生の侵入は阻めないだろうな。現に昨日はロシア軍の多連装ロケット弾管制システムをハッキングして、自軍の弾薬集積地に着弾するようにプログラムを書き換えた」
「なんですって! そんな能力が悪用されたら現代社会なんて簡単に崩壊するじゃないの」
「その通りだ」
美鈴の発言はオーバーでもなんでもない。弥生の能力をもってすれば世界中の発電所をすべて停止させることも可能だし、銀行の決済システムをシャットダウンさせるのもさほど時間を要するものではない。世界中に張り巡らされているネットワークのどこか一部を破壊するだけで、現代社会はいとも簡単に崩壊を迎える。もっとも現段階での弥生にはそこまでの力はない… ただしレベルが上昇するにしたがって可能な範囲が広がっていくのもまた事実。
「ちょっと予想外の能力ね…」
美鈴は腕を組んでやや渋い顔をしつつ目を閉じる。どうやらルシファーさんと交信中の模様。ほんの短い時間で目を開くと、なんだか納得の表情に変わっている。
「さて、美鈴の言う通りで、弥生の能力は戦略級といっても差し支えない。そのため彼女の身柄の保護と機密の保全には厳重を期する必要があるとわかってもらえただろう」
「そうですね、何をもってしても弥生さんはしっかりガードする必要があります」
今度はカレンは口を挟む。前もって母親から弥生に関しての大まかな話を訊いているだけに、聡史からの追加情報によってますます彼女の重要性を強く感じているよう。
「もちろん当面は俺たちでしっかりと弥生の身辺を固める必要があると考えている。だが、それだけでは不十分だな」
「聡史君、何が不十分だというのかしら?」
美鈴からすればデビル&エンジェルが総力を合わせて弥生をガードすれば十分だろうという考えらしい。ちなみに先程から当人の弥生は完全に蚊帳の外で話が進んでいる。弥生からしてみれば「私の意思と立場は?」と声を大にして言いたいところだが、聡史たちの勢いに圧倒されて口にするのは何とも憚られる気持ちになっている。
「俺たちが不在の時もあるだろうし、常に弥生の傍についているのも不可能だ。したがって弥生にも言ってあるが、自分を守る術を身に着ける必要がある」
「お兄様、その点はどうかお任せください。私がキッチリと弥生ちゃんを強くして差し上げます」
今まで全く話に加わってこなかった桜が、ここへきて急に張り切り出している。弥生の全身には得も言われぬ悪寒が走るのは言うまでもない。
「桜、お前が教えるのは基本的な護身術だけでいいから」
「ダンジョンのラスボスを一撃で倒せるような究極の護身術をお勧めいたしますわ」
「それは護身術の範疇じゃないから。とりあえずは基礎体力をもうちょっと引き上げてから、基本的な魔法スキルを身に着けさせる予定だ。ある程度の体力が出来上がったら、パワーレベリングで一気に力を引き上げる。時期的には対抗戦が終わってから徐々に始めていこうと思っているから、弥生はそれまでに基礎体力をしっかりとつけてもらいたい」
「も、もうイヤ…」
初日にあれだけの目に遭っているせいか、弥生は涙目で首を横に振る。開始20分で体力の限界を迎える訓練など、誰もそうそう好き好んでやろうとはしないだろう。そんな弥生の態度にズイッと身を乗り出す桜。
「弥生ちゃん、その通りですわ。ありきたりな訓練メニューなど面白くないに決まっています。そこで私のスペシャルメニューはいかがでしょう。今なら明日香ちゃんとクルトワさんという素敵な仲間もご一緒しますわ」
「もっとイヤ」
にべもなく断られた桜。心から残念そうな表情を浮かべている。何とかして弥生を修羅の道に引き込もうと画策するも、どうやら無駄な足掻きで終わったよう。
それにしてもこの弥生の態度は、最初の頃の明日香ちゃんを思わせる。強いて違いを挙げるとすれば、明日香ちゃんは生来の怠け者にして脳内お花畑で弥生は生粋のインドア派という点だろうか。ともかく体を動かすのが苦手というか、運動全般に劣等感を抱いている。
中々手強い弥生に聡史もやや呆れ顔。だが今の彼女の体力では、聡史たちのペースに合わせてダンジョンを歩くだけでダウンするのもまた事実。
「ともかく現状の体力ではいかんともしがたい。せめて体力の数値が今の倍になるように毎日体を動かせ」
「弥生ちゃん、数値の上昇が思わしくない時はいつでも手を貸しますわ」
闇金業者の取り立て並みに桜の勧誘がしつこい。だが一度その囁きに応じてしまうと果てのない無間地獄に叩き込まれるのもまた事実。弥生は懸命に首を横に振って、何とか桜の魔の手から逃れようと必死。次第に追い込まれていく弥生は…
「桜お姉ちゃんの訓練だと死んじゃいそうだから絶対にイヤ」
「弥生ちゃんはワガママですわね~。死んだ際にはカレンさんがちゃんと蘇生の術で生き返らせてくれますから心配は無用ですわ」
「本当に死ぬの? 死ぬのが前提なの?」
恐怖に引き攣る弥生。これには周囲もちょっと同情が籠った眼差しを向ける。
「桜お姉ちゃんの世話になるくらいだったら、自分で基礎訓練を頑張るから」
涙目で自ら宣言するに至っている。弥生にとって桜は一体どのように映っているのだろうかと甚だ疑問に思う一同。まあ確かに小学生の頃に何度も投げ飛ばされたり、子供用自転車で二人乗りをして自動車に競りかけてみたりと、様々なトラウマを植え付けた過去がある。桜は幼い頃の日常の何気ない出来事とすっかり忘れているが、被害を受けた弥生からすると絶対に忘れられない恐怖がいまだに根強く残っている。
「私の誠意が通じなくて残念ですわ」
「桜、それは誠意ではなくて強要とか脅迫の範疇に入るから気をつけろ」
これ以上弥生を追い込まないよう妹を窘める聡史。何を隠そうこれまでで最も桜の被害を受けているのは兄の聡史に他ならない。桜の周囲にいるだけで、これだけの被害を被るといういい例かも。ちなみに現在はもっぱら明日香ちゃんが桜の犠牲になっているのは周囲も認めるところ。
弥生の口から「頑張る」という言質を取った聡史は、今度は美鈴に話題を向ける。
「美鈴、ネットワークに介入する魔法スキルなんてどんな原理が働いているんだ?」
「ああ、その件はちょっと前に確認済みよ」
美鈴の返事には「ルシファーに」というフレーズが省略されている。弥生の前で口にするのはさすがに刺激が強すぎるだろうという配慮か。
「銀河に存在する情報生命体の中にはそのような固有スキルを持っている個体があるらしいわ。肉体を持つ人間にこんなスキルが備わるのは、何十億分の1の確率みたいね」
「ということは地球上にひとりの確率が弥生に当たったということか」
「聡史君、妙に感心していないで。話の続きがあるわ」
「聞かせてくれ」
この辺の話題になると弥生本人はすっかり置いてきぼりの感がある。魔法に興味がまったくない桜はしきりに「なぜ弥生ちゃんは私の誠意をわかってくれないのでしょうか…」とブツブツ呟いて聞いていないし、カレンだけが耳を傾ける状況。
「現在私たちが存在するのは5次元だという話を以前にしたわよね」
「ああ、縦、横、高さ、それに時間と情報が加わって5次元を形成しているという話だったな」
「そうよ。ところで聡史君は魔法の定義とは… って聞かれたらどう答えるかしら?」
「実在の空間に存在する定理や原理を魔力で無理やり捻じ曲げて事象変換を行うってところか」
「いい答えね。今聡史君の発言にあった『空間』という言葉を『次元』に置き換えるとどうなるかしら?」
「つまりが次元に存在するものは全て魔力で事象変換可能という意味なのか?」
「ええ、その通りよ。その対象が情報であろうとも魔力で干渉するのは可能ということになるわ。これこそが弥生ちゃんの魔法スキルの真の姿といえるかもね。でもそうなると、いまだその術式は確立されてはいないけれどもいずれは時間に干渉する術式が発見される可能性もあるわね」
「時間に干渉する術式… そんなものが出来たら、あらゆるモノが変革されてしまうだろうな」
「未来において悪用されないことを願うわ」
話がずいぶん壮大な方向にズレてしまったが、この後は雑談に終始してこの日はお開きとなる。美鈴とカレンは自室に戻って、聡史たちは就寝の準備をするのだった。
◇◇◇◇◇
翌日の1年Eクラスは学科の授業。昨日は精魂尽き果てるまで体を動かさざるを得なかった弥生にとっては気持ちが休まるひと時。それともうひとつホッとする出来事がある。
というのもクラスメートたちの弥生に対する興味が一気に下火になって、彼女のことを根掘り葉掘り詮索しようという生徒がすっかり姿を消した点であった。元々コミュニケーションレベルがさほど高くない弥生にとってはかえって助かっている状況といえる。
1時間目の授業が終わって自分の席でボーっと頭を休める弥生。日本語での授業にまだ慣れずにいるので、教科担当の先生の話を一つ一つ理解するだけでもかなりの集中力を要する。
(次の授業の準備でもしよう… あれっ?)
ふとしたはずみで弥生の感覚に自分をジッと見つめる視線があるのを感知。そちらの方向にそっと目を向けると、指抜きグローブを嵌めた手を組んでその上に顎を乗せているひとりの女子生徒の姿に気付く。一瞬目が合うと、彼女はサッと視線を逸らして教室を出ていく。
(なんだろう? 私に何か用事があるのかな?)
その少女とは現段階まで一度も接点はない。強いて挙げれば、魔法の練習の際に同じ場所にいただけのような気がする。
その後も休み時間の度に弥生は同じ視線を感じるが、相手のほうは話し掛けたり何か行動を起こそうとする素振りを見せない。ただ休み時間の度に自分の様子をじっと観察するような視線を感じるだけ。
やや気持ち悪さを感じながらも、この日の授業を終えた弥生は聡史に昨日申し付けられた通り第ゼロ演習所うへと向かう。クラスの魔法使いの女子たちも自主練のため同じ場所に向かっているが、その中には例の自分をジッと見つめる少女の姿も確認できる。
コンクリート打ちっ放しの演習場に入るとベンチに腰を下ろす弥生。例の変な女子がチラチラとこちらを窺う視線を感じるが、その意図がまったくわからずにどうしたものかと考えている。そのうちにつとその女子がベンチの方向に歩き出す。
(えっ、こっちに向かってくる。ど、ど、どどうしよう…)
どう対応すべきなのか答えが見つからずにアタフタする弥生。そのヘンテコな少女は弥生の前に立つと口を開く。
「クックック、悠久なる大魔導士の前に孤独なる闇の道を進もうとする迷える子羊を見たり。そなたは永劫なる闇の道を進もうというのか?」
「???」
いきなり飛び出した厨2全開のセリフに弥生の理解が追い付かない。
「クックック、差し伸べられたる救いを受け取る気がないとは見上げたものよ。そのまま闇の道を進むがよかろう」
「あ、あの~… 何を言っているんでしょうか?」
日本語の会話を理解するだけでもかなりの注意を要する弥生にとっては、この厨2言語は相当の難物。何を言っているのか理解が追い付かない。するとそこに…
「美咲、弥生、二人で何をしているんだ?」
姿を現したのは聡史に他ならない。弥生にとっては救世主のようにその姿が映っており、聡史に向かって救いを求める視線を送っている。
「クックック、我が同胞にしては異なことを言うものよ。この悠久なる大魔導士が迷える子羊を孤独な闇の道から救わんと手を差し伸べただけのこと」
ペシッ
「痛いってば」
「そういうのいいから。つまり弥生がひとりで寂しそうだったから声を掛けたという意味だな」
コクコク
どうやら美咲の目から見て弥生はポッチ認定されたらしい。元来ポッチ属性の美咲は、同じ仲間に対するアンテナが働く。昨日から「弥生が実は寂しいのではないか」と気を遣っていたのだが、そこはポッチの悲しさから中々声を掛けられずにいたらしい。聡史が間に入ったことで、ようやく美咲と弥生の間でコミュニケーションが可能となった模様。
「弥生、この厨2病をコジらせた変なヤツは美咲だ。色々とコジらせてはいるが、根は優しくて思い遣りがある。よかったら友達になってくれ」
「「と、友達!」」
なぜか美咲と弥生の声が思いっ切りシンクロしている。ポッチの道をある意味極めた美咲にとって「友達」というフレーズはこれまで耳にしない鮮烈な響きだし、弥生も相当人見知りが激しくていまだに聡史たちにさえわずかにしか心を開いてはいない。ハイスクールには話をする仲間がいたような気がするが、圧倒的にパソコンの前に座っている時間が長い弥生にとっては友達と呼べる存在は無きに等しかった。なをかつ弥生も相当なコミュ障持ち。そんな二人に聡史から突き付けられた「友達」という未知の概念。その言葉の持つ意味が脳内を駆け巡って、束の間フリーズする二人。
だがお互いの態度を目の当たりにして「ひょっとして自分と同類じゃないのか?」という思いが弥生の頭に浮かんでくる。もちろん美咲はポッチアンテナで弥生の性格をある程度見極めていたので、すでに同類認定済み。
「あ、あの…」
「あ、あの…」
二人はほぼ同じタイミングで何かを言い掛けるが、途端にどうにも気まずい様子で顔を真っ赤にしている。ここで見ていられぬとばかりに聡史が助け舟。
「お前ら本当に似た者同士なんだな。厨2病を発症していないだけ弥生のほうがまだマシかもしれないけど」
「クックック、、我が同胞よ、この悠久なる大魔導士にずいぶんな言い草…」
ペシペシっ
「痛い、痛いいてば」
「そういうのもういいから」
「プッ」
聡史と美咲のお馴染みの遣り取りに吹き出す弥生。頭を押さえて聡史に抗議の瞳を向ける美咲の姿がどうやらツボに入ったらしい。最初は小さな笑いだったのが、次第にお腹を抱えて体全体をヒクヒク痙攣させている。そんな従姉の姿をニヤニヤして見つめる聡史と、自分が笑われてやや憮然とした表情の美咲。
ようやく笑いの大波が収まると、弥生はジッと美咲を見つめる。そして右手を差し出して…
「楢崎弥生です。これからお友達として仲良くしてください」
「ど、ど、どどうも長谷川美咲です」
美咲も弥生の手を取って握手をしている。ここで聡史が…
「美咲、友達になったからには弥生に厨2言語は禁止だぞ。お前がドモっても弥生は絶対にバカにしたりはしない。弥生、美咲はドモリ癖が大きなコンプレックスでついつい厨2言語に走ってしまうんだ。変なヤツに見えるかもしれないが、そんな事情を察して仲良くしてくれ」
「はい、聡史お兄さん」
「クックック、弥生に対しては普通に話をするが、我が同胞に対してはこのままの調子で語り掛けるとしよう」
「頼むから俺にも普通に喋ってくれよ~」
こうして三人の間にまたまた笑い声が湧き起こる。どうやらこの短い時間で美咲と弥生の間にコミュ障同士の絆が芽生えたらしい。ここで聡史がさらに続ける。
「弥生、俺と美鈴は来週からしばらく他所のダンジョンに遠征に出掛けて2~3週間留守にする。その間は美咲に魔力循環を習って、出来れば俺が戻るまでに完璧にしておいてくれ。こう見えても美咲は1年生でもトップの魔法使いだから、能力には太鼓判を押せる」
「は、はい、わかりました。美咲ちゃん、どうかよろしくお願いします」
「こ、こ、こ、こちらこそ」
「それじゃあ今日から美咲は弥生の面倒を見てもらえるか。課題は魔力循環だから頼んだぞ」
「クックック、悠久なる大魔導士にとっては造作もないこと」
ペシッ
「だからなんで俺には普通に喋れないんだよ」
こうしてベンチには再び笑い声が響くのであった。
コミュ障同士で仲良くなった美咲と弥生。このまま友達としてうまくやってもらいたいものです。さてお話のほうは次回から魔族の国に移る予定。大魔王様を迎えたナズディア王国にどのような騒動が持ち上がるのか…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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