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異世界から日本に帰ってきたらなぜか魔法学院に入学 この際遠慮なく能力を発揮したろ  作者: 枕崎 削節


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294 伊豆旅行番外編 美咲の一夜

なにやら美咲に異変が……

 タチの悪いナンパ野郎共とのトラブルを片付けて戻ってきた聡史たち。パラソルの下には一足先に戻っていた美咲が膝を抱えて座っている。というか、顔を膝に埋めてどうやらまだ立ち直ってはいない様子。


 その様子を察して心配顔の美鈴が近づいて声を掛けてみる。



「美咲ちゃん、もう大丈夫よ」


 務めて優しげに声を掛けてみるものの、美咲は顔をフルフル横に振って返事をしようともしない。自分では手の打ちようがないと判断した美鈴は、最終手段のカレンへの丸投げを決め込む。困った時の〔お助け女神様〕は美鈴的に最強の切り札扱いの模様。



「ということみたいだから、カレン、何とか立ち直らせてあげてもらえるかしら」


「美咲ちゃんの辛かった過去が原因ですから、すぐにこの場で克服できるわけではありませんよ」


「そこをカレンの力でチョチョッと何とかしてみせなさいよ」


「美鈴さんが自分でやればいいじゃないですか」


「私には専門外だから、ここはひとつカレンにお願いするのが一番でしょう」


 確かに役割分担からいえば、闇と暗黒の支配者よりも親愛と慈悲を司る女神のほうがこのタイミングでは適任であろう。そもそもルシファーさんは武漢やバチカンを更地にするのは得意ではあるが、人間の心の繊細な機微に触れるのは不得手。というよりもその存在自体が巨大すぎて、個人の問題にいちいち細かく口出ししない方が良い結果を得られる。



「仕方がないですね~。ですがこういう心の問題は、本人が自分で気持ちの整理を付けたほうが根本的な立ち直りをもたらすんです」


「そう固いことを言わずに、何とかしてあげてよ~」


「わかりました、ほんの少しお手伝いするだけですよ」


 どうやら美鈴の勢いに押し切られたカレン。美咲の背後に座り込むと、そっと声を掛ける。



「美咲ちゃん、ほんのちょっぴりですけどあなたが勇気を出せる魔法を掛けますよ。心の中で芽生えた小さな光をどうするかは、すべて美咲ちゃん次第ですからね」


 美咲の反応を確認しないうちに、カレンの両手が顔を上げないままに蹲っている美咲の背中に回される。ちょうど背後から抱き着かれたような格好となって、抱き着かれた側の美咲は一瞬だけビクッと肩を震わす。



「あなたの心の中に小さな勇気が芽生えますように」


 カレンの両腕から優しい光が溢れて美咲を包み込む。女神の力を思いっきり発揮すればこの場で美咲の記憶を書き換えるという強引な手段も可能ではあるが、カレンは敢えて美咲が自力で立ち直れる手助けの段階に留めている。今はあまりに傷付き過ぎて自らの過去に正面から立ち向かう気力を根こそぎ失っている美咲だが、いつかは必ず自分の足で立てるようになるとカレンが信じているから。だからこそ今はその切っ掛けを与えるに留めようとしている。


 カレンから小さな勇気を受け取った美咲はようやく泣き止んで周囲を見渡す。そこには心配顔を並べる、聡史、美鈴、美晴、それに1年生の女子たち。そして自分を抱きかかえるように支えるカレンの姿。



「美咲、今日はもう上がって部屋に戻ったほうがいいんじゃないか?」


 コクリ


 精神的な疲れもあって美咲は聡史の提案に従う意向を示している。



「それじゃあ、私とカレンが着替えを手伝いましょうか」


「西川先輩、その役目は私たちに任せてください。大魔導士様は私たちの大事な仲間ですから、そのくらいの手伝いはお安い御用です」


「美咲ちゃんはそれでいいのかしら?」


 コクコク


 どうやらオーケーらしい。美咲は女子たちの手を借りて立ち上がると、パラソルを出て海の家に向かい歩き始める。その後ろ姿を見送った聡史は…



「カレン、手間をかけてすまなかったな。美咲は大丈夫か?」


「それは美咲ちゃん次第です。どんなに辛い過去でも自分で乗り越える術を身に着けないと人間は先に進めません」


「確かにカレンの言う通りだな。現に俺も色々と壁にぶつかっている最中だから、カレンの言葉は重く受け止めさせてもらう」


「美咲ちゃんと聡史さんはちょっと違いますよ。とはいっても聡史さんは何事も自分で抱え込まないで、もっと周りに甘える必要があります」


「ありがたい神託として胸に刻むよ」


 中々鋭い部分を的確に突かれているだけに、聡史自身カレンに対してぐうの音も出ない。まるでカレンに心の中をまるッと見透かされているような錯覚を聡史自身不覚にも感じている。とはいっても生まれ持った性分というのはそうそう簡単には変えがたいのも事実だけに、聡史自身苦笑いを浮かべるしかない。


 どうやら1年女子の魔法使いチームは美咲に付き合って全員ビーチを引き払ったようで、誰ひとり戻ってくる様子がない。これだけクラスメート想いのメンバーに囲まれていれば、美咲もいずれは自分が歩むべき道を自らの足で歩んでいけるのではないだろうか。


 ちなみに魔法学院の生徒たちが無条件に仲間に対して優しいわけではない。入学した直後は様々な人間同士のぶつかり合いが発生する。


 だがダンジョンで常に命懸けの魔物討伐をしていると、仲間に対する信頼を抜きにしては生き残っていけないという事実に誰もが突き当たる。その時に初めて、互いに命を預け合う仲間の大切さを心の底から理解する。高レベルの冒険者を目指す道のりは、そのまま自分の人間性を高めつつ、更なる高みを目指して精神を磨いていく果てしなく長い過程でもある。

 

 



   ◇◇◇◇◇





 夕日が西に傾き始めると、朝からずっとビーチで過ごしていた生徒たちは三々五々着替えてホテルに戻ってくる。


 女子の大半は日焼け止めをしっかり塗り込んで紫外線対策をしていたが、この娘だけは真っ黒になっている。



「ガハハハハハ、やっぱり海はいいな~。久しぶりに真っ黒に日焼けしたぜ」


「美晴ちゃん、女の子なんだからお肌の手入れくらいちゃんとやっておかないと、あとでシミになっちゃうわよ」


「真美さん、日焼けが怖くて漁師の娘が務まるわけないだろう。子供の頃から真っ黒に焼けていたから、今更どうでもいいんだよ」


 この脳筋娘は、誰が何と言おうとも自分のペースを崩さない。強いて言えば聡史の言葉なら素直に従うかもしれないが、「日焼け上等」の考えを1ミリも変えるつもりはないよう。ある意味桜と双璧をなす唯我独尊振りといえよう。


 海の家で着替える際にシャワーを浴びたとはいえ、潮風でベタつく肌をサッパリ洗い流したり、強烈な日差しにまる1日晒された髪の毛のケアをしたいのは女子としては当然。ということでブルーホライズンが揃って大浴場に向かうと、すでにそこには同様の目的で集まってきた大勢の1、2年生の姿が。


 

「さあ、海の後は温泉に浸かるぞ~」


 身に着けていたTシャツと短パンを勢いよく脱ぎ捨てると、美晴はタオルを肩に引っ掛けてガニ股で歩きながら浴場の中に飛び込んでいく。その姿を目撃したEクラスの女子は…



「美晴、なによその日焼けは? 水着の跡がクッキリしているじゃないのよ」


「日焼け止めを塗らなかったの?」


「ガハハハハハ、漁師の娘が日焼けで騒いでいたら仕事にならないだろう。こんなのどうってことないから気にするなよ~」


 裸になると余計に目立つ日焼けの跡。美晴にとっては当然でも、他の女子たちは呆れた表情で眺めるだけ。



「確かに美晴は漁師の娘かも知れないけど、今はダンジョンで活動する冒険者を目指しているんじゃないの?」


「細かいことは気にしないで大丈夫だから。日焼けした肌は漁師の勲章なんだよ」


 クラスメートたちの言葉は美晴の耳を右から左に通過して何も残してはいない。なにも聞かなかった風で美晴はシャワーに向かい、頭からザバザバ冷水を浴びてから髪の毛と体を洗って鼻歌交じりに温泉に浸かっている。実に男らしい… おそらく生まれる時に性別を間違えたに違いない。





   ◇◇◇◇◇





 夕食は昨日同様に広間に一堂に会しての大宴会。本日は海の幸がもちろん用意されているが、メインを飾っているのは桜提供のローストビーフ。赤身のモモ肉は5キロほどのブロックに切り分けられて低温でじっくりオーブンで焼かれ、表面はこんがりと中はまだ赤い色が残る絶妙な仕上がり。こちらはしばし冷やしてから薄くスライスをしてグレービーソースをかけて食べるようになっている。


 桜が手渡したもう一種類の部位でやや脂肪が多いバラ肉は、中までよく火が通るように長時間過熱して、温かいまま1センチの厚さに切り分けて食べるように用意されている。どちらもその味わいは絶品で、昼間大量のステーキを腹に収めた生徒たちでも思わず笑顔になる。


 総勢100名が集まる宴会場には笑い声が絶えない。デビル&エンジェルの面々も用意された海の幸とローストビーフ舌鼓を打っている最中。



「桜ちゃんが持ってきたお肉は最高に美味しいですよ~」


「料理人の腕がいいと味わいが格別ですわ」


「桜ちゃん、ご飯の後はお楽しみのデザートの時間ですよね」


「適量にしておいた方が身のためですわ」


「せっかくの旅行ですから、思いっきりデザートを楽しみたいんですよ~。ほら、旅の恥は掻き捨てって言うじゃないですか」


「多少は口にして結構ですが、体重の恥は掻き捨てでは終わらないのを忘れずに」


 桜とてそうそう鬼ではない。せめて夜くらいは明日香ちゃんに好きなデザートを食べる許可を与えている。おねだりに成功した明日香ちゃんは満足げ。でも本当に程々にしておかないと、あとから大慌てでダイエットに取り組む羽目に陥るから、ぜひとも節度を守ってもらいたいもの。


 そんな遣り取りの横で美鈴が口を開く。



「聡史君、美咲ちゃんの姿が見えないけど、どこか具合が悪いのかしら?」


「言われてみれば姿がないな。一体どうしたんだ?」


「ちょっと聞いてきましょうか」


 カレンがサッと立ち上がると、1年生が固まっている席に向かう。そこで女子生徒と何やら言葉を交わして戻ってくるカレン。



「どうやら戻ってから熱を出したみたいで、今は部屋で寝ているそうです」


「子供みたいだな」


「誰もが聡史君や桜ちゃんみたいに頑丈というわけではないのよ。精神的なショックで熱を出すことだってあるわ」


 心無い発言をしてしまった聡史に美鈴からのお小言が入る。大魔王様から怒られて、子供のように申し訳なさそうな表情になる聡史がいる。他人を「子供」などと評する資格などどこにもない。



「食事が終わったら様子を見に行ってみましょうか」


「どうしましょうかね~。ほら1年生の部屋に私たちが押し掛けるのも迷惑かもしれないし」


 美鈴に指摘されて、カレンもハタと気付いた表情に。確かに1年生としては、先輩が同じ部屋にいてはくつろげないであろう。



「美咲ちゃんも静かに寝ていたいだろうし、どこか空き部屋を用意してもらえると助かるわね」


「美鈴さん、いいアイデアですね。聡史さん、可能かどうか聞いてもらえますか?」


「わかった。元原に確認してみよう」


 ということで聡史は、昼間に撮影した動画を大急ぎで鑑賞して顔がテカテカしている元原の所へ向かう。その場で従姉の若女将に連絡を取ってもらうと、13階の1室を快く用意してくれるらしい。



「1355室が空いているそうだから、俺はフロントでカギを借りてくるよ」


「それじゃあ用意が出来たら、私たちに連絡をもらえるかしら。美咲ちゃんを部屋まで案内するわ」


「聡史さん、ついでですから夕食を1人前アイテムボックスに仕舞って届けてください。美咲ちゃんは何も食べていないでしょうから」


「ああ、そうしよう」


 聡史は1年生の席に向かって事情を話し美咲の分の食事をアイテムボックスに収納し終えると、その足でフロントに向かう。カギを受け取って部屋に入ると、そこはツインの洋室で2つのベッドが並んで置かれた部屋。聡史はアイテムボックスからミニテーブルを取り出すとベッドの脇にセットして、その上に自販機で購入した緑茶とオレンジジュースのペットボトルを置く。それからスマホを取り出して…



「美鈴か。1355室に美咲を連れてきてもらえるか」


「オーケーよ。しばらく時間がかかるかもしれないけど、そのまま待機しておいてね」


「了解」


 そのまま聡史は窓際のソファーに腰掛けて、太陽が水平線に沈み切った海を眺めながらしばし待つ。ドアをノックする音が聞こえると、美鈴とカレンに連れられた美咲が姿を現す。だがその表情は青白く、いまだひとりで歩くのは億劫なくらい儚げな印象。



「こっちのベッドに寝かせてもらえるか。美咲、喉は乾いていないか? どっちがいい?」


 聡史に声を掛けられた美咲は力が入らない様子で右手を挙げると、オレンジジュースを指さす。



「寝る前に飲んでおくんだぞ」


 キャップを空けたボトルを手渡すと、美咲は両手で受け取ってそのまま一口。



「腹は減っていないか? 食事の用意もあるぞ」


 だが聡史の問い掛けには、美咲はフルフルと首を振ってペットボトルを返すのみ。



「そうか、腹が減ったらいつでも呼んでくれ。俺のスマホの番号は知っているよな」


 美咲は頷いてはいるが、どこかその表情は寂しさを湛えている。聡史は美咲のオデコに手を当ててみると、確かにいつもよりも熱を帯びた感覚が伝わってくる。



「早く熱が下がるといいな。いつでも連絡を寄越していいぞ」


 そう言い残して部屋を出ようとする聡史だが微妙な違和感を感じて振り向くと、そこにはベッドに横たわろうとしながらも聡史のTシャツの端っこを指先で摘まんでいる美咲の姿。その目は必死に何かを訴えかけているよう。



「聡史さん、美咲ちゃんは聡史さんと一緒だと安心できるようです。もうしばらく一緒にいてあげてください」


 カレンはそう言い放つと、何が起きているのかわからない美鈴の腕を取ってさっさとドアに向かう。美鈴は何か言いたそうであったがカレンが強引に手を取って連れ出してしまい、美咲と聡史の二人だけが部屋に取り残される。聡史は「どういうことなんだろう」と頭の上に???を浮かべつつも、今一度美咲に声を掛ける。



「それじゃあもうしばらくここにいるから、何か用があったら言ってくれ。ああ、そうだ。あそこの椅子を持ってきていいか?」


 美咲が頷くのを見て取った聡史は、ドレッサーの前に置いてあるスツールを美咲の枕元に運んでくる。腰を下ろして美咲の表情を観察していると、彼女は聡史が横に座ったのを見届けてから目を閉じる。だが薄い羽根布団から片一方だけ出された右手が、何かを求めるように聡史の前に差し出される。



「手を握れということか?」


 美咲は何も反応しないが、依然として右手は差し出されたまま。なぜこんな突飛な行動に出るのだろうと訝しみながらも、聡史は美咲の手をそっと握り締める。目を閉じたままではあるが、美咲の表情は少しだけ落ち着きを取り戻したよう。



「苦しかったり、体のどこかに痛いところはないか?」


 聡史の問い掛けにも美咲は言葉では応じずに、小さく首を横に振っている。その様子に聡史はかすかな違和感を感じたよう。昼間のトラブル以来、美咲は一言も口をきいてはいない。その点に関して何かおかしいという疑問が聡史の脳裏に過るのも無理はなかろう。元々口数の多いタイプではないが、訊かれたことに対する返答は寄越してくるはず。なのになぜ美咲が口を開こうとしないのか、その点が聡史にとって大いに気掛かりな点であった。



「美咲、全然喋らないけどどうかしたのか?」


 思い切って疑問をぶつけてみた聡史だが、美咲は依然として目を閉じたまま。というよりも手を握った際のちょっと安心したかのような表情とは打って変わって、なんだか悲しそうに眉を歪めている。



「もしかしてさっきのショックで声が出ないのか?」


 ここで初めて美咲が小さく頷く。彼女自身本当は声に出して聡史に伝えたいのだが、大勢のガラの悪い男たちに取り囲まれた精神的なショックで一時的に声が出なくなっているらしい。


 元々ドモリ癖が原因で小学生の時分から男子生徒にからかわれており、それが高じてイジメへと発展した経緯がある。過去のトラウマの原因がドモリ癖というのもあって、小学生の頃に美咲は一時的に声を失った時期があった。それが今回再発した形だと思われる。


 おそらく本人の心の奥底や潜在意識に「声を出さなければイジメられない」という思い込みがあって、その強い思い込みが彼女の声帯が動くのを抑圧していると考えて良さそう。


 精神的な症状は理解できたものの、聡史はどのような治療法、もしくは精神的な解決方法があるのか、テンで心当たりがない。仕方がないので美咲が満足するまで一緒にいようと決心する聡史。ふと気付くと部屋の明かりが点り放しで病人が熟睡するにはさすがに明るすぎる。



「美咲、眩しくて眠りづらいだろうから電気を消すぞ。すぐに戻るから、一回手を離してもらえるか?」


 美咲の手の力が緩むのを感じた聡史は入り口付近の壁に取り付けられたスイッチで照明を消して、代わりにベッド脇のスタンドの小さな明かりを灯す。部屋の中は薄暗いが、表情が見えない程でもない。聡史がベッド脇に戻ってきた足音が聞こえたようで、美咲は再び右手を伸ばしてくる。



「わかったわかった。ちゃんと手を繋ぐから」


 聡史が再び美咲の手を握ると、その小さな手はかすかに震えている。聡史がベッド脇を離れたわずかな時間でさえも、美咲の心を不安定にするには十分であったよう。おそらく美咲自身も声が出ないせいで、相当な不安と戸惑いを抱いているのだろう。



「熱があるんだから、俺に遠慮しないで眠っていいんだぞ」


 目を閉じたまま小さくコクリと頷いた美咲。そのまま身じろぎ一つせずにベッドに横たわっている、しばらくすると規則正しい寝息が伝わってきて、依然として聡史の手を握ったまま浅い眠りに入っていく。





    ◇◇◇◇◇





 どのくらい時間が経ったのだろうか。ベッド脇に座っていた聡史も襲い掛かる睡魔に耐え切れずに、胸から上をベッドに乗せたままいつの間にか眠っていた様子。ふと気が付くと、何かが頭をペシペシ叩いている。聡史がゆっくりと顔を上げると、寝ていたはずの美咲が目を開けて彼を起こしている。



「美咲、目を覚ましたのか? まだ夜中だからゆっくり寝ていいぞ」


 だが美咲は聡史の言葉に首を振っている。どうしたものかと聡史が迷っていると、次の瞬間美咲が驚くべき行動に出た。なんと羽根布団を捲り上げて、自分の隣のわずかばかりの場所を右手でペシペシ叩いている。一体どういう意味だ? …と聡史が戸惑っていると、美咲は聡史の手を自ら掴んで引っ張り始める。



「ま、まさかとは思うが俺もこのベッドに寝るということなのか?」


 コクコク


 どうやら聡史の回答は正解だった模様。だがそんなのんきなことを言っている場合ではない。いくら何でも同じベッドで美咲と一緒に寝るなどという行為は、聡史にとってもハードルが高すぎ。



「み、美咲… ちょっと落ち着こうか。俺は隣のベッドを借りて寝るから、それでいいだろう」


 フルフル


 部屋にあるもう一つのベッドを指さして何とか妥協案を捻り出す聡史であったが、美咲の抵抗は思ったよりも頑なで首を横に振るばかり。やむに已まれずもう一度説得を試みる聡史。



「頼むからワガママ言わないでひとりで寝てくれないか?」


 フルフル


 どうやら聡史は完全に追い込まれたよう。かといってまだ声が出せない美咲を放置したまま部屋を出るわけにもいかない。こうなったら心を決めて、美咲の横の狭いスペースに体を滑り込ませる。



「こ、これでいいのか?」


 コクコク


 えも言い表せない心地で美咲の隣に横たわる聡史。そんな心情を知ってか知らないままかはわからないが、美咲は聡史に体を密着させたまま安心したような表情で目を閉じる。まるで親ネコに身を寄せて幸せいっぱいの心地で眠る子ネコのよう。


 こうして聡史は変な緊張感に包まれたまま寝苦しい一夜を過ごすのであった。





   ◇◇◇◇◇





 一夜明けて朝の光が部屋に差し込んでくると美咲は目を覚ます。眠りに就く前はあれほど不安だったのがまるで嘘のように、心の中がスッキリと落ち着いた心地で目を開けている。だが次の瞬間、美咲の体が何か異変を感じて硬直する。恐る恐る自分の隣に視線を向けると、そこには聡史が眠っている。



「・・・・・・・??」


 この時点ですでに美咲の頭の中はパニック状態。どうしていいかもわからずに身を固くしつつ、その顔は恥ずかしさのあまり真っ赤に変化。かといってちょっとでも体を動かしたら聡史を起こしてしまいそうで、自分でどうしたらいいのかわからない有様。


 実は昨夜の美咲なのだが、精神的なショックと声が出なくなってしまった恐怖感が綯い交ぜとなって、何があったのかあまり覚えていない。つまり聡史が何ゆえに自分の横で寝ているのか… その記憶すらも頭の中から抜け落ちている状態。その理由は「蘇ってしまった自らの辛い記憶を紛らわしたい」とか「声が出ない不安を解消したい」といった欲求が高じるあまりに本能的に潜在意識が働いて、普段は絶対に他人には見せないあのような甘えた行動に走ってしまった結果で、ある種の逃避行動とも認識できよう。だがそんな美咲の行動を誰も責められない。彼女がここ数年間にも及ぶ期間に負った心の傷は、それだけ深いのだから。


 しばらくすると、聡史の瞼がピクリと動く。美咲は体を固くして聡史の様子を凝視。やや間があってゆっくりと目が開いていく。そして自分を見つめる美咲の視線に気が付く。



「美咲、まだ熱が下がらないのか? 顔が真っ赤だぞ。どれ、熱を測ってやろう」


 と言いつつ美咲の後頭部に手を回すと、自分のオデコと美咲のオデコをくっつける。聡史にしたら特段の意図があったわけではない。強いて弁解するとしたら、まだもうひとつはっきりしない頭で思い出した子供の頃母親からしてもらった同様の行為を嬉しく感じたせいかもしれない。



「・・・・・・・!」


 だがいきなりオデコをくっつけられた美咲としては、心の中のパニックがさらに拡大していく状況。ますます身を固くしたままで、更に顔が真っ赤になる。そんな美咲の心情など素知らぬままの聡史といえば…



「おかしいな~。顔色が赤いのに熱は全然なさそうだぞ」


 フルフル


 聡史のオデコが離れたおかげで、今まで金縛りに遭ったかのごとくに身を固くしていた美咲がようやく反応を見せる。もうその顔は茹でダコのように真っ赤な状態。ついには恥ずかしさのあまりに両手で顔を覆ってしまう。そしてその指の隙間からわずかな声が。



「は、恥ずかしい」


 どうやら昨日のショックは、たった今の聡史の行動によって上書きされた模様。別の方向から精神に加えられたショックが、これまで抑圧されていた美咲の声帯に自由を取り戻させていた。聡史のひょんな行動が偶然にも良い結果を生み出したらしい。


 小さな呟きにも似た美咲の声に聡史は表情を綻ばす。半日以上声を失っていた美咲だが、ようやく自分から声を出したことにひと安心。



「美咲、良かったな。ちゃんと声が出たぞ」


「えっ、こ、声が…」


 身悶えするような恥ずかしさに包まれていた美咲は、無意識に口から飛び出した自分の声に気が付いていなかった。両手で覆ったままの顔はさぞかし驚いていることであろう。



「美咲の声が聞けとホッとしたぞ。それに俺は、美咲の声が好きなんだ。聞いているとなんだか安心する心地いい響きの声だ」


「わ、私の声が安心…」


 美咲にしては予想外の方角から飛んできた青天の霹靂。いままで喋ること自体が彼女のコンプレックスだったのが、聡史から「声が好き」と言われるなどとは、あまりに自分とは懸け離れた評価に逆に戸惑っている。



「変に厨2病をコジらせてはいても、美咲の声や喋り方から優しい気持ちが伝わってくる。だから俺は美咲の声が大好きだぞ」


 大方の人間に伝わってくるのは優しい気持ちではなくて痛々しい感情だろうが、聡史の感性もちょっと独特なよう。だが厨2病患者特有の言い回しの裏に隠れている他人に対する優しさや、誰かに手を差し伸べてもらいたい気持ちは、初めて出会った時から聡史には伝わっていた。



「わ、私の声が好き…」


 たどたどしく声に出すと、美咲の瞳から大粒の涙が零れ落ちてくる。今まで出会った誰よりも自分を理解してくれる聡史。あの日校門で初めて声を掛けてもらった偶然に今は心から感謝したい気持ちでいっぱいのよう。



「ウワ~~ン」


 そのまま大きな泣き声を上げて、美咲は聡史の首元に両手を回して抱き着いていく。だがあまりに勢いよく飛び込んでいったものだから、偶然にも二人の唇と唇がピッタリと重なるという特大のアクシデントが発生。


 一夜を明かした後の朝に、再び唇と唇を重ね合わせる二人… と表現すると聞こえがあまりに悪すぎる。当然だが昨夜は隣に寝たものの、聡史と美咲の間には何もなかった。そして今頃になって偶然とはいえ口づけを交わした形となっている。


(あれっ?)


(あれっ?)


 思わず目を見開いてしまった聡史と美咲の視線が交錯する。そのまましばし見つめ合う二人… ゆっくり唇を離すと、また無言で見つめ合う。



「もしかしてキスしちゃったのか?」


「キ、キ、キ、キ、キス…」


 聡史の一言で現実を理解した美咲。その顔は真っ赤から一転して真っ白に… もう自分でどうしていいのやら見当もつかないまま茫然としている。だが何を思ったのか、美咲は白い顔のまま目を閉じる。その姿は何かを待っている様子。



「そ、そうだよな… なんだか変なタイミングでキスしちゃったから、今度はちゃんとする」


 と言いつつも、聡史はそっと唇を寄せて美咲に2度目のキス。美咲はジッとしたまま聡史を受け入れている。


 思えば聡史の周囲は多くの女子が取り囲んでいる。美鈴は聡史の隣を歩きながらも、時折彼に道を指し示してくれる。


 カレンは常に優しい微笑みを浮かべて聡史を見守りつつ、時に救いの手を差し伸べてくれる。


 ディーナは一国の王女として肩に乗った責任を自分の運命として受け入れながら、聡史に共に歩んでほしいと願っている。


 ブルーホライズンは自らの思うままに好き放題聡史に迫ってくる。


 だが今目の前にいる美咲という少女は、上に挙げた彼女たちの誰とも違うタイプ。自己主張は乏しく厨2病患者らしい痛い言動の奥に秘められた傷付きやすい繊細なハートの持ち主。聡史が隣で支えて守ってやらなければ本当に壊れてしまうのではないかと思えるほどにどこか儚げなげ。


 だがたった今その美咲が、偶然とはいえ聡史を巡る女子たちの争いに堂々と参戦してきたと評してもいいだろう。もしかしたらこれが、カレンが言葉に残した「小さな勇気」の本質であったのかもしれない。


 その後もベッドの中で何度もキスを交わす二人には、朝の光が祝福に満ちた眩しさ湛えながら部屋の中を明るく照らすのであった。


堂々と聡史を巡る争いに名乗りを上げた美咲。保護欲を掻き立てられるキャラはかなり強力で聡史も満更ではない様子。とはいえ美鈴やカレンが指を咥えて眺めているはずもなく、旅行は終盤に差し掛かりますます目が離せません。この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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[気になる点]  "女神さま"に続き、"厨2魔女"にも一歩リードされた”堕天使”様の今後の動き(笑)←よく考えたら、今まで"幼馴染"の一点で先行していたから、これで同一線上になったのかな? [一言] …
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