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異世界から日本に帰ってきたらなぜか魔法学院に入学 この際遠慮なく能力を発揮したろ  作者: 枕崎 削節


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291 伊豆への旅路 

どうもお待たせいたしました。今回もやや長い話になります。

 聡史の厨2愛が判明した特待生寮。その後も何やら集まった面々でのやり取りが続いている。



「聡史君が厨2が好きというのはわかったんだけど、美咲ちゃんの眼帯はもうナシにするわよ」


「ええ~、美鈴、せっかくの厨2アイテムを頭ごなしに否定するなよ」


 コクコク…


 眼帯を再び装着した美咲が、聡史の発言に勇気づけられた表情で頷いている。



「ダメに決まっているでしょう。長時間片目で物を見ていたら視力の低下に繋がるじゃないの。それに距離感も曖昧になるから、魔法の照準を見誤る可能性もあるわ」


「た、確かに」


 ガックリ…


 美鈴の主張が正論であるがゆえに、聡史と美咲は反論のしようがない。正論で攻める大魔王様の勢いに抗いきれずに、聡史と美咲は眼帯の着用を諦めるしかなかった模様。だが聡史としては、このままではせっかくの美咲の厨2エッセンスが薄まってしまう懸念が…


 そこで彼は思い立ったようにアイテムボックスをゴソゴソ漁り出す。そして何かを取り出しては美咲に手渡す。



「美咲、これなら誰からも文句は言われないだろう。どうか使ってくれ」


 聡史が手渡したのは黒い革製の指抜きグローブ。しかもご丁寧にも手の甲の辺りに魔法陣を模った刺繍まであしらわれている本格仕様。確かに厨2病患者が身に着けるアイテムとしてはうってつけだろう。



「聡史君、こんな手袋どこで手に入れたのよ?」


「中学生の時の仲間がドンキーで見つけて俺にも買えって勧めたんだよ。買ったまま1度も使っていないけど、学院に引っ越す時に机の中に仕舞ってあった物を丸ごとアイテムボックスに放り込んできたから、たまたま入っていたんだ。せっかくだから美咲には是非とも手に嵌めて日常生活を送ってもらいたい」


「クックック、悠久なる大魔導士に貢ぎ物とは殊勝な態度。その気持ちに免じて我が身に着けてやるとしよう」


「聡史君、何て言ってるのかしら?」


「気に入ったから使わせてもらう… だと思う」


 いやいや、気にいるどころか美咲は受け取ったグローブを自分の頬にスリスリしてご満悦の表情。厨2心をくすぐられると同時に聡史からもらった品ということもあって、しきりにスリスリしている頬が紅潮する程の喜びよう。



「ま、まあそれなら別に問題はなさそうだから、美咲ちゃんが使ってもいいでしょう」


「美咲、良かったな。これで今まで通りの厨2ライフを満喫できるぞ」


 コクコク…


 厨2ライフを満喫って… 本当にそれでいいのだろうか? 本人のために早く目を覚まさせてやるべきだろうに。この点を美鈴がやや強めに指摘する。



「将来絶対に黒歴史になるから、今のうちに足を洗うことをお勧めするわよ。あとから考えると本当に恥ずかしいんだから」


 美鈴としては厨2病の大元締めのようなルシファーさん出現時の言動が自身でも心底痛々しく感じている。その自戒の念も込めて美咲にアドバイスしているが、すでに色々とコジらせている彼女には現時点でその言葉は届きようがない。もしかしたら美咲もどこかの時点で自らの厨2的な振る舞いの痛々しさに気が付いてくれる日があるかもしれないが、それは果たしていつになるのか定かではない。まして横から煽ってくる聡史という存在がいる以上、生半可な切っ掛けでは目が覚めることはないだろう。



 こうしてこの日は、今日の買い物品と聡史からのプレゼントを両手に抱えて美咲は女子寮の部屋に戻っていく。ルームメートにぎこちない挨拶を交わすと風呂場に直行して、早速購入したばかりのシャンプーやトリートメントを試したり、生まれて初めて化粧水を顔に塗ってみたりと、ひとしきり普通の女子高生のような時間を送る。中学時代のジャージに着替えると買ってもらった服をタンスやクローゼットに仕舞い込み、最後に大事そうに指抜きグローブを机に上に置いて、眠くなるまで深夜アニメを見ながら夜を過ごしていくのだった。






   ◇◇◇◇◇






 翌日、いつもの時間に美咲が1年Eクラスに顔を出すと、クラスメートたちは困惑した表情を向ける。



「え~と、誰だっけ?」


「あんな子がこのクラスにいたか?」


「全然見覚えないよな」


「結構カワイイ子だけど、名前は何だっけ?」


 男子生徒は変身後の美咲の正体がわからずに、ただ彼女の動向を遠巻きに見ているだけ。女子にはその面影から辛うじて美咲であるとわかっているようだが、彼女たちもあまりの変身ぶりに息を吞んで誰も近づこうとはしない。だがそんな状況を打ち破る勇者が現れる。


 教室の隅にある自分の席に腰を下ろして、頬杖を突きながら昨日の出来事を思い出してニマニマしている美咲。そこに近づいていくのは、他ならぬ学。



「長谷川さん、おはよう。今日は午後からダンジョンに入るから、昼休みの間に準備をしておいてね」


「クックック、悠久なる大魔導士と長きに渡る旅路を共にするとは、そなたも中々の度胸よ。さすればその願い、我の慈悲の心を以って叶えてやろうぞ」


「それじゃあ1時に食堂の入り口に集合だからね」


「楽しみにしておるがよかろう」


 ほんの短い時間の連絡が終わると学は立ち去っていく。それと同時に美咲は再び自分の世界に戻って昨日の出来事に浸りきる。なにしろ同年代の人間だけで見知らぬ街に出掛けたというのは、美咲が生まれて此の方一度もなかった出来事だけに、昔から心の中で秘かに憧れていたのは言うまでもない。


 それが実現しただけでなくて、帰ってきたら聡史からこれまでの人生を肯定してもらった上に最後にプレゼントまで手渡された。美咲にとってはまさに人生最良の一日といっても過言ではない。そんな幸せな出来事があると、誰しもついつい表情は緩みがちに。普段クラスメートたちにも壁を作ってどす黒いオーラを噴き出しながら下を向いたままなるべく関わらないようにしていた美咲だが、今日は朝から体を包む空気まで一変したかのよう。 


 この様子を目撃した男子生徒は改めて美咲が大変身を遂げたのを認識すると同時に、つい今まで彼女を会話を交わしていた学を取り囲む。



「おい、学。なんであれが長谷川だってわかったんだよ?」


「えっ、だっていつもの席に座っているし。それに身にまとっている気配が一緒だったから」


「気配? なんでそんなものがわかるんだよ?」


「えっ、みんなはわからないの? 人にはそれぞれ違った気配があるでしょう」


 どうやら学は、桜の教育が行き届きすぎた結果変な方向に突き進んでいる。彼は「気配」と表現したが、学が読み取ったのは言わば個人の内面から滲み出てくる魂の在り方のようなもの。ある種の武術を極めると自ずと見えてくる… それが学の目には映っているらしい。


 さて、世の中には誰か一人が切っ掛けを作ると、その後はなし崩しに物事が進んでいく例が多々見受けられる。本日の美咲の場合もその例にもれずに、学が作った切っ掛けを有効に活用したのは魔法スキルを持った女子たち。彼女たちは第ゼロ屋内演習場で一緒に魔法の練習をしているだけあって、他の生徒よりも美咲に話し掛けるハードルが低かったよう。



「美咲、素敵なヘアースタイルだけど、どこで切ったの?」


「クックック、我を導きし者あり」


「導きし者? もしかして西川先輩?」


 美鈴が現代日本語訳を完成するまでの魔法式は厨2言語そのもののような文章であった。ある程度古いタイプの魔法式を勉強している彼女らには、美咲が喋る内容が大まかに伝わってくる。



「いいなぁ~。私も西川先輩と一緒に出掛けてみたいなぁ~」


「見違えるくらい可愛くなったわよね。美咲にとってもよく似合っているわ」


 クラスの女子たちからの賛辞に美咲も満更ではなさそう。とはいえあまり大勢から一度に話し掛けられる状況に不慣れなので、普段にも増す勢いで厨2発言が炸裂している。更に女子たちの間からは、美咲の外見の変化だけではなくて別の質問まで飛び交い始める。



「ねえねえ、美咲。西川先輩からいつも魔法を教えてもらっているでしょう。万能シールドのコツを教えてよ」


「悠久なる大魔導士に任せるがよい」


「アイスアローはどのへんに魔力を集中すればいいの?」


「然り、肘から手首を一直線にして、そこから矢を射出するがごとくのイメージを持つがよかろう」


 こんな調子の遣り取りが始まった結果、美咲はクラスメートたちから「大魔導士様」のニックネームで呼ばれるようになっていった。徐々に交流の輪も広がって、時には男子とも(内心は大汗をかきながらではあるが…)何とか喋るようになって、クラスの一員という意識が彼女の中にも芽生え出すという、とってもいい循環に入っていく。


 夏休みを迎えるまでの間にはすっかり教室の生徒と打ち解けて、これまでとは別人のように明るく笑う美咲へと変貌を遂げるのであった。






   ◇◇◇◇◇






 アホの祭典ともいうべき期末テストが終わって、恒例の補講や追試に多くの生徒が駆り出されたEクラス。数多の試練を乗り越えた真の勇者だけが辿り着ける夏休みを目指しアホ頭をフル活用した美晴や元原は燃え尽きた灰のようになっている。


 無事に夏休みのイベントに全員参加するために美鈴やカレンも協力して何とか追試の嵐を乗り切った先には、いよいよご褒美が待っている。本日は1学期が終了した翌日で、1、2年生のEクラスが3泊4日の旅行に出発する日。すでに大山ダンジョンの駐車場には彼らを乗せる豪華サロンバスが3台到着している。



「1年生、点呼を取ってくれ」


「は~い」


「全員揃っているか?」


「ひとり足りません。大魔導士様がまだ来ていません」


「どうせ夕べ遅くまでアニメを見ていたんだろう」


「置いていくと呪われるかもしれないので、もう少しだけ待ってもらえませんか」


 頼朝と1年生のクラス代表が話をしているところに、大きなキャリーケースを抱えた美咲がようやく到着。その姿を目撃した美鈴からすかさずツッコミが入る。



「美咲ちゃん、夜遅くまで起きていたんでしょう」


「す、す、すいません。遠足とか修学旅行みたいな行事はずっと不参加だったので、クラスの人たちと出掛けるのが楽しみで一睡もできませんでした」


「あっ… なんだかゴメン」


 筋金入りのボッチであった美咲。抱えている事情が悲しすぎて、逆に美鈴のほうが申し訳なさげな表情。


 ともあれこうして全員が集合して、いよいよ出発を迎える。今回の参加者は、1年生Eクラスが40名、2年生Eクラスが42名、それから美鈴とカレンとクルトワ、更にディーナ王女とお付きの侍女軍団で合計9名の総勢96名の大所帯。この人数で滞りなく3泊4日の旅程をこなしていくのは、かなりの労力に違いない。幹事を務める頼朝の手腕の見せ所であろう。



「主殿、まことに天気も良く、何よりの出立日和ですなぁ~」


「ほんにそうなのじゃ。妾たちは主殿のお留守をしっかり守っておくのじゃ」


「ポチとタマは留守番を頼みましたよ。お小遣いを渡しておきますから、私の留守中は好きな物を注文して食べてください。カラスが来たら面倒を見てやってくださいね」


 魔法学院では生徒の食事は3食タダだが、ペットの分の食い扶持は実費を支払う必要がある。その他売店で購入する稲荷寿司やみたらし団子、大福等の費用に充てるべく、桜は2体の大妖怪に多めの小遣いを手渡している。


「これは忝く存じまする。主殿のお言いつけを守ってしかと留守役を果たしまする」


「主殿には世話になりっ放しなのじゃ。この学び舎は妾たちがお守りするゆえ、心安らかに旅立たれていただきたいのじゃ」


 それぞれ桜から諭吉さんを受け取ってホクホク顔の大妖怪たち。さぞかしキツネうどんと甘味の饗宴を繰り広げるつもりであろう。桜たちが留守といえども、この2体だけでなくて学院長もスタンバイしているので、万が一にも学院の平和が脅かされる事態など起こり得るはずもない。


 団体さんは荷物を抱えたまま大山ダンジョンに移動して3台のバスに分乗していく。3台並ぶうちの1号車は2年生、2号車は1年2年が半々、3号車は1年生専用と割り振られている。


 にこやかな笑顔で出迎えるガイドさんに会釈をしながら車内に乗り込むと、定員が40以上の大型バスなので内部はゆったり広々。後ろ半分のシートを90度回転させると対面座席に早変わりする仕様。



「フッフッフ、この位置だけは誰にも譲る気はありませんわ」


 そんな車内で不敵に微笑むのは桜で、さも当然のように一番後部の真ん中の席に腰を下ろす。いわゆる番長席だが、小学校入学以来遠足では桜はこの席を他人に譲った覚えがないし、譲る気もさらさらない。中学1年の時に先に座っていたいかにもガキ大将タイプの男子生徒の襟首を掴み上げて立たせてから、尻を蹴り付けて排除するという暴挙に及ぶほど拘りがある座席といえよう。もちろん誰も異議を唱えるはずもなく、桜はお約束の座席に腰を下ろす。その隣には明日香ちゃんとクルトワが並んで座って、聡史は美鈴とカレンに挟まれて右側の対面席に。向かい側にはブルーホライズンが陣取っており、ディーナ王女と頼朝たちは前方の普通席に。こんな具合で席の配置が終わると、ガイドさんが笑顔でマイクを取る。



「魔法学院の皆さ~ん、おはようございま~す」


「「「「「「「おはようございま~す!」」」」」」」


「本日から4日間、伊豆方面の旅にご案内いたします島田と申しま~す。どうぞよろしくお願いいたしま~す」


「「「「「「「お願いしま~す!」」」」」」」


「それでは人数の確認は大丈夫でしょうか?」


「各パーティーは点呼開始」


 頼朝の声でパーティーリーダーが点呼開始。無事に全員揃っている。



「それでは出発いたしま~す」


「「「「「「「は~い」」」」」」」


 なぜか語尾を伸ばす癖があるアホっぽいガイド。Eクラスにはちょうどいいかもしれない。というか返事がガイドさんの語尾に釣られてしまっているよう。ともあれ点呼が終わると、バスはゆっくりと発進していく。出発を待ちかねたようにこの人物が…



「桜ちゃん、桜ちゃん、おやつを食べていいですか?」


「まだバスが動き出して1分も経っていませんわ。せめて10時までは我慢してください」


「はぁ~… 期待していたのになんだかガッカリですよ~」


 朝っぱらからお菓子にありつこうというのはもちろん明日香ちゃん。ようやく目標体重をクリアして自由に甘い物を口に出来るようになったせいか、ここ1週間ばかり歯止めが効かない状態。この旅行で体重が増えなければいいのだが…



 出発してすぐに箱根、伊豆方面へ向かう有料バイパスに入ってバスは順調に目的地へと向かう。この日は道中の名所を巡りながら夕方にホテルに入るスケジュール。明日香ちゃんだけでなくて他の生徒も観光気分にどっぷり浸っている。


 有料道路を乗り継いで小田原を過ぎた辺りからバスは海沿いを進んでいく。キラキラ光る海面と白い波しぶきが打ち寄せる景観に車内のテンションはマックスに。



「海なんか久しぶりだなぁ~」


「私は静岡に引っ越してからは結構近くだったから、時々友達と遊びに行っていたわ」


 元々聡史は都内とはいえ埼玉県に近い地域に住んでいたので、海に行くというだけでちょっとした旅行に感じるくらい馴染みが薄い。その点美鈴は引っ越した先がバスに乗ればすぐに海に到着する場所だったので、聡史に比べたら見慣れた光景に映っているよう。


 バスはそのまま海沿いの道を進んで、しばらく走ると大きな駐車場に入っていく。ここでガイドさんがマイクを取って…



「皆さん、こちらが熱海ロープウエイです。山の上から眺める絶景を展望台からご覧いただけます。集合は11時となっていますので、時間に間に合うようにバスに戻ってきて下さ~い」


「「「「「「「「は~い」」」」」」」」


 約1時間半ここで色々と巡る予定で、生徒たちはバスを降りるとひとまずはロープウエイ乗り場に向かう。平日なので待ち時間はさほどでもなく、すぐに乗り込んで300メートルの高さの展望台へ。



「想像していたよりもずっと見晴らしがいいな~」


「聡史君、こっちが展望台よ」


 美鈴に手を引かれて聡史は向かった展望台からは、熱海の街並みと太平洋を一望できるパノラマが広がっている。



「すご~い、きれいな景色ねぇ~」


 二人で並んで下を見下ろしていると、すかさずカレンが割り込んでくる。



「聡史さん、このプレートを見てください。ここは〔あいじょう岬〕というそうですよ。とっても素敵なネーミングですよね~」


「そ、そうだな」


 ちょっとロマンチックな話題を振りながら聡史にもたれ掛かろうとするカレン。だがそこに…



「師匠~、こっちに来てくださいよ~」


 このバカでかい声の持ち主は美晴に違いない。聡史が振り返ると、ガニ股で手を振っている。せっかく横浜で購入したカワイイ私服が台無し。聡史が近づいていくと、美晴はその手を取って奥に駆け出していく。着いた先には小さな鳥居が…



「師匠、この神社に絵馬を奉納するとラブラブになれるんですよ~」


「美晴ちゃん、抜け駆けは許さないわよ~」


「そうそう、美晴ひとりで師匠を独占なんて絶対ダメだからね~」


 いつの間にか駆け付けてきたブルーホライズンに取り囲まれる聡史。やっと聡史の身柄を美鈴とカレンから切り離しに成功したとあって、彼女たちのテンションはマックスを振り切っている。そのまま全員に両手を引かれ、かつ背中を押されつつ、聡史は六人分の絵馬を購入して自分の名前を記入。その後展望台の一角にある絵馬掛けにペアで奉納する儀式を都合6回済ませる。


 ようやく一段落して聡史が振り返ると、そこには少々ご機嫌斜めの表情で無記入の絵馬を手にする美鈴とカレンが立っている。



「聡史君、何も言わなくてもわかっているわよね~」


「聡史さん、どうかお願いします」


 ということで、大魔王様と女神様の分も名前を記入してから奉納の儀へ。



「カレン、ところで女神様って一体誰に願を掛けるんだ?」


「まあ、縁起物ですから」


 どうやらご利益があるかどうかは定かではないらしい。気持ちの問題と割り切って考えるしかなさそう。ただし、合計八人分の絵馬に半ば作業のように名前を書いた聡史の気持ちは、一体どこに向かうのかが定かではない。


 こうして聡史を巡る女性陣がバタバタしている間に、明日香ちゃんとクルトワは売店の前に立っている。



「クゥ~… ワザビソフトクリームは1年ぶりですよ~」


「鼻に抜けるツンとする刺激が癖になりますね~」


 まだ午前中だというのに、お目当てのデザートを見つけてハッチャケている。体重が増えないことを祈るのみだが、たぶん虚しい結果に終わると予想される。



 こんな微笑ましい遣り取りが繰り広げられつつある展望台からやや離れた場所には怪しげな影が集結している。



「ほう、ここが日本で唯一の〔秘宝〕が収められている場所か」


「ダンジョンを探索する者としては〔秘宝〕を見逃すわけにはいかないよな」


「どんな〔秘宝〕がこの場所にあるのか、とくとこの目で確かめてみよう」


「俺が一番に〔秘宝〕を攻略するからな」


 そこにある竜宮城もかくやと思わせる風の建物には〔秘宝館〕という看板が掲げられている。その入り口前に集結しているのは、もちろん頼朝を筆頭とするモテない男たち。どうやらこれから幻の秘宝を求めて館内に突入するつもりらしい。


 館内の詳しい描写は憚られるが、内部を探索する男たちの表情はニヤケっ放し。エロい中年オヤジの集団かと思わせる怪しげな雰囲気を振り撒きつつ館内をウロついている。どうかこいつらにいつの日にか神様からの恩寵があらんことを祈るばかり。たぶんないと思われるが…


 そのままたっぷりと時間を掛けて夜の性の様々な展示を見学する男たち。出てくる頃にはその顔が見ていられないほどだらしなく…



 めいめいがひと時を楽しんでいる頃、桜はポツンと駐車場に佇む。何をするでもなく立っているのは、後続のバスを待っているため。もちろんお目当ては2号車に乗っている学に他ならない。信号待ちや緊急車両の通過によって1号車から遅れること約10分、ようやく2号車と3号車が到着する。降りてくる学を発見した桜が…



「学君、それでは行きましょうか」


「桜ちゃん、お待たせ。ロープウエイに乗るんだよね」


「もちろんですわ」


 連れ立って乗り場に歩く二人。他の生徒の目には完全なカップルにしか映っていないが、当人たちはまったく気にする様子もないままに、手を繋ぎながら至極当然のようにロープウエイに乗り込んでいく。


 展望台では聡史たちと同様に絵馬を描いたりしながら景色を楽しんで過ごすこと小一時間。そろそろバスへの集合時間が迫ってきたので駐車場に降りていく。



「学君、ちょっとポチタマへのお土産を見たいですわ」


「いいよ、僕も両親への土産でも探そうかな」


 ということで、二人は駐車場の横にそびえる大きな観光ホテルの中に入っていく。内部には充実した土産コーナーが併設されており、購買意欲を掻き立てる熱海の名物が多数。



「温泉饅頭はタマが大喜びしそうですわ」


「僕も買おうかな~」


 なんて具合に選んでいる間に、いつの間にか時間が経過していく。



「集合時間は何時でしたっけ?」


「11時10分だってガイドさんが言っていたよ」


 学たちは10分遅れで到着していたから、集合時間がその分後ろにズレるのも頷ける話。だがこれが間違いの原因となるとはこの時点では二人とも気付いてはいない。そう、1号車の集合時間は確か11時ジャストだったはず…



「それではまだ10分ありますから、あと2品ほど選びましょうか。私も両親に買っていきますわ」


「そうだね」


 何も気にせずに土産品の大人買いをする桜。しかしなんだか嫌な予感がしてくる。その頃1号車では…



「皆さんお揃いでしょうか~?」


 ガイドさんが車内の生徒に呼び掛けると、美鈴が不在者に気が付く。



「まだ桜ちゃんがきていないわね」


「桜ちゃんはさっき学君と一緒にいましたよ~」


 どうやら明日香ちゃん、桜と学が仲良く歩いていたのを目撃したよう。この発言で聡史が…



「どうせ桜のことだからバスを乗り換えて学君と一緒に向かうつもりだろう。時間までに来ないんだったら先に出発しようか」


 聡史の一言が決め手になって、1号車は定刻通りに駐車場から発車していくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 お土産を買い終えて両手にビニール袋を下げながら駐車場に戻ってきた桜と学の目には、そこにまだ駐車中の2台のバスが映っている。



「おや、なんでバスが2台しかないんでしょうねぇ~?」


「さっきはちゃんと3台あったのに、一体どうしたんだろう?」


 この時点で桜と学は、まだ何も気づかないまま至って平和なひと時の余韻に浸っている。というか「一体どうしたんだろう?」くらいの極めて楽観的な表情。ここで学が…



「桜ちゃんのバスがどこに行ったのか、ちょっとガイドさんに聞いてくるよ」


「わかりました。お願いしますわ」


 学が2号車に乗り込んで、再び外へ出てくる。その表情は思いっ切り困惑した様子。



「桜ちゃん、言いにくいんだけど… どうやら1号車は先に出発したらしいよ」


「なんですってぇぇぇぇぇ!」


「先に着いていたから、僕たちよりも出発が早かったみたいなんだ。この際諦めて僕と一緒に2号車に乗っていこうよ」


 学の報告に桜は焦りまくった表情を浮かべている。どうやら定刻オーバーでこの場に取り残されたという恥ずかしい事態が飲み込めてきたよう。だがこの程度のトラブルでヘコたれる桜ではない。むしろ次第にその表情は怒気を含んでいく。



「ちょっとくらい遅れただけで何の連絡もなしに置いていくとは、人の在り方として大いに問題ですわ」


「桜ちゃん、ちゃんと出発時間を把握していなかったほうが悪いんじゃないのかな~?」


「そんなのは小さな問題ですわ。私の番長席に誰かが座ると考えただけで腹が立ってきますの。こうしてはいられませんわ」


 大急ぎで土産物のビニール袋をアイテムボックスに仕舞い込む桜。学が呆気に取られて見ていると、桜が振り返る。



「学君、私はこれからバスを追い掛けますから」


「桜ちゃん、無茶は止めておこうよ~」


「これば私のプライドの問題ですから、絶対に後には引けませんわ」


 置き去りにされた… この事態は、二郎ラーメントッピング全部乗せよりもコッテリ濃厚、かつ蒙古タンメンの全身から汗が吹き出す辛さよりもホットな桜の番長魂に火を着けている模様。地底のマグマが煮え滾るような怒りに身を震わせる勢いで桜は駐車場から走り出す。本当は集合時間を勘違いしていた自分のせいなのに…



「あっ、桜ちゃん待って~!」


 学の声も虚しく、桜の姿はあっという間に駐車場の外へと消え去っていく。見る見る遠ざかっていくその後ろ姿を見遣りつつ、学は自分には何もできない無力感を噛み締めるしかなかった。




   ◇◇◇◇◇




 桜のいない1号車の車内では、相変わらず女子たちによる聡史の争奪戦が繰り広げられている。



「師匠、今度は私たちの隣に座ってよ」


「聡史様、どうぞこちらの席にお越しくださいませ」


 ブルーホライズンとディーナ王女からの誘いの声がしきりに掛かってくるので、聡史は車内を右往左往。その時彼のスマホが着信音を奏でる。通話ボタンを押すと、スピーカーからは思いっ切り冷え切った桜の声が響いてくる。



「もしもし、お兄様ですか」


「桜か、無事に出発したか?」


「ええ、たった今駐車場を出ました」


「そうか、それじゃあまた後でな」


「ええ、また後ほど」


 聡史はてっきり学たちのバスに乗ったと思い込んで「次の降車ポイントで会おう」という意味で桜と喋っている。その間にも桜はバスを追い掛けて有料道路を時速150キロの速度で走っているとも知らずに… ちなみに桜の最高速度は時速300キロ強。新幹線並みの高速を誇るが、往来する他の車の安全を考慮してやや控えめな数字で追跡している。


 しばらくして、再び聡史のスマホに着信が…



「桜か、どうしたんだ?」


「お兄様、今しがた大きな橋を通過いたしましたわ」


 聡史たちのバスが出発して3分後に確かかなり長い橋を通過したような気がするが、先程桜が「出発した」と報告してからまだ1分も経過してはいない。やけに早いなと思いつつも聡史は通話を切る。


 トゥルルルル


「お兄様、たった今坂を登り切りましたわ」


 確か5分前にダラダラした上り坂があった気がするが、異様に早いペースで桜が接近している事態に、聡史の脳裏に一抹の嫌な予感が…


 トゥルルルル


「お兄様、バスの背中が遠くに見えてきましたわ」


 あの都市伝説にある〔リカちゃんからの電話〕のように、時間を追うごとにひたひたと接近してくる桜からの通話内容に聡史の背中が粟立つ心地。


 トゥルルルル


「お兄様、もうすっかりバスが見えていますわ」


「さ、桜… お前は今どこなんだ?」


 たったこれだけ喋ると、一方的に通話が途切れる。聡史は信じたくはないと思いつつも首をバスの後方に向けると…


 そこには般若の形相で路面を蹴りつつ猛スピードでバスに迫りくる桜の姿がある。時速にして50キロで走っているバスが停まっているがごとくの猛スピードで地を駆ける般若。恐ろしいという次元をはるかに超越している。


 聡史は立ち上がると、車内の全員に向かって大声を張り上げる。



「エマージェンシー、エマージェンシー。これよりレッドアラートを発動する。各員自らの生命維持を最優先にして的確な行動をとれ。これは訓練ではない。繰り返す、生命維持を最優先。これは訓練ではない」


 一体何が起きたのかもわからないままに、車内には重苦しい緊張感が走る。聡史が目で追っている桜の姿は、リアガラス越しにあっという間に接近してくる。


 トゥルルルル


「お兄様、もうバスは目の前ですわ」


 通話が切れた途端、バスの天井に何者かが降り立ったような衝撃が。その直後…



「ウワアァァァァァ!」


「イヤァァァァァァ!」


 バスの運転手さんとガイドさんが、この世のモノとも思えない光景を目撃して盛大な悲鳴を上げる。だが運転手さんのプロ意識のおかげでバスは何とか無事に急停車をして、タイヤから派手なスリップ音を上げつつ路方に停車。


 その原因はというと、なんとフロントガラスに逆さまの姿で桜が上半身を覗かせているというホラーな光景のせい。デロ~ンと下方向にたなびく黒髪が何とも不気味さを引き立てる。こんなおどろおどろしい光景を目の当たりにして、よくぞ無事にバスが停車したものだ。


 悪夢にも似た光景が目に飛び込んできた明日香ちゃんに至っては、白目を剥いて失神している。あまりにホラーな光景に正常な神経を保てなかったらしい。本当にこれでレベル200を間近にした人間なのだろうか? 明日香ちゃんの肝っ玉はミジンコ程度の大きさに違いない。


 フロントガラスにへばりついていた桜は、バスが停車したのを確認するとスタッと地面に降りてドアをコンコン叩いている。その音に気付いたガイドさんがドアを開くと、何事もなかったかの表情で車内へ乗り込んでくる。



「一体どなたが私に連絡もなしに『出発しろ』と言ったのですか?」


 全員の視線が聡史に集中する。自らの生命維持を最優先に考えた行動に他ならない。皆が「聡史の指示に従ったまで」という表情で彼を見つめている。



「お兄様、言い訳は聞きませんわ。明日の朝にお兄様の死体が海岸に転がっているかもしれませんわね~」


 自分が時間に遅れた事を棚に上げてのあまりに理不尽な物言いだが、今の桜には理屈など通用しない。自分に都合の悪い正論など風に吹かれて飛んでいけとばかりに、鼻息も荒く兄に迫る。その理不尽さに抗議の声を上げたいと思いつつも、聡史は自分の仕出かした判断の誤りに気が付いてガクブル状態。



「聡史君、私にはどうすることもできないわ」


「聡史さん、いざとなったら私が再生させますから」


 美鈴とカレンの口調によれば、まるでこれから聡史が最低1回は死ぬのが前提らしい。



「バスの車内は狭いですし、ここは一旦落ち着きましょうか」


 そう言いつつ、桜は番長席に腰掛ける。お隣の明日香ちゃんは依然白目を剥いた状態。


 ただこの桜の行動の結果、車内のムードはホッとした雰囲気に変わっている。どうやら桜がそのあまりに危険すぎる矛を収めてくれた… そんな空気が流れたと誰もが感じたよう。


 ともあれ車内が正常化したので再びバスは出発する。次の観光スポットは河津の七滝。先程の悪夢を職業意識でねじ伏せたガイドさんがマイクを取る。



「こちらではお食事の用意もありますので、2時に集合してくださ~い」


「「「「「「「「は~い」」」」」」」」」


 ドアが開くと、全員が滝を見に降りていく。



「へぇ~、想像以上に立派な滝があるんだな~。日頃の血生臭い生活が清められていくような気がする」


 心を洗われるような自然の風景を眺める聡史は、完全に油断しきっている。その背後に気配を忍ばせて近づいていく小柄な影が一つ。



「頭を冷やしてくるがいいですわ~!」


 桜が聡史のケツを背後から思いっきり蹴り上げると、その体は弾かれたように真っ直ぐに滝壺へ飛んでいく。


 ザッパ~~ン!


 盛大な水飛沫を上げて頭から滝壺にダイブしていく聡史。誰も止める間もないあまりに一瞬の出来事に、周囲は呆然とするしかない。


 やがて滝壺に放り込まれた聡史の体が、力なく浮かび上がってくる。どうやら衝撃で意識を失っている様子。



「水流制御」


 美鈴が魔法で聡史の体を引き寄せると、カレンが素早く対処して蘇生を試みる。しばらくすると聡史は息を吹き返す。



「俺はどうしたんだ?」


「天罰がその身に降りかかりましたの。これでも私からしてみれば寛大な処置ですわ」


 どうやら聡史は、直前の記憶が吹っ飛んでいるよう。そんな状態の兄に対して、全く悪びれる様子もない桜がケロッした顔で答えている。兄を滝壺に放り込んでも当然… そんなけっして穏やかとは言い難い心情が窺える。というか置き去りにされた仕返しにしても、桜の発想が恐ろしすぎ。



「ハァ~、ハックショ~ン」


 真夏とはいえ滝から流れ落ちる水は思いの外冷たい。ブルブル震えるびしょ濡れの聡史の口からは大きなクシャミが飛び出している。そんな光景を目撃したEクラスの生徒は滝の周囲から蜘蛛の子を散らすように逃げ去って、我先に昼食場所へと走っていくのだった。



あまりに理不尽な桜の仕打ち。とはいってもEクラスでは日常茶飯事と言えなくもないかも… 次回は水着回の予定です。果たして誰が聡史のハートを直撃するのか…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 美咲ってわりと画期的なキャラですね。ありそうであまり見ない感じです。 [気になる点] 今回はえらい人数が登場しましたね。100人で旅行とはスケールがでかい。 [一言] 頼朝以下戦闘マシーン…
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