237 強化策
襲撃犯の事情聴取を終えて……
1年生のDQN共の事情聴取を終えた桜たちは生徒指導室を出て廊下を歩いている。
「桜ちゃん、学君の了解もなく勝手に模擬戦を決めちゃって大丈夫なのかしら?」
「美鈴ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。今までも学君にはかなりの無茶振りをしてきたという自覚がありますから」
「桜ちゃん、悪いことは言わないからそんな自覚は今すぐに捨てなさい。学君が気の毒すぎるでしょう」
美鈴に窘められてテヘペロ状態の桜。だがいまさらその性格を改めようという意思は皆無のよう。この先も学は桜と一緒にいる限り気苦労と入院が絶えないかもしれない。気苦労に関しては兄である聡史にも言えることなのだが…
「それはそうと桜ちゃん、学君に模擬戦のことをいつ教えるんですか?」
「そうですねぇ~… 試合の前日とか」
「いやいや、心の準備があるでしょうから前もって教えましょうよ」
今度はカレンがビックリする番。こんな重大な話を前日に打ち明けられたら、いくら素直な学でも呆れてヘソを曲げかねないと懸念している。せっかく桜とまともに付き合える男の子が出現したのに、ここまで盛大に振り回すとは… カレンの不安がもろに表情に出ている。
美鈴の方はといえば、こんな桜の理不尽に耐えながらもよくぞ学があれだけ素直に育っていると逆に感心しているくらい。願わくば学と一緒にいることで少しでも桜の人間性が丸くなってくれるようにと祈っている。もちろん祈る相手はルシファーさんに他ならないであろう。限りなくゼロに近い確率だとしても、そうせざるを得ない美鈴の心情が慮られる。
「カレン、桜ちゃんひとりに任せるておくと本当に学君に何も伝えなさそうだから、私たちも一緒にお見舞いに行きましょう」
「そうですねぇ~… せっかくですから売店で差し入れの品でも用意しましょうか」
美鈴とカレンが一緒に付いてくると言い出した途端、桜はなぜか不機嫌な表情に変わる。二人きりの時間を過ごしたいとでも言いたそうな傍から見るとかなりバレバレの態度が窺えてくる。
「お二方とも、模擬戦の件はちゃんと私が伝えますから大丈夫ですわ」
「まあいいじゃないの。そんなに長居するつもりはないわ。顔を出すだけよ」
美鈴の言葉に桜が渋々折れている。どうやら「長居しない」という言葉を信じたよう。ということでカレンが売店で購入してきたカスタードプリンを携えて三人は学の病室に向かう。
「あっ、桜ちゃん… それに西川先輩とカレン先輩まで」
「お二人も学君のお見舞いに来てくれたんですのよ」
「わざわざありがとうございます」
まだベッドに寝たままで体を起こせない学は恐縮した表情で出迎えている。学院を代表する美少女三人(桜も見てくれだけは美少女と言って差し支えない)から見舞いを受ける生徒など学以外に存在しないかもしれない。
「怪我した個所は、大丈夫ですか?」
「はい、カレン先輩のおかげで目が覚めた時にはまったく痛みもありませんでした」
学がカレンに治癒を受けるのは2度目ということもあってその能力を信頼しきっているよう。だが本物の天使に傷を治してもらったとはまだこの時点ではまったく知らされてはいない。
「喉を通りやすいプリンを買ってきましたから、お腹が空いたら召し上がってくださいね」
誰もがついついウットリしてしまう天使の微笑みを湛えながら、カレンは病室備え付けの冷蔵庫にプリンを仕舞っている。普通の男子生徒ならイチコロで恋に落ちてしまう仕草であろう。だが学はそんなカレンに対してまったく臆せずに返事をしている。
「ありがとうございます。起き上がれるようになったらいただきます」
「校医の先生は何と言っているのかしら?」
「明日にはベッドの角度を変えて上半身だけ起き上がれそうだと先程おっしゃっていました」
貧血による眩暈は徐々に収まりつつあって、入院4日目にしてようやく体を起こせるようになるらしい。さらに2日間様子を見て何もなかったら退院できると学は付け加える。
そしていよいよ桜が肝心な用件を伝える番がやってくる。
「学君を襲った犯人が捕まりましたわ。つい今まで生徒指導室でこの場にいる三人と学院長が寄ってたかって締め上げていましたの」
「そうだったんだ。僕はずっと天井を見上げているばかりで病室の外では何が起きているか全然わからなかったよ」
「今は仕方がありませんわ。それでですねぇ~…」
「桜ちゃん、どうしたの?」
「結論を言いますと、犯人一味と学君が模擬戦で決着をつけることになりましたわ」
「へっ?」
何々… 今何が起きているの? という表情を浮かべる学。あまりに唐突な桜のお知らせに頭の上に大量の???を浮かべるのも無理はない。
「2週間後の火曜日に、学君とAクラスのパーティー〔煉獄の使徒〕が模擬戦で対戦いたします」
「う~ん… 辛うじて僕が模擬戦を行うのは理解できたけど、相手がなんでパーティーなのかな?」
「ハンデに決まっていますわ。学君ひとりに対して相手は六人で戦います」
「ええぇぇぇぇぇ!」
あっけらかんと言い放った桜に対して、病室というのを考慮するとおよそ場に相応しくない大きな声が学の口から飛び出していく。「おいおい、聞いてないよ」というダチョウ倶楽部の名ゼリフでも言いたげな、なんとも切実な叫びなのは言うまでもない。
「予想はしていましたけど、やっぱりこんな反応になりますよね。学君の顔色が一瞬で青褪めましたよ」
「無理もないわね。それじゃあ、私たちはこの辺で失礼するから」
カレンと美鈴はこの後のややこしい話に参加するつもりはないようで、そそくさと学の病室を立ち去っていく。
ひとり残った桜に対して、学は涙目になりながら尋ねる。その程度の権利は当然あるはず。だが彼の心の中は半ば以上諦観が支配している。一度言い出した話を桜が引っ込めるなど有り得ないとよ~く知っているせい。
「さ、桜ちゃん… 百歩譲って僕が模擬戦に出るとして、どうして1対6の対戦になるのかな?」
学の「百歩譲って」という部分の語気が無意識に強まるのは仕方がないであろう。
「安心していいですわ。相手が六人だろうが百人だろうが要は勝てばいいのです」
「桜ちゃん、言葉を返すようで悪いけど全然勝てる気がしないよ」
「その点は私に任せておけば問題はありません。起き上がれるようになったらさっそく色々と始めましょう」
やはり桜には伝わらなかったかと、学がガックリとしながら首を垂れる… 実際は寝たままだったので、ちょっと首を桜がいない方向に傾けただけではあったが… それにしても不憫すぎる。
その後は、もっぱら襲撃事件に関する学の質問に桜が答える形で面会時間が終わるまで過ごす桜だった。
翌日は連休の谷間に当たる平日なので、桜は放課後に学の病室へとやってくる。学の表情は貧血がずいぶん改善しており、青白かった顔色にも少しだけ赤味が差すようになっている。それに伴ってベッドの角度を変えて背もたれのようにして上半身を起こしている。
「学君、だいぶ顔色が良くなりましたね」
「うん、こうして体を起こしても、もう眩暈は起きなくなったよ」
学の回復具合を聞いて桜はニッコリとした笑顔を浮かべている。単純に学の回復が嬉しいのもあるが、それ以上に何かを企んでいる様子がありあり。すると桜は一見模擬戦とは関係なさそうな話題を振ってくる。
「ところで学君は魔法スキルがあるんですよね」
「うん、職業は魔法使いだし、火属性魔法が使えるよ」
「それでは魔力循環はできますわね」
「魔法を使う時の基本だからね。もちろんできるよ」
「それでは入院中はすべての時間を使って魔力循環を行ってください。休んでいる時だけではなくて食事やトイレの時も常に魔力循環を続けるんです」
「寝ている間も?」
「さすがに寝ている間は無理でしょうからいいですわ。ともかく目を覚ましている間は絶えず魔力循環を行ってください」
桜はこれだけ伝えるとさっさと病室を出ていく。魔力循環に関しては学の自主性に任せるという態度。一体どのような目的で桜がこのような指示を出すのか学にはとんと見当がつかない。
だが桜の無茶振りは今に始まったことではないと考えを改めて、さっそく学は与えられた課題に取り組む。体内での魔力の循環は慣れているだけあって、比較的スムーズにスタート。だが短時間の魔力循環には慣れているものの、5分、10分と続けていくのはかなり骨が折れる。
「しまった、ちょっと油断すると循環が途切れちゃうぞ」
学の言葉通り、些細な気の緩みで魔力の循環は停止してしまう。気を取り直して学は再び魔力の循環を開始。こうして何度も循環が途切れてはその都度再開しながらも、学は寝るまでの間ずっと魔力循環を繰り返すのであった。
◇◇◇◇◇
翌日も平日だったので、桜は授業に出席中。その間の学はといえば、朝から検査を受けている。そして校医がその結果を伝える。
「怪我の具合は完全に元に戻っているし、後遺症の心配もないようだね。体のどこかに異常を感じるかね?」
「特に感じません」
怪我自体はカレンは治したのだから元通りになっているのは当然。
「それから血中のヘモグロビン値は正常に戻っているね。血流量も概ね正常値だからもう退院していいよ」
「本当ですか。ありがとうございます」
「念のため2、3日は激しい運動は控えてほしい。それから造血剤はあと1週間は服用するんだよ」
「わかりました。お世話になりました」
こうして学は無事に退院する。時刻はまだ12時前で、一足先に食堂に行って桜を待つ学。無事に退院した報告を真っ先に桜に知らせたい様子が窺えてくる。
程なくして、天狐と玉藻の前を引き連れた桜が食堂に一番乗りで姿を現す。余程のことでもない限りはこうして一番乗りを誰にも譲らない桜なのだが、この日に限っては食堂にポツンと人影がある。その人影を見るなり…
「学君じゃないですか。無事に退院できたんですね」
「桜ちゃん、おかげさまでこうして外に出られるようになったよ」
6日間に及ぶ入院生活は何かと不自由であっただけに、学もこうして退院できて嬉しそうな表情。
「先日助けた小童であるな。どうやら息災であったか」
「ほんに主殿の背の君とあらば、こうして恙無き様子は何よりなのじゃ」
2体の大妖怪も救助に関わっていただけに、学の快癒を喜ぶ表情を見せている。さらに2体は続ける。
「さて、そこなる小童よ。そなたが主殿のお側にいたいのであらば、より精進して強くなることであるな」
「左様なのじゃ。主殿はまこと強きお方、その傍らに侍るには今のそなたではいささか力が及ばぬのじゃ」
「これからもっと頑張ります。それから、ポチさん、タマさん、本当にありがとうございました。倒れている僕を運んでくださったと聞いて一言お礼が言いたかったんです」
「よいよい、礼の気持ちなら稲荷寿司で示すのだ」
「妾は甘味を所望するのじゃ」
供え物を堂々と要求する2体、ここまではっきりとものを言うのは逆に清々しい。それを聞いた学は慌てて売店にすっ飛んでいき、5個入りパックの稲荷寿司と3個入りパックの柏餅を購入して戻ってくる。
「これは少ないですけど、お礼の気持ちです。どうぞ受け取ってください」
「ほほう、中々心根の良き小童であるな」
「ほんにほんに。そなたよ、裏山に参る際には妾の祠を詣でるのじゃ。周囲を結界で囲って誰ひとり入らせぬようにしてやるのじゃ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
供え物とご利益は等価交換… とでも言いたいのであろう。玉藻の前が以降裏山での学の安全を担ってくれるらしい。現金な性格ではあるが、実に有能なペットたち。
こうして学は桜の隣に腰掛けて久しぶりの病院食ではない食事を取り始める。しばらくするとデビル&エンジェルのメンバーもおいおいやってくる。
「学君、退院したんですね」
「よかったわ。まだしばらくは大人しくした方がいいわよ」
「カレン先輩、西川先輩、つい今しがた無事に退院しました。わざわざお見舞いに来ていただいてありがとうございました」
ペコリと頭を下げる学に二人は温かい眼差しを向けているのであった。
◇◇◇◇◇
昼食後は学科のカリキュラムだったので学は自分の教室で普通に英語の授業を受けて、放課後になるとブービートラップのメンバーと共に第3演習場へと向かう。
「学君は今日は部屋に戻って静かに過ごしてください。それから魔力循環だけは忘れずに続けるんですよ」
その一言だけ桜から聞いて、彼は言われた通りに部屋に戻っていく。ひとりで早めの夕食を取ってから部屋で過ごしていると、学のスマホにメールが入る。
〔先輩たちにシゴかれた。もう死にそうだ〕
送り主は同室の稲垣亨。どうやらあの後思いっきりシゴかれて大変な目に遭っていたよう。まあこれも自分で選んだ道だからと、学は一言「頑張れよ」と返信するに留める。
しばらくすると、またメールの着信。差出人は桜となっている。
〔学君、体調が良かったら明日の8時にダンジョン行きの支度をしていつもの場所で〕
という内容。ちょっとだけ考えた学は返信する。
〔今の感じだったら、無理しない程度だったら大丈夫そうだよ〕
〔ちょっとした距離を歩くだけですから、それほど負荷はかかりませんわ〕
〔了解、それじゃあ支度して8時に待っているよ〕
とまあ、このようなメールのやり取りが続く。「歩くだけ」って一体何をするんだろうとは思いながらも、学はこの日は早めに風呂に入ってベッドに潜り込むのであった。
◇◇◇◇◇
次の日はゴールデンウイーク後半の祝日。学は身支度を整えるとリュックにミスリスの籠手を突っ込んで、売店で昼食用のパンと飲み物を購入して待ち合わせ場所に立っている。約束の8時前になって桜、明日香ちゃん、カレンの三人がやってくる。
「桜ちゃん、先輩方、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
明るい声で挨拶を返す三人の女子、もちろん全員がダンジョンに向かう装備を整えている。
「それじゃあダンジョンへ向かいましょうか」
「桜ちゃん、今日はどういう予定なの?」
「それは着いてからのお楽しみですわ」
桜が何も明かそうとしないのをやや心配しつつ、学はダンジョンに向かう道を歩いている。そんなところに桜が話し掛けてくる。
「そうでしたわ、学君。魔力循環はダンジョンに入ってからもずっと続けてくださいね」
「えっ、そんなことをしていたらまともに戦えないよ」
「退院直後ですから、今日は学君は歩いているだけでいいですわ。なんとか今日中にレベル20まで引き上げておきましょう」
「いやいや、何がなんだかワケがわからないよ。一体どうなっているの?」
「まあいいじゃないですか。午後になったらちゃんと説明してあげますから」
こうして学は訳が分からぬうちにダンジョンに入って、そのまま転移魔法陣がある場所に連れてこられる。
「21階層辺りだったら、時間をかけずにチャッチャと終りますね」
「桜ちゃん、今21階層って聞こえたんだけど」
「学君は気にしないで魔力循環を続けてください」
言われるがままに学が魔力循環を行っていると、転移魔法陣は光に包まれて独特の浮遊感を体に伝えてくる。
そして足が地面に付く感覚を取り戻したその場は、学が見たこともないやたらと天井が高い階層。桜がさっそく通路の先にかすかな気配を察知する。
「明日香ちゃん、ミノタウロスのようです」
「は~い、お任せですよ~」
ユル~イ返事をしてからトライデントを構えて通路を前進していく明日香ちゃん。ひとりでユル~く進んでいくその後ろ姿を桜とカレンはただ眺めているだけ。
「さ、桜ちゃん、パーティーで協力しないの? このままじゃ二宮先輩が危険だよ」
学は焦った声を出すが、桜とカレンはまったく動こうとはしない。少なくとも森林階層では、桜、カレン、クルトワの三人も協力してロングホーンブルを討伐していたはずだと学は焦りにも似た気持ちを抱く。ところか…
「学君、これが私たちの戦い方ですの。数が多い時だけは協力しますが、基本的にはひとりで立ち向かいますわ」
「21階層程度だったら明日香ちゃんひとりでもオーバーキルですからね」
真顔で答える桜とカレンに学はますます混乱する。薄々その可能性を考えてはいたが、理性と常識が認めるのを拒否してしまうあまりにバカげた真実… それは自分が考えていたるよりもはるかに高い位置に桜たちはすでに到達しているのではないかという疑念に相違ない。そしてこの期に及んでは学としてももはや確信として考えざるを得ない。
相変わらず気負うこともなくユル~い姿勢でトライデントを構える明日香ちゃんに、通路の向こう側から牛頭人身の巨体が迫ってくる。だが…
「えいっ!」
ユル~い構えとは想像もつかない目にも止まらぬ動きでトライデントを横薙ぎに振るう明日香ちゃん。巨体にありがちな弱点である出足を払ってミノタウロスを横転させると、首に一突き加えて三叉槍からバチバチと電流を流していく。これであっという間に一丁上がり。至極当然のような表情でドロップアイテムの高級肉と角を持ち帰ってくる。
「ええぇぇぇ、ど、どうしてあんな簡単に…」
あまりの明日香ちゃんの鮮やかな討伐ぶりに驚きを通り越してビビりまくっている学ではあるが、その脳内にレベル上昇の音が2回響く。どうやらミノタウロスの討伐で得られる経験値が高すぎて一気に2段階上昇したよう。
「さすがは明日香ちゃんですわ。お見事です」
「準備運動にもならないですよ~」
桜と明日香ちゃんの会話を聞いた学はその恐ろしさにますますガクブルし始める。確かにロングホーンブルをいとも簡単に倒す光景は目にしたものの、ひとりで21階層の魔物をこれほど鮮やかに倒す姿というのは頼もしいというよりも逆に恐怖の感情を引き起こしてくるよう。
「学君はレベルアップしましたか?」
「ど、どうやら2段階アップしたみたい」
ようやく少しだけ立ち直った表情を見せる学に桜が話し掛けてくる。ここら辺で学にも、今朝がた桜が言っていた「歩いているだけ」という意味が分かりかけていたよう。
「この調子なら、あっという間にレベル20まで到達しそうですわ。できれば午前中にレベル上げを終わらせましょう」
先日は学の身体能力のギャップを考えて控えめなレベル上げを行っていた桜ではあるが、2週間後に模擬戦を迎えるとあってスケジュールの前倒しに踏み切っている。何が何でも当日までには十分勝利を掴み取れるだけの能力を身に着けさせるつもりなのだろう。その分学の負担が激増するのは言うまでもないが、桜はお構いなしで突貫工事を敢行するつもりらしい。
ということで予定通りに午前中に学のレベルが20に到達すると、桜はダンジョンからさっさと引き上げる。学生食堂に戻って昼食を取りながら学に予定を伝える。
「学君、午後は美鈴ちゃんが魔法の手解きをしてくれますからしっかりマスターしてください」
「今度は魔法の練習をするの?」
「ええ、模擬戦はチーム戦のルールで実施されますから、魔法の使用も認められていますわ。相手の魔法に対応できるように魔法技術をしっかり身に着けてください」
ここまでくると教育熱心な家庭のご子息のよう。まるで分刻みのスケジュールでお稽古ごとが待ち構えているような感覚に学は陥っている。いよいよ桜の無茶振りがそのベールを脱いだ感がある。
第ゼロ演習室に場所を移すと、すでにそこには美鈴と聡史、それから美咲の3人がスタンバイしている。学に付き添うのは桜とカレンだけで、明日香ちゃんはクルトワや玉藻の前と共に優雅な午後のデザートタイムを満喫中。どうかくれぐれも体重の増加には注意してもらいたい。
「それじゃあ、学君と美咲ちゃんにはシールドの展開方法を教えるわね」
「よろしくお願いします」
「クックック、悠久なる大魔導士に今更レクチャーなど不要」
ペシッ
「い、痛い」
「いいからちゃんと話を聞いておけ」
相変わらずの美咲、聡史に頭をはたかれて涙目になっている。ちなみにこの美咲であるが、学が入院している間はずッとブービートラップのメンバーと行動を共にしていた。魔法使いの学を欠いて困っていたので、聡史が臨時で美咲に同行するように申し渡したらしい。もちろんダンジョン内部でも厨2キャラ全開だったので、男子たちから痛い子を見る視線が突き刺さったのは言うまでもない。
こんな調子でスタートしたが、学と美咲はこの日の午後いっぱいをかけて魔法シールドと物理シールドの展開をマスターする。この時点で二人のレベルはほぼ同じではあるものの、より魔法に特化したスキルを持っている美咲がシールドを自在に操るまでに習得できたのに対して学はギリギリ相手の魔法を防ぐ程度の効果しか発揮していない。
「長谷川さんはすごいなぁ~。僕のシールドなんてまだオモチャみたいなレベルだよ」
「クックック、悠久の大魔導士に掛かれば、この程度は造作もないこと」
素直に美咲を褒める学と素直に誉め言葉を受け取れないコミュ障の美咲、なんとも好対照な姿であった。
◇◇◇◇◇
翌日、朝から学は武道場に呼び出されている。
「学君は魔力循環を続けていますか?」
「うん、部屋に戻ってずっと続けているけど、どういう効果があるのか全然わからないよ」
「おいおいわかってきますから、今はまだ何も考えずに続けてください。さて、体を解す意味で軽い運動をしましょうか」
桜に促されて学は身に着けている古武術の基礎的な動きを開始する。入院以降本格的に体を動かすのは久しぶりだっただけに、体全体の筋肉や関節の動きを確かめながら慎重に基礎をなぞっていく。
「魔力循環が途切れないように体を動かしながら意識を魔力にも向けてくださいね」
「わかったけど、結構難しいよ」
「体内の魔力を自在に扱えるようになれば色々と役に立ちますから」
そう言いながらも、桜はいまだに学に魔力循環の目的を明かそうとはしない。基礎運動を行いながら只々魔力を循環させろというだけ。
「今日までは体の動きを整える程度にとどめておきましょう」
「こんな軽い運動だけで終わっていいの?」
「まだ無理をする段階ではありませんわ」
一応桜は学の体調を考慮しているよう。まだ造血剤を服用している段階なので左程の無理はさせていない。こうして午前中は基礎運動に終始して午後を迎える。
午後のメニューも前日と同様に美鈴によるシールドのレクチャー。すでに自在にシールドを操れるようになった美咲との差を感じながらも、学は与えられた課題に黙々と挑んでいく。そして夕方になる頃には…
「学君もずいぶんシールドの扱いに慣れてきたわね」
「ありがとうございます。西川先輩のご指導のおかげです」
どうやら2日間かけて美鈴が合格点を出す程度には進歩したよう。ここで様子を見学していた桜が学をベンチに呼ぶ。
「学君、だいぶ魔法シールドが使えるようになりましたね」
「まだまだだと自分では思っているけど、昨日よりはだいぶ様になってきたよ」
「それは良かったですわ。さて、学君の強化方針をお話ししましょう」
「方針? 桜ちゃんが考えていること?」
「ええ、そうですわ。実は今行っている学君の訓練は模擬戦のためではありませんの」
「模擬戦のためじゃないって、それだったら何のためにやっているの?」
「もっと先々を見越して学君を鍛え上げていますの。模擬戦に勝利するためでしたら学君をレベル50くらいまで引き上げれば簡単に済みますわ。それこそあと3日もあればそこまで引き上げられます」
「いやいや、僕にとってはレベル50なんて、夢のような話だよ」
「今はそうかもしれませんわね。ですが昨日学君が体験したように、レベルというのは案外簡単に上昇しますの。100くらいまででしたらあっという間ですわ」
「う~ん、言われてみればその通りかもしれないね。昨日の午前中は本当に歩いているだけでレベル20になっちゃったからね」
「ですからレベル上げではなくて、もっと先々に役立つ方法で学君を強化していきます」
桜の目が本気であると物語っている。いよいよ本格的な学の試練が、ここからスタートするのであった。
いよいよ本格的な学の試練が。そして模擬戦の行方は…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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