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異世界から日本に帰ってきたらなぜか魔法学院に入学 この際遠慮なく能力を発揮したろ  作者: 枕崎 削節


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217 魔王城凱旋 4

いよいよ宮廷を操る宰相との正面対決が……

 古今東西この世界や異世界を問わず、多くの城が建造されてきた。贅を尽くしてその時代の最高の技術の粋を集めて建築された城は歴史を刻む文化財としての価値が高く、また観光資源として多くの人々が訪れる名所となっている。もちろん一般に公開されるのは城内の表に出せる部分だけであって、中には城の持ち主一族しか知らない様々な秘密が隠されている。


 その一例として挙げられるのは、緊急時に王族や領主が外部に逃れるための秘匿された地下通路であったり、壁の内部にこっそりと設けられた隠し階段であったりと、その様式は様々だ。だがこのような秘密の施設に共通しているのは、全て外部から見ただけではわからないように巧妙なカムフラージュが施されている点であろう。


 そして現在クルトワが所在しているプリナム宮にも、このような秘密の通路が方々に張り巡らされている。そしてたった今、王宮から誰にも見られずにプリナム宮に向かう地下通路を、四人の黒尽くめの男たちが速足で移動している。



「やはりこの通路には警備の人間を置いていないようだな」


「親衛騎士団も知らない極秘の通路だ。迎え撃つ人員の配置などあるわけなかろう」


 潜めた声で会話をしているこの四人、彼らはその道の専門家であり、いわゆる暗殺を生業とする連中のようだ。数か月前にも同じようにこの通路を通ってクルトワの拉致を成功させていたこともあって、今回の任務もそれほど困難ではないと考えている。


 実はその話の中にあるように現在四人が進んでいる地下通路は比較的新しく、現在の宰相の命令によって秘かに設置されたものだ。もちろん騎士団や他の高官はその所在さえも知らず、誰にも見咎められることなくプリナム宮に侵入可能となっている。その点では、クルトワを保護する聡史たちにとっては厄介な施設だと言えよう。


 夜目が利く魔法具を用いているため松明などは翳さずに無言で通路を進む男たち、程なくして彼らはプリナム宮の地下に辿り着く。ここまでくれば、後は狭い階段を3階まで上るだけだ。そのまま王女の寝室と繋がっているメイドが控える部屋に出られるはずだ。 


 黙って頷き合うと、男たちは狭い階段を足音を立てずに上っていくのであった。





   ◇◇◇◇◇





 すっかり夜も更けた真夜中の時間、プリナム宮の正面出入り口には50名の騎士たちが篝火を焚いて厳重な警備態勢を保っている。さらに宮殿内部の各所は完全武装の騎士たちが随所を固めており、部外者を一歩も侵入させないように目を光らせる。


 そして3階の廊下は騎士たちが常に巡回して、クルトワの寝室の前には二人の見張りが立ち番をしている。このような物々しい警備体制の裏をかくようにして、音もたてずにメイドの控室の床板がほんの少しだけ持ち上がる。



(どうやらメイドたちは、王女の部屋に詰めて寝ずの番をしているようだな)


 控室に誰もいないことを確認した男は、床板を外して室内に無事に侵入を果たす。彼に続いて三人の男が、室内を朧げに照らす燭台の薄明かりに浮かび上がる。



(黒蓮の粉を用意しろ)


(わかった)


 黒蓮の粉とはこの世界ではある種の睡眠薬に近い成分を含有する錬金術に用いる材料で、そのまま服用すると意識を失って昏倒する効果をもたらす。不寝番をしているメイドに邪魔されないように、彼女たちを眠らせるつもりのようだ。


 一人の男が袋から微量の粉を取り出して手の平に乗せると、音を立てないように王女の寝室に繋がるドアを少しだけ開いて、黒蓮の粉に魔法で弱い風を当てる。綿毛よりも軽い粉は、風にのって王女の寝室の内部へと広がる。


 そのまましばらく待ってから寝室の内部を窺うと、どうやら寝ずの番をしているメイドは窓際と廊下に近い場所に一人ずつ ━━椅子に腰かけたままで首を力なく垂らして、すっかり寝入っているようだ。



(始めるぞ)


 メイドが昏睡したので、男たちは誰にも邪魔されずに易々とクルトワが寝ているベッドに向かう。



(俺がやる)


 先頭を歩いていた男が自分を指さして、懐から大型のナイフを引き抜く。以前この寝室に忍び込んだ際は王女の拉致が目的であったが、今回は端から王女の命を奪いに来ているのだ。


 豪奢な天蓋付のベッドに眠っている王女は、部屋の隅にある燭台に灯された蠟燭の光に映される姿からしてグッスリと眠っている様子。その特徴的なプラチナ色の髪だけが、わずかに羽根布団から顔を覗かしている。


 横向きで眠っている王女の首筋に向かってナイフを振り下ろそうと、男は頭上に振りかぶる。その瞬間…


 バサッ


 王女の身を優しく包んでいたはずの羽根布団が大きく捲れ上がり、ナイフを振りかぶった男が反応する前に彼の顔面を覆う。そして、それと同時に猛烈な衝撃が腹部に炸裂した。



「ゴフッ」


 口から血を吐きながら、男は後方に吹き飛んで部屋の壁に激突していく。その間一秒すら経過していない。男の顔に跳ね上げた布団は、ようやく床に落ちたところであった。そして羽根布団の陰から現れたのは、髪の色こそ似せてあるがクルトワとは全くの別人であった。



「ようこそお越しくださいました。あんまり遅いものですから、ついつい寝てしまうところでしたわ」


「お、お前は何者だ」


「申し遅れました、私は死神ですの。クルトワさんの命を狙う暗殺者を地獄に叩き落そうと手ぐすね引いて待っていたんですわ」


 男たちに死の宣告を告げながら、髪の毛に手を掛ける。すると被っていたカツラが外れて、肩まで伸びた艶やかな黒髪が露になる。まさに死を告げる死神に相応しい髪色の者の正体… もちろんそれは、言わずと知れた桜であった。ベッドに寝たまま軽く振るった蹴り一発で暗殺者をノックダウンさせるなどという芸当は、彼女以外には到底不可能な所業だ。



「クソッ、失敗だ。逃げるぞ」


 まだ無事な男たちは、壁に激突して意識を失っている仲間を見捨てて逃げようと踵を返す。幸い窓際に座っているメイドは眠っているので、控室までのルートを阻む邪魔者はいない。彼らが向きを変えて一歩走り出そうとすると…


 驚くことに眠っているはずのメイドが幽鬼のように立ちあがる。しかもその姿が異様であった。魔族は比較的体格がいい。女性にしても身長170センチを超える者はゴロゴロいる。だがそこに立っているメイドは、優に180センチを超える大柄な体格であった。しかも肩幅が異常に広い。


 その怪物のようなメイドは、腰にぶら下げた銀色に光る筒のような物を手にする。その筒をひと振りすると、シャキンと音を立てながら80センチ近くまで伸びている。暗殺者の目にはまるで手品のように映ったが、その正体は日本から持ち込んだ伸縮自在の特殊警棒であった。



「クソッ、邪魔をするな」


 ナイフを手にした暗殺者たちは、大柄なメイドに斬りかかっていく。だが目にも止まらぬ軌道を描いて振り下ろされた特殊警棒によって、したたかに手首を打たれてナイフを手放した。呻き声を上げる暇もなく、続けて真横に振られた一撃によって側頭部を強打された暗殺者は脆くも床に崩れ落ちる。


 残った暗殺者は2名、そのうち1名は桜の手にかかってあっという間に床に転がされて、進退窮まった残る1名は、咄嗟に廊下に出ようとする。だがそこには、もう一人のメイドが立ちはだかる。手にはミスリル製のメイスを持って…



「やっと私の出番が来ました」


 その声はなぜか嬉しそうだ。異世界にやってきてこの方、全然目立たなかったカレンがようやく回ってきた出番にその立派なお胸をプルンプルンさせている。身にまとうメイド服を突き破らんかの勢いで、激しい自己主張をしているかのようだ。


 だがカレンを倒して何とかこの場から逃げ出そうと、暗殺者も必死だ。ナイフを振りかざして鬼気迫る勢いでカレンに迫ってくる。


 カン、ガキッ


 勝敗は一瞬であった。暗殺者はカレンのパワーを見誤っていた。振り下ろされるメイスを受け止めようとナイフを出したまでは良かったが、一振りで弾き飛ばされて、後は腹部にメイスがめり込んでお仕舞であった。



「カレンさん、お見事ですわ。ちょっと薄暗いですから明るくしてもらえますか」


「はい、光球」


 カレンの手から魔法が放たれると、寝室は昼間のような明るさが満ちてくる。そこに浮かび上がるのは、窓際に立つ大柄なメイド。



「プッ… ギャハハハハハハ」


「ム、ムリです。いくらなんでも無理がありすぎです」


 桜とカレンの笑いが止まらない。



「お兄様の女装がここまで似合わないなんて」


「聡史さん、お願いですから早く着替えてください。笑いが止まりません」


 そう、窓際に座っていた大柄なメイドの正体は聡史であった。クルトワに扮して桜が眠っているこの寝室の罠を考えたのは、聡史自身であった。そして万一賊を取り逃がさないようにと、自ら女装を買って出た結果がこれである。妹とカレンの爆笑を誘って、せっかく策が功を奏したにも拘らず、聡史はなんだか負けたような気分になっているのであった。



「お兄様、せっかくの女装ですから、記念に画像に収めましょう」


「桜ちゃん、いいアイデアですね。それではわたしも」


「頼むから止めてくれぇぇぇ」


「いいえ、美鈴ちゃんや明日香ちゃんにも見せないといけませんから、黙って画像に収まってください」


「聡史さん、せっかくですからポーズなんか取っていただけませんか? 萌え萌えキュンとか」


「絶対に断る」


 こうしてこの夜の暗殺者騒ぎは幕を閉じた。カレンによって黒蓮の粉は浄化されて、寝室に寝かされた暗殺者たちは騎士団に引き渡されていく。ちなみに寝室に張り込んでいた三人に黒蓮の粉が効力を発揮しなかったのは、聡史と桜が持っている〔状態異常完全無効化〕のスキルのおかげだ。毒物だろうがウイルスであろうが、体内に侵入した有害な物質を無効とする最強スキルをこの二人は所持している。カレンについては、天使に対して人間が作り出した薬など効果をもたらさないのは言うまでもないだろう。


 騎士団に引き渡された暗殺者たちは、意識が戻った途端にお約束通りに奥歯に仕込んだ毒で自ら命を絶った。これで情報の漏洩は防いだと安心して死の安息に落ちた暗殺者たち… だが彼らはカレンの力で強引に現世に連れ戻される。死ぬことすら許されない暗殺者たちは、観念して洗いざらい白状するしかなかった。




   ◇◇◇◇◇




 その日の朝食の折…



「ギャハハハハハハ、お兄さんが女装をしているって…」


「聡史君、ずいぶん身を削ってクルトワを守ったのね」


 明日香ちゃんのバカ笑いと、美鈴の同情に満ちた声が朝の食卓に響いている。二人の反応は甲乙つけがたいほどに聡史の精神をガリガリと削り取っていく。もう彼のライフは限りなくゼロだ。



「皆さん、ずいぶんお早いですね」


 そこにクルトワが姿を現す。王女殿下ともなると、朝の身支度に時間がかかるのだ。昨夜は自分の寝室を明け渡して明日香ちゃんと一緒に寝たが、早々にメイドに手を引かれて自室に戻って、あれやこれやと世話を焼かれていた。



「クルトワさんもこの衝撃画像を見ますか?」


 桜が聡史のメイド服姿が収まったスマホをクルトワに手渡す。その笑いを誘わずにはいられない女装をまじまじと見つめるクルトワ…



「聡史さん、とっても素敵です。どうかもう一度私の目の前でこの姿になってください」


「俺の女装に、さも需要があるような言い方をするんじゃない」


「いいえ、聡史さんのメイド服姿には、神々しき尊さがございます。私が支度を整えますので、どうか今一度お願いいたします」


「絶対に断る」


 クルトワは胸の前に両手を組んだお願いポーズで聡史に迫る。だが聡史は頑として首を縦には降らない構え。この様子を横目で見ている桜と明日香ちゃんは…



「クルトワさんの感性が信じられません」


「魔族の美意識って、一体どうなっているんでしょうね?」


 クルトワを呆れた表情で見ている。通常の感性であれば笑いものにするか、ある種の不気味さをたたえたグロ系のホラーと捉えるのが当然のような気がするが、クルトワは本心で聡史の女装を美しいと感じているようなのだ。ドジっ子属性に加えて、どこか痛い子という称号がクルトワに備わった瞬間であった。



「クルトワ、その辺にしておきなさい。まさかこんな理由で聡史君を好きになったりしないわよね」


「美鈴様、私は聡史さんが好きなのではありません。聡史さんのメイド服姿が好きなのです」


「違いが理解できないけど、クルトワがちょっとおかしいのは伝わったわ」


「おかしくはありません。聡史様のメイド服姿こそ至高なのです」


 やっぱり痛い子であった。美鈴が諭そうとも聞き入れずに、両手を握りしめて自ら信じる道をまっしぐらに進もうとしている。おかげで聡史のライフはマイナス域に達した。もうゾンビ状態といっても差し支えない。



「と、とにかくもう絶対に女装なんかしないからな」


「聡史さん、それでしたら私と二人っきりの時のコッソリとお願いできませんか?」


 桜と明日香ちゃんの、本当に痛い子を見る視線が突き刺さる。だがそんな視線などお構いなしに、この後もクルトワは散々聡史に迫るのであった。





   ◇◇◇◇◇




 クルトワが痛い子だと証明された朝食が終わり、各自は午後一番の謁見に備えて準備を開始する。とはいっても大した用意は必要なくて、精々昨日捉えた暗殺者に美鈴が自ら尋問を行う程度で終わった。


 そして昼食後にいよいよ魔王城本宮殿で、本日の謁見が開催される。いつものように居並ぶ貴族や高官たちだが、すでに昨日大魔王が登場すると宣言したこともあって、その表情はこれから起ころうとする出来事に対する期待に満ち溢れている。



「それでは本日の魔王陛下のご伝言を申し伝える」


 玉座の前に立っている宰相は、心なしか普段よりもヤツレ気味の表情をしている。昨夜送り出した暗殺者が戻ってこない件が、その表情に暗い影を落としているのかもしれない。



「宰相殿、その前に本日はクルトワ殿下のご列席を賜るように、我ら貴族一同から奏上いたす」


「ハインリッヒ公爵閣下、予定にはなきことゆえに、それは認められぬ」


 口火を切ったのはフィリップであったが、宰相はクルトワの出席を拒否する構え。この期に及んでも明らかに王女側に傾いた宮臣たちの流れを食い止められるとでも思っているのだろうか。



「どうやら反対するのは宰相殿ただお一人のようだ。そのようにして殿下がこの場にいらっしゃるのを止めようとは、何か宰相殿にとって不都合でもあるのか?」


「不都合などは、どこにもござらん。これまでの宮廷のしきたりに沿って、予定のないお方のご列席をお断りしたまで」


「下らぬしきたりなど犬のエサにでもすればよかろう。すでに殿下はお支度を整えて待機していられる。衛兵よ、殿下をお通しいたせ」


 宰相の意向などまるっきり無視したフィリップは、扉の前に立つ衛兵に命じる。直属の親衛騎士団長からの命令に従った衛兵は、扉を開け放つとその場に片膝をついてこれから登場してくる人物を待ち受ける構え。



「ええい、この謁見の間を取り仕切るは宰相の権限であるぞ。衛兵、そなたは誰の命に従っているのだ」


 咎めるような宰相の声が大広間に響くが、衛兵たちは全く聞こえぬふりをしてじっと蹲ったままでこれから入場しようという人物を待ち受けている。



「すぐにその扉を閉じよ。殿下のご列席など罷りならん」


「誰が罷りならないのですか?」


 宰相のややヒステリックな叫びを押し留めるようにして、うら若い女性の声が響き渡る。その声の主はもちろんクルトワであった。魔法学院の制服姿で、エリザベスを引き連れて謁見の間に静々と入場してくる。その後方にはフード付きのマントで顔を隠した四人と、宮司と巫女装束の魔族の宮廷には場違いな姿の二人も付いてきている。



「殿下、お席へどうぞ」


 エリザベスの先導でクルトワは、魔王が腰掛ける玉座の隣にある王妃の席に腰を下ろす。クルトワの母親である王妃は彼女が生まれて間もなく亡くなっており、この席にはクルトワが着くことは慣例となっていた。席の横にはエリザベスが立って、クルトワに対して何か危害を加えようものなら容赦しないという眼光で宰相を睨み付けている。


 事ここに至っては已む無しという表情の宰相であるが、クルトワに付き従う面々をチラリと見て「おや?」という表情を浮かべる。そして何か反撃の糸口を得たかのような口調でクルトワに非難の矛先を向けた。



「こうして殿下がお越しいただいた以上は致し方ございませぬが、一つお聞きいたしたい。なにゆえにこの場に賎しき獣人など連れてまいるのですかな? 魔王陛下の御前に等しきこの謁見の間に獣人風情が足を踏み入れるなど、あってはならぬことですぞ」


 宰相が食って掛かっているのは、クルトワのお供に天狐と玉藻の前が加わっている点であった。どうやら彼は二体の大妖怪を獣人だと勘違いしているようだ。確かにキツネ耳は隠しているが、袴からは立派な尻尾がユラユラと外に出ている。



「主殿、獣人などと我をなじっておる者が見受けられまするな」


「ほんに、高々闇の種族の分際で生意気なことじゃ。一つ取って食らってしまおうか」


 ややムッとした表情で、宰相を見遣る大妖怪たち。このまま暴れ出すと、宮廷中を巻き込んだ大騒ぎに発展するのは必定。



「ポチとタマは大人しくしているんですよ。あとで稲荷寿司とチョコレートを奮発しますから」


「是非もなき事。主殿のご命令とあらば、少々の無礼は見逃しましょうぞ」


「ほんに、その通りなのじゃ。チョコレートが今から楽しみなのじゃ」


 とってもチョロい大妖怪たちであった。稲荷寿司とチョコレートに釣られて、尻尾を左右にブルンブルン振っている。



「そこにいられる二体の方々は、獣人ではございません。キツネの姿をした精霊ですよ」


 クルトワは宰相の言い掛かりを否定する。だが日本の大妖怪が、この世界の精霊に当たるのかどうかはちょっと怪しいとい。どちらかというと魔物に近いのではないだろうか? この世界には数少ないながらも、魔物を捕らえて配下にする従魔士なども存在するゆえに… まあその辺は方便というものだろう。



「殿下、魔王陛下のご裁可もいただかないうちにこのような不作法は、宰相として認めるわけにはまいりませぬぞ」


 今度は魔王の名前を出してくる宰相。だがそこはクルトワの思う壺であった。



「父上は現在ご不在と聞き及んでおります。ですから私は、父上よりもさらに偉大なるお方に許可をいただきました。そのお方も待っておられますので、この場にご臨席いただきたいと思います」


 フィリップがサッと身を翻して、開け放たれた大扉の外に出ていく。しばらくすると、彼の先導で一人の漆黒のドレス姿の若い女性が謁見の間に入ってくる。その姿を見るなり、宰相一派以外のこの場に列席する貴族たちは跪いて出迎えた。昨日のうちにその存在の大きさをいやというほど理解しているので、何も言わないうちから圧倒的な威厳に一糸乱れずに服従する姿勢を見せている。



「な、何者だ」


 フィリップの先導に従って玉座まで進み、堂々たる態度で腰を下ろしたその女性は、当然美鈴であった。この玉座に座ることこそが、至極当然という表情で腰を落ち着けている。だがこの行動に驚いたのは宰相であった。急に現れたかと思ったら、魔王のみが座ることが許される玉座に腰を下ろすとは…



「そこなる無礼者は、我が何者と問うのか?」


 美鈴がひと睨みすると、宰相の顔は真っ青を通り越して白磁のような顔色となる。それほどに大魔王の眼光は、魔族にとっては強烈な作用をもたらすのであった。だがここで折れてしまっては元も子もないとばかりに、宰相は自らの心を奮い立たせて抵抗を試みる。



「そなたは栄えある我ら魔族の宮廷を簒奪するつもりか! ご不在の魔王陛下に代わって、この宰相たる我が身を賭して簒奪を阻んで見せる」


「ほほう、矮小なる分際で、どの口が簒奪などとほざくのだ? 簒奪を企む張本人が、実に滑稽な話ではないか」


 さも面白そうに美鈴が笑いかける。だがその瞳は全く笑ってはいない。むしろ大魔王しか内包しえないような冷酷さと、凍える永久凍土のような冷たさを湛えている。普通の人間ならば、その眼光に晒されただけでもショック死しかねないであろう。それほどまでに、絶対零度を宿す瞳であった。



「私は簒奪など企ててはいない。なにを証拠にそのような讒言をいたすのだ」


「証拠とな… ではこの者たちをどのように説明するのだ? 連れてまいれ」


 美鈴の声を待っていましたとばかりに、廊下に控えていた騎士たちが、縄で括られた昨夜の暗殺者四人を謁見の間に引き出してくる。四人はすでに自分の身がどうなるのかを理解して、死なば諸共とばかりに宰相も巻き込むという意思がアリアリであった。



「これなる賊共は、昨夜クルトワを暗殺しようとプリナム宮に忍び込んだ者たちである。なおかつてクルトワの拉致も実行したと白状しているのも、付け加えておこう。全てそなたの差し金であると白状しておるぞ。どのように申し開きをするつもりか、ひとつ聞かせてもらおう」


 この発言には、列席している魔族たちも正直驚いた表情を浮かべている。これまで最も怪しいとは思っていたが、宰相は尻尾を出さないために追及ができぬまま有耶無耶になりかけていた。クルトワが拉致された直後から魔王も姿を現さなくなっており、主君とその息女の行方不明にはやはり宰相が関わっていたという証拠が提示されたのであった。


 宮廷中の貴族たちから憎しみと蔑みの目を向けられている宰相。昨日までは我が世の春とばかりに権勢を誇っていたはずにも拘らず、その転落していく様はまさに坂道を転がり落ちるばかり。


 すでにこの状況は、宰相にとって詰んでいた。つい昨日までは自らの一派として従っていた連中すらも、王女の拉致と暗殺に手を染めていた宰相に味方する者はいない。



「衛兵、反逆の罪で宰相を捕らえよ」


「はっ」


 フィリップが命じると、数人の衛兵が手にする槍を構えて宰相の元に殺到する。これで事は終わると誰もがそう考えた時、十人近い衛兵たちは突然吹き飛ばされて床に転がされた。そこにまるで別人のような表情の宰相が立っている。



「クックック、急に現れて我の邪魔をするとは、貴様ら許さんぞ。ついでにこの宮廷の者たちも一人残らず消し去ってくれよう」


 その目は完全に据わっており、まるで何かに取り憑かれたかのよう。冷静沈着であった宰相の面影などどこにもなく、口角を釣り上げては残忍な笑みを浮かべて広間に集う面々を見渡している。



「逆臣フォン=ファウスト、親衛騎士団長の名に懸けて、召し取ってくれる」


「フィリップ待ちなさい」


 剣を抜いたフィリップだが、美鈴が鋭い声で制止する。どうやら何か思うところがあるようだ。



「フィリップよ、そなたの手には余る相手のようだ。この場は適任者に任せるがよかろう」


「御意」


「桜よ、すまぬが、その不届き者を死なない程度に叩きのめしてくれるか?」


「いいですわ。どうも私の勘が告げていますの。この私が倒すべき相手だと」


 桜は頭から被っていたフード付きのマントを脱ぎ去ると、宰相の前に歩み出ていく。



「何者かと思えば、下賤な人族ではないか。この場にノコノコと現れたことを後悔させてやる」


「どうもトカゲ臭いんですよ。正体を白日の下に晒して差し上げますわ」


 魔法を放とうと構える宰相、だがそんな時間の余裕を桜は与えない。一気に距離を詰めると、その顔面に向かって右のストレートを放つ。



 ガキッ


 手応えはあるが、まともに正面から桜のパンチを食らった宰相は倒れない。その代わりに、顔面がひび割れてボロボロと床に落ちて、その下からは別の顔が現れてくる。その姿は、お馴染みのアレであった。



「ふふん、やっぱりトカゲ人間でしたね。宰相に化けて悪だくみをしていたんでしょう。年貢の納め時ですわ」


「クソッ、高々人族だと侮っておったわ。正体がバレた以上、この場に長居は無用だ」


 宰相に化けていたレプティリアンは、懐から四角い機械のような箱状の物体を取り出すと、スイッチを操作する。するとそこに立っていたはずの姿は光に包まれて、その光が止むと掻き消すように消えていた。



「どうやら転移の術式で逃げたようであるな」


「美鈴ちゃん、逃げた先はわかりませんの?」


「巧妙に隠蔽してあるゆえに、方向くらいしかわからぬ。どうやら北に逃げたようだ」


「北ですか… 何か目印になる場所とか、あるんですか?」


「わからぬ。フィリップ、魔王城の北には何か所在しておるのか?」


「荒野が続くばかりですが、唯一古代遺跡がございまする」


「古代遺跡… 太古の文明が残したものか?」


「左様です、大魔王様。我らの手には解明すら覚束ないゆえに、荒れ果てるままに放置しておりまする」


「なるほど、どうやら奴は、その古代遺跡に転移した可能性が高いな。明日にでもこちらから出向いて調べてみるとしよう」


「御意」


 こうして宰相を名乗る者は、レプティリアンだと判明した。長年本物の宰相に成り代わって宮廷を牛耳っていたようだ。その間に様々な陰謀を張り巡らしていたのであろう。大方魔王本人も、レプティリアンによってどこかに監禁されているに違いない。


 こうして宰相を騙るレプティリアンによる騒動は一段落したが、その行方が定かにならない限りはまだまだ安心はできない。


 魔族たちにとって宰相が別人に成り代わっていた件は衝撃的で、そう簡単に立ち直れない出来事かもしれない。だが聡史たちはそんな魔族たちに構うことなく、さっそく明日から遺跡の調査に取り掛かるのであった。


 

長々と続いている魔王城編は、あと1話か2話で終わる予定です。その後はしばし日本に戻って魔法学院の日々がしばらく続く予定です。学院はだいぶご無沙汰だったので、色々とありそうな予感がしてきます。


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