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冥王星の艦(ふね)  作者: 田中 健
第一章
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はじまりの朝 ②

 今日面接を受ける会社は、特に特徴のない会社であった。

俺のしたいと思える仕事を提供してくれるわけでもなく、大企業でも有名企業でもなく、いうなれば“平凡”な会社であった。

それではなぜ、この会社を少し特別だと思っているのか。

それはこの会社の採用担当が俺にかけてきた一言のせいだった。


 この会社とは、合同企業説明会の会場で出会った。

会社名を“三友工業(さんゆうこうぎょう)株式会社”といった。

最初の印象はあまり良くなかった。

この日の合説(ごうせつ)で目当てであった企業は全部回り終えた夕方頃に、他にめぼしい企業はないかと会場内をふらついていた俺の目にその会社の企業ブースは飛び込んできた。

必要最低限と思われるブースの装飾、呼び込みもしていない様子で採用担当だと思われる中年男性は椅子に座って会場を眺めている。

必殺技ともい言える物品で釣って企業ブースに来てもらうというような作戦も行っていないようだ。

ただ、そこにあるだけ。いるだけ。といった様子である。

当然学生も寄っていく者はいない。


 名前も知らないような会社なのにこんな人事採用の方法で大丈夫かよ、という気持ちで見ていた。

正直あまり印象は良くなかった。

学生は先の長い人生掛かっているから必死なのに、そのやる気の無さが腹立たしくもあった。


 そんな思いで見ていた事もあり、無意識の内にとんでもなく長い時間そのブースを見ていたのかもしれない。

その時、ぼんやりと三友工業のブースから会場を眺めていた採用のおっさんと目が合った。

やばっ!!

と思ったが、時すでに遅し。

にかっと笑ったおっさんが椅子から立ち上がり、笑顔のままこちらに向かってきている。

後から考えたら逃げても良かったのだが、その時は混乱して身動きが取れなくなってしまった。


迫るおっさん。

慌てふためくも動けない俺。

更に迫るおっさん。

おどおどし出すも動けない俺。

満面の笑みで眼前まで迫るおっさん。

どうする事も出来なくておっさんの目を見ながら固まるしかない俺。


「よう!君!茶しばいていかへんか!」

満面の笑みを浮かべておっさんが第一声を放った。


しばく!?

俺何かしたか?

いや、冷静になれ。

何をしばくって?

たしか、茶。。。

あ、茶しばくって言ったんか。

お茶でも飲んでゆっくりしていけって言っているのか。

今そんなに喉乾いていないけど、この状況絶対断れないよな。。。


「は、はぁ。。。」

思考の結果こんな言葉ともつかない声が漏れただけになってしまった。


「ほな、決まりやな!遠慮せんとこっち早(はよ)おいで!」

おっさんはそう言いながら俺の肩を掴んで歩き出した。

俺は体格だけは恵まれていて、身長は180センチあり、体型もラグビーをやっていた事もあってがっちりしている。

しかし、このおっさんは身長は小柄に分類されるであろう位しかないのに、肩を掴んでいる力が思っていたより強くてびっくりした。

この体のどこにこんな力を蓄えているんや。


 そんな事を考えている間に三友工業のブースはどんどん近付いている。

もうこうなったら流れに身を任せて、話を聞くだけ聞いてお茶を濁して帰る事にしようと心の中で決めた。

流れに身を任せるのは優秀に“平凡”をしてきた俺にとっては得意分野であった。


こうして三友工業の企業説明を聞く事となった。



 人は意思なく流れに身を任せて漂うと、望む望まないに関わらず人生が思ってもみない方向に大きく変わってしまう事があるのだと、後になって気付く事となる。

自分の意志で決めて流れを変えたわけではないので自覚なく物語は違う方向に進む事となった。

あの時自分の意志で決めていればと思う事がなかったかというと、それは嘘になる。

ただ、気付く人か気付かない人の差があるだけで、人はみな自分の意志とは関係ない力で人生の流れが帰られているのかもしれない。

それは大きな変化なのか、小さな変化なのか、良い変化なのか、悪い変化なのか、それらは自分が死ぬまで分からない事なのかもしれない。


 ただし、ひとつだけ言える事はこのおっさんとの出会いが俺の人生の分岐点であったという事だ。

運命の扉とも言える、企業ブースが目の前に迫ってきている。

しかし、今の俺には、俺を押す大いなる力の前に為す術なく運命の扉をくぐらされようとしていた。


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