第六話 音
僕は休日にまー君を家へ呼んで二人で遊んで居ました。
普段、学校から帰路に就こうものなら、彼が嫌がらせの対象になります。
僕ならばいざというとき「死ぬ」と発言すれば良いのですが、彼には武器も非もありません。
ですので、皆が僕を忌避し出す事柄を狭量で在る等とは、別段思いはしないのです。
寧ろ休日は彼との関係が保たれ続けてますので、然程この関係を気にも留めて居ませんでした。
SNSが面白いと頻りに言われた為、まー君に勧められるが儘に、僕は「千代動画」に会員登録をしました。
友達付き合いの一環で在るものの、若年層への受けが良く、ネットでも同年代の気の合う友人が出来ればと、楽観的に構えて居ました。
当初は自作動画UPでの集客をして居たようですが、多くの企業や団体が公式動画をUPする為にこのサイトを利用してからと云うもの会社は大きく成長し、又今ではSNS、コミュニティ、辞典等のサービスも充実しており、中々盛況しているサイトのようです。
中でも一番の魅力は「人気動画投稿主座談会」と云う、人気の動画投稿者達に依る、政治問題から一般的で無い趣味迄、ありとあらゆる話題を盛り上げる年に二回行われる催しで、此れに参加する事が数多の動画投稿者にとっての憧れで在り、誉れで在るのです。
二ヶ月程前には、動画投稿者の中から「人気動画投稿主座談会」へ選出された人物の一覧が、サイトTOPに掲示されるのでした。
参加するしないで或る程度選出された人物が篩に掛かるのですが、交通費全額に加えギャラも貰える為か、参加しない人物は数える程しか居りません。
そして一覧の中から、特に気になったユーザーの情報を見ているのでした。
名前:宮本修
年齢:二十四歳
職業:絵本作家
プロフィール:友人の勧めに由り、当サイトを利用させて頂いて居ります。
新作の宣伝や政治動画、仏教についての動画等をUPしていく所存で在りますので、拙い動画ながらも宜しくお願いします。
追記:私の動画のコメントには、私の思想や社会批判への批評に偏見が多く見受けられます。
其の様なコメントは徹頭徹尾無視致します、又余りにお目汚しで在るコメントは前置き無く削除させて頂きますので、皆様、ご了承願います。
本来思想は細分化され、其の一つ一つが尊重されるべきもので在ります。
他者を批判する際に自らの思想を用いれば、其の思想への嫌悪感を生ずるのも無理からぬ事です。
思想についての議論や論争は白熱しがちで在ります故、私がSNSのコミュニティに「宮本修 思想についての批判等」との題でトピックを作成しておきました。
思想についての議論はそちらを御利用お願いします。
他の動画投稿主が流行り廃りに敏感で、言うなれば目敏い人達で在りました。
政治は人気の出易いジャンルですが、他の投稿動画が再生回数を稼ぐとは到底思えぬ為、僕はこの人の政治動画の深い関心が沸き上がるのでした。
「ねえ、何を見てるの?」
ベッドから腰を上げたまー君が、僕へ近付きつつ言いました。
「それより、早くSNSしよう」
「あ、ごめん……遣り方がわからなくて……どうすれば好い?」
「言い忘れてた、このSNSはパスワード制なんだ……じゃあ教えるよ…………」
こうして僕は未知の世界へ飛び込んでいくのでした。
数分後……
「まー君は何処のトピックで遊ぶの?」
「『オカルト好き集合板!』って所だよ、オカルト関連のトピックでは中々賑わって居るね」
「有り難う、早速遣ってみる」
「わからない事柄が在ったら聞いて、僕は適当に寛いでるから……本棚の本と漫画、見て好い?」
それを了承すると再度ベッドに腰を下ろし、本と漫画を山にして積み上げて読み始めるのでした。
オカルト好き集合板!
KYO:2012/10/8
オカルト好きは此処に集え!
序でにオカルト好き以外も!
コメント:812
トピックのコメントを最初から閲覧していくと、トピック作成者の為人が少しずつ明るみに成るのでした。
1.IKOU 10/8
友人兼トピック作成者の命に由って1get
2.KYO 10/8
ふざけんなやめろbaKa
3.微細 10/10
トピック作成者さんはオカルトでは何がお好きで?
4.KYO 10/11
…………妖怪。
5.微細 10/14
恥ずかしがらないで下さい、私も妖怪大好きですよ!特に付喪神が好きです!実在はしないでしょうが、作り物で在る分洒落が効いてて……(長くなるので割愛)
6.KYO 10/15
微細さん、有り難うございます。
俺の場合は天狗とか河童とか……有名な妖怪が多いで……まあ、妖怪に纏わる話が好きですね。
7.微細 10/16
成る程、気になったのですがKYOさんの知り合いのIKOUさんは、オカルト好きな方なのでしょうか?
8.KYO 10/18
IKOUは其処迄……話は楽しそうに聞いてくれますけどね。
9.微細 10/20
そうですか、残念です。
10.IKOU 10/22
話の合いそうな人が出来て良かったな、KYO。
序 で に 1 0 g e t
トピック管理者は妖怪好きで、見始めた当初は僕の話は出来そうに無いと思い彼を勘繰りましたが、コメントが増えていく度に様相は名に相応しいトピックへと化していくのでした。
トピックで恐怖動画の話題になったのを確認し、此れなら僕の存在が場違いでは無いと思い立って、漸くコメントを書いたのでした。
813.竹馬 6/9
「叩いて壊れて」という動画、見た方居られますか?
僕は彼以外に同調者が欲しかったのです。
都合の良い存在を求めていたと言い換えも出来ます。
この時の僕に都合の良い存在は、僕の意見を素直に受容する存在で在りました。
ネットならば他人の顔は見えない、故に罪悪感等は微塵も感じないのです。
ネットは僕にとって、戯れ言や妄言で鬱憤を晴らす格好の的と成りました。
最もこのトピックで暴れ回るつもりは在りません。
此処は無言を保ち続け彼等に何も言い返せぬ僕の、欝屈とした日々に於いて唯一僕の声を聴いてくれる場所なのですから。
「操、今日は何が在ったんだ?」
「今日は夕方頃まで真史君が来た位ですよ、貴方」
言ってからぎこちなく笑うと
「成る程、それでか」
と外方を向いてそれだけを言うと、父は冷蔵庫の扉を閉め、飴玉の入った珈琲の粒の密封容器を取出し、それを落とさぬ為に座卓の中程に置いてから、椅子に腰掛けるのでした。
前日にまー君を家に呼ぶと言った時、母はみっともなく見栄を張って
「昼御飯は此処で食べてと、真史君に伝えておいて」
と言い残し、買い足しに出掛けたのです。
昼御飯を多めに作った故、一部の余り物が夜御飯に充てられ、他の余りは後日再度調理されるのです。
よく唐揚げはタレで味付けを変え、野菜はシチュー等に纏めて入れて、ポテトサラダは食パンの上にチーズと共に乗せて焼くのが、母の常套手段なのでした。
其の普段より豪勢で手の込んだ食物の数々は、父にとっては母を疑る道具でしか在りませんでした。
父はこのように他人に対し穿った見方をして、不快感を与えるのです。
ふと見せた母の悲哀、それは母の決して報われぬ涙ぐましい努力なのでした。
僕は父と、母は直緒姉と向かい合って座卓を囲って居ました。
父が居ると、皆笑顔が全て嘘で在ったかのように押し黙るのです。
思えば僕が大人しいのは、父に由るのでした。
幼少から黙々と事を運ぶ父母、影響を受けて物言わぬ直緒姉、其の中に居る僕の言葉等介在する余地は在りませんでした。
とても一家団欒と呼べるものでは無く、厳粛とした雰囲気で食事の挨拶の「頂きます」「ご馳走様でした」の二言だけが、僕達姉弟に課せられて居りまして、形式張った堅苦しい祭事のようで、些か面倒で在りました。
偶に口を開いても母が返事をする用件で在って、僕達二人の存在自体は不必要で在ったのです。
僕が食事を終えて珈琲を飲もうと立ち上がり、ポットの湯をカップに入れた際、ゴリゴリと音が鳴りました。
食後、一つの飴玉を噛むのが父の奇癖で在り、姉弟は苦言を呈しますが母は
「昔からの癖だから」
と、放置するのでした。
ですが僕は、それに不快感を顕にしてしまうのです。
生活音のそれに苛立つわけでは在りません。
歯を立て飴玉を噛み砕かんとする様が、父の本質を浮き彫りにしたのです。
それに由って醸し出されるそら恐ろしさに、僕は怯えて居たのです。
俺は帰り道俯きながら歩いて、はぁと一回だけ大きく溜息をついた。
最近投稿した自作品の評価が、気になってしょうがないのだ。
けれども知り合いや中学時代の友人が僅かに俺の欲求を満たすのみで、虚しさと苛立ちが、俺の気分を更に沈ませてしまう。
不快になりたくなければ見なければ好い。
病的な行動であるのは自分でも分かってる。
だがしかし、どうしても気になって、何度も何度も確かめてしまう癖が直らない。
そして見返せば見返す程、上を見れば見る程に、俺の遣る気が削がれていく。
何時しかぼーっとしている時間が多くなり、奮起して遣ろうと決め込んでも、怠けて出来ず仕舞いに終わっていく。
だが、時間は無常に過ぎていくのだ。何もせず過ごせば、俺を評価してくれた人達も何れ離れ行く。
只の一つの良案も思い付かないのに焦燥感が募るばかりで、どうしようもない。
俺は周囲と比べ劣っているのではないかとの考えが、ふと頭を過る。
中学生時代の美術の授業で、一人の女子に「絵、上手だね」と褒められた事が有り、俺は現在に至るのだが、其の時に俺は特別なんじゃないかと、自己の才能を心の片隅で感取していたのだろう。
だが、其の「特別」は余りに肥大化し過ぎていた。
俺の「特別」は一種の痴がましさを孕んで、手が付けられない状態にまで変質してしまった。
未だあどけなさの残っている切っ掛けを与えてくれた、本来なら感謝すべき少女さえも憎んでしまう、俺の歪で薄汚れた人間性に由って、澄んだ青春の一ページが、思い出がくすんでいく。
彼女の言葉は今の俺を呪う。
呪っているのだ。
「畜生」と小さく呟き太股を叩いて、俺は何とか自分を落ち着かせた。
顔を上げると直ぐ先に公園が見え、二本の鉄棒に一人づつ子供が遊んでいる。
何故だか無性にその二人が気になって、鞄に飲み物が在るにも関わらず、自販機で適当にキャップの在る飲み物を購入し、公園のベンチに腰を下ろした。
最初こそちらちらと眺めていたが、次第に見入ってしまっていた。
どうやら低い鉄棒の子は上手く回れず、高い鉄棒の子にからかわれ気が滅入っているようだ。
普通ならば、高い鉄棒の子に注意の一つもすべきなのだろう。
だが、俺の神経は低い鉄棒の子へ使われていた。
あのように周囲に馬鹿にされれば、俺の「特別」等生まれなかったのに。
自ら大人子供が関係無い場所に飛び込まず矮小の世界に居れば、「特別」等知らなかったのに。
俺が目指している頂への距離の遠さ等見えはしなかったのに。
何時しか俺の至らなさは、低い鉄棒の子への羨望をしていた。
其の光景を眺め物思いに耽り、居た堪れなくなっていた俺は、横に置いた飲み物を鞄に入れ、感付かれぬように摺り足気味に歩いて公園を後にした。
「浩二、お帰りなさい……学校はどうだったの?」
玄関で母ちゃんが聞いた。
「どうって……別に普通だよ、特に何も……」
学校何ぞ大多数は平凡に生活するだけだろう、糞程も面白くなんかない。
そんな当たり前な事を辛気臭い顔で聞くなよと、心中で毒づいた。
心配性の母ちゃんの気持ちを余所に、俺は素っ気なく返事をした。
「普通じゃわからないでしょ、浩二」
「だから、別に何も無いって言ってんだろ!!! もうほっといてくれよ!!!」
俺は怒鳴りながらそう吐き捨てて、さっさと部屋に向かった。
苛立ってずんずんと歩いていると、後ろから母ちゃんが
「そんなだから友達が居ないのよ」
と悪口を言うのだった。
煩いんだよ、余計な御世話だ。
部屋に着くと鞄も置かず、真先に壁を蹴った。
壁に当たった爪先はじんと痛む。
抑えられない悪癖の一つで、俺の遣り場の無い怒りを静める為の、自分を痛め付けるのは怖い臆病者なりの唯一無二の方法で在る。
其の衝動的な行動に俺は又一つ溜息をこぼし、鞄を掛け布団の上に放り投げて、着替えもせずPCを起動した。
「薄気味が悪い」
「これ考えた奴、頭おかしいんじゃねぇのwwwwwwwwwwwwwwwwww」
碌に内容への批判も無く、ただ作品自体への文句が並んで在るだけだった。
其の感想に俺は思わず一人声を荒げて、台を叩いている。
「はぁ?! こちとら薄気味悪く見えるように作ってんだよ」
「頭おかしかったら、まともな作品なんか出来ねえよ」
忘我して台を何度も叩いていると、台に置いていたペットボトルが倒れ床に迄零れた。
タオルは……あぁ、洗面所迄行かないと駄目か。
頭を掻きながらドアノブに手を伸ばすと、母ちゃんの精一杯張った声で
「浩二、お友達よ〜」
と聞こえる。
俺に友達と呼べる同級生は只の一人も居ないのだが。
しかも、もう夕方だぜ?
大方俺で無くて、家に訪ねる用件でも在るのだろう。
母ちゃんの声を無視して洗面所に向かってから戻ると、意外な客人が母ちゃんと共に待って居た。
「……………」「この子、浩二のお友達でしょう……さっきからずっとこの調子なんだけど……部屋に連れて行ってあげて」
「あ、ああ」
俺が返事すると、母ちゃんは
「飲み物、取ってくるわね」
と言い、去っていった。
初め見た時は何だ、同級生の目が小さく鼻の潰れた馬鹿に大人しい篤かと安堵したが、直ぐに違和感が襲った。
家の住所なんか、篤に教えた覚えが無い。
こいつ、本当にあの篤なのか?
灯り一つ無い薄暗く狭い一本道で、厳かな雰囲気の中俺が一声
「来いよ、篤」
と放つ迄、篤は俺を見据え、背筋を伸ばし無言で佇んでいた。
部屋に着くや否や篤は扉を頻りに見て、立ち尽くしていた。
「まあ、適当に腰を下ろせよ」
俺が言うと篤は足元の床を軽く払って、其処へ正座した。
篤が座った場所は日が射している筈にも関わらず不自然に黒に染まり、照影は不釣り合いに大きくなって、壁に新たな人形を象って居る。
俺はごくりと息を呑んだ。
「大切なお友達なんだから、大事にしなさいよ」
1.5リットルペットの飲料と二人分のコップと置くと、母ちゃんは足早に部屋を出た。
母ちゃんめ、遣りにくい篤に辟易して逃げたな。
扉が閉められると俺はチッと、一度舌打ちをした。
聞きたい事は山程在る。
俺が篤が一言
「何か用か、早く話せよ」
と言うと篤は俺の方へ向き直し、只一言
「君は明日死ぬ」
と等閑事を言った。
内心篤を馬鹿したが、強く否定は出来ずに居た。
潜在意識に在る死を、篤の一言で呼び覚まされてしまったのだ。
外で烏がカァと短く一回鳴いた事象すら、俺の死を告げに現われたように思えた。
次第に動悸が激しくなり、俺は立ち上がって虚勢を張って
「はぁ!? ふざけんなよ!!! 俺を殺す気かお前……帰らねえと通報すんぞ」
と罵声を浴びせた。
威喝したのは俺にも関わらず、歯を食い縛り震えているのは俺だった。
見下ろす俺にも身動ぎせず、篤の首が傾けられると微笑んだように見えた。
こいつは自らの立場や、俺を熟知した上で俺の腑甲斐なさに愉悦を覚えている訳でも無い。
例えこいつが消え失せても、俺のしこりは残り続ける。
頭を上げ俺を見るこいつの目は、寸分違わず同方向を見続ける遺体の目そのものだった。




