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第二話 依り代

朝起きると、新着のメールが一件送られていました。


件名 あっ君、あのサイトはどうだった?

本文:アングラを取り扱ってるサイトの中では、結構有名なんだよ。

管理人がUPしている動画も中々過激なものが多いようだから、他の動画、フラッシュ投稿者も感化されて、刺激的な動画を上げる人達はこのサイトを利用するらしいよ。

で、あっ君のサイトは見たけれど、良かったら「叩いて壊れて」の感想、もっと聞かせてくれない!?


メールの送信者は友達のまー君でした。

学校では公に出来ぬ話をする、趣味で繋がった大切な友人です。

どうやらまー君は、昨日閲覧した「怪奇!奇跡!恐怖倉庫」延いては「叩いて壊れて」の感想のメールを、催促しているのでした。

文章を書き連ねており、非常に悪いとは思いましたが、返事はしませんでした。

あれはあれで精一杯書いたつもりなのですが、物足りぬようです。

けれどまー君とは帰路に就いて家へ向かう道中、話す余裕が僅かに有るので、其処迄気に止めていないだろうと高を括り、昨日僕は床に就いたのです。


学校でまー君を見遣ると、むくれていました。

内心面倒と思いつつ近づくと、振り返り僕に気付いた彼ははにかむのでした。

僕の顔は気付かず内に強ばっていたのです。

彼は僕という人間がよくわかっているのでしょう。

下手に言い訳をされるより、微かに目や口が動かされるだけで、僕の本能は一時的ではあれど消え失せるのです。

気を良くした僕が

「帰りに駅前のコンビニに寄ろう、其処で話そう」

と言うと

「ごめんねあっ君、急かしちゃって」

と言いながら、まー君はポケットから金属の鈴に糸を通したペンダントを取出し、それが一回振られるとちりんちりんと玲瓏なる音色が、辺りに谺するのでした。

気になった同級生はこちらを見遣りましたが、まー君がそれ以降鳴らさずに居ると、それ迄遣っていた事柄を再開するのでした。

「なんで鳴らしたの」

僕が聞くとまー君は

「自分の精神を落ち着かせたいから」

と返事するのでした。


「で、昨日の『叩いて壊れて』はどうだったの?」

「うん、良かったよ」

「どういう風に?」

「個人製作にしては血の演出が良く出来てたよ」

「うん、もっと聞かせて」

「えーっと、画面に飛び散る血は真っ赤な血の一種類なんだけど、地面に落ちる血は真っ赤な血と赤黒い血の二種類が在って、最初は真っ赤な血が落ちるだけなんだけど、段々赤黒い血が崩れた骸から滴り落ちていって……」

「聞いてると中々生々しそうな演出だね」

「うん、あと全体的に繊細に作られていて血の濃淡もはっきりしてた」

「あっ君有難う、説明上手だから気持ちが駆り立てられるよ」

僕はまー君とコンビニで品定めしつつ、雑談をしていました。

僕はまー君の素朴な優しさ、嘘偽りや着飾らない褒め方等がとても好きです。

そんな彼はおどろおどろしい話をし終えた直後に

「お腹空かない? 何か食べてから帰ろうよ」

と言いました。

不意に放たれた言葉から、彼の本質が垣間見えました。

彼は僕に、やんわりと自らの食事に付き合ってと強要しているのです。

言葉尻から、歩きながらでは満足に食事も摂れない物なのだろうと察しました。

普段は柔弱に見える彼でも、本質は中々強かで図太いようです。

「何を食べようか?」

僕は聞きました。

「何を食べるの?」

「カップ麺が食べたいな」

僕が聞くと彼はカップ麺売場迄駆けて、彼が手に取ったカップ麺の蓋には、瞼を覆うように捻り鉢巻をし腕組みをして口を尖らせた肥満体型の男性が仁王立ちして、写されて居りました。

其の仁王立ちで物々しさを醸し出す様が、神仏を気取ったようで不愉快でした。

真の物々しさは小細工をせずとも、自ずと表出してしまうのですから。

肝心のカップ麺は少々値の張る三百円位の、人気店の店主が監修した物です。

その後会計を済ませてレジ横に置かれたポットで湯を入れ、コンビニの入り口の端に在るゴミ箱から少しだけ離れた場所へ移動し、食事を摂るのでした。

几帳面なまー君は割箸で後入れのスープの袋を挟み、何度も下に滑らせて後入れのスープを湯の中へ入れるのでした。

彼は典型的な日本人気質を有した人間なのです。


食事をし終え駅の改札口迄まー君を見送り、僕達は別れました。

僕の乗る駅は彼の乗る駅の真向かいに在りますが、興味が沸いた事柄を調べるべく、直ぐ様駅前のネットカフェへ向かいました。

僕は食事中、まー君から「電脳神社」なる存在を聞いて知ったのです。

ネット上の有名無名問わず没した人物達を祭る、ネット上に於ける慰霊牌そのものです。

管理人は没した方々と面識は無いようですが、気軽に死者の元へ赴けるのは、良き事なのかも知れません。

実績や汚点を包み隠す事もしていないサイトで、文章量も多く見応えが在るサイトのようです。

僕の家庭は特定の神仏の崇拝等して居りませんが、宗教由来の年間行事はやりこなしており、其の自分に思いを掛ける点が、無かったとは言い切れません。


ネットカフェの一室に入って、ドリンクバーの飲み物を持ってきて、早速「電脳神社」と検索しました。

パイプの詰まった硬い枕に薄っぺらい布切れ一枚が置かれた、一人二人が入れるかどうかの狭く薄暗い密室に、PCの画面が妖しげに光を放っています。

光と云うのは、幾ら目を背けても逃れられぬもので、それが僕の精神を捕らえて離さないのです。

瞼を閉じても降り注がれる光に、僕は時偶恐ろしさを感じるのです。

其の光は僕の元へ偏在するかの如く、画面に僕をぼんやりと映し出すのです。

口をぽかんと開けながら飲み食いもせず食い入るように画面を眺め、時折自身の目の一点の光が僕の知り得ぬ世界の住人が、現世の僕達を捕らえようと様子を伺って居るように感ぜられるのです。

其の恐怖から何とか逃れようと、僕は「電脳神社」の「本殿」をクリックしました。

「本殿」の説明には「普通の神社と違って御守りは販売していないけど、御守り代わりのものを無償で行えるよ、皆遣ってみてね!」と書かれていました。

其の御守り代わりとやらは好きな文字を一文字入力すると、好みを判断して複数の文字が音声付きで読み上げられるようで、それを御守り代わりと称した一風変わったものです。

突然好きな文字を入力と云われても、ぱっと思い付く筈も無く、僕は「神」と入力しました。

入力すると同時に画面は真暗になって数秒後に、女性の高音の澄んだ声で

「禰 巫 若 或 占 宣…………」

と次々に読み上げられていきました。

白地に墨で均衡の取れた文字が一文字づつ記されており、画面の移り変わりがより其の文字を印象付けるのでした。

読み上げられた後に精神に深く刻み込まれた文字に恐れを為した僕が、目を瞑り呼吸を整えると、不変で在り続ける光に包まれて意識が混濁していくのでした。

僕は本当に健常者であるのでしょうか、と偶に思いますし、検査等はしないにせよ大部分の方々は他人との違いが取柄、コンプレックス等であったりして、自負心や劣等感が屡苛むと思われます。

僕自身、俗世で云う全うで無い価値観を有する事に、改めて実感する事柄は多く、思い悩む日々です。

「叩いて壊れて死んじゃった、叩いて壊れて死んじゃった、叩いて壊れて死んじゃった、叩いて壊れて……」

俗に云う恐怖サイトが僕は好きで掲示板やSNSを通い詰める内に、「怪奇!奇跡!恐怖倉庫」というサイトの存在を知りました。

「怪奇!奇跡!恐怖倉庫」トップの紹介ページでは、出来の悪いびっくり系のフラッシュから宗教戦争等の問題提起の動画まで取り揃えた、恐怖系の大手サイトと書かれており、フラッシュ、動画、題名、タグ毎に分類され、見やすいようにまとまっている第一印象でした。

「叩いて壊れて死んじゃった、叩いて壊れて死んじゃった、叩いて壊れて死んじゃった、叩いて壊れて……」

碌に事前情報も集めなかった為、少し構えて最近UPされた「叩いて壊れて」をクリックすると、不吉な単語達が、耳障りな音量で無機質な音声により復唱され、見る者は例外無く不愉快な気分にさせられます。

不愉快と云うよりどことなく不安を覚えるような、そう言うのが正しいのでしょうか。

心の奥底の何かが疼くのです。

疼いているのは心臓の奥底の魂……なのかも知れません。

僕が見たのは左端に居る赤地のシャツに黄の短パンを履く少年が槌を持ち、延々と右端の画面外から流れる骸を、振り回した槌で次々に叩き壊している動画で、何時からか骸を壊す度に赤が画面に飛び散り、最後には赤一色になって赤以外視認出来ぬようになる動画で、徐々に血塗られる槌にケタケタといった笑い声までもが含まれていき、非常に悪趣味であると感じます。

僕の周囲は、この動画を薄気味が悪いで済ませて通り過ぎていきますが、僕はこの言い様の無い薄気味悪さに心地好さすら覚えていたのです。

人間の隠し切れぬ狂暴性、攻撃性を体現したような動画に、魅せられてしまったのかも知れません。

どれだけ大人しく従順な人間であろうが、天地開闢から有る本能に何人たりとも抗う事等適わないのです。

そしてその本能は、いとも簡単に暴走してしまうのです。

僕は知らぬ間に、誰彼が作ったこの動画に隠された本能というものに、精神が塗り潰されてしまったのかも知れません。

教育が人を如何様にも変えるように、僕の精神はこの動画の狂気に染められてしまったのでは、と恐ろしさに駆られてしまいそうで……


自サイトに「叩いて壊れて」の評価を書いている最中、「篤、御飯だよ」と母の僕を呼ぶ声がして、集中が途切れました。

母の声が僕の部屋が有る二階に迄、喨喨と響き渡っています。

まるで母の顔が綻んでいるさまが思い浮かぶようでした。

案の定、母は僕の部屋の真前迄来るとお玉を持ちながら首をかしげ、「今晩はカレーよ」と用件を言い終えると、駆け足で階段を降りていくのでした。

普段は清貧で御淑やかな母親なので、何故此れ程迄元気なのか理由は直ぐに分かりました。

携帯電話を見て友達からのメールが一件届いており、簡単な返事をして一階に降りました。


「あっ君、皿洗いはしてね」

「うん」

降りて居間へ行くと、唐突に直緒姉は言いました。

僕、家の所用を忘れた覚えが無いのだけど。

寧ろ直緒姉の方が気を付けるべきなんじゃ……言い掛けましたが、直緒姉は抜けた部分を頑として認めないのは知っているので、反射的に飲み込んでいました。

僕がそんな直緒姉と然程意味の無い問答をしていると、母の鶴の一声が僕を動かしました。

「篤、直緒……どっちでも良いから先によそってくれた方に、好きな付け合わせ作っちゃおうかな〜……なんて」

僕はそれを聞いて直ぐ

「二人は座ってていいよ、僕が遣るから」

と言うと、二人ともそれを見越していたのか、早々に椅子に座って駄弁っているのでした。

「あっ君は、本当に分かりやすいね〜」

「直緒、そう言うんじゃないの……有り難うね、篤」

直緒姉の言う通り、僕は本当に分かりやすいのではと、恥ずかしさと直緒姉の無神経な言葉と態度に多少苛立ち、よそっている最中に話し掛けられても、背を向けたままよそいました。

小さな頃からよく面倒を見てくれた直緒姉の余裕綽々に笑う表情も、この時ばかりは不快でしょうがなく、悪感が込み上げて来てしまい、時折口を噛み締め、苛立ちを押さえるのでした。

ですが後でとやかく言われるのは御免なので、盛り付けの指示等は大人しく従いました。

勿論、立場が誰であろうが変わりありません。

端的に言えば、数には勝てないのです。


「あっ君、本当にニンニク焼き好きだね〜」

「少し体調が悪いから食べたいんだよ」

「御免なさい篤、臭いのキツい物はあの人が……ね」

「母さんは気にしないで良いよ」

僕の食べたい付け合わせはこういった機会にしか、作っても作らせてもくれません。

父は其処迄厳格では在りませんが、異様に口数少なで目が据わっており話し掛けずらく、母すらもそれを窮屈に感じながら僕達を大事に育て上げてくれているのです。

互いに歩み寄りが出来ぬのは、母の問題でも有るので父ばかり責める気はありませんが。

そんな父の帰りが遅いと母は重圧から解放され、主婦業を少しばかり手抜きするのです。

最も手抜き料理の余り物も父は一言「美味い」と言い、母はそれを聞くと目を閉じ一度だけ深呼吸して、父の休み前の日には程よく酔わせて、夢見心地の中で父を拘束しているのです。

母は父への悪口や失言を一度もせず、本当に家族から見ても傍目から見ても立派なのですが、周囲は見抜けずとも僕や直緒姉は見抜いていました。

母は父が怖いのでしょう。

母の家庭内での立派さは、父への恐怖の裏返しなのです。

料理の手抜きは父に僕達を引合いに出されて、さも正論であるかのように親類や父の友人等から責められぬ為、悪口や失言をせぬのは僕達から広がるのを恐れて、つまり母は誰一人として家族を信頼等していないのです。

これっぽっちも信頼していないからこそ、中間の存在で在り続けるのです。

母の不気味さは家庭内でしか察し得ぬ、無味乾燥とした、だが何らかの恐れを抱かずには居れないのです。

僕の性格が悪いからこう結論付けるのだろうと云われれば、僕はごもっともと返します。

が、肉親への思いは、長年の勘は、人間としての本質は、大した知識も無い原人の頃から、変わらず相続されているのではないでしょうか。

其の類の本能は何処迄上手く装い取り繕っても、隠し切れぬものだと僕は考えております。

父への恐怖が母を動かしている原動力で有り、その母は僕達姉弟を飴と鞭で操って、家庭内は保たれているのです。

家庭内の秩序では、僕個人の感情等必要性が無く、家族の合意の元で封殺されていくのです。


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