『ゴミ捨て』
「友達から聞いた話なんだけどね」
大学生の頃の話だ。
夏休みに帰省した際に、困った様子の母から愚痴のような話を聞いた。
友達の実家の近くにあるゴミ置き場に、見知らぬおばさんが見張りのように立つようになってしまったらしい。
半年ほど前に引っ越してきた人のようで、空き家になっていた家の親族か何かだったらしいが、詳しいことは誰も知らなかった。振る舞いから見るに、あまり関わりたくないタイプだったのもあるだろう。
例のおばさんは住み始めてからすぐ、収集日の朝にはゴミ置き場に立つようになったそうだ。彼女の基準で怪しいと思った袋は勝手に開けて、中身を見ていることもあったらしい。
何度か自治会の人間と揉めているのも見かけたが、いくら咎められても行動を改めることはなかったという。
長期間続いているなら警察に相談することも出来るらしいが、自治会の人間も、刺激するのを避けたがっているようだった。
「ああいう危ない人は、何をしてくるか分からないからね」
母が結婚前に一人暮らしをしていた地域でも、少し注意されただけで他所の庭木に除草剤を撒くような人がいたらしい。人目も気にせず、話も通じない相手に目を付けられてはならない、と母は極力、関わらないことを決めた。
幸いにも、母が几帳面な人であるのもあり、ゴミ出しの際に何かお咎めを受けたことはなかったそうだ。
勝手な監視をした挙げ句、品定めしてくるような真似をされるのは不愉快だが、母としては、穏便に避けられるならそれに越したことはないらしい。
おばさんが見張りに立つようになって二ヶ月ほど経った頃のことだ。
段々と、分別出来ていないゴミが見つかるようになった。
初めは、割れたガラス瓶だったという。ゴミ袋を開けて中身を確認していたおばさんは、むき出しのまま入っていたガラス瓶を取り出すと、大声で喚き立てたそうだ。
たまたま休みだった母は、あまりの声に様子を見に行った。
『ほら! ほら見て! 信じられない! こんな危ないこと!』
おばさんは興奮した様子で、収集員が怪我をしたら大変だとか、事故に繋がったらどうするんだとか、そういった注意を誰に向けるでもなく繰り返していた。
言っていることは正しいが、そのおばさんに言われても、という反応が主だったらしい。それはそうだ、と聞いていた友達も思った。おかしな行動をしている人に正しいことを言われても、素直に聞き入れる気にはなれない。
その次は、大量の乾電池が入っていたそうだ。この時もまた、おばさんはゴミを出しに来た人に繰り返し注意をしていた。
危ないのも確かだが、母親から見ると、その頻度で分別ルールにそぐわないゴミが出てくるのは少し変だ、というのが素直な思いだったようだ。
「この辺りは若い人の一人暮らしだって少ないし、みんなある程度気をつけてる筈なのに、おかしいじゃない?」
友達は曖昧に頷いた。母は自分がきちんとしているので周りもそうだと思っているようだったが、友達からすると、毎度完璧に出来る訳ではない、という思いもあったからだ。
実際、友達が住んでいるアパートの近くでは、よく回収されずに赤い張り紙をされているゴミがしばらく置いてあったりもする。
ただ、一番ゴミ捨て場を見る機会が多かった母が言うのだから、この辺りの人はそうではないのだろう。
友達の微妙な表情を見ているのかいないのか、母親は溜息混じりに続けた。
「しかも嫌なのがね、変なゴミまで見つかり始めたの」
乾電池が紛れ込んだ後から少しして、普通ではないゴミが出てくるようになったらしい。
母が近所の人に聞いた限りでは、黒いゴミ袋にぼろぼろになった日本人形が三つも詰め込まれていただとか、プラごみの袋にネズミの死骸が入り込んでいただとか、缶のゴミに髪の毛が詰まっていただとか、そういうことを言い始めているそうだ。
「絶対、あの人が自分で持ち込んで混ぜてるに決まってるんだけど。本当、そこまでする?って感じよね。何がしたいのか、ちっとも分からないの」
母は心底うんざりした様子だった。
直接的な害はないにしても、半年近くおかしな行為を繰り返す人が傍に住んでいれば、疲弊して当然だろう。
夜になって父親が帰ってくると、母親は明日がゴミの日であることから、同じような愚痴を父にも話した。が、何度も聞いているらしい父は、仕事の疲れもあるのか、ご飯時にゴミの話はやめてくれ、というだけで、早々に話を切ってしまった。
不満そうな母と父の間に少し険悪な空気が流れるのを見て、友達はつい、明日は自分がゴミ出しに行く、と言ってしまった。
「起きられるの?」なんて茶化してきたものの、母の機嫌は見るからによくなった。父が風呂に入ると同時に、お父さんはああいう時は絶対に行ってくれないのよ、なんてぼやいている辺り、ゴミを出す際に顔を合わせるだけでも随分とストレスだったらしい。
別に、ゴミ出しくらいどうということはない。さっさと置いて、戻って二度寝するだけだ。
翌朝になってゴミを片手に玄関を出ようとした友達は、ふとそこで、袋の端から何か尖ったものがはみ出ていることに気づいた。
釘だった。友達が見慣れているような短く細いものではなく、十センチはありそうな長さのものだ。
友達は驚いて母親に声をかけ、それを見せた。几帳面な母が可燃ゴミに釘を混ぜるなんて考えられなかったし、そもそも、こんな長さの釘が家にあるとも思えなかった。
家にある工具箱は、家具の組み立てに使う道具くらいしか入っていなかった筈だ。父が突然DIYに目覚めるとも思えない。
袋からはみ出る釘を見た母は、驚いたような顔をした後、すぐに中身を別の袋に移しながら確かめ始めた。合計で三本の釘を見つけ出した母は、ほっとした顔で新しく結び直した袋を渡した。
「こんなもの、あの人に見つかったら大変だったわ。気づいてよかった」
そこまで言ってから、母は取り出した釘を不気味そうに見下ろした。どうしてこんなものが入ってしまったのか分からない、というようなことを言いながら、母は取り出した釘を紙とガムテープで包んだ。
「変よね。いくらあの人でも、うちに入り込んでゴミに混ぜていく筈ないものね」
気味が悪いのか、独り言のように呟く母の顔は青ざめていた。考える限り、そんな真似が可能なタイミングはなかった筈だ。どう考えても人の手では無理だとしか思えなかったが、友達も母親も、わざわざそれを口にすることはなかった。
収集時間が近づいていたので、友達はそのまま、結び直したゴミ袋を出しに行ったそうだ。
黄色いネットがかけられた収集場所の前には、確かに小柄なおばさんが立っていて、まさにゴミ袋を開いている最中だった。
離れた場所に捨ててさっさと帰ろう、と友達がネットを持ち上げた途端、此方を向いたおばさんが、にっこりと笑ったそうだ。
「やっぱり、××さんのお家はちゃんとしてるのねえ」
友達曰く、その時開いたゴミ袋からは、汚れた包丁を取り出しているのが見えたのだという。包丁なんて、まともな人間なら絶対に分別するに決まっているのだから、混ざるはずがない。
妙に満足げに笑っているおばさんがなんだか恐ろしく、友達は会釈だけでその場を誤魔化して、逃げるように家に戻ったそうだ。
年末が近づいた頃、母親から連絡が入った。
例のおばさんは周辺住民と散々揉めたのちに引っ越していった。と。なんでも、ゴミ捨て場に火をつけようとしたとかで、大事になったらしい。
警察沙汰になった後は戻ってくることもなく、住んでいた家は再び空き家になっているそうだ。
どうしてそんなにもゴミに執着していたのだろうか。
分からないが、おばさんが引っ越して以来、妙なゴミが見つかることはなくなったのだという。
「怖かった?」
「ああ、うん。怖かったな」
近所づきあいには縁遠い人生だったが、継続的に顔を合わせなければならないような関係に、おかしな人が入り込んでくるのは素直に怖いと思う。
その上、その人のせいで怪奇現象まで起こるなら尚更だ。
怪奇現象が起こってしまうから変な人になってしまったのか、変な人だったから怪奇現象を呼び寄せてしまったのか。
分からないが、どちらにせよ不気味なことに変わりはなかった。
そもそも、おばさんが原因で生じているのだろう異物をおばさん自身が取り出して回っているのもなんだか恐ろしい。マッチポンプと称するのはなんだか違う気がするが、おばさんとしては、何かしらの好意的な反応を期待していた、ということだろうか?
だとしたら、それはそれで怖い。好意を求める人間のする行いではないように思える。おばさん自身が怪異だった、とかいう話でもなさそうなので、もう本当に、おばさんそのものが恐ろしい存在になってしまう。最終的には、火もつけようとした訳だし。
「あと、ゴミ袋から刃物が出てくるのは本当に怖い」
物理的な恐怖になってしまうが、予期しないところから釘だのガラスだの包丁だのが出てくるのは恐ろしい。それがゴミにまみれたものともなれば尚更だ。
「怪我するから?」
「そうだよ」
お前は全くしなさそうだから怖くもなんともないだろうな、と思いつつ相槌を打つ。
こいつは怪談を語る謎の化け物であり、少なくとも普通の方法では怪我などしなさそうである。なんだったら、病気もしないだろう。
その点に関しては、素直に羨ましいと思えた。なんたって、今現在、俺は夏風邪を引いている。
そこまで酷いものではない。ちょっと鼻が出るのと、頭が痛いくらいだ。
一瞬、例の浮いている父親とやらの呪いかとも思ったのだが、今のところ、症状としては風邪である。診断も風邪だった。
何にせよ、怪談を聞くくらいの仕事は出来る程度の体調だった。少なくとも俺はこいつの話を聞いて仲良くすることで此処に住めている訳で、業務を放るつもりはない。
こいつは友人に怖い話をするのが好きだし、怪談を聞いてくれることを友情だと捉えている節があるのだ。実際、同じ話を聞いたのを覚えていなかった時には、気分を害した様子だった。
まあ、あの時も思ったが、友人との会話を全て覚えている奴は、そうそういないと思うよ、俺は。
聞いた怪談の全てを記憶しておかねばならない、となったなら、恐らくは年月が経てば経つほど、難易度は上がるだろう。
もしかすると、親密度が高くなれば聞き忘れても許してもらえるのかもしれないが、そもそも、隣人にとっての親密さとは何か、という話になるだろうし。
「怪我が怖いんだね、タカヒロは」
「…………」
怪我が、というか、怪我も、だった。怪我も怖いし病気も怖いよ。だって死にたくないんだから。
というのは簡単だったが、言葉にするにはちょっと躊躇われた。
だってどうする? じゃあ怪我をする方向で怖がらせようね、とか思われた。思わないだろうけども。思わなくたってそうすることが出来るに違いないからだ。だからこいつはわざわざ、怪談なんて方法で怖がらせようとしている。その方が面白いから。まったくもって、いい趣味だった。
以前に此処に住んでいたイマイさんという人は、隣のビルの三階から飛び降りたと聞いている。どういう経緯でそうなったのだろう。あまり想像したくはない。俺の予測が正しければ、きっとイマイさんは、わざわざ骨折で済む程度の高さを選んで飛び降りたのだ。
黙り込んだ俺の反応をどう捉えたのか、聞き慣れた笑い声をくふくふと響かせた隣人が、ふらりと手を振った。
「お大事にね」
「……おー」
どうやら鼻声なのは気づかれていたらしい。はみ出るように伸びていた口が板の向こうに引っ込むのを見送って、部屋へと戻る。
そういえば、久々に体調不良に見舞われたために気づいたが。
あの人がいなくなってからというもの、月に二、三度来ていた謎の偏頭痛はすっかり気配も消え失せていた。それなりに悩まされていたのに、今まで気づかなかった、というのも笑える話だ。まあ、笑い話に出来るくらいがいいのかもしれない。
それにしても。
「普通に辛いな……」
横になったら割としんどかったので、この後バイトがなくて良かったな、と思った。




