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 契約してから二日目、昨日は何事もなく過ごし、今日もその予定だ。

 町の図書館で借りた本は昨日のうちに返却し、図書室で借りた本は先程返却してきた。図書室の方は、返却してきても新たに借りてきてしまうので、もはやループとなっている。

 昼休み、本を抱えて教室に帰ってくると、変な話が聞こえてきた。会話のヌシは如月センサーズだ。普段ならばいつものこと、と気に留めないのだが、今日は妙に気に掛かった。

 自分の席で本を読みながら、耳を傾けた。大きな声で成される会話を聞くことは、盗み聞きではない、情報収集である。


「ね、如月君やっぱ病気なんじゃない?」

「かもねぇ。風邪かな?」

「そうじゃなくてさあ……」

「でも今まで皆勤だったのに、風邪ぐらいで?」

「熱が酷かったとか?」

「担任とかから聞いてないの?」

「回ってきたのは体調不良ってだけだった」


 如月は休んでいるのか。そういえば、昨日は如月サイレンが鳴っていなかったような気もしてきた。休んだだけで話題に上るとは、奴も愉快な人生だな。

 しかし如月が休みか……。前日に会った私からすれば、「体調面で」というのは奇妙に感じる。会った当初は元気そうで、咳一つなかった。なんなら傘を渡す配慮までしてやったのだから、雪の下を歩いただけで風邪をひきましたなんて言われてしまえば、どこの貧弱お貴族様だと言いたくなる。

 だが『今まで皆勤だった』と言われているからには、健康的な部類であろうから、道中で風邪をひいたとは思えない。風邪をひいたにしても帰宅後だろうから、私の責任ではないはず。まさかインフルエンザか。いやそれもないだろう。

 ……そう、当初は(・・・)元気そうだった。だが別れ際の顔は違った。顔が赤いや青いや白いといった、不調の兆しはなかったが、それまでに見たどの如月とも違った。あの様子が原因の一端であるならば。

 そうなると休んだ原因は、面談だろうか。あの如月は、やはりおかしかったのだ。本当に、羽山さんとは一体どんな話をしたのだろう。

 如月に尋ねれば、ちゃんと答えるのだろうか。どうにもはぐらかされそうな予想しかできない。


「とか言って、何か用事だったんじゃないの? ほら、旅行とか」

「だから違うと思う。先週からちょっと変だったんだって」

「変って何が?」

「もしかして登校拒否ってこと?」

「たぶん……鬱なんじゃないかって」

「鬱⁉︎ なんで」

「二組の子が言ってたんだけどね、先週の終わりぐらい、左手の手首に包帯巻いてたって」


 先週、手首に……?

 その単語は、少し身に覚えがある。まさか、私が握り締めた手か? そんな大袈裟な! 強く握ってしまったのは事実だが、数秒握った程度だ。包帯をしなければならないほどなわけがない。それとももしかして爪で引っ掻いてしまったのだろうか。そうであればそれは大変申し訳ないが……。

 だが日曜に包帯などしていたか? 包帯をせねばならないような傷なら数日は残るだろう。傷跡などあったのだろうか。いや、長袖だったし、そんな所まで見ていない。例えば時計などであれば、確認する作業を見て初めて、この人は時計をしていたのかと気付く程度にしか興味がない。

 つまり先週の包帯というのも、長袖なのだからよほど注視しなければ気が付かないのではないか。それこそ熱狂的に好きであるとか。もしくは体育の授業があれば、着替える際に見える可能性もあるが。

 しかし実際に傷があったのかどうかは、判断しようがないな。


「え、リスカってこと?」

「いやそれはないでしょ。ありえなくない? 捻挫とか、サポーターと見間違えたとか」

「サポーターと包帯は見間違えないでしょ」


 もしも傷がなければ、どんな意図で嘘の包帯をしていたのか。

 心配されたい、とかか? だが日々サイレンのような声を掛けられる程度には、誰かに干渉されているはず。更に干渉を欲しいと思うのか? 被害者ぶったところで、声の種類が変わるぐらいで、変化も利益もないだろう。

 目的はさておき、如月が被害者ぶりたかったにしても、私の名前を明示しなければ意味がない。だが彼女たちの様子から見るに、誰かに負わされた怪我という主張はなかったようだ。むしろ何の情報もないことを見ると、包帯の存在すら明示していなかったようにも思える。

 ……何が、目的だ。


「でも如月君がだよ? なんで? 鬱って突然なるの?」

「今まで隠してたとか」

「じゃ悪化したってこと?」

「それこそなんで?」

「誰かに何か言われたとか」

「如月君に何か言う人なんてありえないじゃん」

「今までは……ね。最初からここに通ってる人なら、そんなことはしないだろうけど」

「ああ……。でも、まだ関係はないでしょ?」


 聞こえよがしな会話に、隠されることのない視線を感じる。

 ……どうやら、雲行きが怪しい。先程から「如月鬱説」に持っていこうとしているのは、多分リーダー格の彼女だ。そして雰囲気からするに、私を原因ではないかと主張したいようだ。

 如月貴様、その場にいなくてもセンサーを反応させるのか。どんなスキルだ。これで三度目、後はない。如月センサーズの顔は三度までだ。たぶん。


「どうかな。如月君、今学期になってから何回か手紙貰ってたらしい」

「え? 今時ラブレター? ウケる」

「いや内容は分かんないけど、何回もおんなじようなの貰ってたら気が滅入るでしょ」

「えーそんなんで? てかおんなじようなのって何で分かんの?」

「パッと見おんなじやつだったらしい。ルーズリーフで折り畳まれてるやつって。だから多分差出人もおんなじだと思う。それにそういうのって何が原因か分かんないじゃん。よっぽど酷いこと書かれてたとか」


 ……怖い。如月周辺の情報網、怖すぎやしないか。これは本当に如月との関係がバレたら即刻死刑、市中引き摺り回しの打首獄門待ったなしだろう。

 だいたい如月はなぜ手紙を貰っているのを易々と知られているんだ。うまいこと受け取らんか、たわけ!

 ……しかし隠したいのは私だけであって、如月自身は何とも思っていないものな。普通に受け取るわな。……机の方が良かったかな。でも誰もいないのに教室の鍵が開いていたら不審だろうし、鍵を職員室に掛け直しに行くのも不審だ。一回ぐらいなら「間違えて持っていきました〜!」というていで大丈夫だろうが、二度三度となれば不審だ。


「内容見た子いないの?」

「さぁ。どこにしまったか、とかまでは誰も知らないから、探りようがなかったって。手紙貰ってたってのも男子情報だし」


 ……それは収納した場所さえ把握していれば、内容を確認していた、ということだろうか。怖い。記名していなくて本当に良かった。ああ、でも筆跡が、ミミズののたまう筆跡が、嗚呼……。


「あー、アテになんないね。でもヤバいこと書かれてたなら先生とか、親も黙ってないでしょ」

「その変は分かんないけど、でも手紙だよ? 今時なくない?」

「つまり?」

「や、だから、携帯持ってなさそうな人とかさぁ」

「大体持ってるでしょ」

持ってるかどうか(・・・・・・・・)分かんない人(・・・・・・)はいるじゃん」

「まー、確かに……」

「謎の手紙は『今学期から突然』だから、さぁ」

「そーなるとまぁ、限られてくるよね」

「何で休んでるんだろう、ねぇ?」


 うう〜〜ん、風向きが悪い!

 正直如月センサーズの情報網を甘く見ていた節はある。いや、警戒はしていたが、予想以上だった。女子、怖い。

 というか、始めは何とも思っていなかった二人の考えが、リーダー格の誘導により、今ではほぼ私が原因という形で決定しているであろうことが怖い。手腕がすごい。

 何より恐ろしいところは、明言していないところだ。明言していない以上、「誰が」原因かは明確にしていない。つまり「誰も」非難はしていない。

 だからもしもその「誰か」に「何か」があったとしても、彼女たちはどこまでも無関係でいられるのだ。だが確実に彼女たちの心中で犯人は決定され、吊るし上げられているのであろう。

 それは心の中だけで留まるのか。事態が悪化していけばいずれ、表へ顔を出すだろう。そしてその「誰か」は十中八九私になる。何か、手を打たなければ。

 とりあえず今晩、直接如月に事情聴取するか。電話に応じるかは分からないが。


 ところで、「如月(好きな人)が原因不明の休み」という解決策のない心配事が心理的ストレスとなり、そのストレスの原因を無理矢理作り上げ、それを叩き潰して解決したことにする、という精神構造は純粋に心配だ。リスクがある。

 類は友を呼ぶとは言うが、その世界で生きて、周囲に同種の人間が集まったとき、自分が潰す側に回れなければ潰される側になる。そして現実は悲しいかな、得てしてそういう人間が世渡り上手であったりする。世渡り上手がのさばるハンマー社会で、常に優位性を取り続けるのはさぞ難しかろう。

 心は弱くても良い。だがその心の弱さを知られたくないと、自分は強いのだと示そうとするのはよくない。虚勢を張ったり、誰かを虐げたりするようになる。それもまた、リスクの世界で生きる綱渡りだ。

 そんな世界で生きる虚しさは、気付かなければ幸せだろう。犠牲の上で成り立つ幸福の中で、生きていけるだろう。

 だが気付いてしまったときに、壊れてしまわないか。壊れた先で、再び誰かを傷付けはしないか。そしてそんな人間を非難する人間が現れはしないか。非難する人間もまた、苦しみを目の当たりにして生きる。

 なぜそんな風になってしまったのか。なぜ私がこんな目に会わなければならないのか。そんな繰り返しは、もう疲れた。

 平和に生きたい。穏やかに。ただ日常を噛み締めて、自然を眺めて生きて。


「七瀬ちゃん。どしたの険しい顔して」


 昼休みが終わる頃になって、教室に戻ってきた中島さんが私に尋ねた。


「ああ、目が疲れてきているのかもしれないですね」


 今後を憂いて、とは言えなかった。中島さんはケラケラと笑う。


「好きだね〜、本」

「そうですね。全てが面白いとは限らないですが」

「つまんないのに読んでんの?」

「当たりハズレがある、ということです」

「あ〜。ま、好みだよね」

「そうですね」

「じゃ、それは面白くなかった?」


 面白いのかどうか、最後まで読んでいないし、文章が頭に入って来ていないので分からない。

 盗み聞き……ではなく、耳から得た情報を処理していたので、目から得た情報は全然処理していなかった。ページは捲れど、読んではいなかった。


「いえ、それが、うまく頭に入ってこなくて。よくわかりません」

「ダメじゃん! 疲れてんだよ、もう寝ときな! おやすみっ」

「はい。おやすみなさい」


 助言に従い、少し早めに眠る体勢を整えた。

 これからも何事もなく日々は過ぎていく予定だった。だが、そうもいかないらしい。羽山邸という幸福を与えられた代償を、払うときが訪れたのか。




 バイトから帰宅すると如月に一度電話を掛けたが、出ることもなければ折り返しが掛かってくることもなかった。



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