第一章 マーケットガーデン作戦 第一話:アルンヘムの長い夜
ミリタリーコンカフェで働くレナの日常を描く物語です。
戦史マニアのレナにウォーボードゲームを挑むゲームオタクの佐藤。
一番長い日が始まる。
「だからさ、このマーケットガーデン作戦は英第1空挺師団をアルンヘム橋の南側に主力を降下させれば勝てるんだって……! 史実のモンゴメリーは慎重すぎたんだよ!」
熱弁を振るうカウンター席の男——常連のミリタリーオタク・佐藤は、興奮のあまり注文したバーボンの氷をカランと大きく鳴らした。
「そうかなぁ……。でも史実では、降下適地とされた南側は湿地帯で補給車両が走れないし、対空砲火の危険性を避けるために北側の離れた場所にしか降りられない事情があったから、どっちにしろムリなんじゃない?」
『Bullet & Lace』の看板キャストであるレナは、フリルがふんだんにあしらわれた可憐なメイドドレスの上に、黒のマルチカム柄プレートキャリアを身に纏い、肘をカウンターについて首をかしげた。プレートキャリアの胸元には『RENA』のネームパッチ。その愛らしい見た目とは裏腹に、口から突いて出るのはマニアックな第二次世界大戦の戦史分析である。
「そこを押し通すのが男のロマンだろうが! レナちゃんは夢がないなぁ!」
「夢で戦術目標が達成できたら、誰も戦死しませんよぉ、ご主人様♡」
語尾にハートを混ぜながら、レナは完璧な営業スマイルを浮かべた。
「ふふっ、レナったらまたお客様を論破しそうになってる。手加減してあげなさいよ?」
カウンターの奥でグラスを磨いていた先輩キャストのユキが、クスクスと笑いながらこちらを覗き込んでいる。彼女の胸元には実物のチェストリグが装着されており、マガジンポーチにはダミーのタクティカルライトや予備マガジンが整然と挿されていた。
この店『Bullet & Lace』は、フリルと鉄と火薬の匂いが同居する、ミリタリーオタクたちの聖地なのだ。
一見すると華やかで風変わりなコンカフェだが、防犯意識は並の店舗の比ではない。カウンター裏の目立たない位置には堅牢なステンレス製の伸縮警棒や催涙スプレーが忍ばされ、バックヤードには暴漢対策用の重厚なアクリル製防犯盾が常備されている。店主の並々ならぬ「現場主義」が、この店を影で支えていた。
カランコロン——。
重厚な防音ドアが開くドアベルの音が、店内に響いた。
「レナ、来たよー! ふぅ、マジ疲れた……」
入ってきたのは、漆黒のフリルドレスに身を包んだゴスロリ地雷系女子——如月舞、22歳。
パッツン前髪にダークなリップ、華奢な身体つきの彼女だったが、その手には木目と黒のコントラストが美しいフルサイズのAK47エアガンが収まるガンケースが握られ、もう片方の手では重量級の装備が詰まったパンパンのキャリーバッグを引いていた。明らかに「戦場」から帰ってきたばかりのスタイルだ。
マイは普段、別のコンセプトカフェで「病みカワ地雷系キャスト」として働いている。しかし休日の実態は、フリルとレースたっぷりのゴスロリ衣装にチェストリグやガンベルトといったタクティカルギアをガチガチに装着して定例会に殴り込みをかける、強烈なこだわりの持ち主のサバイバルゲーマーだった。そして何を隠そう、レナとは高校時代からの気の置けない同級生である。
「マイちゃんお疲れ様! 今日はどこのフィールドに行ってきたの?」
「千葉のインドア。もうサイテー、CQBエリアで角待ちしてる初心者にハンドガンで撃たれまくってさ。だからマイ自慢のCZ75でバンバンお返しして、サバイバルゲームの厳しさを叩き込んであげたわ。……超スッキリした」
毒のある笑みを浮かべながら、マイは重いキャリーバッグを床にドカリと置いた。
「よしよし、お疲れ様。マイちゃんはいつもの奥の席ね」
レナは手際よくマイをカウンター奥の席へと誘導する。
「注文どうする? 今日もお腹すいてるでしょ」
「んー、いつものノンアルシャンディガフと、あのちょっと伸びた感じの懐かしいナポリタン。粉チーズたっぷりで」
「はいよっ! ナポリタン一丁ね!」
レナが厨房のユキへオーダーを飛ばすと、ユキは「任せて〜」とウインクを返した。
マイがガンケースを足元に置き、ふぅと深く椅子に身体を沈めたところで、隣のカウンター席から佐藤がジロジロとこちらを伺っているのにレナは気づいた。佐藤の目線は、マイのガンケースと、キャリーバッグを行き来している。
佐藤はカバンから、ずっしりと重い箱を取り出した。 ボードウォーゲーム『Market Garden: 作戦』。第二次世界大戦の巨大な作戦をダイスとカウンターで再現する、1プレイ数時間は当たり前の超本格派歴史シミュレーションゲームだ。
「レナちゃん! 口で言っても拉致があかない! 今からこのボードゲームで勝負だ! 俺が連合軍を指揮して、アルンヘム橋を強行突破してみせる!」
「えぇ〜? 今からこれやるの? これ、マップ広げるだけでも大変なやつじゃないですか!」
「負けるのが怖いのかい、レナ軍事顧問?」
「……言いましたね? いいでしょう、そこまで言うなら返り討ちです。私がナチス・ドイツ軍を担当して、第2SS装甲軍団の底力を見せてあげます!」
レナの目が、一瞬だけ「本気のゲーマー」のそれに切り替わった。
「うわ、レナのオタクスイッチ入った……」 マイが運ばれてきたノンアルシャンディガフを一口飲み、あきれたように呟く。
広大な地図のヘクス(六角形)マップがテーブルいっぱいに広げられ、小さな兵科記号が描かれたカウンター(コマ)が整然と並べられていく。連合軍の英第30軍団が一本道を北上し、空挺部隊と合流できるか。
対するドイツ軍は、再編成中だったSS装甲師団をいかに迅速に展開し、橋を封鎖できるか。
「マイちゃん、ナポリタンお待たせ!」 ユキがアツアツのナポリタンをマイの前に運んできた。甘辛いケチャップの香りと粉チーズの匂いが立ち込め、マイは「ありがとー」とフォークを伸ばす。
「ねえレナ、これ明日の朝まで終わらないパターンじゃないの?」 ナポリタンを口に運びながら、マイが盤面を覗き込む。すでにマップ上には、無数の駒がひしめき合っていた。
「甘いよマイちゃん。これは『長い戦い』になるんじゃない……『一番長い日』になるの」 レナはダイスを手に取り、ニヤリと笑った。
「さあご主人様、連合軍の第101空挺師団の降下からどうぞ。あなたの『夢』がどこまで通用するか、朝までじっくり検証してあげますね♡」
「望むところだ! さいころの出目神は俺についている!」
カラン、とダイスがカップの中で躍る音。 ミリタリーコンカフェの夜は深く、そして果てしなく長くなろうとしていた。深夜の秋葉原の片隅で、少女たちの可憐で無骨な「アルンヘムの戦い」が、いま幕を開ける。
流行りのコンセプトカフェをミリタリー要素でサクッと読めるよう書いてみました。




