過去/後悔
咲良「あっくん」
明の高校入学してからの日々は大変だった。
友達はできないし、授業にも集中できない。
そんな明は思う。
「気分転換がてら海にでも行きたいなあ」
そうして、明は授業中も海に行く計画を立てる。
ふと瞼が重くなり、うとうとして先生に怒られ、クラスメイトに笑われた。
そして週末。
近場の海に行くことにした。
海まで自転車を漕ぐ。
「ついたぁ〜っ!」
明は欠伸をする。
「海遊びなんて久しぶりだなぁ。」
明は子供のようにはしゃぐ。周りから怪訝な目で見られても気にしない。根はそういう元気なやつだからだ。
そんな時、一人の少女が通りかかる。
「ん?」
少女は明のことを見ていた。目が合った瞬間、少女の顔が赤くなった。
「ど、どうしたの?だいじょうぶ?」
明が少女に近づく
『だっ、大丈夫です!』
少女は顔を逸らした。
明は心の中で「俺嫌われてんの?」と少し傷ついた。
「ねえ。なんか、ごめん。」
『え?』
「お詫びに飲み物でも奢るよ。」
明なりの善意だった。
『じゃ、じゃあお言葉に甘えて...』
近くの自動販売機に向かい、二人は飲み物を買う。
少女は明から受け取ったお金でオレンジジュースを買う。
『えへへ、やさしいんですね。』
『名前伝えてなかった、私の名前、咲良です。』
「咲良、いい名前だね。俺は明。」
『よかったら、連絡先でも交換しませんか?』
その後、明は咲良と海で遊んで、帰る。
「うわ、もう6時じゃん。」
急ぎで明は帰る。
自転車を爆速で走らせる。
「よっし!家ついたぁ。」
明は玄関の扉を開け、家に入る。
「ただいま」も言わずに自分の部屋へ駆け込み、ベッドに倒れ込む。
心臓がまだバクバクしているのは、きっと自転車を飛ばしたせいだけじゃない。
ポケットからスマホを取り出すと、咲良からの通知が一件。
『今日はありがとうございました!無事に家着きましたか?』
画面の向こうで、咲良が笑っているような気がした。
学校であんなに居場所がなくて、逃げることしか考えていなかった俺に、こんなことが起きるなんて。
「着いた!こっちこそありがとう。」
短い返信を打つのに、何度も書いては消してを繰り返した。やっと送信ボタンを押したあと、俺は天井を見上げた。
授業中、先生に怒られてクラス中に笑われた最悪の気分は、もうどこかへ消えていた。
それから、俺たちの毎日は「メッセージ」で埋め尽くされていった。
『明くん、おはよ!今日の授業、寝ちゃダメだよ?笑』
『さっきのテレビ見た?あのスイーツ、今度食べに行きたいな』
『おやすみ。また明日も話そうね』
教室で独りぼっちの昼休みも、スマホが震えるたびに世界が色づいた。
イヤホンを片方ずつ貸し合って聴いた、あのアーティストの曲。
自撮りが苦手な俺を無理やりフレームに収めて、咲良がいたずらっぽく笑った動画。
『明くんの声、落ち着くから好き』と言ってくれた夜の通話。
俺は咲良が好きだ。咲良がとてつもなく大好きだ。
咲良と遊びに行った日。咲良が言う。
『ねえ、明くん。』
「んー?」
『私、明くんのこと好きだから、』
咲良の声が震えている。
俺は咲良のほうに目を向ける。
真っ赤に染まった顔で、ちらちらとこちらを見ながら何かを言おうとする咲良。それが可愛くて、しょうがなかった。
『うぅ、えっと、好きだから、付き合ってください』
数秒の沈黙。
「えっ、?」
『いやなら、いやでいいからね!』
「ええっ、嫌なんて。むしろ、いいよ。」
『へっ、?うそ、夢じゃない?』
自分の頬を涙目で叩く咲良。
「ちょっ、夢じゃないって」
咲良の目からぼろぼろと涙がたくさん零れ落ちる。
『やった、やったぁっ!』
咲良が明に抱きついた。
『そうだ!あっくん!あっくんって呼んでもいい!?』
「ちょっ、なにその変なあだ名。」
そう言いながら、明も抱き返した。
人生で1番、幸せな時間だった気がした。
それからの日々は、まさに夢のようだった。
『あっくん、おはよ!』
朝、教室の入り口で咲良が小さく手を振ってくれる。ただそれだけで、退屈な授業も、周囲の騒がしさも、すべてが愛おしいものに変わった。
放課後は、二人で色んな場所へ行った。
あの日奢ったオレンジジュースの空き缶を、咲良は「宝物にする」と言って笑いながら部屋に飾っていたっけ。
『あっくんといると、私、世界で一番幸せな女の子になれるんだ』
夕暮れの公園。ベンチで肩を並べて座りながら、咲良は俺の手をぎゅっと握りしめてそう言った。
俺はただ、彼女の横顔を見つめながら、「ずっと、この時間が続けばいい」と、それだけを神様に祈っていた。
……けれど、運命はあまりにも残酷だった。
2年後の、あの事故の日。
スマホに届いた最後の一通。
『あっくん、大好きだよ。あとでね!』
その「あとで」は、永遠に訪れなかった。
ブレーキの軋む音。叫び声。そして、冷たくなった咲良との対面。
俺は泣けなかった。
あまりに現実味がなくて、心が壊れるのを防ぐために、感情に蓋をしてしまったんだ。
そして、俺は禁断のアプリを作ってしまった。
咲良が遺した膨大な言葉、声、笑顔。そのすべてを、無機質なAIの中に閉じ込めるために。
——果たしてそれは本当に咲良が望んだ事なのだろうか。
「ごめん、咲良」
サクラ「明」




