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25-地下には遺跡が広がっていた

教えられた抜け穴は暗く細く、じっとりとした空気に満ちていた。

なんとか身を横にして滑り込んだ瞬間、ひやりとした空気が肺の奥まで入り込んできた。


冷気は鋭く、まるで細い刃のように胸を刺してくる。



土と黴の匂い。

澱んだ水……古く重い気配。



この2週間ほどで忘れたはずの匂いだったが、体は覚えている。




(また……戻るのね……)




喉の奥がひりつき、あの逃亡の記憶だけが鮮明に浮かび上がってくる。



地下三階の独房。

重く深い闇に乾ききらない血の臭い。

冷たい石床の感触に少女の遺体。



息が一瞬、止まりかけ、足がわずかに動きを失いかけた



だが――止まる余裕はない。

ここで立ち尽くせば、後に残るのは後悔だけだ。



壁に掌を当て、目を閉じて深く息を吸い込んだ。

湿った石のざらつきを指先で感じながら魔力をあたりに巡らせる。



内側に沈めた意識を壁へと、その奥へと広げて空間そのものを探っていく。



重く密な場所は壁や天井……軽く何もない空間が通路……そして炎のように揺れているのが生き物だ。

あの道具屋で視えて依頼、それらの違いがはっきりとわかるようになっていた。



(こっち……かな)



空気の流れのように、魔力が通りやすい方向へと流していく。



(……左奥……次は右……で、下?)



重く魔力が通らない部分……石壁の向こうにへ続いている空洞がある。

壁にしか見えなかったが、人が通れるほどの隙間が隠されていた。



私はその隙間へと体を滑り込ませて先へと進む。

足音を殺し、慎重に……また壁に触れ、魔力を広げる。



ここへ到着してから何度これをやっただろうか。

魔力が削られていく感覚が、はっきりとわかる。


胸の奥が冷えていくような感覚に、血の代わりに何かが抜け落ちていく重い感触が体の奥から広がってくる。



(魔力があまりない……急がないと……)



焦りが思考をせき立てる。

移動……探知……休憩。



繰り返すたびに視界の端がじわりと暗くなり、耳鳴りがわずかに混じりはじめる。

足元の石が崩れ、小さな砂粒が下へと落ちていく。


その音が、あの夜の崖下へ落ちた瞬間と重なる。

闇に呑まれる感覚……身体が宙に浮いたまま、どこまでも落ちていく錯覚。



(違う……)



あの日ではないと、自分は言い聞かせ、ぎゅっと目を閉じて意識を引き戻す。

過去に怯える時間はないのだ。



――――――――――――――――――――――



何度目だろうか。

魔力の先にかすかな揺らぎを、気配を感じた。



弱い……細く、揺らぐ灯火のような魔力。

ネズミのような小動物かと思ったが、確かに人の輪郭を見つけた。



「……シルヴィア?」



声を抑えて通路の先へと呼びかけてみた。

喉を震わせないよう声をかけるが、返事はない。


だが、空気がわずかに震えたのがわかった。

魔力の揺れが、ほんの少しだけ動いたのだ。



私はなるべく急いで狭い通路を抜けていく。

肩が石壁に擦れ、衣服が湿るが気にせず進む。



急に先が開け、小部屋のような空間へと出た。


手持ちの小さなランプの灯りはないが、闇の濃淡でその先にある物の輪郭はわかった。

壁に寄りかかる人影……細い体躯に銀色の髪。



そして――



力なく垂れていた長い耳が、わずかに動いた。



――――――――――――――――――――――




「……エレン?」


掠れた声が小部屋に響いた。



「シルヴィア! よかった……よかった」

「どうしてここに……」


「道具屋さんに……それより手当を」



近づくとシルヴィアの足が不自然な角度で固定されているのが見えた。蔦と枝で粗く縛られている。



「折れてる?」

「たぶん。派手にやった」



強がるが額に汗が滲んでおり、時折顔を顰める。



「動かさないでね」



私は蔦を解き状態を見るが、完全に折れているのか、腫れがひどい。



「エレンは回復魔法……は、使えないのよね」

「……ごめんなさい」



「ううん、念のため聞いただけ。ありがとう」



回復魔法……貴族の血筋には使える人もいるらしいがあいにく私はセンスが無かったらしい。


「キツく縛って」

「痛いよ……?」

「大丈夫、やって」



私は布を裂き、枝を添えて蔦をきつく巻き直した。

シルヴィアが歯を食いしばる。



「ありがとう、これで少しは歩ける」



私は腰の袋から乾いた薬草を取り出した。道具屋が持たせてくれた強力な痛み止めだそうだ。

皮袋の水に混ぜて飲ませる。



「魔法はないけど、痛み止めと回復」

「ふふ、頼もしい」



軽く笑うが、シルヴィアの息はまだ荒い。



「ルナリアは?」



私がそう聞くと、シルヴィアの耳が震えた。



「軍に囲まれた……精鋭だった。……罠を張っていたみたいに」



シルヴィアの声は怒りと悔しさに震えていた。

私は目を閉じて残り少ない魔力を、屋敷があるであろう方向へ一気に広げた。

今度は意識を一点に絞る。



「ぐっ……」



魔力が尽きかけているのか、頭が割れるように痛い……痛いが、気にしている状況では無い。



「……いた」



重く、弱い……でも知っている魔力を微かに感じ取れた。



「ルナリアの場所、わかった」

「本当?」

「ええ。でも……魔力がすごく弱い。急がないと」



シルヴィアが立ち上がり、私の手を取り立ち上がらせてくれた。

足を引きずるが、その目は折れていなかった。


――――――――――――――――――――――



シルヴィアの肩を支えながら、通路の奥へ進む。

足裏に伝わる感触……自然の岩盤ではなく人の手で作られた通路。

誰かが意図して造った空間だ。



(屋敷の下にほんとに遺跡が)



傾斜路を進みながら、私はふと口を開いた。



「……ねえ、シルヴィア。そもそも遺跡って、どういうものなの?」



貴族として学んできた知識で遺跡という存在は知っている。だがそれだけだった。

シルヴィアは足を引きずりながらも、私の質問に淡々と答えてくれた。



「古代の文明で造られた建造物の総称ね」



ゆっくり、呼吸を整えながら続ける。



「時代はさまざま。滅んだ王朝の都市跡もあれば、さらに古い時代の地下施設もある。数百年前のものや、千年以上前の構造物も確認されてる」



壁の紋様に視線を向け、指で触れる。



「住居だったもの、墓所、宝物庫、軍事拠点、研究所のような遺跡もある」



私はシルヴィアを支えながら、慎重に一歩ずつ進んでいく。


「じゃあ、ここは……」

「研究所の系統かな。魔力流路が壁一面に描かれてた跡がある」



シルヴィアは石壁に刻まれた記号を指先でなぞる。

半分以上が崩れ落ちているが、ところどころ見える模様は何らかの意図をもって彫られているのは何となくわかった。



「でも、何のための遺跡かわからないものも多い」



少し間を置き、声がわずかに低くなる。

通路の右側に小さな小部屋が続くがどれも行き止まりのようだ。



「中には……生贄用と思われる祭壇や、血を流すための溝を備えた台が見つかる遺跡もある。そんな感じに」



そう言ってシルヴィアが小部屋へ視線を向けると、部屋の中央に人が寝転べるような石台が置かれていた。



ランプの光を向けると、石台の表面は黒く染まっていた。

単なる湿りではなく、何かの液体が染み込んだ色だった。



何度も何度も、同じ用途に使われた痕跡。

縁には溝が彫られており、中央から外へと流れるための構造。



手術台……いや、おそらく解体台。

古びてはいるが、用途は疑いようがない。



壁際には石版が整然と並べられており、表面には削られた文字。

刻印のような図形は風化しているが、読み取れないほどではなかった。



人体を抽象化した記号による魔力流路の図式。

そして臓器を示す印と、繋ぎ替えを示唆する線。



胸の奥が冷える。

シルヴィアは気にするなと言いながら説明の続きを始める。



「遺跡で発見される、用途不明の魔道具が“遺物”と呼ばれている」

「遺物……」


「現代の魔術体系と整合ぜす、起動条件が不明なものや、安全機構が存在しない危険なものもある」



淡々とした説明だが、その内容は重い。



「そういうのは大体、精神に干渉したり空間を歪めたり、周囲の魔力を強制的に吸収するもの……制御を誤れば大きな被害が出るような危険物が多い」



私は苦笑する。



「それを調べるのが、2人の仕事?」

「そう」



シルヴィアはうなずく。



「私たちは遺跡の探索と調査が本職」

「だからわかる」


「わかる?」

「ここは遺跡だけど、現役で作動してる」


「つまり遺跡……にある、遺物のせいでお父様は……?」

「どちらが原因かわからない。でも屋敷の下に繋がってるのは偶然じゃ無いと思う」」



私は小さく息を吐く。

上へ続く緩やかな斜面を登りながら、天井のさらにその上の気配を探る。



「どう?」

「うん……人がいっぱいいる気配」



やはりこの上に、屋敷があるのは間違いないようだ。

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