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懐かしき心の行く末に  作者: 西島夢穂
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家族の思い。

話の途中で、啜り泣く母さんは、あの頃に比べて弱く小さく見えた。



沈黙する空気の中、おばあちゃんは、ハンカチで涙を拭い、父さんは、腕を組んで目を閉じていた。



兄さんは、無表情のまま頬杖をついて、隣に座る遥は両手を組んで少し俯いていた。



私は、半泣き状態だったけど、涙を堪えていた。


母さんの話の中で、聞きたいことが沢山あった。



まずは…




「…父さん、何で、母さんが働きに行くことを反対したわけ?兄さんと私は、自分達のためだと思っていたから、母さんに賛成したのに。」




今まで、腕を組んで目を閉じていた父さんが、私を見つめた。




「うむ。…あの頃、私は、仕事が忙しく休日さえもお前達に構ってやれなかっただろう?」




「…うん、まぁな。」




兄さんは、頷く。




「…母さんが、仕事に出れば、それ以上にお前達が、寂しい思いをすると思っていたんだが…」




「父さんは、昔から頑固で言葉足らずなとこがあるよね。ちゃんと言ってくれないと、伝わんないよ。」




私は、

苦笑しながら答えた。




「…この人の母親が、働いて苦労したからって、当主が言っていたわ。」




母さんは、

泣き腫らした顔で言った。



「…うむ。」




父さんは、困り果てた表情で言葉を濁した。




「結局、父さんも母さんには、ちゃんと理由を言わなかったってことだろ?」




兄さんは、呆れながらため息をついた。



横にいた遥が、私に耳打ちしてきた。




「祖父は、源一郎さんのことはなんでも知っているんですね。」




「…そうみたい。」




すると、母さんは、




「…この家を出ていった時俊樹さんに、叱られたわ。母さんと千歳に、あんな酷いこと言う必要なかったって。」




母さんは、天井を仰ぎながら話す。




「…あの時、千歳も一緒に連れて来てもいいと、俊樹さんは言ってたわ。でも、中学生の多感な時期に、生活環境が変わるのはよくないと思ったのよ。」




「だから何で、あの時に言ってくれなかったの!」




私は、思わず身を乗り出して母さんに言い返した。




「…千歳を連れて行けば、あの町にいる源一郎さんと千彰には、ほとんど会えないと思ったからよ。」




「…そ、そんなこと…」




「さっきの話を聞いたら、判る筈よ。俊樹さんのお店だって、なかなか繁盛できなかったのよ。あの町に帰る余裕なんてほとんどなかったわ。」




母さんは、涙目になって答えた。



確かに、今の私なら、一人であの町に帰ることは出来る。中学生だったあの頃にはたして帰れただろうか?


母さんが、出ていった後、家出して補導されたことを思い出す。




「…千歳を母さんの元に置いておくほうが、幸せになれると思ったからよ。」





「……そうだけど、やっぱり、ちゃんと言ってくれないとわからないよ。」




私は、俯いたまま答えた。



「…まぁ、結局、父さんも母さんも素直に言えなかったと言うことだろ。ガキの頃の俺達には、それが本心だって、思ってしまうんだよ。」




兄さんは、真剣且つ、冷静に答えていた。



キレイに正論を言って丸く収めようとしているけど、兄さんにも、言いたいことがあるわ!




「…そういや、兄さんも母さんに会ったって、言ってたわね?」




「…おう。結婚する前の話だけどな!」




「何で、兄さんも正直に言ってくれなかったわけ?」



「はあ!?俺は、言ったはずだ!」




「…追い返されたって、言ってただけで、本当のことは言ってないでしょ!」




兄さんは、呆れながら、

こう答えた。




「だってお前、母さんの話になると、あからさまに嫌な表情になるだろ?」




「…なっ!」




遥の前で、余計なこと言うな!



兄さんと、ギャーギャーと言い合っていると、おばあちゃんが、笑顔で遥に話しかけていた。




「ふふ、遥君、ごめんなさいね。騒がしくて…。」




「…いえ、オレには、兄弟がいないので、ちょっと羨ましいですね。」




「あら?そうなのね。でも千歳と結婚すれば、千彰君もお兄さんになるから、楽しくなるわよ?」




「ふっ、そうですね。」




「…全く、有里家のご子息の前で、恥ずかしくないのかしら?」




母さんは、呆れながら私と兄さんを見た。




「…うむ。仲がいいのは良いことだが、さっきまでの祥子の話が台無しだ。」




「…大人になっても、こういうところは、昔から変わらないわね。」




私と兄さんは、いつの間にか皆の注目を集めていた。



「…千歳さん、落ち着いてください。」




遥は、苦笑しながら私と兄さんの間に入ってきた。




「…遥。」




「千歳さんもお兄さんも、話が逸れてますよ?お母さんの話の途中でしょう?」



「…ご、ごめん。」




遥に、宥められておとなしくソファーに座り直した。



「それより遥は、師範に何も聞いてなかったのか?」



兄さんは、

遥に問いかけた。




「はい。祖父は、祖母と両親にも話してないみたいですね。ただ、ここ最近、頻繁に外出することが多くなったと、祖母と両親が言っていました。」




遥が、話し終えると、




「遥君って、言ったわね。雪美ちゃんは、元気にしてるかしら?」




「え?あ、はい。」




遥は、母さんからの質問に戸惑いながら、答えた。




「…そう。近いうちに、貴方のお祖父さんにご挨拶しに行くわね。」




「…はい。祖父に話しておきます。でも、お身体の調子がよくないなら、ここに来てもらったほうがいいかもしれないですね。」




「ふふ、お気遣いありがとう。遥次郎さんには、恩があるからできれば、自分の足で会いに行きたいと、思っています。」




母さんと遥の話を聞いているうちに、なんだか、ビジネス的な話し方に聞こえるのは、私だけ?




「母さん、遥は、いずれ千歳の旦那になるんだぜ。他人行儀な話し方してどうすんだよ?」




ありゃ!

兄さんも同じ意見だったみたいだなぁ。




「仕方ないでしょ。千歳が、有里家のご子息と結婚するなんて今日、初めて聞いたんだから。」




はは。

確かにね。



すると、おばあちゃんが、突然、思いもよらないことを言い出した。




「だったら、今から、有里家のご当主に会いに行けばいいんじゃないの?」




「「はぁ!?」」




おばあちゃんと遥以外の全員が声を上げた。




「おばあちゃん、いきなり何を言い出すの?」




「ふふ、だって、こんな機会滅多にないでしょ?遥君のおばあ様とご両親にも、一度お会いして、祥子と千歳のことをちゃんと説明しとかないとね。」




あはは。

おばあちゃんてば、前から思っていたけど、皆の意見を一纏めにする力があるみたいなのよね。



やっぱり、おばあちゃんには、敵わないよ。




「遥、師範や他のご家族は屋敷にいるの?」




「…どうですかね。うちの家族は、自由奔放な人達ばかりなので、屋敷にいるかどうかは疑問です。」




遥は、そう言って立ち上がりスマホを手にしてリビングを出た。




「…マジか?」




兄さんは、呆気にとられて呟き、父さんと母さんは、困惑気味な表情だった。




その後、有里家の人達が、屋敷にいると遥は、確認してくれた。




まさか、

こんな展開になるなんて、思いもよらなかった。






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