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―剣喰―ソードイーター  作者: 蟻村 和希
9/10

黒い王子様Ⅲ

 少しの間、そのまま英子は考えの整理をする。

 ベネッサはオブジェクト化されたドラゴンの甲殻をしまい込もうとしていた。

 仰々しい赤色の亀の甲羅のような甲殻に左手をかざす。甲殻は小さい光に姿を変えて、向けられた左手に吸い込まれていく。

 甲殻がテーブルより消え去ると、英子の表情を伺うように視線を向ける。

 閉じた目からでも解る熱い視線。薄く片目を開けると、小動物のように目を輝かせこちらを凝視していた。気取られぬように慌てて目を閉じなおす。

 最初から悪い予感はしていた。ベネッサが、ただ単におしゃべりのためだけに人を呼ぶ女ではないと、英子は重々承知していた。

 

 絶対にプラスで何か言ってくるに違いない。英子は表情を歪ませる。

 本当にそのドラゴンが強かったのか、確認するために二人で倒しに行こう――とか?

 いや、それはありえない。ドラゴン系のモンスターの強さはベネッサ自身理解しているはずだ。そこまで馬鹿じゃない――はず。

 では、(くだん)の剣士のスキルを自分も入手したい――とか?

 まだそれはあり得る。しかしそれこそ無数に存在するスキルや魔法の中には、入手条件などが明確になっていないものも多少は存在する。それの条件を調べてなおかつ入手しようというのは、確実に骨の折れる作業だ。

 二つの全く同じ剣を振った、というのは、そのままの意味で同じ剣を持っていればカラクリは説明できるし、自分の所持したことのある武器を生成するステータスコンバートというスキルも存在するわけだからどうとでもなるが――。

 剣を食べる、というスキルは見たことも、ましてや聞いたこともない。

 そんなスキルを欲しいなどと言われたら――。


 英子の表情は次第に崩れていく。

 大和撫子のような清楚で静かな美しさを放つ顔は、終いには酷い腹痛に耐えるような力の籠った表情になっていった。


 しかしながら、まだアレが欲しいコレが欲しいなら優しいものだ。

 ただ、MMOにおける絶対的に不可能に近い要望に比べれば――。

 それだけはやめてくれと、英子は静かに目を空けた。

 そこには鼻歌混じりに顔を振るベネッサが待っていた。

 殴りたくなるのを無理やり我慢して、重い口を開けた。


「で、あんたその話するためだけにあたしを読んだわけやないでしょ」


 その言葉を聞き、待っていましたと言わんばかりにベネッサの表情はパアと明るくなる。

 悪い予感は当たったようだ。

 やっぱりかと肩を落とす。


「そうやの! よくぞ聞いてくれました! 実はねー」


 英子は身構える。落とした肩をつり上げ、両手を少し浮かせ衝撃による防御を試みる。

 いや防御の前にぶん殴って黙らせたらいいのではという思考が少しだけよぎる。

 せめて、今日はどこかに探検に行こうとかにしてくれ。

 英子は祈った。

 そして赤色の悪魔は、その言葉を発した。


「その男の人見つけるん手伝ってほしいねん」


 恐れていたことが現実となってしまった。

 MMOにおける限りなく不可能に近いこと。それは〈偶然出会ったプレイヤーに、もう一度会うこと〉

 いや、不可能ではないことは確かだ。条件が合えば(はか)らずとも頻繁に出会うということは無いわけではない。

 しかし、フリーフィールドエリアに偶然居合わせたプレイヤーともう一度出会うなんて――。


 英子は全身の力が抜けていくのを感じた。

 どうにか態勢を保ち、大口を開けるベネッサを睨みつける。

 柿の種みたいににやけた目がなんとも腹立たしい。

 真っ赤な夜会巻きの髪型にまで怒りが込み上げてくる。

 ――キャバ嬢かよ。

 心の中で突っ込んで、要望に対する否定を述べる。


「いや無理ですて。 何人このゲームに()る思てんねん。 第一、見つけてどないするん。 パーティでも組んで貰うんか」

「えっとねえ。 見つけてどうしたい、ってのは特に無いねん。 ただ、もう一度会ってみたいんや」


 ベネッサは悩ましげな表情をして、顔の前まで指先をちょんちょんとつついている。

 それはまるで恋をする女学生が、友達に好きな人の有無を問われ赤裸々に暴露するような――。

 ――恋をする?

 英子は一つの可能性を思案し、眉をひそませる。

 まさかとは思うが、目の前でもじもじと悶えているこの女はまさか――。


「あんた・・・、惚れたんか」


 英子はゲームの感情表現エフェクトに関心する。

 見る間に熱を持ったように赤らむベネッサの頬。言葉が不必要なほどその表情は肯定だと主張してくる。

 同時に、自分は心底呆れた表情になっているんだろうと英子は思った。

 そして太いため息を吐く。


「まあそういうのを否定するわけでもないし、現にこのゲームで知り合って結婚したとかって人の話も聞いたことあるで? せやけど、単純過ぎへん? 戦っとるところ見ただけでしょ自分(あなた)

「せやからもっかい会いたいんやんか。 もう一回ちゃんと会って、確認したいの。 あたしの気持ち」

「マジですか(ねえ)さん。 エライ(すごく)乙女オーラ出してますやん」

「馬鹿にしてんの!? ええから手伝ってよ!」

「手伝うって言ってもねえ――」

 

 英子はテーブルに片肘を付き目を閉じる。

 手伝うことに関しては別に構わない。しかしながら藁山の中から針を探すかのようなその行為。

 ごまんと居るプレイヤーの中から、目当ての男を見つけることはおろか、その男を知っているプレイヤーを見つけるのでさえ難しいだろう。

 手段としてはどうだ?一人一人聞いて回るか?それともフィレクシアの広場で四六時中『剣を食べるスキルを持ってる人知りませんか!』と叫んでみるか?

 ――馬鹿げている。

 そんなことをすればこれからのここ(ゲームの中)での生活に支障を来たすかもしれない。

 第一自分に全くの利益がないじゃないか。

 ただ仲が良いというだけで了承するレベルの要求ではない。


 英子の脳内はすでにどんな言葉で断ろうかと考え始めていた。


 せめて何か報酬でもあったら――。

 しかしベネッサが大変な倹約家、もといケチな性格だと承知していた英子は、一瞬だけそう考えたもののすぐにその期待を捨てようとしていた。

 常備する回復薬系統のアイテムでさえ購入するのを渋り、希少価値の高い素材なら市場の相場を調べ上げ1ガルドでも高くプレイヤーマーケットに出品しようとするほどの彼女だ。そんな彼女が他人(ひと)に払うほどの金や在庫のある素材が――。

 

 ――素材?


 英子はベネッサの言葉を覚えていた。

 それならば労力に見合う報酬になるだろうと見なした英子は、パッと両の手のひらをベネッサに突き出した。

 そして同時に目を見開く。


「なんやの!? 気功波?」


 急に魔法を撃つようなそぶりを見せられ、 ベネッサは驚いて身構えた。


「――じゅう」


 英子は小さく言う。

 それが上手く聞き取れなかったのか、ベネッサは「えっ?」と困惑の表情を見せる。

 すると今度は、確実に聞こえるだろう声量で、英子は言った。


「ドラゴンの甲殻、十枚くれたら手伝ったる」

「ええー! あかんて! これ末端価格なんぼする思てんの!」


 まるで非合法な取引の売人のようなセリフでベネッサは反論する。


「なら話は無かったことに。 一人で探してください」


 そう言って椅子から立ち上がるそぶりを見せる。


「いやちょっと待ってください(ねえ)さん。 五枚でどうでしょう」

「あかん」

「七枚!」

「八枚! これ以上は無理」


 ベネッサは苦渋の決断を強いられる。

 レベル50を超えるドラゴンから取れた甲殻、素材として使用すれば今よりも段違いで性能の良い装備を作れるはずだ。プレイヤーマーケットに出品すれば、四五(しご)枚で〈金策〉という言葉が馬鹿らしくなるほどの大金(ガルド)が手に入る。

 それほどまでに高価なドラゴン素材。それを八枚。


 ベネッサは今自分が一番欲しいと思っていたものが脳裏に浮かび苦い顔をする。

 

 それは家だった。

 もちろん現実世界(リアル)での家ではない。

 このゲームには〈ハウジング機能〉というものがあり、個人もしくは団体で土地と家を所有することができる。

 家を所有することで様々な恩恵が受けられるのだが、そのためには莫大な額の資金を必要とする。

 土地の権利書を購入するところから始め、家を建てる、その後景観アイテムなどの設置、言い出すと切りがない。

 

 ベネッサが常用品のアイテムや装備の強化にさえ惜しんで貯金していたのは、全てはこれのため。

 

 海辺の見えるオシャレなコテージのような家、森の中に造れらた落ち着いた雰囲気の別荘のような家、目標にしていた理想のマイホーム像が脳内にパラパラ漫画のように浮かび、ベネッサの決断を引き延ばさせてしまう。

 これを売れば夢の足しに――。


「もーどないすんの? はよ決めてーな」


 なかなか縦に首を振らないベネッサに痺れを切らし、英子は他人事のように答えを催促する。


「――わかった。 わかりました。 それで手ぇ打ちます」


 納得はしていないようで、ベネッサは口を尖らせる。

 その言葉に英子はこれ以上ない満面の笑みで答えた。


「はーいまいど!」

「ほんまえげつないわ。 ヤクザでも甲殻五枚で手ぇ打つわ」

「ヤクザは甲殻の取引なんてせえへん」

「するかもしれへんよ! てか、ほんま頼みますよ」


 そう言ってベネッサは視界にメニューウインドウを表示させ、トレードを選択する。

 トレード相手に英子を選ぶ。

 英子は鈴のようなサウンドエフェクトを聞くと、すぐさまメニューウインドウを開け、要求されているトレード申請のボタンを指で叩いた。

 ベネッサはアイテム欄より〈フォレストキーパードラゴンの甲殻〉を選択。そして数字の横にある三角形の加減ボタンを、ゆっくりあるいはもたもたと八回叩いた。

 あとは下に表示された決定ボタンを押すのみ。英子はベネッサの心境もつゆ知らず既にボタンを押しているようだった。

 唸りながら決定ボタンに触る。

 ドラゴンの甲殻の受け渡しの完了を確認すると、英子は満足そうに頷いた。


「わかったわかった。 でも期待せんといてな。 見つからんかっても怒らんといてよ」

「ええっ! ならもう甲殻返してや!」

「あんたは〈手伝って〉としか言ってないやろ。 〈見つけて〉とは聞いてないで。 手伝うことに対しての甲殻八枚やろ。 取引は成立しております」

「あああ、あんたは被害者から電話来た時の悪徳商法の人間か! うわーん」

「泣かんといてよ。 あたしいじわるみたいやん」

「いじわるや」

「まあ、色々したるから。 待っといてください」

「ほんま頼むで・・・」









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