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―剣喰―ソードイーター  作者: 蟻村 和希
2/10

ソードイーターⅠ

 見渡す限りの草原が広がっていた。

 腰の高さほどの草木がまだらに生え、優しく吹く風に揺れていた。

 それを()む馬のような草食動物もいれば、大きな木の下にできた木陰で休む猫科の動物のようなものも居る。それらの生き物の体が非常に巨大で、むき出しになった牙や角が生えていることをのぞけば、実際のどこかにあるサバンナの風景に類似していた。

 

 しかし、その風景にとても相応しいとは言えない集団が、そこには居た。

 五、六人の集団は皆、武器を手にしている。

 その得物は様々で、片手で振るうことのできそうな短剣を持つ者もいれば、身の丈ほどもありそうな大振りの剣を持つ者も居る。

 その集団は下品な笑みを浮かべ、円のように何かを取り囲んでいた。


 中央には一人の少女がうずくまっていた。

 フード付きの純白のローブを身にまとい、装飾の施された短い杖を震えるほど握りしめ、助けを乞うように潤ませた瞳はサファイアのようなブルーだった。


 それは所謂、〈プレイヤー狩り〉というものだった。

 自分よりも弱いプレイヤーや、希少価値の高いアイテムを持ったプレイヤーを倒すことにより持ち物を奪う。

 常用する消耗品を購入するための資金も、高難度のダンジョンに挑戦するリスクも必要ない。

非常に効率的かつ、邪道な手段。


 ターゲットにされたのは二人のプレイヤー。

 一人はすでに倒〈キル〉され、もうこの場には存在しなかった。

 残った少女も、逃げ場も無くただ震えるだけであった。


 そこに一人の男が通りすがる。

 集団はその気配を察したのか、手を止めその男の方を向いた。


 プレイヤー狩りの現場に出くわした男。

 少女を含めその場の全員が、一目で彼を初心者だと思ったのは、彼の姿のせいであった。


 身に着けているのは黒に近い鉛色のただの外套(がいとう/コート)。

 その外套の下にも、自分達みたいに希少な鉱石や強力なモンスターの素材で作りだされた良質な防具などつけていない。

 髪の色も目立つような色ではなく外套に合わせたような自然な黒であったし、いじったようなヘアスタイルでもない。

 目鼻立ちの整った中性的な顔まで確認できたのも、彼が頭にも何も装備を着けていなかったらだ。


 襲われていた少女も、彼の存在に気付いた時こそ淡い期待を寄せ表情を変えたが、すぐにそれは元に戻っていた。さらには偶然プレイヤー狩りの現場に遭遇してしまったばっかりに、ついで同然に倒〈キル〉されてしまう初心者に同情の念さえも抱いていた。


 そして集団の一人が、その彼の腰にぶら下げているもの視線を向ける。

 身幅(みはば/刀身の一番広い部分の幅)は彼の二の腕よりも太いぐらい、刃渡り(はばたり/柄の部分から切っ先までの長さ)も彼の手首から肩までほどの長さの両刃。そして柄(つか/握るところ)にも十字に伸びた鍔(つば/刀身と柄の間ある広がった部分)の部分にも特に装飾が施されているわけではない。

 これはただの、


「ただのショートソード。 うへへ、君、初心者なんだね」


 いわゆる〈初期装備〉だった。


 その声を発した男はとても大柄な男だった。

 下半身こそ重厚な革鎧(レザーアーマー)を着けてはいたが上半身は何も着けておらず、その太鼓のような腹を露出していた。

 垂れ下がることもなく隆起する胸部と太腿を取って着けたかのような二の腕、頭頂部で結った黒髪も相まってか、大柄な男は関取のような印象を受けるが手に持っているのはその巨体に不釣り合いな黄色の斑模様の小さいダガーであった。

 片手で容易に振ることのできるダガー。その男が持っているとペーパーナイフか玩具の剣のようにも見える。 

 黒いコートの彼に近づいていくと、その巨体がまた大きく強調された。

 一回り、いや二回りは大きかった。縦にも、横にも。


「ききき君、ままままだレベル5とかくらいかな? ひ、ひひ。お金はもってる? 何かいいアイテムは?」

 

 その風体からは考えられないほどのどもり。握られた毒々しい色を放つダガーも言葉に合わせてカタカタと揺れていた。しかしそれらが緊張や焦りなどから来るものではないと見てとれる。

 腫れ上がったように膨れた頬と真顔なのに歪んだ瞼、どれもが異様さを放つ。まるで獲物を見つけ舌なめずりをしながら刃物をちらつかせる狂った殺人鬼のようだった。

 仲間の男たちも慣れたようで、やれやれとため息をついたり、笑ったりとそれぞれ反応をして見せた。

 対してコートの彼は眉一つ動かさなかった。気にもとめていないのか、はたまた恐怖でただ動けなくなってしまったのか、微動だにすることはなかった。


「まーたピッグの悪い癖だよ。 見てくれでなんも持ってないの解んだろー」

 

 ピッグ、その巨体に相応しい名前だ。

 〈待て〉がかかった犬のようにピタリと動作を止め、声の主の方に振り返る。あれだけ震えていたダガーも静止し、能面のような無表情をする。見開いた目は不気味で、行為を中断されたことに対する反論を表すようだった。

 声の主は枯草色のブーツに機能性を重視した軽装備と金糸のような長髪の男だった。深いネイビーのマフラーは口元まで隠していたが、目元だけで呆れた表情を作っているのだとすぐに解る。


「ねぇリッドおお! こいつも殺しちゃって良いかなあああ!!??」

「いつもそうやって聞いてっけどもよー。 一回も止めたことないだろー? 勝手にしろー」

 

 リッドと呼ばれた長髪の男は、持っていた剣を反動をつけて重そうに肩に担ぐ。そして目の前に飛んできた羽虫を追い払うように片手を振って見せた。

 ピッグはそのジェスチャーを〈よし〉、ととらえる。感謝の意を込め三日月のように口角を釣りあげてみせた。

 その表情を全く崩すことなく、黒い外套の彼の方に首だけを回して振り返る。

 楽しみにしていた新しい玩具でどうやって遊ぼうかと考える子供のような、無垢で下品な満面の笑み。

 鼻息は荒くなり、握られたダガーはまた小刻みに震えだした。


「いいい一撃で死んじゃうかなあ? スキルは使わないほうがいいよねえ? すぐには死なないでねえ? さっきのはすぐに死んじゃったからああ!!」

 

 そう言って、大柄な男は手に持ったダガーを黒い外套の彼の頭上へと振りかぶった。

 しかし、結果としてそのダガーか振り下ろされることはなかった。

 聞こえたのは風の音に紛れるわずかに何かが高速で動いたような風切り音。それも注意していなければ聞き逃してしまいそうなほどの小さな音。見えたのは、いつの間にか巨体の胴を一周するように現れた赤く明滅する(ライン)

 それは斬撃ダメージを与えられた時に、その部位に出現するヒットエフェクトだ。それが胴を一周。

 ピッグは、ダガーを振り下ろそうとする一瞬で、何らかの攻撃により、胴体を横断されていたのだ。

 そして赤い(ライン)の明滅は、ピッグの心臓の鼓動を表現するかのように早くなり、果たしてピッグの体はその赤い(ライン)より溢れだす光の粒子に包まれていく。

 ピッグはその現象をついさきほど目にしていたばかりであった。

 それは死亡エフェクト。そう、それはさきほど自分が手にかけた一人の男の最後とまったく同じであった。


「ぎっ、にゃああああ! ああ! ななななんで!? 消える!! 消えちゃう!」

 

 ピッグは苦悶の表情を浮かべる。五感のリンクの中で触覚に属する痛覚は限りなく低く設定されており、斬られたとしても違和感程度のレベルでしか感じないことから、その表情が痛みからくるものではないと判断できる。

 おおよそ突然にして体が動かせなくなってしまったことによる困惑が大部分を占めるだろう。それかせっかくのお楽しみが味わえなくなってしまったことによる無念さか。

 どちらにしろ、ピッグは全身が真っ白に輝く煙のような光に包まれ、そしてまた風に吹かれた煙のように消えてしまった。

 仲間が突然消え去ったのを目の当たりにした集団は、驚いてすぐさま武器を抜いた。


「ピッグがやられた!?」

「なにをした!」


 それぞれが武器を向けて外套の彼を半円状に取り囲む。

 反射で取り囲みはしたが、皆半信半疑の気持ちを隠せないでいた。

 今の一部始終、ここにいた何人がそれを上手く説明できるだろう。

 取り囲んだ後で、腰にぶら下げていたはずの剣を彼が手に持ってるのに気づき、ピッグはこいつに倒〈キル〉されたのだと確信する。

 

「別に邪魔をするつもりはなかったよ。 でもいきなり襲ってきたから反撃したんだ。 今のはデブが悪い」


 その柔和な表情を崩すことなく彼は答えた。

 

「へえ、お前初心者かと思ったが、違うようだなあ」


 そう前に出てきたのは長髪の男――リッドであった。


 リッドの問いかけに、彼は沈黙で答える。


「だんまりか。 それよりもまー、なんだ。 いきなり襲いかかったピッグも悪いっちゃー悪いし、お前も邪魔するつもりは無かったって言ってる。 だが、現にピッグは死んじまった。 どうしてくれんだー? この〈new world(ニューワールド)〉の〈デスペナ〉知らねえなんてこたーないだろー?」


 〈new world(ニューワールド)〉というのはこのゲームの名前。そして〈デスペナ〉とは〈デスペナルティ〉。

 つまり死んだことに対する罰則である。


 デスペナルティの詳細な項目は倒れた時の状況や環境に左右されるが、フリーフィールドエリアであるこの場では以下の三つが適用される。

 一つ、所持金のロスト。死亡と同時に所持金の半額がロスト、消滅する。しかしその内の25%はその場にアイテムシンボルとして残る。ゲーム内通貨からそれは〈ガルドシンボル〉と称される。

 丁度さっき消えたピッグの居た場所には、〈G〉と書かれた金色に光る袋のような物が浮いていた。


 そしてガルドシンボルと一緒に、様々な色の丸いアイテムシンボルがいくつも浮かんでいた。

 これが二つ目のデスペナルティ。所持品のドロップである。

 きわめて希少価値の高いアイテムはドロップすることはないが消耗品や希少価値の低いアイテムなどは所持品より数個。装備している武器防具でもロストこそしないが確率で一つドロップしてしまう。


 その場にアイテムがドロップし残るのは、すぐに戻ってくるか仲間に拾ってもらえばペナルティが緩和できるという措置でもある、が。

 それがプレイヤー狩りなどという行為を生む原因にもなっている。


 そして三つ目が、経験値のロスト。そのフィールドで得た経験値を全て失ってしまう。

 プレイヤーによってはこれが一番リスクが高い。


 しかし彼はその辺に何個か転がる――ピッグのドロップアイテムだろう――アイテムシンボルを一瞥すると、


「ふん」 


 と、片方の口角をわずかにつり上げ鼻で笑ってしまった。

 年端もいかない糞ガキに馬鹿にされたような苛立ちを覚えるが、リッドは感情を押し殺していた。

 するべきことがあったため。いや、それはもはや癖に近い。

 少ない会話の中、リッドの切れ長の目は、彼の全身をまるで品定めをするかのように観察していた。

 ミディアムストレートの黒髪から覗かせる左右の小ぶりの耳。特に(がら)刺繍(ししゅう)されているわけでもない暗い色の外套。外套では隠しきれない少しだけ喉仏の出た白い首筋。ささやかな手甲から伸びる細長い指。外套に隠れた軽装の戦闘服を止めるベルト。

 装備している武器防具、装飾品は例外を除き装備すればプレイヤーの外観に影響する。

 長くプレイヤー狩りをするリッドならではの癖、それは相手が高価なもしくは希少価値の高いアクセサリーを着けているかどうかの確認。

 しかし、一通り観察をしてみたもの確信に迫る答えを発見するには至らなかった。


「まー良い。 しかし一瞬でピッグを殺すほどの攻撃力、その見た目がショートソードの武器か、それか何かアビリティのつくアクセサリーか、とりあえずお前」


 首に巻いたマフラーを掴み、マスクのように鼻先までを覆う。突き刺すような眼光は鋭さを増し、何か思惑を孕むように彼を凝視する。

 リッドのその行為が何を意味するのか、ある者は勘で、ある者は嗅覚で悟った取り巻きの男たちは、下品な笑みを零しながらじりじりと距離を詰め始めていた。


「持ってるだろ! レアアイテム!!!」


 リッドが叫んだ。


 それを合図とするように、全員が戦闘態勢に入った。

 左右から二人が同時に斬りかかり、真正面からはリッドが機をうかがっていた。

 弧を描き襲いかかる二本の剣、彼は地面を強く蹴り飛ばし後方へと跳躍する。二本の刃は軌跡を描いて空を斬ったが、それを乗り越えるようにリッドの剣が襲いかかる。

 バックステップの着地の瞬間を狙いすました頭上から振り下ろされる一撃。彼も避けきることは出来ないと思ったのか、さきほどピッグを一撃で屠ったであろうショートソードを切り上げるように振ってそれに合わせた。

 小さく火花を散らせながら、甲高い金属音が炸裂する。

 払いのけるまでには至らなかった。鍔迫り合いの形になり、力いっぱいリッドは押してくる。


「やるねー、その身のこなし。 やっぱ初心者なんかじゃねーや。 しかも攻撃を武器で受け止めるには、相手の武器より攻撃力が高い武器じゃないとダメージを受けるはずだ。 見たところテメエ、ノーダメージってとこか、つーことは」


 難しいクイズの正解を導きだしたような感覚にリッドは笑みを零した。


「そのショートソードかあ!!」


 リッドは鍔迫り合いを力任せに払い飛ばす。

 彼は態勢を大きく崩し後ろに吹き飛ばされる。


「やれえ! いまだ!」


 リッドの声に合わせてまた二人が同時に攻撃をしかける。

 それをまた剣で受けようとしたが、すり抜けた片方の攻撃が彼に当たってしまう。

 衝撃でよろめきはしたものの、ダメージはさほど感じてないようだった。

 しかしそれだけで十分だった。


 狙いは致命傷を与えることではない。態勢を崩させること。

 彼はすぐさま立て直そうとするが、そんな時間を与えるはずもなかった。

 その一瞬の隙を突くように、全員が斬りかかる。

 手ごたえを感じた。

 武器を握りしめる両の手に重みを感じ、武器から伝わるその感触は笑みを浮かべさせるほどであった。

 しかし、その表情はすぐに凍りつく。

 何故なら、どうしようも無い違和感を皆が感じていたから。


 剣は深々と刺さっていた。

 戦斧は肩から侵入し胸まで達していた。

 槍はその細い胴を貫いていた。


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