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53幕 反省とそれに対する慰めと嫉妬






「お前、今日は何があったんだ?」


「え?」


 と夕食後、いつもの流れで俺の部屋に来ていたスバルが俺に尋ねる。俺はその時、ベッドに座り込んで読書をしていた。しかしいくら頁を捲り読み進めているつもりでも、本の内容は少したりとも頭の中に入ってこなかった。スバルも椅子に座り読書をしていたはずだったが、いつの間にか本は閉じられて机の上に置かれていた。どうやら俺の様子がおかしい事に気付き、伺っていたらしい。


「おかしいぞ」


「そうか?」


「夕食の時からずっと、どこか上の空のようだ」


 自分でも自分がおかしいという事はよくわかっていた。夕食時どころか、それ以前からずっと、上手く身が入らない。原因は勿論ブルームフィールドの事だった。彼の『通り道(ゲート)』を開けたのはやはり失敗だったのではないかと言う意識が自分の中でぐるぐると渦巻いていた。


「何があった」


 とスバルは言う。


「話してみろ」


 スバルが心配してくれている事はわかっていた。しかし、それを伝えるかどうかは少し悩む。本当なら彼には相談したいと思っていたのだが、スバルへの怒りが収まった後も、妙に意地のような物を張ってしまったばかりに相談するタイミングが掴めずに、1人で行って失敗した事だ。こうして事後報告をしても今更遅いし卑怯な気もする。


「……実は、さ」


 しかし、いつまでもそうしていた所で何も始まらないし変わらない。結局はやってしまった事なのだ。いつまでもうじうじと抱え込んでいても仕方がないの事なのだ。じっとこちらの事を見るスバルに対し、俺は素直に彼の好意に甘え、その事を話した。


「――成程な」


 と俺の話を聞いたスバルはそう言った。


「その男の『通り道(ゲート)』を開いて失敗したと思っていると」


「……まぁ、うん。そういう事だ、な」


 と俺はそう言って気まずさに首を掻く。


「結局、俺がやった事ってさ、彼の悩みの解決でもなんでもなくて、ただお前には魔力が無いんだっていう事を思い知らせただけのように思えてきてさ。それで、なんだか、凄く申し訳ない気がして」


 と言って、俺はあの時のブルームフィールドの事を思い出す。別れた後に振り返って見た時、彼はまた地べたに仰向けになり、両手で顔を覆っていた。


「勿論、そういう風になるってわかっててやった事だからさ、それでいつまでもうじうじしていても仕方ないって分かってるんだけどさ。それでもなんていうか、彼に悪い事したんじゃないかってなって」


「……悪い事?」


 とスバルは聞く。


「ならお前は、その男が現実を知らないままの方が良いと。そのまま一生が終わってもいいと思っているのか?」


 と言う直球な質問をスバルは投げかけてくる。


 もちろん、その事を考えなかった訳ではない。だからこそ悩んでいるのだ。


「いや、そりゃ、そんな訳ないって思ってた。だからこのままじゃいけないって思って、だから行動に起こしたんだよ。でもさ、実際そんな風に傷ついた顔見ちゃうとさ、やっぱ夢を見たままの方が幸せなことってあるんじゃないかって思ったんだ。いや、勿論それって凄く傲慢な考え方だし、あの人に対して凄く失礼な事だってのもわかってる。わかってるけどさ、それでも俺がした事って、彼の今まで見ていた夢を完全に潰しただけなんじゃないかって」


「確かに、凄く失礼な考え方だな」とスバルは小さく笑う。


「わかってるよ。わかってるんだけどさぁ……」


 と言って俺は頭をわーっとかきたい気持ちになる。


「やっぱお前に先に相談してれば良かった」


 とそう後悔する。変な意地など張らずに、そうすればせめてもう少し色々と考えてから行動出来ていたかもしれない。そんな後悔など、しても始まらない事ではあるのだが。


「そうかな」


 としかしスバルは言う。


「俺に相談した所で、どっち道お前はこうして悩む事になってたと思うがな。俺なら間違いなく、その男の『通り道(ゲート)』を開いてやれと言っていただろうからな」


「お前はあの人の魔力の少なさを知らないからそう言えるんだ」


 と俺は言って、彼から目を逸らす。しかしそれが間違いだとすぐにわかる。


「知ってるさ。アレックス・ブルームフィールド、背の高い癖毛の男だろう」


「……知ってたのか?」


「もう何年図書館にいると思っているんだ。話した事は無いが、何度も擦れ違った事ならあるさ。極端に魔力の低い男がいると思っていた。トインビーとも何度かその事について話した事があったからな。俺がなんとか出来る力があれば、きっとお前より早くなんとかしていただろうさ」


「そっか」


「それに、その程度の事で完全に夢を潰したって考え方をしているのなら、それこそ、その男に失礼だという物だがな」


 とスバルは言って続ける。


「お前が『通り道(ゲート)』を開いてやった事で、少なくとも彼はこれから魔力が増える可能性が出来たんだ。確かに、今のままだと魔力はほとんどないし、魔力が増えていくのに時間もかかるだろう。だが、絶望的だとしても、希望が無い訳じゃない。俺がその男の立場なら、どんなに無理と言われようがお前に感謝して最後まで死に物狂いであがくだろうな。お前を恨む事など無いさ」


 そう言って彼は立ち上がり、俺の傍までやって来る。


「きっとその男が本当に、心から魔術師になりたいと思っていたのであれば、現状を知って落ち込んだとしてもそのうち、なんとしてでも魔力を増やす方法を模索しだすさ。だから、それを決めるのは彼自身だ。お前が勝手にやらない方が良かったなどと決めてしまうのは、その男には失礼だという物だろう」


「……そう、だよな」


「自分の国を護りたいが為に、なんとしても魔王になろうともがいてる男を知ってる」とスバルは言った。「その男も最初この学園に連れてこられた時、あまりの知識と魔力の無さを知り、その途方も無さに絶望して落ち込んだ。今でも求めるだけの魔力は手に入れてないが、それでもその機会をくれたトインビーには感謝している」


 勿論、彼自身の事を言っているという事はすぐにわかった。


「きっとそのうち、その男もきっかけをくれたお前に感謝するようになるさ」


 スバルとアレックスでは状況は違う。しかしスバルに話を聞いて貰い、そう言って貰えた事で、少しだけ憑き物が落ちたような、気が楽になったような感じになる。


「そうかな。そうだったらいいんだけど」


「ああ。だからお前が彼を思ってやったという事は、決して間違いじゃないさ」


 そう言ってぽん、と頭に手を置かれる。それから髪をくしゃくしゃと強く掻き乱した。スバルはひとしきりそうすると、満足そうに手を離した。


「だからそう、卑屈になるな」


(……撫でられた?)


 唐突にそうされた事で、うまく反応が出来なかった。誰かに頭を撫でられたことなど、小さな時に父親に撫でられて以来の事だ。勿論ノエルとしての記憶では、つい半年前まで父さまに撫でられていたという記憶がある。しかし男に頭を撫でられたという事に、俺は妙な気恥ずかしさとくすぐったさ、それから居心地の悪さを感じてしまった。


 きっと彼なりに、慰めようとはしてくれたのだろう。やり慣れていないのか、力加減が出来ていないそれは、少し痛く感じてしまったけれども。


「……子供扱いすんなっての」


 と俺はその気遣いには感謝しながらも、年下の、それも男に慰められるという恥ずかしさなど、複雑な感情を感じながら言う。


「まぁ、でも、かなり気は楽になったかも」


「そうか、それなら良かった」


 とスバルは小さく満足そうに笑った。


「後は、俺じゃなくて、ブルームフィールドさんの問題なんだよな。持ち直してくれればいいんだけど、心配だな……」


「……ああ、そうだな」


 そう言って笑うスバルだが、少しばかり表情に陰りを落としたように見えた。


「スバル、どうかしたか?」と俺は聞く。


「いや……お前には、そうやって悩むような知人が日に日に増えてきているんだなと。そう思うと、微笑ましいのだが、それでも少しばかり羨ましくてな」


「あっ……」


 と俺はそこで気づいて、思わず気まずくなってしまう。彼はこの学園にはいるものの、行動範囲も寮か図書館と限られている。たとえアレックスの事を知っていても、話した事がないというのも、自分の立場からなのではないだろうか。きっと、知り合いもそういない。


「ごめん、俺、お前の立場とか、そういうの考えてなくって」


 と俺は慌てて謝る。


「俺としては、聞いてくれて凄くありがたかったんだけど、こういう話って、正直、迷惑だったか?」


「いや」と彼は首を振る。「お前の悩みを聞いてやれるのは嬉しい。それに時々お前から出てくる学園での話は、俺が経験出来ない分、その話を聞けて嬉しい。嬉しいのだが……」


 そう言って、スバルは俺から視線を外して目を伏せた。


「……時々お前が他の奴の話をしているのを聞くと、こう、もやもやとした気分になる。……これが嫉妬というものだろうか」


「スバル……」


「……忘れてくれ。今のは失言だ」


 そう彼は言ったが、おそらくはそれが彼の本音なのだろう。確かに俺の話は、彼からすれば()()()()()()()()()()になっていたのかもしれない。


「やっぱりこういう話、聞きたくないよな。ごめん、これからは気をつけるよ」


「……いや、そうは言っても、出来るのなら気にしないでこれからも話をして貰えるとありがたい。さっきも言ったように、俺のような存在は、そういう事を経験できない分、そうやって話を聞く事でしか経験が出来ないからな」


「本当に? 変に気を遣ってるだけじゃないか?」と俺は聞いた。「そう言って俺が話して傷つかないか?」


「本当だ」とスバルは答えた。「お前に妙に隠される方が余計もやもやとすると思うしな」


「……それは確かにそうかもな」


 確かに彼の言う通りではある。少なくとも俺は、一週間程前にスバルに『それ』をされてそう感じたのだから。しかし、今はその事については触れないでおく。


「わかった、気にしないでおく。でも、うん。……でもさ、上から目線みたいになるかもしれないけど、きっとお前にも、友人がもっと出来る日がくるよ」と俺は言った。「お前は間違いなく良い奴だ。本当に。こうやって俺なんかの悩みにも真摯に乗ってくれるような奴だしな。ほんとに、ありがとな。だから、たとえお前が魔王だとしても、お前の良さを知れば、俺みたいにお前の事を好きになる奴ってのは、きっと出てくる思うよ。そりゃもう俺なんかよりさ」


「……好きに、か」


「いや、わざわざそう言うところをわざわざ強調しなくていいから」


 と俺は言いながら少しばかり恥ずかしくなる。そう言われると変な事を言っているような気分になる。


「でも本当に、もっと色んな友人が出来て欲しいと思ってるよ」


「ありがとう」


 とスバルは返す。


「俺もお前のようにそう言ってくれる素晴らしい友人が出来るなら、嬉しいと思うよ」


(恥ずかしい事を言うよな、こいつ……)


 と思いながら彼から視線を逸らせる。




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