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52幕 魔素の『流れ道』と気付き







 時計塔の裏。陽があたらなく人気の無いその場所で、俺とアレックスは向かい合い座っていた。目的は勿論、彼に一般的な魔術師の持つ魔素の『流れ』を経験させるためだ。スバルと魔力制御の練習を行う時とは違い、俺とアレックスの間には適度な距離があった。『魔素漏れ防止の鉱石』をアレックスがつけている訳ではないので、肌に触れる必要がないのだ。男と身体を触れ合うというのは、やはり抵抗があるので、そうしないでよいのは助かる。


 リアンの話を聞いて、1週間が経っていた。


 『通り道(ゲート)』の話を、アレックスに話すかどうかでかなり悩んだ。


 俺が行おうとしているのは、決して彼の魔力を高める事ではない。あくまで彼に、彼の魔力の無さを『気づかせる』という事だ。リアンの言うように、彼がその事でかなりショックを受けるであろう事は理解している。知らない方が幸せという事もある。本当はその事で誰かに、スバルにでも相談したかったが、一度話すタイミングを逃したせいで上手く相談出来ておらず、他の人にも相談出来ていなかった。結局、最初に相談したのは他ならぬアレックス本人だった。


 『うん。やって欲しい。自分の魔力が低いってのを思い知らされるとしても、このままでいるよりもずっとマシだと思う。それに今のままだと、僕は死んでいるだけのような物だから』


 彼に話した所、そう2つ返事でやって欲しいと返ってくる。勿論、相談した時点で、そういう返答が来る事はわかっていた。しかし俺も、アレックスにそのままでいて欲しくなかったという想いがあった。だからこそ話したのだ。


「……」


 向かいあった俺達は、目をつむり、意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ます。部屋と違い、流石に胡坐はかいていない。


 大気をたゆたう魔素の中から、アレックスの放出する魔素を探す。彼の魔素は、油断すると見失ってしまうような程、かすかな魔素だ。しかし、それでも彼は全力で魔力を遣っていた。やはり彼の魔力は『低い』。それも、並大抵の低さではない。


 まるで線香からあがる煙のように弱弱しいその魔素の発生源を辿っていく。


(……捉えた)


 やがて、彼の魔素の『通り道(ゲート)』を見つける。並大抵の魔術師であれば簡単に見つけられるハズのソレは、何かに気をとられでもすれば簡単に見失ってしまう程に小さく、リアンの言っていたように、『針穴』のようだ。俺はその小さな『穴』に向け、魔力を働きかけてこじあけようとする。イメージとしては、エレベータの扉を、内側から指をかけて強引に開こうとする感じだろうか。その『扉』を開けるには、かなりの魔力を使わなければいけなかった。


「う、うわっ!」


 唐突にこじあけられた魔素の『通り道』に、アレックスは驚き、声をあげた。彼の集中力が途切れ、発していた魔力が消える。『通り道』も閉じられてしまった。『通り道』の開いていた時間は一瞬だった上に、やっとの思いで開けたというのにも関わらず、その大きさは、並大抵の魔術師の物よりも一回り以上小さな物にしかならなかった。


 しかしそれだけでも、彼には十分なようだった。


「どうですか? 今さっき感じたのが、その、一般的な魔術師の使っている、『流れ道』の感覚だと思います。本当は、多分、もっと大きい、物、なんですけど……」


 こんなに大量の魔素を使わなければならなかった経験は今までになかった。お陰で、一瞬にしてかなりの魔力を消耗してしまっていた。肩を上下させて息をしなければ苦しい。彼以外の大きさの『通り道』を広げる事など、到底出来ないだろう。少なくともそんな事をすれば、身体が持たない。


「そっか。今のが、そうなんだね……」


 とアレックスは少しばかり呆然としていた。俺の方を見ずに、ぼんやりと焦点のあっていない目でどこかを見ている、その状態を上手く受け入れられていないようだった。


「何だろうな、言葉にしづらいんだけど……、今、天井が一気に高くなった感じだよ。ずっと図書館に篭っていて、急に外へ出た時の空の高さを感じているような、そんな感じがする。世界の見え方が一瞬にして変わったというか、なんというか……うん、とにかく、凄いや」


 どさり、と彼は芝生に向けて仰向けに倒れる。


 その声がどこか悲しそうな響きを孕んでいるようで、心配になり、彼の様子を見る。彼はぼんやりと空を見つめて、一つ大きな溜息をついた。


「ブルームフィールドさん、大丈夫ですか?」


 と俺は聞く。


「ああ、うん。大丈夫だよ。全然。でも、不思議だね、『通り道(ゲート)』が開いたのは一瞬の事だったのに、君の言っていた通り、今まで分らなかった色んな事が、急にわかるようになってきたよ」


 と彼は俺の方を見ないで、ゆっくりとした口調でそう言った。


「でも、参ったな……覚悟はしていたんだけど、まさかここまで、自分に魔力がないとは思っていなかったよ」


 それは力の無い声だった。その声を聞いた瞬間、俺は彼の『通り道(ゲート)』を開いた事が、やはり間違いだったのではないかと思い始めてきてしまう。少しばかり、胸が痛んだ。


「あの……」


「少しだけ、話をしてもいいかな。出会ってまだ日が浅い君にするような話じゃない、下らない話かもしれないけど。誰かに聞いて欲しいんだ」


「……はい」


 と俺は答える。彼はそのまま、虚ろに空を眺めながら口を開く。


「正直ね、僕は今まで、僕なりに全力でやってきたつもりだったんだよ。どうやったら魔法が遣えるようになれるのか、そのイメージは全然付かなかったけど、それでもがむしゃらに頑張ってきたつもりだった。今はどうしようもなく駄目だけど、こうしていれば、いつかきっと、自分は皆と同じように魔法が遣えるようになるんだって、偉大な魔術師になるんだって、ずっと信じやってきたんだ」


「……」


 俺は黙ってそれを聞く。


「皆には『お前には才能が無い』なんて言われるし、先生達からは研究者になった方が良いって言われたよ。陰どころか、堂々とゆびを指して笑われる事もあった。現実を見て家に帰りなよって。勿論ね、自分でもどこかで思っていたんだよ。僕は魔術師に向いてないんじゃないかって。もしかしたら、このままずっと、僕は何の芽が出る事もなく終わってしまうんじゃないかって。そう思うと凄く怖かった。でもね、いつかきっと報われる日は来る。今はきっと、雌伏(しふく)の時なんだ、我慢をする時なんだって、ずっと自分に言い聞かせてここまできたんだ。どんなに辛くても、今さえ耐えれば、頑張っていれば、いつか必ず魔術師になれる日が来る、そんな風にね」


 彼は続ける。


「でも、不思議だよね……。さっきの出来事は一瞬の事だったのに、それで全てが変わったんだ。今まで何年も何年も信じてきて、自分を奮い立たせてきた御守りみたいな考えがね、今じゃもう僕の中じゃ何の意味も持たなくなっているんだ。君のお陰で、自分の魔力量を感じられるようになってね、今、はっきりとわかったよ。僕は本当に、まったく、全然、魔法の才能なんて無かったんだって。どう頑張っても、僕は魔術師になれない……」


 はは、と力なく彼は笑って、両手で顔を隠すように覆った。


「覚悟はしてたつもりだったけど、まさかここまでとは思わなかったよ」


 と彼は両手で自分の顔を隠したままもう一度そう言った。泣いている様子こそなかったものの、そんな自分の顔を見られたくないと言ったようだった。


「ブルームフィールドさん」


 彼がその事実を知って、傷つくというのはわかっていた事だ。


 勿論こうなる事を予見していて、その上でやった事なのだ。覚悟をしていたつもりだった。だがわかっていた事とは言えども、それでもやはり、そのように傷ついている姿を見るというのは、辛い物がある。


 しばらく彼はそうしていたが、やがてむっくと起き上がって、力ない顔で俺を見た。髪や背中に芝生が付いていたが、それを払う様子も無い。気力もないのかもしれない。


「ごめんね、アルフオートさん。凄く変な話をしてしまったね。こんな話、聞いても嫌な気分になるだけだよね」


「いえ、こちらこそ、」


 すみません、と咄嗟に謝りかけて、言葉を引っ込めた。謝るという事は何かが違う事のような気がした。それに、そんな事をしては彼にとって失礼な事のような気がしたのだ。その事に彼は気付いたようで、小さく笑った。


「君が謝ることなんてないさ。まったくない。むしろ、それを気付かせてくれた事に、本当に感謝しなきゃいけないくらいだよ」


 と彼は言った。


「……正直ね、今、僕は心がとても清々しいんだよ。あれだけ何を言われても『魔術師』の道にこだわっていたはずなのに、今はそんな風にまったく思わなくなってる。あれだけずっとその事ばかり考えていたハズなのに、今はそれどころか、これからどうしようかな、なんて、前向きな事を考え始めている僕がいるんだよ。不思議だよね。皆に言われる通り、研究者になるのもいいかもしれない。今までずっとこうやって篭ってきたんだから、少しばかり旅に出るのもいいかもしれない、なんてね」


 明るい口調ではあるが、やはりどこかわざとらしくも見えてしまう。もしかしたら、俺が傷つかないように気を遣ってくれているのだろうか。


「勿論、これで簡単に諦めがついた訳でもないんだけどさ。今の自分の魔力がどんな物かわかったのだから、『それだけの魔力』をなんとかして身に着ける方法を探すのもいいかもしれないね。勿論、その可能性が薄いというのもわかってるよ。でもね、君のお陰で、可能性が0じゃなくなる事は出来たんだ。少なくとも、残りの学生生活の間に、足掻いてみるのもいいかもしれないね」


「……そう、ですね」


 俺は何と声をかけるべきか悩んだが、何も思いつかなかった。『ブルームフィールドさんなら出来ますよ』などという言葉を安易にかけるべきではないと思った。結局、これからの事を決めるのは彼なのだ。


「……さぁ、そろそろ次の授業が始まる時間じゃないのかな。もう行った方が良いよ。長々とこんな話を聞いてくれてありがとうね。今日は本当に助かった。……僕はもう少しだけここにいるよ。大丈夫だよ、心配しなくても。ただもうしばらく、ここで1人にさせて欲しいだけなんだ」


「わかりました」


 わざとらしくそう言う彼に俺が出来る事は、その気持ちを汲んでやる事くらいだった。





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