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僕らはたぶん地球人  作者: ナカタ彼方
エピローグ
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エピローグ

 いつからだろう。

 気づいたら僕は”匂い”に敏感だった。


 嬉しい匂い、悲しい匂い、怒っている匂い。

 嫌っている匂い、遠ざけようとしている匂い。

 そして、好きという匂い。

 言葉より、表情より、態度よりもずっと正確に、気持ちそのものが僕の鼻を通り抜けて直接飛び込んできてしまうんだ。


 シナスタジア、共感覚。

 そんなふうに名前がついていたりするのかもしれない。そんなことを最近読んだ本で知った。


 だから、いつも怖かった。


 誰かの感情が、喉の奥から僕の鼻に引っかかって、息をするたび、胸の奥に突き刺さるみたいで。


 守って欲しくて、守りたくて、僕はあの羊のぬいぐるみをランドセルにつけていた。

 あったかくて優しくて、僕を守ってくれるような気がしたんだ。


 小さい頃の僕を写したという写真が、家のアルバムの中にある。


 生まれたばかりの写真。

 オムツをしている写真。

 誕生日、ケーキの前で笑っている写真。

 砂場で誰かと遊んでいる写真。


 でも、どれを見ても、それが自分だったという実感が、どうしても湧いてこない。


 ”赤ちゃんの頃の自分”

 ”幼稚園の自分”


 本当にあれは自分だったのだろうか。

 記憶の糸はどこにも繋がっていないのに。


 もしかしたら、”記憶の連続性”なんて言葉でバーフィットが言ったみたいに、あの写真に写る子どもは「僕」じゃなくても良かったのかもしれない。

 ただ、タイムスタンプが偶然同じだった”別の誰か”でも、何ひとつ矛盾はしないんだ。


 僕の”連続している人生”はぬくぬく君が汚されたあの日から始まった気がする。


 守るために嘘をつくようになって、そして、世界から隠れる方法を覚えた。

 人の感情という海から溢れ出す匂いを、嘘という羊毛で覆い隠すことを覚えたんだ。


 だから、”違う星からきたのかもしれない”という記憶だって、本当か嘘かなんて、誰にも証明できない。


 だって、それまでの記憶がない、赤ちゃんや、幼稚園児の僕と、こうして星空を眺めている僕とは、何ひとつ記憶の糸がどこにも繋がっていないのだから。


 タルサス星人の僕が嘘の自分ならば、ケーキの蝋燭を吹き消そうとしている子どもだって嘘なんだろう。


 嘘も記憶の一部だし、嘘が本当を守ることだってある。


 そして


 校庭で走る遼を見た時。

 遼の匂いは、僕の人生のどの記憶よりも鮮明に繋がっていた。


 孤独の匂い。

 焦りの匂い。

 そして、自分を守る嘘の仮面を剥ぎ取ろうともがく匂い。

 仮面の下に隠された、どこか優しい、あの匂い。


 僕と同じ。


 あれだけは嘘じゃないとはっきりわかったんだ。


 遼と一緒に走り回った花火の夜。

 あの夜の僕の記憶は、今までのどんな記憶よりも”自分”だった。

 そこから始まった記憶が教えてくれた。

 僕はもう、自分を守るための嘘はいらなくなったんだって。


 遼が星空を見つめながら言った。

「僕たち、どの星からきたんだろう」


 あの瞬間、胸の奥がふっと温かくなったんだ。


 どこの星から来たとかどうでもいい。

 ここで星を見上げているということだけでいいんだ。


 僕の記憶は、あの夜、本当に一本の糸につながったんだ。


 だから僕は笑って言ったんだ。


「たぶん、僕らは地球人」


 了

最後までお読みいただきありがとうございます。

はじめて長編小説というものを書き上げることができました。

感想や、レビューなどをいただけると次回先への励みとなります。

よろしくお願いします。

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