世界に「窓」を開いたブラウザ 第4話:Mosaicの衝撃
作者のかつをです。
第二十章の第4話をお届けします。
Mosaicの爆発的な普及と、それを持て余す大学組織。
そして、ビジネスの世界からの誘い。
典型的な「大学発ベンチャー」のサクセスストーリーの幕開けです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1993年1月。
NCSAは、Mosaicを正式にリリースした。
それは無料で、誰でもダウンロードして使うことができた。
反応は、爆発的という言葉でも生温かった。
リリース直後から、NCSAのサーバーはアクセス過多で悲鳴を上げた。
世界中の研究者、学生、そしてPCマニアたちが、この新しいブラウザを求めて殺到したのだ。
「Mosaicを使えば、インターネットがカラーテレビになるぞ!」
その噂は口コミで広がり、さらに新聞や雑誌が取り上げたことで、一般の人々にも知られるようになった。
ニューヨーク・タイムズ紙は書いた。
「Mosaicは、インターネットのキラーアプリだ」と。
それまで、インターネットという言葉すら知らなかった人々が、Mosaicを使うためにパソコンを買い、モデムを接続し始めた。
ウェブサイトの数も、指数関数的に増えていった。
1993年の初めには、世界に数十個しかなかったウェブサーバーが、年末には数百、数千へと激増した。
企業のホームページ、個人の日記、趣味のファンサイト。
あらゆる情報が、Mosaicという窓を通じて発信され始めた。
マーク・アンドリーセンは、自分たちが起こした旋風の中心で、その光景を眺めていた。
NCSAのメールボックスには、毎日何千通ものファンレターやバグ報告が届いた。
「素晴らしいソフトをありがとう!」
「人生が変わったよ」
しかし、NCSAという組織は、あくまで大学の研究所だった。
彼らはこの大成功に戸惑っていた。
「我々の本来の任務は、スーパーコンピュータの研究だ。ブラウザのサポートセンターじゃない」
研究所の上層部は、Mosaicの権利を管理し、ビジネスとして展開することには消極的だった。
それどころか、開発者であるマークたちを、厄介者扱いし始めていた。
「俺たちが作ったのに、主導権を握れないのか」
マークは大学を卒業すると同時に、NCSAを去った。
彼はシリコンバレーへと向かった。
そこには、彼を待っている男がいた。
ジム・クラーク。
シリコングラフィックス(SGI)の創業者であり、百戦錬磨の起業家だ。
「君の作ったMosaicはすごい。だが、大学の中にいては世界を変えきれない」
クラークは言った。
「一緒に会社を作ろう。そして、インターネットの覇者になろう」
Mosaicの衝撃は、まだ序章に過ぎなかった。
本当の伝説は、ここから始まる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この時、ジム・クラークがマークに目をつけなければ、今のウェブの発展は数年遅れていたかもしれません。ベテラン経営者と若き天才エンジニアのタッグ。胸が熱くなる展開です。
さて、シリコンバレーに渡ったマーク。
彼らが作った会社は、インターネットバブルの引き金を引くことになります。
次回、「インターネットの爆発」。
伝説の企業「ネットスケープ」の誕生です。
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