その4
紗由たちが誠の家に行っている間、龍、翔太、翼、大地の4人は、四辻家で会合を開いていた。
「みんな、急にごめんね。一度、4人で話をしておきたかったんだ」
龍が言うと、大地が笑顔で答えた。
「助かるよん。僕、実はあんまりよくわかってないし」
「まあ、大地の力は皆とちょっと違うからね。メインの力で言うと、翼が過去のこと、翔太がピカピカの様子から現在のこと、僕が未来のことを探査するっていうのが基本だけど、大地の場合は人の体を正常な状態にするわけだから」
「うーん。今回、あんまり役に立たないかも。ごめんにょ」
「いや。あんまり考えたくないけど、いざという時に一番役に立つのは、大地と風馬おじさんのヒーリング能力だよ」
「有川先生が病気や怪我の時いう意味か? そないならんよう、何とかせんとな」
「うん。もちろん」龍は力強く頷いた。
「真里菜がね、小学部に変な匂いがするのはわかったんだけど、それが有川先生を守ることと、どうつながるのか、わからないって言うんだよん。
僕もそうなんだけど、龍くんや紗由ちゃんは、何をどういうふうに受け取ったの?」
首を傾げる大地。
「僕がビジョンを受け取ったのは組閣の前日。目の前を歩いていた有川先生が突然赤い何かに包まれるっていうものだった。
翌日、紗由と二人でテレビのニュースを見てたら、紗由が泣きそうになったんだ。前にもこういう気持ちの時があったって」
「それって、うちのおじいちゃまの時?」翼が小さな声で尋ねた。
「…うん。だから、有川先生に何かあったらどうしようって。
それで、おばあさまに相談したら、賢ちゃんが、有川先生の姿が消されていた例の写真の件で、おばあさまに連絡したところだったんだ」
「おじいちゃまとも関係があるってこと、もう少し、早く聞いておけばよかった。そうしたら、奏子も石の使い方、もう少し気をつけてたと思う」
「あー、せやな。紗由ちゃんから聞いた時、すぐに言うとけばよかったわ。すまんなあ」
「あ、うん…」翼がうつむく。
「んで、紗由ちゃんは、幼稚園で皆に相談したんやな。そしたら、奏子ちゃんの石の様子もおかしくて、まりりんちゃんは小学部のほうで変な匂いがするて」
「たぶん、まりりんが感じた匂いは、これから先、小学部のほうで何かが起きて、それが有川先生のこととつながるんだと思う。
おばあさまが言ってた。いろんな場所で一時に起きる変化は、後々、ひとつにつながることが多いって」
「じゃあ、いろんなことの関係を考えながら、検討せなあかんな」腕組みする翔太。
「そういうこと。じゃあ、まずは翼、この前、澪ちゃんと一緒にビデオを精査した結果を報告してくれるかな」
「うん。えーと、これが澪ちゃんと一緒に見たビデオ。内閣で集合写真を撮った時のものだよ」
翼は早速リモコンのスイッチを入れ、ビデオを皆と一緒に再度見ながら、澪と検証した内容を3人に伝えた。
「つまり、撮影者の左側にいたのが誰かってことだね」
「保先生か有川先生に聞いたら、いいんじゃなーい?」大地が言う。
「聞いたんだけど、人が大勢いて、いちいちそっちを見ている暇はなかったって。スケジュールも5分刻みで忙しかったみたい。有川先生も同じだろうけど、今日せっかく紗由たちが先生の家に行ってるから、確認できればよかったなあ」
「有川先生たちなら、再来週、地元の事務所に帰って、その後は清流にお泊まりや。それまでに、ようわからんかったことは、あっちでまとめて聞いとくわ」
「うん、わかった。あとは、チーズケーキの謎だけど、僕は、紗由たちの前にあった来客予定がキャンセルになったんだと思う」
「ああ、そうか。それ、思いつかなかった」翼が笑う。
「でも、誰やろなあ、そのお客。大人の男の人のためにチーズケーキ丸ごとなんぞ、用意せえへんよな」
「女の人か子どもがたくさんなんじゃないのぉ?」
「有川先生、女の子が大好きだもんね」
真面目な顔で翼が言うと、3人は思わず噴出した。
「翼は、竹田先生たち3人に直接会えば、本人から過去をたどれるかな?」
「相手が防御してない限りは」
「防御なんてできるんにゃ」大地が翼の顔を覗き込む。
「うん。保先生のは読めないよ。“命”さまがそうしてるのか、保先生がしてるのかは、わからないけど」
「へえ。俺がぴかぴか見えん時があるのと同じかなあ」
「有川先生のほうは、たどれると言えば、たどれるんだけど、出てくるのが恭介くんのことばかりで…」
「有川先生の考えを読むまでには至らないってことか…」がっかりした様子の龍。
「たくさん出てくるんなら、恭介くんが大事なんじゃなーい?」
大地の言葉に振り向く龍。
「翔太、恭介くんのぴかぴかは、どんな感じ?」
「ちょっと不思議いうか、1年前の紗由ちゃんみたいな感じかな。近くにいる人のぴかぴかに似せて色がよう変わる」
「他人の影響を受けやすいってこと?」
「それはないんじゃないかなあ」翼が否定する。「奏子が言ってたもん。すごくマイペースなんだって」
「真里菜も言ってた。充くんの言うことしかきかないって」
「ふーん。それなのに、ぴかぴかがそんなふうに変わるって…コピーができるのかな」
「でも、あそこのお家は、そういうとこやないやろ」
「恭介くん、自分だけできないって、すぐべそかくみたいだじょ」
「家系ってことで言うなら、例外もあるよ。例えば、おばあさまの配下には、一般家系の出身だけど、おばあさま直伝で、かなりの能力を得ている人もいる」
「へえ…」一様に感心する、翔太、翼、大地。
「まりりんが、紗由や奏子ちゃんの力の影響をだいぶ受けていることからもわかるように、有川先生が、じいじや四辻先生から影響を受けていたことだって考えられるしね」
「じゃあ、真里菜たちが誠さんに石の使い方教わるみたいにさあ、有川先生も“命”さまから、いろいろ教わればいいじゃん」
「それも一理あるなあ」翔太が頷く。
「うん。誠さんに石の使い方教わるだけでも、何かあったとき、連絡取りやすくなると思うし」同意する翼。
「先生本人に伝えるかどうかの問題もあるからなあ。まあ、考えておくよ」龍が言う。
「で、龍。その誠はんやけど、今のところ、受け取っとるのは2つやったな」
「火が燃え上がる情景とハイビスカスの花」
「ハイビスカスのほうは、奏子が沖縄のエコリンピックじゃないかって言ってた。
でも、“火”のほうはどんな意味なんだろうね。有川先生とどう関係するんだろう。さっきの赤い何かって火なのかな…」翼が考え込む。
「でも、誠さんが受け取ったんだから、結果として“いいこと”なんだよねん?」
「そういうことになる」大地の質問に頷く龍。
「うーん。俺には、“いいこと”と“悪いこと”の違いいうか、“壱”と“弐”の受け取ることの違いが、いまだにようわからんわ」
翔太が腕組みして、翼や大地のほうを見た。
「だって、そうやろ。例えば俺が倒れている絵が浮かんだとする。
俺は死んでしまってるのかもしれへんし、倒れているところを見つけられて助かるのかもしれへん。解釈次第や」
「…火が燃え上がる…普通はあまりいいことじゃないよね。爆発とか、火事とか。有川のおじさまに関連して受け取ったことなら、有川先生が爆破に巻き込まれる可能性だってあるよ」心配そうな翼。
「それじゃあ、あかんやんなあ」
「でも、巻き込まれたからって、死ぬとは限らないし、それで悪い奴らが一気に片付くこともあるよ。神様にとってのいいことと、僕たちにとってのいいことは、全部が全部、一致してるわけじゃないさ」龍が言う。
「まあそれは、そやけどな。結果論いうやつで言うなら、爆破の絵を受け取ったところで、先生のほうは爆破されなくて、花火の祭りにでもなれば、つじつま合うしな」半ば投げやりに笑う翔太。
「そうか。それだよ!」龍が翔太の肩を掴む。
「あん?」
「僕も今いち、わからなかったんだ。おばあさまの考え。でも、きっと、そういうことなんだ。
先生が爆破から逃げて、爆破に見えたものがイベントだったらいい。別のイベントを用意しておいて、爆破や火事を止めればOKってことだよ」
「それはわかるけど、“命”さまは今、回線を使えへんようにしてあるんやろ。
こっちが何か仕掛けて、その後に“命”さまのほうで何か受け取ったら、それと辻褄いうのが合ってないとあかんようになるわけで…」翔太が眉間にしわを寄せた。
「じゃあ、その時は、おばあさまに辻褄合わせてもらおうよ。そもそも、受け取らないなんて言ってる、おばあさまがいけないんだからね」口を尖らせる龍。
「にいさまって、ときどき子どもだよねえ」
「紗由!」
「おお。紗由ちゃん、お帰り。早かったなあ」
「うん。きょうは、しゅくだいでて、みんな、おうちでやってくることになったの」
「ふーん。どんな宿題出たの。手伝ってやろうか」
紗由が言った“子ども”の一言にかちんと来たのか、龍は上から目線な物言いをする。
「なにがでたか、あててみて」
紗由が龍を試すように言うと、龍は口を尖らせた。
「紗由って、時々、おばあさまにそっくりだよね」
「じゃあ、びじんになるね」腰に手をやり、自慢げに言う紗由。
「ああ。口も達者になるよ」
「あたまも、よくなっちゃうんだね」
次々と龍に応酬する紗由を見て、翼と大地がうつむいて笑っている。それに気づいた龍は、さらに面白くなさそうな顔になる。
「…ああ、やっぱり違うや。おばあさまは紗由みたいに能天気じゃないもん。ああ見えて、慎重だし、陰で地道に行動するんだ。紗由みたいに、考えなしにすぐ何かしたりしない」
ポジティブな紗由に負けずと、攻撃の矛先を変える龍。
「さゆ、かんがえてるもん。ケーキやさんだって、おいしいところから行くよ!」
「食いしん坊!」
「わからずや!」
「これこれ、ケンカしてる場合やないやろ」紗由の頭をぽんぽんと撫でる翔太。
「なあ、龍。“命”さまって、龍が今言うたように、いっつも、わからんとこで段取りしてるやろ。今回だけ、何もしとらへんの、おかしゅうないか?」
「まあ、確かにね。でも、僕たちに任せるつもりだからじゃないのかな」
「もしかして、もう受け取っとるんちゃうか? 受け取らんつもりいうのは、もう受け取る必要がないからで」
「でも、受け取ってるなら、わざわざ電波妨害する意味ないよ」
「これから受け取るて思わせるためかもしれへん。他の“命”たちや機関の注意が、そっちに向くやろしな」
「もしそうなら、僕たちは、おばあさまの受け取っていることを推理して、誠さんの受け取ったことと辻褄合わせながら、おじさまを守らないといけないってことか…」
「パズルみたいだじょ」大地が笑う。
「翼くん、そういうの得意そうやん」
「材料がないと解けないよ」残念そうな翼。
「あのね、さゆたちのしゅくだいもパズルなの」翔太の腕にしがみつきながら言う紗由。
「パズル?」
「みんなの石は、おとなりになると、できることと、できないことがあるの。だから、5つをどうやってならべたら、いちばんいいかを、かんがえるの」
「5つ?」龍が問い質す。
「あ…」しまったという顔をする紗由。
「さては恭介くんにも石を渡したんだな」
「えーと…」紗由が翔太の陰に隠れる。
「ちょうどいいんじゃない。恭介くんが使えるなら、連絡する時に助かるよ」翼が言う。
「連絡できる人は多いほうがいいじょ」大地も翼に同意する。
「そうだな。ここは様子を見ようか」
腕組みする龍に、他の4人はくすりと笑った。
「にいさまって、ときどき、じいじにそっくりだよねえ」
そう言われた龍は、顔はそっぽを向きながらも、どこかうれしそうに顔を赤らめた。
* * *
龍たちの会合が終わり、ティーブレイクとなったとき、紗由が翼を廊下に呼び出した。
「つばさくん。さゆ、まねっこしてもいーい?」
「ん? いいけど…」
「じゃあ、ちょっと石かりるね。まりりんが、もってるやつ」
「でも、どうして?」
「あぶないめにあったときにね、さゆのちからだけだと、みんなをたすけられないの。つばさくんのが、ひつようなの」
「危ない目って?」
「まだ、わからない。でも、みつるくんが、くるって言ってたから、きっとそう」
「ねえ、充くんは災いを受け取れるの? 悪い人が来るのがわかるって、奏子も言ってたけど」
「にんじゃは、そのぐらいわからないと、じぶんがつかまっちゃうでしょ?」
「まあ…そうだね」翼が笑う。
「じゃあ、あとでちょっと、あたまのなか、くるくるってさせてもらうね」
紗由はそう言うと、台所のほうへと走っていった。
* * *
進の報告を受けた華織は、しばし考え込んでいた。
「SPたちが確保して車に連れて行こうとした時に、彼のズボンに炎が上がったんだそうです。一瞬で消えたそうですが」
「それも変な話ね。充くんがゲキマヨをズボンの中にもみこんだんでしょう? 油はよく燃えそうなものだけど」
理科の実験が不具合に終わったかのような華織の口調に、進は思わず苦笑した。
「華織さま。現在の問題はそこではないかと…」
「まあ、いいわ。とにかく、普通の火ではなかった。そう言いたいのね」
「はい。おそらく、未那が言っていた“火”なのではないかと。その不審者役の男の行方がわからなくなっているのも気になります」
「青蘭の側も変よね。不審者侵入を想定した訓練で、保護者への連絡に不備があるなんて、考えられないわ」
「園児たちは大騒ぎだったようですね。帰宅してから報告を受けた保護者からの電話で、回線がパンクしてたらしいです」
「当然よ。周子さん、青くなってたもの。でも、幼稚部内で燃えなかったのが不幸中の幸いね」
「はい。SPが即座に確保しなかったら、幼稚部への火炎瓶代わりになっていた可能性もあるかと」眉間にしわを寄せる進。
「でも、一瞬で消えたということは、誰かが封じたのよね。紗由の話からすると、紗由ではない。興味深いわ。…でも、この件、龍からは報告がなかったけど、紗由は龍に報告してないのかしら」
「お二人は最近どうやら、少しばかり、けん制し合っているようです」
「あらそう。大人の技を覚えたのかしら」少し嬉しそうに笑う華織。
「それから、どうやら、森本があちらに接触したようです。私のレベルでは、彼の真意までは読み取れませんでしたが」
「あら、そう。私も読めないわ。当分読まないって決めたし」ニッコリと微笑む華織。
「華織さま。そのようなことを、おっしゃっている場合では…」
「彼は彼なりに苦しいんだわ。こんなことなら、あの人のこと、ちゃんとお仕置きしておけばよかった」
「その辺は、いたしかたありません。やり過ぎても保さまにご迷惑がかかるでしょうし」
「そうよね…ここは様子を見ましょうか」
華織は保の真似をしながら言うと、進にウインクした。
* * *
翔太が西園寺邸に泊まりにくるときは、いつも賢児と玲香の住居である別館のほうだった。
玲香としても、たまにしか会えない可愛い甥と過ごせるひと時であり、清流の様子を直に聞けるということもあり、楽しみな時間でもあった。
「まーくんと、まこちゃん、ほんまにかわええなあ…」
しみじみと二人の顔を眺めながら、相好を崩す翔太。
「ふふふ。翔太もこうだったわよ。天使っているんだなあって思ったもの」
聖人の頭をなでながら言う玲香。横では賢児が真琴の頭を愛おしそうになでている。
「わかるよ、それ。俺も、龍や紗由のとき、そう思った」
「その、龍と紗由ちゃんなんやけどな…二人の様子はどうや?」
「ん? どうって?」
「あの二人、普通に話しとるか? 何か変なとこ、ないか?」
「翔太は、二人が変だと思ってるのか?」逆に尋ねる賢児。
「皆がいても、頭ん中で話しとる。ぴかぴかを見とると、二人は時々、頭ん中を閉じたり開いたりしちょる」
「それって、しないほうがいいの?」心配そうに翔太を覗き込む玲香。
「いや。頭ん中で普通に話しとるだけなら、ええんや。でも、最近の龍は…」翔太がうつむく。「紗由ちゃんの、向こうを探ろうとしとるような気がして」
「どういうこと?」
「俺にも全部はわからん。でも、紗由ちゃんが応じてないのに、先に進むみたいいうか…うまく言われへんわ」頭を抱える翔太。
「ねえ、翔太。龍くんは紗由ちゃんの“向こう”を探ろうとしているって言ったわよね。具体的に誰のこと?」
「うーん。すもも組の誰かやろうなあ」
「じゃあ龍くんは、紗由ちゃんを通じて、すもも組の誰か、もしくはさらにその向こうにいる人の様子を探ろうとしているってこと?
紗由ちゃんは、それに気づいているのに怒ったりせずに、開いたり閉じたり…つまり、協力したり、しなかったりなのね?」
「ああ。だから、変な感じなんや」
「じゃあ、はっきり聞いてみろよ」
「なんや、しづらいんやわ。二人ともまるで、しゃべらんて決めた時の“命”さまみたいで…」
翔太がためいきをつくと、ベッドから聖人と真琴の声がした。
「あー。あー」
「まーくん、まこちゃん、助けてやぁ」
翔太が聖人の体をなでたとき、ひじが足首についていたアメジストに触れた。
“うん。いいよ”
「え?」
「どうした、翔太?」
「今…まーくんが、しゃべった…」翔太が賢児を見上げる。
「何を言ったんだ?」
「“うん。いいよ”て」
「このアメジストかしら…?」
玲香が聖人と真琴の足首を覗き込むと、二人はまた声を発した。
「あー。うー」
「そのようだな」
「石があれば前のように皆と“お話”できるわけですね」
3人は改めて二人の様子を覗き込んだ。
* * *
自分の部屋で石の手入れをしていた龍は、紗由の言った言葉を、ぼんやりと頭の中で反芻していた。
“にいさまって、ときどき子どもだよねえ”
そんなこと、言われなくてもわかってるさと、龍は思った。
学校にいるとき、周囲の人間が自分の話に付いてこられないと、心の中でかなりいらいらしてしまう。さっきだってそうだ。学校の友達よりはずっと楽だけど、それでも翼や大地とは、きちんと“合っている”わけじゃない。
翔太がフォローしてくれるから、何とかなってるけど、こんなことじゃダメなんだ。これから先、皆をまとめて、有川先生の件に当たらないといけないのに。
「紗由は上手なんだよなあ、こういう時…」
龍は石を両手で包み込むと、静かに目を閉じた。
* * *
「じいじ。ほうこくにきました!」
大きく手を振りながら書斎に入ってきた紗由に気づいて、保はデスク下のスイッチを慌てて押した。
「ありがとう」
紗由は保の正面に回って、じっと保を見つめる。
「では、報告をお願いしようかな」
「はい! えーと…えんちょうせんせいが、しばらくおやすみすることになりました。こんど、いつくるか、わからないです」
「お休み? どうしてだい?」唐突な展開に戸惑う保。
「えーと、このまえ、あさかせんせいが来て…」紗由は手に持っていた内閣集合写真の一人を指差した。「えんちょうせんせいが、それからぐあいがわるくなって、びょうきで来ないことになったの」
「何の病気なんだい?」
「わかんない。でも、みつるくんが、あんずぐみのせんせいのはなしを、こっそりきいたら、のいろーぜっていうのだって、いってたんだって」
「ノイローゼ? 穏やかじゃないな。いったい何があった…のかは、紗由に聞いてもわからないよなあ」自分の質問に自分でけりをつける保。「ところで、朝香くんは視察か何かだったんだろうか…」
「さゆね、ちゃんとごあいさつしたよ。えんちょうせんせいに、ごようじですか?ってきいたら、そうだって言ってた」
「と言うことは、紗由たちのクラスを見にきたというわけじゃないんだね」
「うん。げんかんのまえで、おむかえまってたら、つうろのところにいたの。だから、はしってったら、みんなついてきちゃった」首を傾けて、にっこり笑う紗由。
「紗由が動くと、すぐに皆ついてきちゃうなあ」紗由の頭を撫でる保。「視察だったら、時間中に行くだろうから、個人的な用事か…」
「おともだちなんだよ、きっと」
「紗由は、お友達とお話ししたら、病気になってお休みしちゃうのかい?」くすりと笑う保。
「うーん…」紗由は腕組みをして、難しい顔になった。「しょうたくんがきて、おやすみじゃない日に、せいりゅうにおいでって言ったら、うそっこのびょうきになって、ようちえん、おやすみする」
「おいおい。ダメだろ、そんなことしちゃ。かあさまに叱られるぞ」保が苦笑する。
「あとね、へんなケーキたべさせられたら、おなかこわして、おやすみする」
「お友達に変なケーキは食べさせないだろう?」
「あとね、あとね、ねらわれてるから、おやすみしなさいって言われたら、おやすみした」
「“した”? そんなことがあったのか?」
保が問い質すと、紗由は先日の不審者訓練の事件を話した。
「やっぱり、げきマヨだよね」唇を結んで、大きく頷く紗由。
「訓練だとわかってたら、犯人役もそんな目にあわずに済んだんだろうなあ…」
「でもね、げきマヨをどうやってつかったかは、せんせいたちには、ないしょなの」
「内緒って言ったって、犯人に対して使ったのなら、先生方だって知ってるだろ」
「ううん。しらないよ。へんなおじさん、すぐにつれてかれちゃったし、せんせいは、みんなをきょうしつにいれようとしてて、いそがしかったの」
「SPのおじさんから、報告ぐらいあっただろう」
「あったら、みつるくん、よばれて、いろいろきかれるよ。げきマヨ、とられちゃう」
「取られちゃうような悪いものなのかい?」
保が聞くが、紗由は答えない。
「とりあえず、幼稚園に持っていったら、まずいっていう自覚はあるんだな?」
「そんなことないよ。おべんとうの、おまけだもん」
しらっとした顔で答える紗由を見ながら、ますます華織に似てきていると、保は心の中で思った。そして、紗由の話から、何か引っ掛かるものを感じていた。
「まあ、とりあえず無事済んでよかったよ。川本先生も、早く回復されるといいね」
「それから、きょうすけくんも、いしのれんしゅうをします」
「恭介くんも?」
「おじいちゃまをまもりたいからって、いわれました。さゆも、さんせいです」
「恭介くんに出来るのかな?」
「だいじょうぶです。ありかわせんせいの、おまごさんですから」
「いや、恭介くんが有川のために頑張ろうとしている気持ちはわかるんだが…」
「ほうこく、おわりです」
保の問いには答えず、紗由はすたすたと部屋を出て行った。
* * *
「先生、竹田環境大臣が入院されたそうです! 今、岩倉先生から連絡が」
久しぶりの休日、庭の花壇の手入れをしていた保のところへ、保の第一秘書の楡沢が、慌てた様子で電話してきた。
「入院?」
「はい。何でも、届いた荷物をご覧になった途端、錯乱状態だったと」
「いったい、何が届いたんだい」
「それが…奥様のお話ですと、木でできた10センチ強の人形のようです」
「木の人形?」
「はい。それを見た途端、叫び出されて中庭に走り出たらしいです。
家族の方が主治医を呼ばれて、鎮静剤を打たれたあたりで、ちょうど訪問予定だった岩倉先生が、その様子を見て小宮山先生に連絡し、指示を仰いで、そのまま入院…ということのようです。
小宮山先生も病院に向かわれているようですが、いかがいたしましょうか」
「こちらも、すぐ病院に向かおう。いや…休日で助かった。公務中だったら動きが取れない」
「それでは私もすぐに向かいます」
「いや。周子さんと行くから、君はいい。ただ、すまないが、連絡はすぐに取れるようにしておいてくれ」
「承知いたしました」
保は電話を切ると、すぐに内線電話で周子に指示をした。
「休みの日に済まないね。だが、例の写真やビデオで名前が挙がっていた竹田くんだからね。周子さんに同行してもらったほうが、いいかと思ってね」
「はい。わかりました。すぐに仕度しますので、リビングのほうでお待ちください」
電話を切るやいなや、素早くスーツに着替えた周子が、バッグを持って部屋を出ると、ドアの前には、涼一の部屋で遊んでいたはずの紗由が、リュックを背負い、帽子を被って立っていた。
* * *
保たちが病院の裏口に到着した時、入れ違いに、車に乗ろうとしていた小宮山前総理の姿があった。
「小宮山先生!」
「ああ、西園寺くん。今、うかがって来たんだが、薬でまだ眠っているので、本人からは話を聞けなかったよ」
「そうでしたか…では、私もご家族の方にとりあえずご挨拶を。今後のこともありますので。何か進展がありましたら、ご連絡させていただきます」
「じゃあ、私はこれで」
「せんせい、さようなら!」周子の陰にいた紗由が、元気に声を掛けた。
「紗由ちゃん…さ、さようなら。華織さんにも、よろしくね…」
アメジストの一件を思い出したのか、小宮山は少し後ずさるようにして答えると、そそくさと車に乗り込んだ。
「紗由ったら、すっかり怖がられてるわね」周子が苦笑する。
「こんなに、やさしくて、いい子なのに」ぷーっとふくれる紗由。
「優しい良い子が大の苦手という人もいるんだよ」
「ふーん」
「でも、じいじは大好きだ。ほら、行くぞ」
「はーい」紗由は先頭を切って病院へと入って行った。
* * *
「西園寺先生…」
一番奥まったところにある個室の前の廊下には、保を出迎えようとしてか、岩倉消費者担当大臣が待っていた。保と、その後ろにいた周子に会釈する。
「ああ、岩倉くん。竹田さんのご様子は?」
「そろそろ目が覚める頃だと先生が…。大伯母さんもわけがわからないといったご様子で」
大伯母さんというのは竹田夫人のことだ。
「“人形”が届いて先生の様子がおかしくなったということだが、いったい…?」
保が聞くと、岩倉は、個室のドアを開けて3人を中へ招いた。と言っても、ベッドのあるスペースの手前のホール部分で、竹田はさらに奥の部屋にいるようだった。
「これです」岩倉は胸ポケットからハンカチを取り出し、広げて見せた。
「これは…?」
黒い羽童を目の前にしても、保の反応は、まるで何も知らない人間のそれだった。
周子も同様で、不思議そうな顔でその人形を見つめる。
だが、紗由は二人の“知らないふり”などおかまいなしで、傍の椅子に登ってハンカチを覗き込み、声を上げた。
「これ、しってる!」
「紗由ちゃん…?」岩倉が驚いた顔になる。
「これはね…あくまのおにんぎょうだよ」眉間にしわを寄せて岩倉に言う紗由。
「悪魔のお人形?」
「わるいことすると、くろくなっちゃうの。もえちゃったみたいに、そうなるの。さいしょはね、ちゃいろなの」
紗由の言葉に、何も言えずに紗由を見つめる岩倉。
「ああ…すみません、岩倉先生。幼稚園で流行っているオカルト話なんです」周子が微笑む。
「幼稚園ですか」
「ええ。青蘭の幼稚部です」
「幼稚園で、そんな噂があるのかい?」
保が尋ねると、紗由が答えた。
「くわしいことは、いえない」
「紗由。そんな言い方したら、先生がご心配なさるでしょう?」
周子が言うと、紗由はキッとした目つきで言い返した。
「いい人なら、だいじょうぶだから」
「ああ、そうだ。岩倉先生はいい人だから大丈夫だよ」保が微笑んだ。
「さゆ、こわいから、かえる」
「紗由、失礼でしょう。もう…。申し訳ありません、岩倉先生」周子が頭を下げる。
「い、いえ、そんな。お子さんのおっしゃることですし」
「それ、もってると、たいへんだから」
紗由はそう言い放つと、すたすたと部屋の外へ出て行った。
「紗由…!」周子が慌てて追いかけようとする。「すみません、ちょっと失礼します」
「すまないね。こんな時に、孫が失礼なことを」
「いえ、そのようなことは」
「幼稚園児のたわごとだとしても、悪魔の人形というのは、気持ちがいいものじゃあないよなあ」
「ええ…まあ」
「だが、竹田さんを錯乱に追い込んだのは事実だ。君が知っていることがあれば、きちんと教えてくれないかい? 今後の状況によっては、内閣にとって一大事にもなる」
「私にも、何がなんだか…。ただ、この人形、足の底が開くんです。貯金箱みたいな感じで」岩倉はズボンのポケットからコインを取り出し、人形の底を開けてみせた。
「ほお…。中は空洞だね」差し出された人形を足の側から覗き込む保。
「はい。何も入っていませんでした。それ以外は特に変わった点はないように思えます。最初は盗聴器か何かがついているのかと思ったんですが、それもないようですし」
「盗聴されるような懸念でも?」
「いえ、そういうわけでは…」表情が曇る岩倉。
「届いたのはこれだけかい? 差出人は?」
「詳しいことは奥様のほうに。先生もそろそろお目覚めでしょうから」
岩倉はもうひとつの扉を開き、竹田夫人に声を掛けると、保を中へ通した。
* * *
「紗由ったら…。知らないふりする約束だったでしょう?」
中庭のベンチで紗由を叱る周子だが、紗由は持参のクッキーをもぐもぐと食べている。
「さゆは、うそつきじゃないもん」
「本当のことだけ言えばいいってもんじゃないのよ」
「あのせんせいも、うそつきだしね」
「え?」
「あ。そうだ。こんどのおやすみね、きょうすけくん、おじいちゃまとおばあちゃまといっしょに、せいりゅうに行くんだって」
「あら、そうなの」
「うん。だから、さゆも、たんていじむしょを、だいひょうして行ってくるね」
「行ってくるって、紗由…」
「だいじょうぶ。おばあさまが、おむかえにきてくれるから」
「伯母さま、そんなことおっしゃってなかったわよ」
周子が首をかしげたとき、スマホが鳴った。発信者は華織だ。
「いま、言うよ」
紗由はリュックの中からジュースのペットボトルを取り出し、おいしそうにゴクゴクと飲んだ。
* * *
「大伯父さん。いったい、どうしたんですか」
保が退室した後、岩倉が竹田を問いただす。
「何も…聞かないでくれ。ただ、それをしばらく預かってほしい。頼む」
「それは構いませんが、でも、何も説明しないままでは、総理も納得されませんよ」
「病気療養なら文句はないはずだ」
「来週には出張予定が控えているじゃあありませんか。環境省にとっては大切なイベントでしょう。外相にも協力いただく予定だとか。病気でもないのに、こんな…」
「病気のほうがましだ…」
「え?」
「知ってる奴がいるんだ。知ってる奴が…」竹田はぶるぶると震え出した。
「大伯父さん…。だから、どうしたっていうんですか」
「外に出たら、殺されるかもしれない。あいつに…」
「あいつ? あいつって、誰です?」
「預かってくれ。頼む。見たくないんだ」
竹田は布団を被ると、それ以上何も言わなかった。
* * *
「お義父さま。先ほどは紗由が申し訳ありませんでした」車に戻って来た保に開口一番詫びる周子。
「ああ…かまわんよ。紗由の言ったことは、あながち間違いではないな。あの人形を見るときの竹田さんの怯えた目。だが理由は何も話さない」
「岩倉先生も何もご存じないんですか?」
「人形の中は空洞になっていて、底にフタが着いている。中身は何もなかったと岩倉くんは言ったが、どうだろうなあ」
「わるいものを、はこんだんだよ」紗由が怒ったように言う。
「そうかもしれないな。紗由は、その“悪いもの”を知ってるのかい?」
「しらない。もう、ないから」
「なるほどな」苦笑する保。「そうだ、差出人の名前が片仮名で“ヨツジ”だったらしい」
「四辻家から送られたってことですか?」驚く周子。
「違うとは思うが、確認はしてみる」
「あのね、うそっこが、おくったの。わるいひとが、ばれるように」
「ん? 誰かがわざとやったということかい?」
「わざとじゃないよ。いっしょうけんめいだよ」紗由はきゅっと唇を噛み、下を向いた。
「送った側には、何か事情というか…意図があるということなんだな?」
「…いえない」
「紗由! わかっているなら、ちゃんと、じいじに言いなさい!」
「いえないこともあるの」
周子と保を、キッとにらみあげる紗由に、保は思った。
“ああ、そうか。この子は、姉さん側の人間なんだ…”
「そんな子は、かあさまの子じゃありませんからね!」周子が珍しく声を荒げる。
「そんなこと言うかあさまは、さゆのかあさまじゃない!」
「紗由…」
周子は紗由の言葉に強いショックを受け、思わず黙り込んだ。
その様子を見ていた保も、少なからず紗由の態度には驚いていた。今まで母親の言うことには必ず従ってきた紗由が、強く拒絶しているのだ。
「周子さん。紗由には紗由なりの、何か事情がありそうだ。姉さんと同じだ。彼女も、その力ゆえに、私にも秘密が多いし、反抗的でもある」
「お義父さま…」
思わず涙ぐむ周子をよそに、紗由は車の窓から外を眺めていて、二人のほうを見ようとはしない。
「君に反抗するぐらいだ、よほどのことなんだろう、今回のことは。だが彼女たちは、私たちや、人々のためにならないことは、決してしない。彼女たちが話してくれた時点で、私たちにできる事をきちんとやり遂げよう」
「お義父さまは、これまでいつも、そんなふうに…?」
「西園寺家に生まれるということは、そういうことなんだよ。
まあ…私もそれに納得できたのは、龍よりちょっと大きくなったぐらいからだろうか。全部を何とか飲み込めるようになったのは、例の、姉さんたちの失踪事件の後だよ。
でも、大丈夫だよ、周子さん。周子さんたちのことは、私が命にかけても守る。これからも、いろんな人間のいろんな思惑で、いろんなことに巻き込まれるだろうがね」
「だいじょうぶ! さゆは、みんなといっしょに、がんばるから」
「紗由…」
「かあさまにも、言えないときはあるの。やくそくだから」紗由は強い瞳で周子を見上げた。「でもね、わるい子にはならないから。にいさまといっしょに、いい子でいるから」
「そうだな、紗由。じいじは紗由を信じているよ。かあさまも、きっとそうだ」
「うん…」紗由は寂しそうに下を向いた。「どうしても、ききたいときは、ふたごちゃんにきいて」
「どういうことだい?」
「さゆや、にいさまが言うと、おばあさまにしかられるけど、ふたごちゃんだったら、だいじょうぶかもしれない…」
「姉さんのことだ。聖人と真琴だって叱るだろう」
「ふたごちゃんは、とくべつだよ。ふたごだもん」
「ああ…そうか」保の顔が一瞬曇った。「双子だもんなあ」
「お義父さま…」周子の脳裏には生前の天馬の姿がよぎる。
「でも、それは駄目だよ、紗由。おばあさまの弱みに付け込むことになる。それは使ってはいけない手だ」
保が言うと、紗由はじっと保を見つめる。
「おばあさまが喜んで、叱られずに聞ける方法を考えなさい」
口調は穏やかだが、紗由は保が怒っているのを感じとっていた。そんな怒りを受け取ったことのない紗由は困惑したが、自分がいけないことをしようとしたのだということだけは、しっかりとわかった。
「…はい」
「よし。紗由はやっぱり、いい子だ」保は紗由の頭を撫でると、ぎゅっと抱きしめた。「ところで、紗由は聖人や真琴と話ができるのかい?」
「おばあさまが、ふたごちゃんに石をあげたから、石があれば、おはなしできるよ」
「そうか…じゃあ、我々もトライしてみるか、周子さん」
「そうですね…私も少しはできそうな気がします」ふふっと笑う周子。
「でも、ひみつにしてね。とうさま、できないし、いじけちゃうから」
「ああ、そうだった。じゃあ、3人の秘密だ」
保は楽しそうに笑うと、再び紗由の頭を撫でた。
* * *
竹田が入院した病院の庭では、男がベンチに座って、竹田の病室を眺めていた。
「まったく使えないなあ」
「でもまあ、余計なことを言わなくなりそうだ」
「後始末の手間が省けたか」
「あとは彼女か…直接確認したほうがよさそうだね」
「大切に育てないと」
どこからともなく出したタバコに火をつけた男は、カーディガンのポケットからピラミッド型のクリスタルを取り出し、病室を見上げながら笑みを浮かべた。
* * *
「何か御用事でいらっしゃいますか?」
門の掃除に出てきた和江が、通りにいた女性に声を掛けた。
「い、いえ…すみません、りっぱなお宅だったもので、つい見とれてしまいました」
女性は頭を下げると、足早にその場を去った。
保が総理に就任してから、マスコミ他、いろんな人間が自宅の周りをうろついている。掃除と称して時々和江もその様子を見に来ているのだが、今の女性はそういう種類の探りを入れている人間とは、何かが違っているような気がした。彼女の顔自体も、どこかで見たような気もする。
“とりあえず、華織さまにご報告を”
門柱とその横の塀に軽く水をまくと、和江は中へと消えていった。
* * *
竹田の入院騒ぎの翌日、紗由たちは例の“石”の宿題の相談をしようと、西園寺邸に集合していた。
「さゆちゃん、しゅくだい、ちゃんとできた?」
「うん」
「まりりんねえ、どの子がなにできるのか、ぜんぜんわかんないから、おしゃれに見えるようにならべてみたの」
「ぼくも、ぜんぜんわからないから、おもしろいようにならべてみたよ」
「へえ。じゃあ、まりりんと、きょうすけくんの、みせて」
紗由が促すと、恭介はカバンから画用紙を取り出した。そこには、クレヨンで5つの色の丸が円形に並んでいた。
「しろ、くろ、あお、あか、きいろ、だよ」
「わあ、おしゃれだねえ。まりりん、こういうブレスレットほしいなあ」真里奈がほめると、恭介は嬉しそうに笑う。
「まりりんは、どんなふうにしたの?」
「にじみたいにした」
真里奈が出した画用紙には、左側から黒、青、白、黄色、赤の順に、半円形に配置されていた。
「にじのさきに、ゆうひがあるみたいで、きれいだね」恭介も珍しく素直にほめる。
「えーと、みつるくんは?」
「では、せっしゃのこたえを」
充が出した画用紙の上には、四角形の中心に丸が配置され、合計5つになっている。四角形は左上から、赤、黄色、白、黒となっており、その真ん中に青い丸がある。
「さゆも、おんなじ」
だが、紗由が広げた画用紙には、黒、赤、黄色、白の順に並んだ四角しかない。
「ぼくのは?」不安そうに尋ねる恭介。
「ここ」紗由は糸のついた青い丸をリュックのポケットから取り出すと、画用紙の四角の真ん中につるして見せた。
「ピラミッドでござる!」
充が叫ぶと、真里菜、奏子、恭介の三人も、じっと見つめた。
「すごいね、さゆちゃん。ママのゆびわみたくて、おしゃれ!」
「へえ…いいね」
「マドモワゼルは?」充が聞く。
「えーと…かなこのは、これ。じょうずにかけなかったから、おにいちゃまにてつだってもらったの。ごめんなさい」
おずおずと直径10センチほどの透明のアクリルボールを差し出す奏子。その中にはビー玉くらいの大きさの5つの玉が、紗由が示した形で入っている。
「うわあ。うわあ。すごーい…」真里菜が目を見開いてボールを見つめる。
「あのね、すいしょうみたいなボールに、カッターできって、なかにビーダマいれてもらったの」
「へえ、すごいねえ」紗由も興味深そうだ。
「すいしょうで、ぜんぶをかこみたかったの」
「どうして?」首をかしげる恭介。
「“けっかい”っていうのは、いくつもつくっておいたほうがいいって、おじいちゃまが言ってたの。さいしょは、5つの石でまもって、それから、すいしょうでまもるの」
「すごいねえ、かなこちゃん。さすがは、石のおうちの子だねえ」何度もうなづく真里菜。
紗由はしばし腕組みをして考え込んでいたが、意を決したように言った。
「よし。みんなの、ぜんぶつくろう!」
「ぜんぶ? 石、いっこずつしかないよ?」真里菜が言う。
「おにいさんに、にてるのもらってくるよ」
「なんでそんなことするの?」不思議そうな恭介。
「どれがほんものか、わからなくするため」
「どうして、ほんものがわからなくするの?」
「じいじが、とおくへいくときに、おじさんたちが、じいじのいないくるまも、まもってるよ」
「うそっこさくせんでござるな!」
「そう」
「ふーん。ぜんぶつくったら、おじいちゃんが、ぜんぶオキナワにもっていくの?」
「おしごとのときに、リュックにいれておくのかなあ」真里菜が考え込む。
「にもついっぱいだね…」奏子も考え込む。
「まりりんねえ、おにいちゃまたちと、オキナワいくから、もってこうか?」
「わあ。まりりん、オキナワいくの?」奏子が両手を口に当てて驚く。
「うん。おしごと。まりりんね、がんばらないといけないの」急に難しい顔になる真里菜。
「なにかあったの?」紗由が聞く。
「ぼんぼんのじょうむさんとね、ひとでなしのせんむさんが、きゅうにやめちゃったの。それで、せけんではうちのかいしゃがあぶないって、ウワサする人がいるんだって。だから、おきなわのおしごとは、なんとしてもせいこうさせないといけないの」
「たいへんだねえ」心配そうな奏子。
「おもしろがって、いろんなこという人がいるんだって。でも、まりりん、まけないから」真里菜がきゅっと唇を噛む。
「で、あねごは、おきなわで、なにをするんでござる?」
「かりゆし着て、うろうろするの。あのね、おにいちゃまといっしょに、ポスターつくったの」
「ポスターみたーい!」紗由が叫ぶ。
「ポスターこわーい!」
恭介も叫ぶが、すかさず真里菜にキックされ、べそをかく。
「だから、いしは、まりりんがもっていっても、いいよ。おじさまに、わたしておく」
「ぼくがわたしたほうが、はやいよ」
恭介が言うと、真里菜がぎろりとにらむ。
「あのね、まりりんは、あっちでわたすことが、だいじだとおもうんだけど」
「うん。よくわからないけど、かなこも、そうおもう」
何度も頷く奏子に紗由が言う。
「うん。いしのおうちのかなこちゃんが言うんだから、きっとそうなんだね。じゃあ、いしは、まりりんがわたしておいて。それで、けっかいをこっちでもつくって、むこうでうけとれるようにする」
「そんなこと、できるの?」驚く恭介。
「ありかわせんせいが、ほんもののいしをもってたらね、こっちから、つくったふしぎななにかを、びよよ~んて、とばすから」両手を鳥が羽ばたくように動かす紗由。
「ふーん。なんかよくわからないけど、すごいねえ」真里菜が何度も頷く。
「オキナワにつくまでは、せんせいのこと、どうやってまもるでござるか?」
「きょうすけくんが、まもって」
「え? ぼく?」
「うん。だって、せんせいのこと、まもりたいんでしょう?」
「そ、そうだけど…」途端に不安げな表情の恭介。
「さゆは、あした、みんなのぶんをもって、おばあさまにおねがいしてくるね」
紗由は、せっせと皆の画用紙や奏子の玉を集めてリュックに入れた。
* * *
充と恭介が一足先に帰った後、真里菜は紗由に聞いた。
「ねえ、さゆちゃん。さっき、どうして、きょうすけくんに、まもってって言ったの?」
「うん。かなこも、ふしぎにおもった。ほんものだけ、きょうすけくんに、もってきなさいって、言うのかなあっておもったけど、言わなかったし」
「なにもないのに、どうやって、まもるの?」
「それをきょうすけくんに、かんがえてもらうの」紗由が言う。「きょうすけくんは、おじいちゃんをまもるって言うけど、みんなみたいにできないって、おもってるでしょう。それじゃあ、だめなの。できるって、わからないと。できるように、どりょくしないとね」
「そうだよね。きょうすけくんは、じぶんでかんがえたほうがいいよね」真里菜が頷く。
「うん。じぶんでまもれたほうが、うれしいとおもう」奏子も賛成する。
「でもさ、きっといまごろ、くるまのなかで、みつるくんにそうだんしてるよね」真里菜が眉間にしわを寄せた。
「だいじょうぶ。みつるくんには、ちゃんと言ってあるから」
「ねまわしっていうやつだね!」身を乗り出す真里菜。「パパがかいぎのまえに、よくするやつ」
「そう、それ。みつるくんのいうことは、よくきくからね」
「さゆちゃん、あたまいいねえ」ぱちぱちと拍手する奏子。
「あのね、じいじが言ってた。ぜんぶ、じぶんでやらなくてもいいんだって。ときどきは、できる人にやってもらえばいいんだって」
「それ、りゅうくんにも、おしえてあげて、さゆちゃん」
「にいさまに?」奏子を見つめる紗由。
「りゅうくん、こまってるような気がするの。じょうずに言えないけど…」
紗由はしばらく考えると、奏子に向かってにっこりと笑った。
「うん。わかった! 奏子ちゃんが、しんぱいしてたことも、ちゃーんと言っておくね。かなこちゃんのこと、だいじにしてねって、言っておく」
言われた奏子は、少し恥ずかしそうにうつむくと、うれしそうに笑った。
* * *




