7 トレント
大樹が鬱蒼と生い茂り、地面の付近では日も当たらない。そんな場所が、どこまでも続いていた。
これは慣れるまで、mobの存在になかなか気付けないパターンもありそうだ。少しばかり気を付けながら、小走りで進んでいく。
物音は聞こえない。他のパーティがまだ到達していないのか、それとも美味しくないからやめたのか。なんとなく、後者な気がする。トレントのイメージと言えば、HPが高くてのろまというのがあるから。
と、早速mobを発見した。
他の木々と入り混じっているのだが、背丈が低く――といっても俺よりもかなり高いのだが――木目も若干異なっていることから、気を付ければすぐにでも判別できる。意識を集中させると、ウィンドウが開いた。
《トレント レベル8》
やはり、こちらもレベルが高い。しかしよくよく考えてみると、俺が他のパーティに先行しているというよりは、適正狩場を逸脱して無理にでも進めている、といったほうが近いかもしれない。
ともかく、付近に敵がいないことを確認するなり、俺は距離を詰めていく。トレントがこちらの存在に気が付くなり、大木のような腕を振り上げる。
俺はぎりぎりまで引き付けてから、斜め後方に跳躍して回避。トレントの無防備な腕へと剣を振り下ろした。
乾いた音。剣は敵の腕を粉々に粉砕していた。
トレントはまだ攻撃モーションに入っていない。俺はすかさず回り込むように移動しながら、胴体へと刃を叩き込む。重い衝撃が腕から伝わってくる。
しかし敵はまったく意にも介さず、もう一方の腕を打ち下ろしてくる。俺は咄嗟に剣で防ぎつつ、バックステップを取った。
そして敵の様子を確認。剣を打ち込んだところはすでにぼろぼろになっているが、どうやらかなりダメージを与えないと、倒したことにはならないようだ。あるいは、俺の攻撃力が低いからなのかもしれない。
いずれにせよ、こいつらを仕留めなければならないことに変わりはない。
背後に回り込むと、トレントはもたもたしながら向き直らんとする。だが、遅い。
俺は掲げた剣を思い切り打ち付けた。トレントは倒れ込み、隙だらけな背中を見せる。これは好機。
俺は片足でトレントを踏みつけながら、剣を幾度となく打ち付ける。そのたびに何度も足元から揺れが伝わってくる。
暴れようとする敵を、機先を制するように攻撃しているうちに、ふっと足元の感覚がなくなった。
獲得経験値 3.4
次のレベルまで 284.5
獲得アイテム Nトレントの枝
いきなりクエストアイテムを手に入れられるとは、幸先がいいスタートだ。どこが枝だったのだろうか、なんて無粋な突っ込みはしないでおこう。MMOとは得てしてアイテムと実際の画像データとの間に解離があるものなんだから。
しかし、たった一体のmobを倒すのに30秒近くかかってしまっている。これでは、とてもとても効率がいいとは言い難い。
この調子では、敵を探す時間も含めて、レベルを上げるのに1時間以上かかってしまいそうだ。VRMMOでもこれまでのMMO同様に、低レベルでは上がりやすい傾向があるのだが、それを踏まえるとやや遅い。
さて、後れを取り戻すか。
一気に駆け出すと、次のトレントを見つける。今度は木々の合間から、気付かれないように接近していく。
そして、振り返る前に一閃。乾いた音が弾ける。
クリティカルになった上、綺麗に当たったためモーション補正も悪くない。木々が舞い散り、トレントは硬直する。
俺は一気に畳み掛けるように、数度剣を振るった。クリティカルが再び発動、大ダメージが与えられる。
獲得経験値 3.5
次のレベルまで 283
今度は十秒ほどで仕留めることができた。クリティカルの仕様はよく分かっていないのだが、倍率ではなく基本ダメージのほうにも恩恵があるようだ。とはいえ、こちらは数値がインフレしていくにつれて、無視されるようになる値だろう。
ややもすると、攻撃力を上げれば敵の防御によって相殺される部分が少なくなり、この硬いトレントたちも楽に狩ることができるだろう。
そう思うと、俄然やる気が出てくる。それに、エルフと言えば耳が長くて綺麗なのが定番だから。別にそれが目的ってわけじゃないが、興味を引かれるのは仕方ないだろう。
俺はエルフの森を探し始めた。
†
エルフの森を探し始めて早一時間。俺のレベルは5に上がっていた。しかし――
「どこだよ、見つからねえよ! このマップ広すぎだろ、どうなってんだよ!」
叫ばずにはいられない。しかも、これまで他のプレイヤーに遭遇することもなかった。やはり美味しくない狩場として認定されているのだろう。実際、硬すぎて効率が悪い。
ため息を吐きながら、俺はクエストウィンドウを眺める。
クエスト
依頼主 沼地の街 鍛冶屋
要求 トレントの皮 3/10
トレントの枝 14/20
時間の割に全然増えていないのだ。しかも、トレントの枝ばかりに偏っている。皮がとにかく出ない。
初回限定ではなく誰でも受けられる一般的なクエストの場合、こういうところで金稼ぎをする者も出てくるだろう。ドロップしにくいアイテムを売りつけることで金を稼ぐも者、面倒なクエストを金で終わらせてしまう者。両者の利益が合致した結果だ。
とはいえ、先行している俺が誰かから買うことなんてできるはずもない。
……あ、NPCから買うというパターンもあるか。しかし、大抵高額だからなあ。
余計なことばかり考えてしまうのは、狩りが単調になっているからだ。背後から奇襲して滅多打ち、それができないときは両腕を切り落としてから滅多打ち。トレントは動きがあまり早くないため、この雑な戦法が有効だった。
と、そうしているうちにやや赤みがかった木が見えてくる。なにかの目印かと思って息をのむも、すぐにそうではないことが分かる。
《レッドトレント レベル7》
イベントモンスターだろうか。はたまたレアモンスターかもしれない。クエスト関連で後々討伐することになるとしても、たとえリスポーン時間が長いとしても、どうせ放っておけば他プレイヤーに狩られてしまうことになるのだ。ならば、俺が先に狩ってしまったほうがいい。
よし、やるぜ!
気合を入れて、これまでのトレント相手同様の戦法を取る。背後から接近し、打ち下ろす。
が、レッドトレントは慌てて振り向いた。通常のトレントよりかなり反応が早い。しかし、もう遅い。
俺の剣は敵目がけて食い込んでいく。が、刃が敵を貫くことはなかった。中程まで刺さったところで、それ以上は進んでいかないのだ。
慌てて引っこ抜き、バックステップを取る。眼前を太い腕が通り過ぎていった。力強く、頭部に当たれば一気にHPを持っていかれてしまうだろう。
必要ないとばかりに、ポーションは買っていない。ほかの部分に金をつぎ込む予定だったからだ。もっとも、今回はハウンドソードの代金で金がなくなってしまっただけなのだが。
……どうする?
自問自答する。選択肢は、このモンスターと戦い続けるか、逃亡するかだ。時間をかければ倒すことはできるだろう。しかし、経験値が多い場合もあれば、雑魚十体分程度しかない場合もある。
ある意味、これは賭けだった。
しかし、すでに効率プレイからは外れつつある。ならば、多少の寄り道くらい気にするものでもない。
俺は剣を構えなおすと、レッドトレントへと切り掛かった。