8 レッドトレント
俺は一息吐く。30分にも渡る激闘の末、とうとうレッドトレントを打ち倒したのだ。
獲得経験値 32
次のレベルまで 521
獲得アイテム Nトレントの枝×24
Nトレントの皮×7
Sレッドトレントの木材
……経験値すくな!
思わず叫びそうになる。だって、30分あればこの十倍近く狩れたんだぜ。ああ、なんてこった。失敗だったか。
俺は頭を抱えながらも、冷静に考え直す。
トレントの皮がこれで揃ったのだ。だから、わざわざこの美味しくない狩場を続ける必要はなくなった。そう考えれば、悪くない。ああ、悪くないんだ、これも。
一つため息を吐いて、俺は歩き出す。もうそろそろ、このマップも大体探し終えるところだ。
もうそろそろ見つかって欲しいなあ、と思いながら行くと、ようやく移動用ポータルが見えてきた。
「よっしゃ!」
叫び声を上げながら突入する。
そして場所が切り替わりも、やはり見えたのは森だった。しかし、これがエルフの森だということはすぐにわかった。
なんせ、人の姿があったからだ。
が、緑がかった肉体に、やや皺が入った顔。目つきは鋭く、吊り上っている。醜悪なモンスターと言われても、納得してしまう。
(なんでここだけ反骨精神見せちゃったんだよ! 素直に美しい耳の長いエルフでいいじゃねえか! 俺の期待を裏切りやがって!)
「あの、すみません。ここに来たという若者をご存じありませんか?」
俺の口から出たのは、意に反して礼儀正しいものだ。美醜は本人の責任じゃないからね。文句を言うべきは運営であって、彼らではない。
「ふん、余所者に話すことなどない」
前言撤回。こいつらの態度が悪いのなら、俺もいつまでもへりくだっている気はない。
「じゃあ勝手に探させてもらいます」
俺は近くにあった木をよじ登って、エルフたちが暮らしていそうな樹上へと向かっていく――。
「待て! 神聖なる木の上は余所者が立ち入っていい場所ではない。貴様なにを考えている!」
「あなたが話すことなどないと言ったんじゃないですか。俺はなんも知らないので、教えてくださいよ」
「くそ……あの男なら、長老の家の前にいる。そのうち帰るだろうよ。さあ、これでいいだろう、貴様も帰ってくれ」
「なるほど、長老の家ですね。ありがとうございます」
俺は親切なエルフさんに礼を言って、木から飛び降り、道なりに森を奥へと進んでいく。
「待て、だから出ていけと――」
「木の上にも入っていないんですが」
いい加減、彼の態度の悪さにうんざりしてきた。これがさ、可愛い女の子だったら許せるさ。そういう趣味はないけど、許容範囲内。けど、初対面でこれはいくらなんでもひどくないか。俺のカルマが真っ黒に染まってたら、彼の首は今頃飛んでただろうね。
まあ、NPC狩りをしたことは一度もないけれど。これからもやる気はないし。
と、俺の苛立ちが現れてしまったのか、彼は言葉に詰まった。
「彼を連れ戻したら、すぐにでも帰りますよ、ご安心ください」
いよいよ彼も黙りこくってしまった。もしかすると、数度の問答で道を譲るようになっているのかもしれない。
しばらく進んでいくと、いかにも大きな家が見えてきた。どうやら、長老の家らしい。
中からは言い合う声が聞こえてくる。
「どうか、お願いします! どうか、薬を――」
「ならん! お主が持ち込んだ邪気のせいで、なにが起きたのかもう忘れたというのか!」
「ですが、それは――」
俺は外からその様子を除く。エルフの老人たちと、嘆願する青年。
どうやら、目的のアーベルくんを見つけたようだ。しかし、姉のアリエルさんに似てイケメンだね、くそったれ。
しかし、見つけたからにはさっさと連れ帰らねばならないだろう。もっとも、揉め事は発展するのがお約束だけど。
「こんにちは。アーベルくんですよね。アリエルさんが心配していますよ、さあ帰りましょう」
俺は本題から入り、一気に畳み掛ける。このほうが話が早いからだ。
「そうだ、帰るがいい!」
「ここにいてもなんにもならん!」
などと老人が加勢してくれる。しかし、アーベル君は難色を示した。
「いいえ、帰りません。ご迷惑をおかけしますが、私は無事だと姉にお伝えください」
頑なに否定する。
ならば、俺が攻めるべき相手は向こうだ。なにより、アリエルさんのこともある。
「薬をいただくことはできないのでしょうか?」
「ふん、貴様まで同じことを抜かすか。ならば、これを見るがいい! この男が来た途端、聖域の守り札に亀裂が入ったのだ!」
「はあ……」
いくらなんでも言いがかりがすぎるような気がする。しかし、エルフの老人が差し出した木製の札には見覚えがある。
「この札はレッドトレントの木材で作られておる。ゆえに、この男に討伐を命じたのだ」
「ですが、レッドトレントは人前には滅多に姿を現さないと聞きます! それでは、見つかるまで待っていては姉の病が――」
悲痛な面持ちでアーベル君が叫んだ。
ん? レッドトレントの木材って――
「これですか?」
インベントリから取り出す。色味は赤く、彼らが持つ札となんら変わらない。エルフの老人たちの視線が一気に集まる。
「おおおぉおぉぉおおおおおお! それじゃ、それじゃああああああ!」
「こ、小僧! 慎重に扱え! 壊れたらどうする気だ!」
血眼になって、縋るように老人たちが群がってきた。
こんな状況嬉しくねえよ。美少女がたくさん集まってくるなら嬉しいけどさ、じーさんに縋られたってな。
というか、まだこれは俺の所有物なんだから、どうするかは俺の手に委ねられているわけだ。
「じゃあ、これがあれば薬はもらえるんですよね?」
そういうと、エルフの老人どもはぐう、と唸り声をあげて、押し黙った。
なんだよ、あれだけ人には文句を言ってたくせに、自分らは守れないというのか。
「実は……聖域に大蜘蛛が侵入したのだ。子蜘蛛を従えており、大人数でなければ戦えそうもない。聖樹さえ解放できれば、万病に効く滴は手に入るのだが……」
「じゃあ、早速倒しに行こうか」
「だが、お主は一人。なにができよう」
パーティ組む相手がいないとばかにしてんのか? 確かにいないけどさ。そんな親しいプレイヤーなんていないけどさ。
でも、これだけは言える。
「大蜘蛛をぶっ殺せる」
おそらく、パーティ全員でやるべきクエストなのだろう。しかし、たった一人でもやってみせる。
とぼけた顔をしている老人たちをしり目に、俺は告げる。
「さて、俺がポーションを準備してくる間に、支度を整えておいてくださいね。なんなら、場所だけ教えてくれれば、余所者の俺が勝手に行って勝手に助けてきますから」
俺は彼らに背を向け家を出る。すると、騒ぎを聞きつけて集まってきたらしい人々と目があった。
ポーションなどを販売する雑貨店を訪ねると、彼らも快く教えてくれる。どうやら、余所者でも歓迎してくれるほど、困っていたらしい。
どころかそちらに赴いてみると、すでに噂を聞いていたらしい中年の女性が、一セット用意してくれていた。
「お代はただでいいですよ。大蜘蛛を倒してくださるのでしょう?」
恰幅のいい女性が、にっこりと微笑む。
彼らも気が立っていただけなのかもしれない。普段ならば、こう友好的なのだろう。そんなことを考えてしまうくらい、俺はほだされやすかったらしい。
「ありがたく、いただきます」
獲得アイテム
HPポーション1×10
HPポーション2×3
MPポーション1×5
アイテム所得のウィンドウが開く。1段階目が100回復するもので、2段階目が1000回復するものだ。しかし、今の俺のレベルは5で、HPは600しかない。まして、MPを使用するスキルもない。それを考えると、結局使ってもよさそうなのはHPポーション1くらいか。
これだけあれば十分だろう。
俺はようやく覚悟を決めたらしい老人たちに向き直った。そして、彼らについていく。
やがて、なにもない場所に到着したのだが、彼らが呪文を唱えた途端、ポータルが生じた。俺はこの場にいる者たちに出発を告げる。
すると、アーベルくんが申し出た。
「私も行きます」
「危ないぞ?」
「構いません」
もしかすると、かえって邪魔になるかもしれない。しかし、そういうクエストなのだろう。
なにより、そうでなくても彼の決意は止められないに違いない。
しかし、こんなとき一緒に来てくれるのが、可愛い女の子だったらなあ。姉と弟じゃなくて兄と妹だったらなあ。そんなことを考えてしまうくらいには、整った容貌の姉弟だった。
「じゃあ行くか」
気持ちを切り替えると、答えを聞くよりも早く、俺はポータルに飛び込んだ。




