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6 沼地の村



 数度瞬きするも、変わらぬ沼地が見えてきた。しかし、辺りをぐるりと見回してみれば、モンスターの姿がないことに気が付く。


 ここが、例の村なのだろう。

 見上げてみると、木々の上に家が存在していることがわかる。どうやら、さすがにこの沼地で生活することは難しく、安定した木々の上で生活しているらしい。


 さて、どこから上ったものかと、沼地を歩いていく。ここでも結構深いため、膝下までずぶずぶと、埋まって泥だらけだ。もう気にしてもいないけれど。

 しばらく進んでいくと、大樹の壁面を刻むことで作られた階段が見えてきた。


 沼地ですっかりついてしまった泥を落とし、俺は樹上へと上っていく。結構な高さがあるため、打ち所が悪ければ落下ダメージだけで死んでしまいそうだ。いずれHPが上がればそんなことはないのかもしれないが。


 ともかく、俺はここでも情報を集めることにした。


「こんにちは。少しお聞きしたいのですが」

「はい? なんでしょう」


 木の枝に洗濯物を干していた女性は、俺の声を聞くと振り返った。亜麻色の長い髪がふわり、と揺れた。


「ええと……ここらのモンスターを狩っているのですが、このあたりで有益な情報をご存じありませんか?」

「そうですねえ。……あ、素材を集めて持っていけば、防具を一式作ってくれるそうですよ」

「なるほど、それはどちらでしょうか?」

「この道を真っ直ぐ進んでいったところの鍛冶屋さんです!」


 彼女が指差す先には、木をくり抜いて作った家がある。

 しかし、木々の中を高温にしても燃えないのだろうか。なにか特別な仕掛けでもあるのかもしれない。


 女性に礼を告げてから、あまり深く考えず、そちらに赴く。中に入ると、男たちは仕事もせずに椅子に腰かけていた。俺のほうに気が付くと、気だるげに立ち上がる。


「ああ、悪いんですが、今は休業中でしてね……」

「なにかあったんですか?」

「ええ。いつも燃料に東の第三エリア、トレントの木々を使っているんですが、ちょっと運搬途中に事故があったみたいで。これじゃあ仕事にならねえ。次が来るのは半月後だって言うし、どうしたものかと……」

「じゃあ、俺が取ってきましょうか? 第三エリアですよね」

「本当か!? 助かる! トレントの皮を十枚、トレントの枝を二十本ほど頼む!」


 と男性が言うなり、ウィンドウが開いた。



 クエスト

 依頼主 沼地の街 鍛冶屋

 要求 トレントの皮 0/10

    トレントの枝 0/20



 至って簡潔なウィンドウに表示されているのは、必要最低限の情報だけ。どうやら、これはクエストだったらしい。おそらく、一回限りのクエストだろう。先行することのメリットの一つでもある。もっとも、大して報酬が得られない場合もあるのだが。


 場合によっては、後続組は美味しいクエストだけを受けてレベルを上げる、なんてこともできる。運営が新規プレイヤーがすぐ追いつけるように、わざわざ専用のクエストを作ることさえあった。しかし、誰も経験したことがないのだから、そんなに美味しい話はない。


 俺は報酬にわずかばかり期待しつつ、「任せてください」と答えた。


 一気に街を駆け抜け、東への移動ポータルに入る。そして邪魔するグリーンタートルをぶちのめし、第二エリアへ。


 すると、どうやら装備を新調したらしいパーティの面子が見えた。レベルが上がったのだろう。このままのんびりやっていれば、追い付かれるかもしれない。


 のんびりクエスト受けてる場合でもなかったか?


 しかし、第三エリアのトレントも、グリーンタートルとレベル的には変わらないはず。ならばどちらでも大差ないかもしれない。それに、どうやら第二エリアはかなり美味いらしく、当面パーティが第三エリアに大挙してくることはなさそうだ。


 第一エリアを突っ切り、ようやく始まりの街へ。

 レベルも上がってなければ、この近辺では強いモンスターもいない。ましてクエストがあったとしても、彼らがすでに受けてしまっているだろう。特に用もないので、一気に突っ切らんとする。


 美味しそうな飲み物があろうと、楽しげな男女の姿があっても、俺は立ち止まらない。これはプロのプレイヤーとしての鋼の意志だ。


 が、俺はあることに気付く。街の女性の視線である。真っ直ぐに俺のほうへと向けられているのだ。

 どこか憂いを含んだ表情。まだ二十歳前だろう、歳の割に儚げなところがやけに艶やかだ。彼女はNPC。となると、イベントでこのような表情を浮かべているに違いない。もちろん、健全なVRMMOではお花を売ったり、美人局をしたりすることはない。

 だからきっと、なにか厄介ごとがあるのだろう。しかし今は、ただでさえクエストの最中なのだ。これ以上レベリングを遅らせれば、どうなることやら――。


「あの、俺に何か用ですか?」


 どうやらはりぼての意志だったらしい。あっさりと俺の足は止まっていた。

 女性ははっと気が付くと、縋るように告げる。


「弟が――弟が、エルフの森に行くと言ったきり、帰ってこないんです! あそこは余所者を受け入れないと聞きます。私の病を治す薬があると、飛び出していったのですが――アルマの使徒様、どうか、どうか弟を連れ戻してきていただけませんか」


 女性は悲痛な面持ちで哀訴する。

 これはきっと、俺のレベルが4になったから、あるいは第三エリアに足を踏み入れたから、イベントの発生条件がクリアされて、頼んできたに違いない。だからたとえ俺がやらなくとも、他のプレイヤーたちでも通りがかれば、彼らがやるだろう。


 だから、断ることに罪悪感なんて覚えなくていい。


「わかりました。では俺が行ってきましょう!」

「本当ですか!? ありがとうございます! 私はアリエル、弟はアーベルと言います。エルフの森は東の第三エリアからいけます!」


 だけど、悲しげな女性の頼みを断ることなんてできなかった。誰だっていいところ、見せたくなるだろう。これがおっさんだったら、また話は別なんだろうけど。


 アリエルさんは心底嬉しそうに破顔した。同時にウィンドウが開く。



 クエスト

 依頼主 始まりの街 アリエル

 要求 エルフの森にいるアーベルの救出



 俺はウィンドウを閉じ、アリエルさんの話を聞く。アーベルの特徴とか、見つけるための情報だ。


 そしていよいよ、俺は歩き出す。目指すは第三エリアだ。

 駆ける足に力がこもる。東のポータルに入ると、草原が見えてくる。ヘルハウンドと格闘しているプレイヤーたちを見て、まだ2時間しか経っていないというのに、どことなく懐かしさを覚える。もう、奴らの相手をすることも多くないだろう。


 こちらはあまり人気がないのか、パーティの数は少ない。俺は進行方向に現れたヘルハウンドを一閃の元に切り捨て、さらに東へ。


 第二エリアは疎林だった。ぴょんぴょんと跳ねる鹿型モンスターを囲んで仕留めているパーティがある。あまり効率は良さそうに見えない。数が狩れないからだ。

 ここにも用はない。ざっと辺りを見回す。


 視界は比較的開けていることもあって、目的のポータルはすぐに見つかる。全力で駆けていく俺を見るプレイヤーたちは、胡乱な者へ向ける視線を向けてくる。しかし、気にしてなどいられようか。時間は待ってくれないのだ。明日のPvPまでに装備を整え、全力で挑む。これこそ、プロのプレイヤーとしての意地である。


 パーティで仲良くやっている者たちになんぞ負けてなるものか。あいつら、狩りながらパーティやギルド内チャット機能で談笑してるんだぜ。深夜でもいつでも、慣れ合ってるんだ。そんな奴らに、黙々と狩り続けてるソロプレイヤーが負けるなんて、あってなるものか。


 俺は妙な敵愾心を燃やしながら第三エリアへのポータルに飛び込むと、いよいよ視界が一面の緑に染まった。


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