5 沼地へ
辺りには沼が広がっている。場所によっては、どこまでも沈んでいってしまいそうなほど深い。
西の第三エリアには、プレイヤーの姿はほとんどなかった。あっても、なんとかモンスターに攻撃を続けているものの、大した成果を得られずにいるものだ。彼らもソロプレイヤーなのかもしれない。
しかし、どうにもソロプレイに慣れていないようだった。もしかすると、元々パーティでやっていたものの、知り合いはすべて予選で落ちてしまったとかだろうか。それとも、調査のためにバラバラに動いて適性狩場を見極めるとかなのかもしれない。
いずれにせよ、俺のやることは一つ。ひたすらレベリングすることだ。そうでなければ、パーティによって狩場を占有されてしまっては、もう二度とトップを走ることはできなくなる。基本的に、ソロのほうがレベリングに関しては不利なことのほうが多いのだから。
唯一のアイテムを独占できる利点を生かし、火力特化で敵を撲滅し続ける。もちろん、時間的な妥協も許されない。
出会い厨たちがオフ会にうつつを抜かしている間、俺は黙々と狩りを続けた経験がある。だからこんなところで集中力が切れることはない。
思い出すと、なんだか虚しくなってきた。いや待て、さっき俺はおっぱいの大きいシスターさんと話してきたばかりじゃないか。それでいいんだ、そうそう。
顔を叩き、気合を入れる。
剣を構えると、もはやプロゲーマーの顔になる。それがかっこいいかどうかは別として。
沼地の中、足場のしっかりしたところを選んで進んでいく。緑色の、甲羅がやけに大きな亀が見えてくる。グリーンタートル、レベルは7から9と、今の俺のレベルに比すとかなり高い。
俺は敵に接近してから、大上段に構えた剣を振り下ろす。mob相手に取る基本戦法はこれだ。敵の攻撃を躱して最大威力の一撃を叩き込む。対人でこんなことをやっていれば、胴体を真っ二つにされるのがオチだが、攻撃を回避できる相手ならば、有効な手段だ。
剣は勢いよく亀の甲羅に命中。破片が弾け飛ぶ。が、これだけでは堪えていないようだ。沼地にめり込んだ亀の頭が、にゅうっと伸びてくる。
ぱっと飛び退くと、眼前を薄汚れた、ぬめり気を帯びた頭が通り過ぎていく。
口には鋭い牙がついていた。噛まれたら、倒すまで離れないかもしれない。
しかし、すぐに敵は頭を引っ込めてしまう。遠くにいるときは移動もするが、近づくとすっかり外に出てこなくなる。甲羅を割っていては、時間効率が悪すぎる。
俺はしゃがんで、近くにある泥の塊を手に取った。そして亀の背後に回ってから、投げつけてみる。
しかし、命中すれど敵が動く気配はない。おそらく、振動からこちらの位置を把握しているのだ。
ならば――。
俺は敵に接近するなり、インベントリから取り出したヘルハウンドの牙を、グリーンタートルの首が存在する穴へと突っ込む。途端、中から頭が飛び出した。
牙に噛みつかせ、一気に持ち上げる。そして頭が持ち上がったところ目がけて、片手で剣を振るった。
あまり力が込められてはいなかったが、すっぱりと切断することができた。どうやら、中身は脆いらしい。頭を落としてもなお、じたばたしていたが、剣で突っつくと大人しくなった。
やがて、甲羅ごと消えていく。
獲得経験値 3.5
次のレベルまで 475
勝利を告げるウィンドウが開く。先ほどのムービングシェルよりも手ごわいにもかかわらず、経験値は低い。レベル差が大きいことが理由だろう。いずれ、美味しくなることを願いながら、俺は狩りを再開する。
敵の行動さえわかってしまえば、どうということはない。
次の敵を見つけるなり接近し、牙で刺激する。そしてしっかりと食いつかせたところを剣でちょん切る。これだけのことだ。
とはいえ、タイミングを間違えば腕に噛みつかれ、致命傷になるまで血を流さずにはいられないかもしれない。あまり安全な攻撃方法ではない。
ぐりぐりと頭のなくなった亀に刃を突き刺していると、ウィンドウが開く。
獲得経験値 3.5
次のレベルまで 471.5
獲得アイテム N亀の甲羅の欠片
アイテムが入手できた。これが防具に使えると言われている素材だろうか。しかし、行き当たりばったりでやっていくよりは、情報を手に入れたほうがいいだろう。この近くに街があるとも聞いている。
とりあえずはそちらを探すことにしよう。
俺は沼地を力強く駆け出す。あえて、大きな音を立てる。ここにいるグリーンタートルどもは移動が遅くないため、集まってきても脅威にはならないのだ。むしろ、こちらから移動する手間が省ける。
隙を見せていたせいか、敵のほうから噛みついてくる。俺は軽くステップを取り、亀の頭を踏んづけた。
一つ間違えば、噛まれている。実際、ぎりぎりのところで押さえたものの、亀が暴れているうちに抜け出されてしまいそうだ。
剣を振りおろし、亀を切断。そして刃を突き立てた。
確かに安全ではない。しかし、こちらのほうが数秒だけ早いのは間違いない。
ならば、効率的なほうを優先すべきだろう。俺はあえて敵に隙を曝け出す。そして、食らい付かんとしたところを一気に叩く。
剣が弧を描くと、敵の首が吹き飛んだ。
やがて調子づいてくると、二体、三体とまとめて相手をできるようになる。リスクは大きいが、おびき寄せなければ一対一に持ち込めない状況では、こちらのほうが圧倒的に早い。
そうしてmobを狩りながら沼地を進んでいくと、移動用ポータルが二つ見えてきた。一つは北に向かうもの。もう一つは西に向かうものだ。
俺はとりあえず手近な、北にあるほうのポータルに入る。
すると、状況が一変した。見渡す限りの砂漠。そして目を凝らしてみると、遠くにサソリ型モンスターが見えた。デススコーピオン、レベル30だ。
この理不尽な強さが、ボスモンスターゆえなのか、それとも皆が皆この強さなのか、判別する必要がある。強力なボスが存在していようと、他のmobが美味しければ、奴を刺激しないように狩りを続けることもできるからだ。
じりじりと照りつける日差しに耐えながら、ポータルの付近を移動してモンスターの存在を確認する。影が見えた。
見上げると、猛烈な勢いで向かってくるモンスターがある。
骨ばった恐竜のような鳥だ。サンドバード、レベル32――。
まずい。俺は踵を返し、移動用ポータルへと駆けていく。背後から、猛烈な勢いで向かってくるモンスター。いかにmobといえども、このレベル差を覆すことなんてできやしない。
俺は慌ててポータルに飛び込んだ。
†
再び見えてきたのは、暗い緑色の沼地だった。グリーンタートルがのんびりと泳いでいる。その姿がやけに弱く見えるのは、今しがた強敵を目にしてしまったせいだろう。
俺は西のポータルに向かって移動を再開する。
途中、数体の亀が牙を向けてくるが、どうということはない。先ほどの一件もあって、感覚は研ぎ澄まされていた。
サクサクと狩りを進めていき、ようやくポータルに辿り着く。
今度こそあんな状況にはならないことを祈りながら、俺は足を踏み入れた。




