2 始まりの街
水の流れる音が聞こえた。
気が付いたとき、そこにはレンガ造りの家々があった。水音は、どうやら噴水によるものだったらしい。
さて、いよいよゲーム開始ってところか。
歩き出そうとした瞬間、またウィンドウが開いた。
《PvPは毎週金曜12時から14時の間に行われます。一週間は月、火、水、木、金の五日間です。開始までに装備を整えましょう》
ゲームでもよくあるパターンだ。時間制限内にどれだけ強化できるかを競うのは、RTS系ゲームの醍醐味だろう。今日は木曜日だから、時間はまだある。
「なあおい、聞いてくれ! これから攻略するにあたって、共同で動いたほうがいいと思わないか」
声が聞こえたので一瞥をくれると、強豪ギルド《RUNE》のメンバが中心になって人を集めている様子が目に入った。西欧を中心に活動しているらしく、アバターもいかにも西欧人らしい。
ほかにも強豪ギルドのメンバーはたくさんいる。だから、そういったところでもいずれ衝突するに違いない。
あまり言葉が通じないこともあって、俺は巻き込まれないようそそくさとこの場を去る。俺が世界大会に出るまで時間がかかってしまったのは、英語が標準言語だということもあるが、パーティプレイが苦手だったという理由がある。
どうしても、相手にも最高のパフォーマンスを繰り広げてくれることを期待し、そのように俺もプレイしてしまうのだ。しかし、当然そんな夢みたいなことは起こらない。意見はすれ違い、結果的には効率が悪くなってしまうばかり。
だから、ソロでいい。これが俺の選んだ道なんだから。
町中を見回して転送用ポータルを見つけると、すぐさま次のマップへと移動した。
†
広がる草原の中には、小型の犬型モンスターどもがいた。黒い毛皮に、乳白色の牙。意識をそちらに傾けるだけで、ヘルハウンドという名前、そしてレベル2から3と多少ばらつきがある値が表示される。大抵のVRMMOでは音声認識やモーションセンサによって操作するものだが、これはなんとも便利である。
「さて、行くか」
俺は武器も持たずに、走り出す。
やはりオンラインという環境ではスタートダッシュが肝心だ。スタダで差をつけてしまえば、mobの撲滅効率が高くなるため、パーティプレイとの差が縮まる。戦闘時間よりリスポーンを待っている時間のほうがはるかに長くなるからだ。そうなると、ソロプレイの利点――ドロップアイテムを占有できることが生きてくる。
VRという性質上、プレイヤースキルを重視したものが多いが、AWOは特にそうだった。
だから、装備の差などどうにでもなる。
俺は足元にあった石ころを拾い上げると、手近なところにいるヘルハウンドに向けて投擲。そして狙い通りに命中する。
ヘイトが俺に向くと、ヘルハウンドは猛烈な勢いで駆けてくる。その様子から、敵の強さを推測する。AWOはモーションによるダメージ補正があることもあって、敵の動きも素早ければ素早いほど強敵の可能性が高くなる。そっと撫でられただけで即死するなんて、旧時代的なMMOくらいのものだ。
だから、この程度どうということはない。
飛び掛かってきた犬を躱しながら、膝蹴りを叩き込む。ぎゃん、と声を上げてヘルハウンドは宙に舞い上がった。掌底を喉元に当て、続いて地面へと押し倒す。
マウントポジションを取って、ひたすら連打。十数回殴ったところで、ヘルハウンドの体が四散した。
そしてウィンドウが浮かび上がる。
獲得経験値2
次のレベルまで98
獲得アイテム Nヘルハウンドの牙
一体を倒すのにかかった時間が1分強。だから、レベルアップまで100分もかかる計算だ。これはまずい。この程度の相手なら10秒ほどで回していきたいところだ。
とはいえ、次からは多少楽になるだろう。俺はインベントリウィンドウを開き、中にある、ヘルハウンドの牙に意識を向ける。するともう一つウィンドウが開いた。
Nヘルハウンドの牙
重量 5
攻撃 5
そもそも素材用アイテムなので、通常の使用で強いものではない。しかし、初心者用武器も似たようなものなので、使い勝手の問題だろう。
インベントリから取り出して装備。30センチほどの牙が手の中に生じる。
「追い付かれる前に上げちまわないとな」
俺は再び駆け出した。石を見つければ持ち上げて投擲。ヘルハウンドを一体ずつ近寄せていく。こちらから仕掛けない限り動かないノンアクティブモンスターが多いが、犬系のモンスターは大抵、近くにいる個体を攻撃すると一斉に襲い掛かってくる。
範囲スキルがあれば多数をまとめて相手してもいいのだが、初期状態ではそういうわけにもいかない。
近づいてきたヘルハウンドを躱し、すかさず蹴り上げる。今度は浮いた胴体目がけてヘルハウンドの牙を突き刺した。しかし、それだけでは仕留めきれない。引き抜き、もう一撃を加える。
そこでようやく敵の肉体が消滅。今度はなんのアイテムも得られなかった。
「およそ三発か」
武器さえ装備していれば、攻撃力は武器を使用しない攻撃にも反映される。だから、蹴りの威力も上がることになるのだ。
この調子なら、一日でかなりの差をつけることができるだろう。AWOにはβ版も存在していないため、誰もが手探りで始めることになるのだ。彼らにも情報を共有することのメリットはあるだろうが、一度ついてしまった差はなかなか取り戻すことができない。ネトゲとは、そういうものだ。
適正狩場で得られるアイテムには、やはり限界がある。そこで高レベル帯のアイテムを欲しがるものが増えるのだ。
しかし、先行しているプレイヤーしかそこにはいない。そのため、たいした価値があるわけでもないものを、高額で売りつけることも可能になる。
先行プレイヤーは潤沢な資金で装備を整え、ますます先に進んでいき、差が縮まることはない。
理想としては、その形に持っていきたかった。
もちろん、チームプレイである以上、味方を出し抜く必要はない。しかし、ネトゲというものは、自分の立場が弱くなった途端、見向きもされなくなるものだ。強いキャラを使っていたものの、アップデートで急に弱くなることだってある。途端にパーティに入れてもらえなくなることもある。
そんなとき、確実なのは金とプレイヤースキルだ。
だから、ソロプレイヤーとして気を抜くことはできなかった。
俺は三体目のヘルハウンドを蹴り上げると、牙を突きつけるなり、地面に叩きつける。一連の動作として流れるように行ったが、これでも三発分だ。
ヘルハウンドは消えていく。俺はすぐさま移動を開始。敵へと向かっていきながら、ウィンドウを確認する。
やはりヘルハウンドの牙はない。そこまでドロップ率は高くなかったようだ。そう考えると、一匹目で引き当てることができたのは幸運だ。
それから、周囲のmobがいなくなるまで、俺の狩りは続く。
やがてすべてのヘルハウンドがいなくなると、一つ息を吐いた。
……ん?
体に違和感がある。そもそも、VRMMOでは疲労なんて概念はなかったはずだ。なのに、若干ながらも倦怠感があるのだ。
どういうことだ?
しばし逡巡するも、すぐにヘルハウンドがリスポーンする。体は反射的に駆け出していた。
そしてこれまで同様、蹴り上げてから牙を叩きつけて仕留める。
と、そこで俺は腕のあたりに、赤い筋ができていることに気が付いた。どこかで切ったのかもしれない。
これまでAWOでは肉体に傷がつくことなんてなかった。リアリティの再現にしては、流血は行きすぎている。
まあ、いいか。
大した気にすることもなく、狩りを続行。
やがて、《Level up!》とかかれたウィンドウが表示される。いよいよレベル2になった。HP、MP、そして最大積載量の項目が二倍に増えていた。
だが、嬉しいのはそこではない。そもそも攻撃を受けることもなく、スキルや装備がない以上、増えたところでなんの恩恵もない。
利点と言えば――
獲得経験値 2.2
次のレベルまで 197.8
獲得アイテム Nヘルハウンドの牙
この狩場が適正になることで、敵とのレベル差が減少するということだ。強キャラとパーティを組んでレベル上げを急速に行うパワーレベリングを防ぐため、経験値は敵との差が大きくなるほど減少する仕様になっている。
だからレベルが上がって、ヘルハウンドの経験値が増加した。
レベル上昇にともなって、必要経験値は100ずつ増えていく。それゆえに、もう一度レベルが上がるまでには結構時間がかかってしまうだろう。
時間を確認すると、15分近く経過していた。当初の予定通りだ。まだしばらく、他のプレイヤーたちは来ないだろう。その間に、がっつり狩らせてもらうとしよう。
俺はリスポーンし始めたヘルハウンドへと向かっていった。